僕達の物語
最終話、クリス視点の後日譚です。
王太子や側近の子息達が居なくなった王宮は、人手は足りないが、空気感は悪くなかった。民衆の不満に如何に答えるか、スピード勝負だった。僕はこの若さで宰相にされた。ヤケになっていたので好き勝手やる事にした。
クーデターを起こそうとする派閥の貴族達を王宮の役職に取り込み、その意見を政策に反映させた。
そんな事を考える奴らは脳筋で未来を読む力がない。膨大な仕事量、思う様に進まない改革。クーデターを起こした後の未来を疑似体験させてやったのだ。
理想と現実のギャップに気付いた彼らはクーデターを起こす気力を失っていった。
そこで満を持して連れて来たのが、王の隠し子だ。しっかりと教育も詰め込んだ。……一年だが。
頭は切れるが市井育ちだから言葉選びが悪い。そんな王太子の妻の座を、婚約破棄された元王太子の婚約者が買って出てくれた。口の悪い王太子と眼力の強い王太子妃の決断に反対する者はほぼ居なかった。
実際には、国を沈めない為に必死だっただけ。僕も必死だった。若いからと舐められたら終わりだからだ。
五年もすると国は安定し、王太子は上品な言葉を使いこなし、王太子妃の眼力は和らいだ。
僕が忙しくしている間、メイフィーには自由に過ごしてもらった。
「友達でもつくってみたら?」
「そうします」
素直な彼女は、王太子夫妻や騎士団長のご令嬢(僕の従兄の元婚約者)など、何人かと親交を深め、友人になる所から始めた。
そうして家族のせいで小さく固まっていた感性はゆっくりとほぐれて拡がった。やがて宝飾や衣装の好みも出来たし、好きな事を言ったり出来るようになっていった。
無表情に近かった顔に明るい笑顔が見え隠れする様になって僕も嬉しかった。
メイフィーはこちらに来た時、成人したばかりだった。情勢だけでなく育っていない情緒の事もあり、結婚はこちらに来て八年後になった。結婚式の衣装も……全て僕と彼女で選んだ。
彼女は決して口に出さないが、シルフィ夫人の事が嫌いだ。それこそディアナ妃以上に。
だから、彼女から手紙が来て結婚の手伝いをしたいとの申し出があった時も、こちらで手配を済ませてから事後報告をした。式にも情勢不安を理由に招待状を送らなかった。うちは両親揃って来ていたのだが。
子供達も会わせる気がないから、こちらに来たいとの申し出も全て断っている。彼女の作る箱庭で夫人は異物なのだ。
シルフィ夫人に同情する所があるのは分かっている。……しかしメイフィーがその事情の犠牲になった事とは話が別だ。
「十六年か……長いようで短いな」
宰相を引退し、母と我が家に旅行の途中で滞在している父は、眠っている僕の息子を抱いて椅子に座っている。重たいだろうにそのままにしている。父によく似たこの子が父は可愛くて仕方ないのだ。
「時間の流れなんて、考えている暇などありませんでしたよ」
「ディアナ妃が結婚した時の茶番を知ったそうだ。レオニス殿下が何とかするから接触はない筈だが一応言っておく」
あの茶番からだいぶ時間が経った。
「一つお聞きしたいのですが、レオニス殿下と僕が同時にプロポーズをし、僕とメイフィーが国を出ていれば問題の無い話ではなかったのですか?」
「いや、あれは必要だったのだよ。ディアナ妃ではなく、公爵家の為にね」
父は遠い目をして続ける。
「過去の清算だ。閣下が手の込んだ茶番を相談してきたとき、私はこの話を断ればあの家がとんでもない騒動を起こすような気がした。……ディアナ妃も犠牲者だ。先妻への罪悪感と王妃になれなかった正しさの証明から与えられる愛など、いくらあっても満たされまい」
「そうですね……」
誰もが望む公平で幸せな家族なんて、何処にもないのかも知れない。
僕がメイフィーの話をした事で、シルフィ夫人はあんなに泣いていたのに、懲りずにメイフィーに接触しようとする。きっと彼女の箱庭が空っぽになってしまったからだ。
カイル殿は、妻を守る為に引退した公爵夫妻を領地屋敷に移したと言う。そこでは社交も当然ない。見せる相手の居ない公平は、つまらないのだろう。
「人の言う公平と言うのはいい加減なものだよ。実際、私はこの子が一番可愛い。他の孫も勿論可愛いから、内緒だけどね」
好々爺の様相で孫を抱く姿は、かつての鋭い宰相としての姿は見当たらない。
「旦那様、奥様とレイフィお嬢様がお帰りです」
「分かった」
僕は彼女達を迎えるべくエントランスに向かった。
読んでくださりありがとうございました。