第一章・最終話 芹沢鴨の暗殺
京都の山の木々も紅葉を始め、秋も深まってきた頃。
「綺麗なものですね」
沖田総司が、屯所から景色を眺めながら言った。それを聞いた土方歳三は、
「何、多摩の秋も、綺麗だったさ」
「それは、そうですが、なんだか京都には、山々にも品があるようで」
「そんな事はねえだろう。自然は、どこへ行っても自然だ」
「そう言われば、そうですね」
「総司、お前さんは、すっかり京都が気に入ってしまっただけだよ」
こんな会話をしている二人だが、今夜は、芹沢鴨暗殺の決行日でもあった。
この夜。冷たい雨が降り出し、深夜、四つの影が動く。
暗殺の実行部隊は、近藤勇、土方歳三、沖田総司、井上源三郎の天然理心流・試衛館出身の四人だ。
「ちょうと良い頃合いに、雨が降り出したな」
土方が言うと、年長者の井上が、
「天も我らの味方をしてくれている」
「いえ、きっと泣いているんですよ」
年少の沖田が、感傷的な言葉を発したが、一番の暗殺の達人は、この沖田総司だ。
沖田は、京都に来たばかりの頃に、すでに殿内義雄という男を、内部抗争で暗殺している。
今夜の標的は、芹沢鴨と平山五郎の二人。芹沢一派の平間重助は、なぜか失踪していて、この時は、もう、姿が無かった。
四人の刺客は、雨音に紛れて、屯所の寝所に眠る二人を狙う。
土方は、寝所に近づきながら、
「芹沢鴨は強い。だが、人間である限り、必ず殺せる」
と、自分に言い聞かせていた。そして、いよいよ、標的の眠る寝所の前に立った時、
スッ、と、無言のまま、近藤が愛刀・虎徹を鞘から抜いたが、
ダダッ。
真っ先に、飛び込んだのは、沖田総司である。
躊躇なく、布団ごと、芹沢鴨を刺し貫いたが、
「ぐあっ」
と、飛び起きる芹沢。同時に枕元の刀を取る。
「誰かね?」
鞘を抜く、芹沢。浅手のようだ。暗闇で、お互いの姿は、よく見えない。
そこへ、背後から土方が斬りかかった。
ズバッ。
血飛沫が飛ぶ。体勢を崩しながらも芹沢は、
「後ろからか、卑怯な」
と、その刹那、沖田の突きが、芹沢の胴を貫いた。
「ぐうっ、おぉ」
うめき声をあげながら、大量の血を流す芹沢。そのまま廊下へと逃げる。
この時、すでに別室を襲撃した近藤と井上は、平山を惨殺していた。
なんとか外へと、逃げようとする芹沢。それを追う、土方と沖田。
土方は背後から二度、三度と斬りつけたが、まだ、倒れない。
「しぶとい奴め」
と、次の瞬間、急に芹沢が振り返り、一撃を浴びせてきた。
ガッ。
刀で受ける土方。鍔迫り合いで、ググッと押される。あれだけの深手を負って、なおも、この力。
「ば、バケモノなのか」
「闇討ちとは、外道な」
その剛力は、土方が恐怖を覚えるほどであった。
だが、その刹那。沖田が回り込んで、芹沢の胴を水平に薙いだ。
ズバンッ。
まるで、胴体を輪切りにするとぼの一撃で、さらに、近藤、井上が合流して、芹沢を背中から滅多刺しにする。
「ぐあっ、この卑怯者が……」
こうして、芹沢鴨は殺害された。
息を切らした沖田が、芹沢の亡骸を見下ろして、
「まるで、不死身のよう、でしたね」
「だが、殺せない人間なんていない」
そう言った土方の視線は、死した芹沢鴨を直視していない。
これで土方の思惑通り、新選組は近藤と土方のものになるのだろう。
後日、芹沢鴨と平山五郎は病死と発表されて、新選組では盛大に葬儀も行われた。
その最中、土方歳三は、こう思う。
「いったい俺たちは、どこへ向かって走って行くのだろうか」