第5話 幕末の京都
以前、江戸の試衛館道場で、土方歳三は、
「真剣なら、俺だって、そこそこの自信があるぜ」
と、沖田総司を相手に豪語していたが、土方は、まだ、人を斬ったことはない。
だが、京都に上り、新選組を結成すると、早くも、その機会が訪れた。
その夜、岩木升屋という料亭に不逞浪士が押し入りる。この事件に、近藤勇と土方、そして山南敬介が出張った。
山南は天然理心流ではなく、北辰一刀流だが、過去に近藤と対戦して敗北した事から、試衛館の門弟となった。
近藤の剣の技量と、その人柄に、山南は惚れ込んでいたのだ。
そして浪士組の徴募にも、近藤に従う形で参加し、今は、こうして新選組の一員となっている。
現在の役職は、土方と同じく副長。
山南自身も人柄が良く、この壬生でも近所の者から『親切者』と、評判されていた。
夜の闇を走り、近藤、土方、山南の三人が、押し込み強盗の犯行現場である料亭に到着すると、
「我らは、京都守護職お預かり、新選組である。おとなしく縛につけ!」
近藤は大声を発したが、対する不逞浪士は六、七人いて、
「なんだ、それは。知らんな」
と、三人で来た新選組を小馬鹿にした。そして、
「ヤッちまえ」
「おおうっ!」
一斉に斬りかかって来る。数の上では不利だが、近藤が真っ先に、
「せぃやあーっ」
気合一閃。ズバッと、一人を一刀で斬り伏せ、
遅れまいと、土方も果敢に、
「この、野郎が!」
刀を振り回すが、肩に力が入りすぎている。
ブオン、ブオーン。
間合いが遠く、刀は空を切った。
それでも喧嘩殺法で、敵の顔に浅手を負わせ、さらに、もう一太刀、肩口を斬りつけた。
「ぐ、ぐあっ」
負傷した不逞浪士は、血を流しながらも、逃げようとする。
「待ちやがれ」
追いすがった土方は、後ろから、
ズバッッ。
背中を深々と斬りつけた。なおも逃げる敵、追いかける土方。次の瞬間。
「歳、深追いするな」
近藤の静止する声。
多勢だった不逞浪士も、思わぬ反撃を受け、散り散りに逃げ去ったようだ。
だが、最後に残った一人が、山南に襲いかかる。
ガツリッ!
刀を合わせる、山南。
敵は剛腕なのか、合わせた刀が、巨大な火花を散らし、一瞬、辺りが明るくなった。
ゴリッ、ゴリゴリ。
鍔迫り合いで、山南の刀は大きく刃こぼれしたようだ。
間近で見ていた近藤が、小声を漏らす。
「こいつは、強い。折られるぞ」
しかし、山南も北辰一刀流の免許皆伝である。
パッと、一旦、下がって、冷静に大刀を捨てると、脇差しを抜き、
ズサンッ。
瞬時に、不逞浪士を一突きにして、倒した。
この戦いを見て以後、土方は脇差を、長い大脇差に変えたという。
こうして京都の街で、新選組の命を賭けた戦いの日々が始まった。
そんな土方だが、殺伐としたエピソードだけではない。
故郷への手紙では、自分がいかにモテるかを記していたらしい(笑)
京都の島原の遊郭では、花君太夫、天神、一元。祇園では芸妓が三人。北野では舞子の君菊、小楽。
大阪の新地では若鶴太夫ほか、ニ、三人。北の新地では、もう手紙に書けないほどだという。
そして最後に、こう戯れ歌で結んだ。
「報国の、心を忘るる、婦人かな」