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第一夜:影の舞踏

 

 影山智かげやま さとし、27歳。彼は濡れた歩道に落ちる自身の影を見つめていた。午前3時、東京の片隅。街灯の光が歪んだ人影を作り出す。


 ポケットからタバコを取り出し、火をつける。深く煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。煙が夜の闇に溶けていく。


(この世界は、すべて影絵芝居だ)


 彼は内なる声で呟いた。コンビニの制服を着たまま、彼は歩み続ける。行き先など決まっていない。


 路地の角を曲がると、突如として悲鳴が聞こえた。影山は立ち止まり、音の方向を見極める。好奇心と警戒心が入り混じる。タバコの火が、夜の闇で小さく明滅する。


(俺には関係ない。でも...)


 彼は静かに音源に近づいた。薄暗い路地の奥で、男が女性を脅している。


「金を出せ!さもないと...」


 男の手には、何か光るものが。影山は瞬時に状況を把握した。彼の脳裏に計画が浮かぶ。タバコを地面に落とし、靴で踏み消す。


「おい、そこの兄ちゃん」影山は明るい声で呼びかけた。「警察の人たちが近くで職務質問してるよ。気をつけな」


 男は一瞬驚き、それから素早く逃げ去った。女性は震えながら影山を見つめる。


「大丈夫ですか?」影山は穏やかに尋ねた。


 女性は頷き、感謝の言葉を述べようとしたが、影山は手を振って遮った。


「警察には通報しないでくださいね。面倒なことになるので」


 そう言い残し、影山は踵を返した。


(正義など、この世にはない。あるのは、損得勘定だけだ)


 歩きながら、彼は再び内なる声で語り始めた。


(人間の本質は、欲望と恐怖のバランスの上に成り立っている。俺たちは皆、そのバランスの上で踊る道化にすぎない)


 彼は公園のベンチに腰を下ろした。遠くで犬の遠吠えが聞こえる。再びタバコに火をつける。


 ポケットから一枚の紙切れを取り出す。それは、先ほどの男から巧みにすり取った財布の中身だった。


(世界は、奪う者と奪われる者でできている。どちらになるかは、才覚次第だ)


 紙幣を数えながら、影山は薄笑いを浮かべた。タバコの煙が、夜空に向かって立ち昇る。


(でも、こんな行為に意味はあるのだろうか。この虚無的な世界で、俺たちは何を求めているのか)


 彼は空を見上げた。星一つ見えない夜空が、黒い天蓋のように広がっている。


(我々は皆、この暗闇の中で自分の影を追いかけている。そして、その影は永遠に捕まえられない)


 影山は立ち上がり、再び歩き出した。27年の人生で積み重ねてきた孤独と虚無が、彼の影となって揺れ動く。それは、彼の内なる闇の具現化のようだった。


 夜が明けるまで、彼の孤独な舞踏は続く。そして、新たな謎が彼を待ち受けているかもしれない。


 夜明け前の街を歩く影山の足取りが、突如として止まった。路地の奥から、かすかに漏れる光。普段なら見過ごしていたかもしれない。しかし今夜の彼は、平常ではない。


(午前4時半。この時間に明かりのついている場所といえば...)


 好奇心に駆られ、影山はその建物に近づいた。古びた看板には「幸運堂占い」の文字。扉の隙間からは、香の匂いが漂ってくる。


(ふん、占いか。人間の不安につけ込む、最も古くて新しい商売だな)


 そう思いながらも、彼の手は既にドアノブに掛かっていた。


 鈴の音と共に、影山は薄暗い店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃい」


 奥から聞こえてきた声は、予想外に若かった。カーテンが開き、二十代後半とおぼしき女性が姿を現す。


「珍しいわね。こんな時間に、しかも男性の客なんて」


 彼女の瞳が、影山を値踏みするように見つめる。


「運勢が知りたくてね」影山は軽く受け流す。「この先の人生、どうなるのかって」


 女性は薄く笑みを浮かべた。「それなら、まずはこちらへ」


 小さなテーブルに案内され、影山は椅子に腰掛ける。女性はカードを取り出し、テーブルに並べ始めた。


(タロットか。まあ、暇つぶしにはなるだろう)


「あら」女性の声が、突如として緊張を帯びる。「これは...」


 影山は、思わず身を乗り出した。


「今夜、あなたは重大な選択を迫られる」女性は静かに語り始めた。「その選択が、あなたの運命を大きく変える」


(なんだ、ありきたりな...)


「でも、その選択は単純ではない」彼女は続ける。「あなたの目の前に現れるのは、鏡像だから」


 影山の眉がピクリと動いた。


「鏡像?」


「そう」女性はうなずく。「あなたの内なる闇が、具現化して現れる。それと向き合うことになる」


 影山は、思わず冷や汗を感じた。


(馬鹿な。こんなオカルトめいた話を、俺が信じるわけが...)


「信じるか信じないかは、あなた次第」


 まるで彼の思考を読んだかのような女性の言葉に、影山は息を呑む。


「ただし」彼女は鋭い目で影山を見据えた。「逃げることはできない。なぜなら、それはあなた自身だから」


 影山は黙って立ち上がった。財布から札を取り出し、テーブルに置く。


「お釣りはいらない」


 そう言い残し、彼は店を後にした。


 外に出ると、東の空がわずかに明るくなり始めていた。


(馬鹿らしい。あんなもの、ただの...)


 その時、影山の目に異変が映った。自分の影が、妙な動きをしている。


 まるで...意思を持っているかのように。


 影山は息を飲んだ。影が、ゆっくりと彼の方を振り返る。


 そこには、歪んだ自分の顔があった。


(続く)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いかがでしたか?

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