第7話 新見錦切腹
その日、会津藩公用方・手代木勝任は、新選組の近藤勇と土方歳三を呼び出した。
実は手代木は、清河八郎を暗殺した佐々木只三郎の兄で、百石取りの手代木家の養子になっていた。
会津藩邸で手代木は、近藤と土方に向かって、
「あの、芹沢鴨の事なんだがな」
と、芹沢の乱暴狼藉は松平容保の耳にも入り、不評を買っている。
「どうにか、ならんのかな」
「はあ、どうにかですか?」
と、近藤は困り顔で、要領の得ない返答をしたが、手代木は不機嫌な表情を見せながら、
「我々もな、苦慮しているのだよ」
「承知致しました。お任せ下さい」
即座に答えた土方は、深々と頭を下げた。
そして夕刻。屯所への帰り道に近藤は、傍らを歩く土方に、
「歳よ、芹沢さんを、どうするんだ」
「やるしか、ないだろう。殺るしか」
こうした経緯で、まず土方は、屯所の近藤の部屋に沖田総司を呼んだ。土方は静かな声で
「総司、近藤局長は、ついに決断したよ」
キョトンとした表情の沖田は、
「何の決断ですか?」
「芹沢鴨を粛清する」
近藤は無言のまま、腕組みをして座している。土方は言葉を続けて、
「公には、病死と発表することにした」
その言葉を聞き、沖田は、
「それで会津藩は納得しますかね」
「大丈夫さ。公用方の命でもある」
ここで、気の早い沖田は、早々に刀を手に取り立ち上がった。
「わかりました。斬りましょう」
「待て待て、まずは新見からだ」
土方は沖田を制して、ニヤリと笑う。
新見錦は新選組の局長職にあり、筆頭局長の芹沢の右腕だ。だが、酒癖と女癖が悪く、
そんな新見を、土方は酷く嫌っている。
こうして、その夜。近藤、土方、沖田。さらには永倉新八、斎藤一、原田左之助という、凄腕ぞろいの、そうそうたる顔ぶれで、
新見の遊んでいる遊郭へ押しかけた。
「なんだね。近藤君。大勢で不粋だよ」
新見は近藤を睨みつけたが、近藤は無言のまま、視線を受け止める。
「新見先生、大事な、お話が」
口を開いたのは、土方だった。
その後、土方は芸妓を下がらせて、これまでの新見の悪行を凶弾する。
だが、これは、ほとんど言いがかりでもあった。
「新見局長、ここは潔く、切腹を」
と、土方が迫る。さらに試衛館派閥の猛者が揃い、新見を取り囲んでいた。
「わかった、わかった」
ぶっきらぼうに言いながらも、新見は中庭に出て、切腹の準備を始める。抵抗したところで多勢に無勢。なぶり殺しにされるだけだろう。
「介錯は沖田君に頼む」
最後の最後、新見錦は新選組の局長として、また一人の武士としての威厳を、精一杯、保とうと、堂々した所作で切腹した。
その後、近藤たち一行が、その首を屯所に持ち帰ると、
「何、新見が切腹!」
当然、芹沢は激怒した。
「な、何てことをするんだ。お前たちは、何てことを!」
「新見先生は武士らしく、見事な最期を遂げられました」
土方が冷徹な口調で、そう言い放つと、芹沢は、
「武士らしくって、お前ら、元々は農家の出身だろうが」
と、怒りに声を震わせている。そして終始無言の近藤を、芹沢はジッと見て、
「お前ら、正気の沙汰か?」
芹沢から見れば、最早、試衛館派閥は狂気の集団に違いない。
だが芹沢は、試衛館派閥に反撃の狼煙は上げず、手下の平山五郎、平間重助を伴い、酒と女に溺れる自堕落な日々を送るのだった。