僕の物語1
クリス視点です。
公爵家との縁談が持ち込まれたのは、僕・クリスが父の宰相室に配属になったばかりの頃だった。
「ディアナは……先妻に性質が似ている」
父も僕もただ黙って話を聞く。
「先妻は、何故か私の浮気をずっと疑っていた。妊娠したら仕事を早く切り上げて側に居て欲しいと何度も請われたが……一年近くもそう出来る程、公爵業は容易いものではないし、代わりも居ない」
「奥方は分かって嫁がれたのではないのですか?」
公爵は首を左右に振る。
「こっちはそのつもりだったが、そうではなかった。あちらの親にうちの親が恩があってな……それで進んだ縁談だったのだよ。公爵夫人としての教育は施していたが、進捗の全くない所があると思えば、やりたい事はいらない事まで学びたがる。お陰で周囲も手を焼いていた」
「……図書館に通う、『意識高い系』のご令嬢と同じですか」
父が辛辣にそう言う。そういう女子が一定数居て問題になっている。
確かに高い知識を持っているが、間違いや分からない部分を指摘すると蛇蝎の如く嫌われる。要は我慢をしないのだ。
たまに我儘も許される程の天才も居るが、その多くが、知識を収めてそのまま吐き出すだけの娯楽を楽しんでいるだけだ。他人の意見に興味が無いのだから。
「ああ。古語が読めようが、外国語が理解できようが……実際に人と交流する際に活かせなければ意味がない。それもよく分かっていないと言う意味では同じだったと思う」
貴族の仕事は半分が人付き合いだ。できないと言う事は人の半分も仕事が出来ないと言う事になる。
嫁いできた妻がこれだと家が傾く為、警戒している令息も多い。知的だと自称し、賢しらに語るのだから他の事も出来るに違いないと思っていたのに……出来ないだけでなく、させようとする夫を敵視した挙句、離縁だ別居だと言い出すのだ。
そのタイプだった公爵の先妻は、引きこもった挙句に夫に不満を募らせた。結果、ディアナ嬢を妊娠中にベランダから飛び降りたのだ。これは有名で僕でも知っている。
『新婚の妊婦を放置したのが悪い』
実家の伯爵家がそういいふらし、先妻を援護する事には王家も公爵家も黙っていなかった。
臨時の官僚として先妻の兄が公爵の雑務を片付ける事になったが、僅か一か月で体調を崩して辞任した。そこから伯爵家は何も言って来なくなったそうだ。
先妻の兄は、雑務だけでその忙しさを目の当たりにしたのだ。妹を甘い考えで嫁に出した事を心底後悔したらしい。だから見舞いに行って公爵を擁護したと言う。
結果、先妻は裏切られたと激怒し、実兄に花瓶を投げつけて大怪我をさせ、絶縁状態となった。
先妻はそうして孤独の内にディアナ嬢を産み、そのまま儚くなってしまった。
……婦人と似ているとなれば心配になるのも当然だ。
「あの子が先妻の母に似ていて、私にも似ていない。だから疎外感を与えているのは分かっている。出来る事はやったが上手く行かなかった」
悪い部分を指摘されると傷ついて逃げてしまうのでは、確かに上手く行かないだろう。
「それで、何故クリスに縁談を?」
危険物を押し付けられるのではと警戒している父に、公爵は言った。
「……実は結婚をお願いしたいのは次女のメイフィーの方なのだ」
父も僕も、驚いて公爵を見た。
「私はディアナもメイフィーも可愛い。大事な娘達だ。しかしあの子らは……一緒に居させると不幸になる」
そう言って酷く疲れた様子で公爵は事情を話し始めた。