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箱庭の物語  作者: 川崎 春
茶番劇
5/10

彼女の物語2

「それで……君はどうしたい?」

 メイフィーは、今の権力者達の犠牲者だ。願いがあるなら叶えてあげたい。そう思った。

「この国を離れたいです」

「他には?」

「……思いつきません」


 僕は宰相の補佐をしているが、あと半年で母方の実家の後継になる。

 宰相の職務はその世代でふさわしい人がなるものである。要領の分かっている宰相の家から排出され易いと言うだけで相続する仕事ではないし、家督は弟が継ぐ事になった。

 だから僕は隣国へ行く。彼女はそれだけを(よすが)に僕との婚約を受け入れたのだ。


「君の思っている様な暮らしはさせてあげられないかも知れない」

 メイフィーは首を傾げる。

「僕の母方の叔父が隣国の公爵なのは知っているね?」

「はい」

「気さくで良い方だよ。しかし叔父の息子……僕の従兄には短慮な所があってね、取り返しのつかない事をやってしまった」


 隣国で政変が起こりそうな程の醜聞だ。……王太子殿下の側近でありながら、王太子の婚約者を王太子と共に王城の夜会で断罪した挙句、王太子と共に男爵家の庶子への永遠の愛を宣言したのだ。

 隣国の陛下は、速やかに王太子も従兄も廃嫡の上、毒杯を与えたが、事はそれで終わらなかった。どちらも嫡男以外の子供が居なかったのだ。


 母は公爵家の庶子で、叔父とは異母兄妹になる。

 メイフィーの言い分を借りれば、母は前公爵夫人の作った箱庭の異物で、追い出された人になる。この国で一度伯爵家の養子に入り、公爵家と縁を切ってから嫁いだ。それ程に憎まれていた。

 だから、うちに話が来るとは夢にも思っていなかったのだ。他の親戚も傾いた公爵家を継ぐのを嫌がったからうちに回って来た話だった。従兄はそれほどの事をやらかしたのだ。


 叔父に子供が一人しかいないのは、体形が崩れると、夫人が子供を一人しか産まなかったからだ。

 王族から嫁いだ夫人を叔父はとても大事に扱った。浮気もしないで真面目に初恋の姫に尽くしたが、子を産む事は拒まれ続けた。叔父にいつまでも愛されたかったからだそうだ。

 姫の箱庭には美しい自分を中心に夫と息子、美しい調度品が並んでいたに違いない。満足した彼女はそれを維持する事に心血を注ぎ、先を考えなかったのだ。


「僕は、失墜した公爵家の威信を取り戻さなければならない。誹謗中傷も沢山あるだろう。上手く行かずに没落するかも知れない。……巻き込むなら納得してくれる人がいいんだ。それでも一緒に来るかい?」

 隣国から打診されたこの話は、既に取引として成立している。僕の妻はこの状況を受け入れる人でなくてはならないのだ。

「ええ、お願いします」

 メイフィーは本当に嬉しそうに笑った。硬くてあまり表情のない令嬢の笑顔は破壊力が違う。

 僕はこの時彼女に惚れたのだった。


 後で知った事だが、彼女は何が好きで嫌いかすら分からなかった。……ディアナ嬢の前でそれを言う事を自ら禁じていたからだ。好みを持たない。それが公爵家の……シルフィ夫人の掲げる『公平』を守る手段だったのだ。

 箱庭を持たない女。それがメイフィーだった。癖のある箱庭も問題だが、何も持たないのもあまりに不憫だ。メイフィーが自分の箱庭を持ち、自由に生きられる場所をあげたかった。


 彼女はその事を母親に伝えないだろう。だからシルフィ夫人にこの事を話した。もう戻らない国だ。正しさの犠牲を知らねば、彼女はこのままだ。

 夫人は堪えきれないと言うように両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。


 公爵と夫人は正しく立派だと思う。しかし家族が誰からも認められる程に立派であると言うのは、意味がある事なのだろうか。

 そんなものは、平和の中でしか立証できない儚いものだ。僕とメイフィーの行く隣国では、そんな事をしている暇などないだろう。

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