10 この先もことあるごとにルカ子
あの後、警察を呼んだ僕らは、警察署で事情聴取を受けることになった。
今回の一連の流れについては、ハルとアキが説明をしてくれた。ストーカーを見定めた時点で、ふたりは証拠を撮影していたから、警察への説明はスムーズに行われたようだ。別室で手当てを終えてふたりに合流すると、僕は簡単な質問だけされて、それ以上はなにも聞かれなかった。
ストーカーを証明する証拠も十分だったし、なにより僕は怪我をした。傷害の方向性でも捜査を進められるので、まさに怪我をしたかいがあったというものだ。
今日のところは僕たちが聴取を受けるということで、ユユちゃんはそのまま家に帰された。あんなのに付き纏われているのはショックだったろうし、これ以上の心労をかけたくなかったからだ。翌日、改めて親と一緒に警察署を訪ね、ストーカーの処遇、これからについて話し合うことになった。
ストーカー騒動は後始末こそ残っているが、僕らの出る幕はこれ以上ない。そのくらいには決着がついた。
もやもやすることなどなにひとつ残っていない。ユユちゃんとの関係も進展したことだし、まさにいいことづくめの終わりを迎えたのだ。
これからの学園生活は、これを機会に大きく変わるのではないか。
そんな期待を胸に登校すると、門をくぐった辺りからちらほらと視線を感じた。ハルとアキのふたりが注目されているのだろうと思ったが、廊下を歩いているとやはり視線は僕に向いている。そう感じたのだ。
はて、と首を傾げそうになりながら教室に入ると、
「あー、来た来たー!」
とクラスの女子が僕を見つけるなり叫んだ。すると教室の注目が一気に僕へと集中した。
「え、え?」
あっという間に女子たちに取り囲まれ、僕は狼狽えた。
女子たちを敵に回すような真似を、なにかしてしまったのだろうか。と思ったが、彼女たちの顔には敵愾心は浮かんでいない。みんな朗らかな……いや、違う。和気あいあいも違うし、楽しそうにはしゃいではいるけど、なんと表現したらいいのだろうか。面白そうなものを前にした子供のそれに近いかもしれない。
「真中くん真中くん、今度の休みさ、予定っとかってあるかな?」
「今度みんなで遊びに行くんだけど、よかったら真中くんも来てほしいの」
「真中くんのご飯とかは、みんなで奢っちゃうから」
「ね、いいでしょう? ね? ね?」
求めるようでありながら、ノーなど許さない圧力だ。
ハルたちがこんな風に女子たちに囲まれるのはいくらでも見てきた。でも、囲まれる側は初めてである。嬉しいとかの前に、急にどうしたのかという戸惑いが先にくる。
まさか、ついにモテ期が来てしまったのか。
「待て待て、いきなりそんな風に真中を囲んで。真中も困惑してるだろ。解放してやれ」
するとクラスの男子、その中心グループである長崎が近づいてきた。
長崎たちの言うことも最もだと思ったのか。不承不承という顔で女子たちは離れてくれた。
「大丈夫か、真中。こんな風にいきなり囲まれて、ビックリしたろ」
「あ、ああ……一体、なにが起きてるんだ」
「まあ、それは後で説明するとして」
長崎はポン、と僕の片手に手を置いた。
「今週末、暇か? たまにはクラスの野郎たちだけで親睦を深めないか?」
「はい?」
長崎から突拍子もなく誘われ、間の抜けた返事をしてしまった。
クラスの打ち上げなどで誘われることはあっても、長崎からの個人的なお誘いは初めてだ。しかもなぜこのタイミングで?
「ちょっとー! 人にはやめろって言っておいて、抜け駆けするんじゃないわよ!」
「俺はあくまで、いきなり取り囲むなって言っただけだ。真中を誘うなとは言ってない」
女子の激しい剣幕にも、長崎は涼しい顔で弁論した。
当然、女子たちはそれで納得するわけがない。長崎のやり方を女子の団結力を持って批難する。そんな多勢に無勢を見過ごせんというように、男子たちが長崎に味方した。お互いの主張を一方的に捲し立て、真中は自分たちと遊びに行くのだ、と当人を差し置いて争っているのだ。
「一体、なにが起きてるんだ……」
僕を巡る争いが、紅白に分かれて繰り広げられている。
僕のために争わないでくれ! と叫べる度胸があるわけもなく、ただ狼狽えながらことの成り行きを見守るしかない。
「真中くん」
「ん? ああ、星宮さん」
おいでおいでしている星宮さんに近づいた。
星宮さんならなにが起きているのかわかるかもしれない。
そう思って聞こうとしたら、
「みずき先輩のインスタ」
星宮さんはスマホの画面を見せてきた。
そこには見覚えのある写真が映し出されていた。
みずき先輩たちに連行され、無理やり撮らされた写真。
「嘘……だろ」
先輩たちに囲まれたルカ子が映し出されていた。
慌てて騒動の中心に振り向いた。
この騒動が引き起こされたわけを察してしまい、嫌な汗がだらりと流れた。
「人気者は辛いわねー、ルカ子ちゃん」
星宮さんはにまにましながら、真中くんとは呼ばなかった。
ルカ子。彼らが求めているのは真中ではなく、ミス・青碧であった。
彼ら彼女たちは、ルカ子とお出かけしようと目論見、写真撮影を狙っているのだ。
そもそも、ルカ子の姿になっていたわけが伝わっていないのなら……僕は日頃からそういう格好をする趣味がある。そう思われているのではないか。
星宮さんはこの様子だと、ルカ子になった事情を話していないだろう。
「ルカ子ちゃん、わたしたちとお出かけしましょう!」
「いいやルカ子、ここは男の……とにかく、友情を深めるような!」
一斉に注がれるクラス中の視線。
「僕はルカ子じゃないし、そんな趣味もない!」
そう叫び返すも、誰ひとりわかってくれない。おまえの趣味はちゃんとわかっている風の、理解者ぶった顔である。
いくら僕が言っても無駄なのはわかった。
そういう趣味の持ち主という扱いは、耐え難い屈辱だ。こういうときに限ってハルたちは駆けつけないし、星宮さんは素知らぬ顔。他に助けはないかと辺りを見渡すと、まさに登校したばかりのユユちゃんが教室の入り口に立っていた。
助かったと思ったのも束の間。ユユちゃんは口元に手を添えながらニヤニヤとしている。
明らかに困っている僕を見て、外から観察していたのだ。
「おはよー、みんな」
僕に気づかれたからか、ユユちゃんは朗らかな挨拶を振りまいた。
お願いだから早くこの誤解を解いてくれ。そう念じているとユユちゃんは僕の前に立ち止まり、
「おはよう。土曜はありがとうね。本当に楽しかったよ、ルカ子ちゃ……じゃなかった、真中くん」
あまりにもわざとらしい言い間違えを放った。
教室中が一斉に沸き立った。
あの学園のアイドルにして天使にして女神にして高嶺の花にしてミス・パーフェクトヒロインと、僕がルカ子となって遊びに行った。今の文脈で、それが一斉に伝わったのだ。
ますます注目を浴びることになった僕は、早く釈明しろと抗議の眼差しを送る。が、熱を持って困り果てている顔は、ユユちゃんの餌でしかない。
口に手を添えながら、頬は緩み切ってにたぁとさせ悦に入っていたのだ。
そこで丁度チャイムが鳴り、この話はうやむやに。昼休みに入ってようやく、ユユちゃんは真実を広めたのだが……それまでの間、散々ルカ子ルカ子と求められ続けたのだった。
「ルカ子ちゃん、凄い人気だね。これは期待に応えないとね」
「二度とするもんか、あんな格好!」
とユユちゃんに宣言したが、それは虚しい抵抗であった。
この先、ことあるごとにルカ子になるはめになるのだが、それはまた別の話である。
これにて後日談は完結となります!
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それは現在並行して投稿している作品の完結後以降になると思います。
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