第四夜:境界線の溶解
影山智と謎の女性は、影の世界と現実の狭間を歩いていた。街並みは不自然に歪み、建物が影のように揺らめいている。遠くで鳴り響くサイレンの音が、まるで別次元から聞こえてくるかのようだった。
「あのサイレン...何なんだ?」影山は女性に尋ねた。
女性は立ち止まり、遠くを見つめながら答えた。「影の世界の警報よ。現実世界との境界が薄れると鳴るの」
「じゃあ、俺たちは今...」
「そう、両世界の境界線上にいるわ」
影山はポケットからタバコを取り出し、火をつけようとした。しかし、ライターの炎は不自然に揺れ、消えては付くを繰り返す。
(ここでは、タバコすら満足に吸えないのか)
彼は苦笑いを浮かべながら、タバコをしまった。
「あんたは一体何者なんだ?」影山は女性に向き直った。
女性は微笑んだ。「私は...境界の管理人と呼ばれているわ。影の世界と現実世界のバランスを保つのが仕事なの」
その瞬間、影山の影が再び動き出した。今度は、影が彼の前に立ちはだかる。
「お前こそ、自分が何者か分かっているのか?」影が問いかけてきた。
影山は困惑した表情を浮かべる。「俺は...」
言葉に詰まる影山に、影が続けた。「お前の過去を思い出せ。なぜ、お前はこんな夜の彷徨を続けているんだ?」
突如、影山の頭に映像が流れ込んできた。幼少期の孤独、学生時代の挫折、そして...ある事件の記憶。
「あれは...事故だった」影山は震える声で言った。
女性が静かに言葉を挟んだ。「あなたが自分に課した罰なのよ。この終わりのない夜の彷徨は」
影山は膝をつき、頭を抱えた。記憶の洪水に耐えられないかのようだ。
そのとき、世界がさらに歪み始めた。建物が溶け、道路が波打つ。現実と影の世界が、まるで水彩画のように混ざり合っていく。
「どうすれば...これを止められる?」影山は必死に尋ねた。
女性は彼の肩に手を置いた。「受け入れるのよ。あなたの影を、あなたの過去を」
影山は深く息を吸い、ゆっくりと立ち上がった。彼は自分の影と向き合い、手を伸ばす。
影も同じように手を伸ばした。その指先が触れ合った瞬間、眩い光が二人を包み込んだ。
光が収まると、そこには一人の影山だけが立っていた。彼の中で、何かが統合されたようだ。
「これで...終わりなのか?」影山は女性に問いかけた。
女性は首を横に振った。「いいえ、これは始まりよ。真の夜の彷徨の」
遠くでサイレンが鳴り響く。しかし今回は、それは終わりの音ではなく、新たな幕開けを告げる音のように聞こえた。
影山は再びタバコを取り出した。今度は、ライターの炎が安定して燃える。
「さあ、行こうか」彼は言った。「俺たちの本当の物語が、ここから始まるんだろう」
影山と女性は、溶け合う二つの世界の中を歩き始めた。彼らの前には、未知なる冒険が広がっている。
(続く)