俺は彼女を死ぬほど推すが、彼女は俺の推しではない
リハビリで書きました
「はーい、おはこんばんちは利一先輩、あずだよ~。今日も元気だねー」
天使のような猫なでボイス、ずっと囁いて欲しいくらいだ。その上、俺好みのぱっちりとした猫目、チークなしでも赤らんだ可愛らしい頬。そして薄いリップに、当て付けのような性癖ど真ん中のショートボブ黒髪に内側だけ赤色のメッシュ。
小波あずさ、女子高生の明るい後輩感を売りにしているネットアイドルだ。
普段は画面の中で大量の応援コメントを送っている相手が目の前にいる。
「ねえ、利一先輩?あずね、利一先輩の事ね、そ、その…………好きって言ったらどうする?」
利一先輩とは俺の名前。「好きと言ったらどうする?」は告白だろうか、仮定だろうか?おそらくは仮定であろうが、どちらでも回答が変わることはない。
俺はあずたんが大好きだ。
俺はあずたんの目を見て答える。
「断る」
「……あ、あれ?な、なんで?う、嘘だよね。い、いやぁ冗談きついなあ。ごめんねちょっと言い方が分かりにくかったかも。しょうがないから、もう一回言ってあげるね、あずが利一君と付き合ってあげるって言ってるの」
「…………ごめんなさい」
「き、きこえないなあ……も、もう一回、あずが利一先輩と付き合ってあげる」
「ごめんなさい」
「き、きこえないなあ……も、もう一回、あずが利一先輩と付き合ってあげる」
なんだこれ、はいと言わないと先に進まないRPG特有のあれか、いつの間に俺はゲームの世界に迷い込んだんだと思ったら言葉が変わった。
「……な、なぜ?だ、だって君、いつもコメントくれるトータツくんだよね」
俺のアカウント……ばれてるのか。
まあ、別にいいか。応援アカウントだし。
「ああ、そうだ」
「目の前に絶世の美少女ですよ、しかも告白してる!押し倒したくなっちゃわないの?ほら、カモン!カモン!」
「ならない」
「え、ええ!?な、なんでよ?!ファンと推し!求める人と与える人!アダム・スミスもびっくりの需要と供給がぴったり合ってるでしょ!神の見えざる手!!」
俺の目の前のあずたんがあざといポーズで怒る。そんな様子も俺好みだ。
そんな俺の様子を見て、あずたんは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「や、やっぱり、あずから目を離せないじゃないですか……しょ、しょうがにゃいにゃ~」
だから俺は一言。
「俺はネットと現実は分けるタイプなんだ」
「……え?」
「だって、そうだろ。推しの私生活を知って解釈が違いが出たら嫌だし」
「……は?はへ?」
「そもそも、あずたんが俺と付き合うだなんて解釈違いだし。俺が原因で動画投稿頻度減ったらつらいし」
「…………で、でも!この前コメ返ししたときに好きって言ったら喜んでたじゃん!」
そりゃあそうだろう、この子は何を言ってるんだ?
「何をそんな当たり前のことを?そりゃあ、あずたんは俺にとって天使だし可愛いし。でも、君、4組の羽田なずなさんでしょ?」
「あ、……あたしの名前知って……じゃなくて!その二人は同一人物!!」
あずたん、もとい、羽田なずなは自分の顔を指さし主張を続ける。
いや、それは分かるんだが、俺にとっては別人なんだよな。どうしたら、それが伝わるのかと思案していると羽田なずなが「ちょっと待っててください」と一言。
携帯を持って廊下を曲がって理科準備室に入っていった。
『ちょっと、話が違います!!利一先輩、私にべた惚れって言ってたじゃないですか!?』
『……え?あずさが好きって言ってたろって!?それじゃあ意味なかったんですよ!あ~~もう、こんなになると思わなかった!』
『う~~はい、はい。確かに、羽田なずなって名前は知ってましたけど……はい、それは嬉しかったです。でも、そういうことじゃないです!あたしなんのためにこの半年頑張ってきたんですか!?』
何か、怒鳴るような声が聞こえてくる。盗み聞きは申し訳ないので耳を塞いでおいた。
しばらくすると、息を切らした羽田なずなが戻ってきた。
「いったん状況理解しました」
「それは、なにより…………なのかな?」
「また来ます!それとこれ、あずの連絡先です!」
「あずじゃなくて、なずなさんのじゃないの?そうじゃなきゃ受け取れないのだが、推しの連絡先など機密事項過ぎて持つのが怖い」
「ええい、めんどくさい!!あたし、羽田なずなの連絡先です!それじゃ!」
そういうなり、俺のポケットに紙切れをねじ込んだ。
そして、踵を返しずかずかと廊下を歩いて行ってしまう。全くなんだったんだ?
俺はわけもわからないまま、帰りを約束している幼馴染の元へ向かった。
「利一くん。遅かったね」
「お待たせ、桔梗。ちょっといろいろあってな」
「そうなんだ、いろいろあったんだ?」
真っ白な肌、色素の薄い綺麗な茶髪を後ろにきれいに三つ編みをいくつかたばねて編み込んでおりヨーロッパ風の髪型がしっかり似合っている。委員長然として雰囲気は誰にとっても親しみやすさを感じさせるだろう。
渚桔梗――俺の幼馴染だ。
「それで、利一君はわたしとの約束は遅れてもいいと」
「まあ、多少は大丈夫かと」
「ふ~ん」
桔梗は拗ねたように顔を背ける。少し言い過ぎたろうか、とはいえ、毎日一緒に帰るんだったら多少待ち合わせに遅れるくらいはあるだろう。遅れた時間も10分程だ。
ま、それでも、桔梗は真面目な性格だ、時間が気になるのだろう。
「なんで、今日、遅れたの?わたしに聞く権利くらいあるよね?」
「ああ、後輩に絡まれてた」
「絡まれてたって、大丈夫だったの?相手は?」
「羽田なずなって子」
「羽田なずなって、あの可愛いこ!?あれ?…………もしかして、告白!?わ、わぁ~利一君にもついに春が?」
「分からん」
「わからんって……狙わないの?」
「そういうのじゃない」
そう答えると、桔梗は残念そうな顔を浮かべる。
「もったいないってな……相手のことも知らないのに、簡単に付き合えるか」
「まあ、利一くんはそういうのちゃんと育んでから付き合いたいタイプだよね」
確かにな。正直、付き合うなら桔梗みたいな関係がベストかもしれない。
まあ、桔梗は幼稚園からの付き合いだし、そういう目では見れない。そもそも、桔梗はクラスで大人気の委員長、ただのネットアイドルの追っかけである俺とは釣り合わないのだが。
「桔梗は彼氏作らないのか?」
「ええーわたし?相手がいるように見える?」
「それなりに見える。先週も告白されてたろ」
「それは断りました。前も言ったじゃない、利一くんが誰かと付き合うまでは安心できません。誰とも付き合いません」
桔梗は俺の頬をぴんとつっつく。桔梗は俺の失恋を知っている。それを思ってこんなことを言ってるのだろう。目頭が少し熱くなる。
そんな桔梗に応えたいという気持ちはある。
「いつになるか分からない。正直、今は誰とも付き合う気はない」
「うん、それでもいいんだよ」
だが、それに答えられるかは別だ。
そう答えても桔梗はにこにこと頷く。もう、俺がこう答えることも織り込み済みなのだろう。
「そもそも俺みたいなネットアイドルジャンキーと付き合ってくれるもの好きなんかいないだろ」
「ええ~?そうかな」
「そうだろ。桔梗を除けば、そもそも友達すらいねーしな」
「ま、まあ……それは確かにそうかもしれないけど」
「否定してくれないのな」
「あ!?いや~あはは」
茶化していってみたが、この話は俺に効く。
「やめやめ、この話は暗くなる。」
「そうだね、分かった。やめだね。別の話しよっか、そういえばね、先週駅前にパンケーキ屋さんできたらしいよ」
「いいな。一緒に行くか」
「美味しくないらしいけどね」
「おい」
「でもねー女子としては行きたいわけなんですよ、利一君味なんて分からないよね。二人分食べてよ」
「おい、食○のソーマ全巻読破の俺にいい度胸だな」
「っよ、このおたくぅ!」
しばらく他愛のない会話をして家までたどり着く。俺と桔梗の家は隣同士。
「じゃあ」
「じゃあね」
家に帰ると部屋の明かりをつけ、PCの電源をつけ動画サイトにアクセスする。
ブックマークされた小波あずさのチャンネルを開きディスプレイに写しだす。
「ああー!!あずたん可愛い!!まじ天使!ああ、まじあずたんみてると腹から声出る!ああーコメント書いちゃお!”5:28の顔可愛すぎる”……と」
俺は普段外では出すことの無い声量で騒ぐ。
「ああーあずたんが画面の中で頑張ってる。俺も頑張らなくちゃ!」
あずたんを見ていると我慢ができなくなってくる。
俺は押し入れからダンベルを取り出し、おもむろに大幹トレーニングを始める。
「っふ……いち、……っふん、っに!……っさん!」
やっぱり、推しが頑張っているときが一番頑張れる。この前の12時間耐久配信の時が一番効いた。翌日は筋肉痛を超え、ベッドから起き上がれなくなった。
今日はまた夜に配信すると言っていた。それまではこれまでのアーカイブを見返しながらウォーミングアップをしておくか。
「ふん…………ふん…………」
俺はダンベルを上げ続ける。
…………………
……………
…………
ところ変わって、ダンベルを数百回上げている男の部屋から平行移動するとこの7メートル。
私はイヤホンに耳をあて集中していた。そこからは男の漏れるような息遣い。数を数える男、羽田なずなと思われる動画の音声が聞こえてくる。
「利一君、げ、げへ、利一きゅん。今日もがんばりやさんだね、けへ、けへへ」
私は幼馴染である仮面を脱ぎ捨てて、豚と化していた。
利一君には推しの動画を見るためのPCが必要だが、私には必要ない。なぜならば、この窓から見えるライブビューイングと盗聴器があるのだから。
いや、盗聴器というのは違うな、これは合意の上設置したのだから。盗んではないのだから聴器だ。
だって、この前のやり取りだって。
『桔梗には別に隠すことなんかないしな』
『うそだ、それじゃあ盗聴器とか仕掛けちゃうよいいの?』
『あはは、別にいいよ、好きにしろよ』
『ああー、嘘だって思ってるでしょ、ほんとに仕掛けちゃうんだからね』
『はいはい』
って言ってたし。
「利一君、利一君、利一君、利一君」
私は利一君の名前を呼びながら利一君の息遣いとカーテン越しに見えるシルエットを感じる。
私が利一君を好きなったのはいつだろう。昔から利一君は優しかった、ずっと好きだったしいつかは付き合うものだと思ってた。
そして、その気持ちは小学六年生を境に加速度的に大きくなっていった。はじめはリコーダーを舐める程度で済んでいた。
しかし、今では取り返しがつかなくなっている。
「こんなになっちゃったお」
利一君の体操服(悔しいが洗濯済み)を着て、利一君のパンツ(悔しいがこちらも洗濯済み)を頭にかぶり、利一君から誕生日プレゼントでもらったぬいぐるみを抱きしめ、利一君のスプーン(使用済み今日おろしたて)を口にくわえる。
ここまで、行くとは自分でも思わなかった。だが、小さな積み重ねがこのモンスターを生み出してしまったのだ。
本当は利一君と付き合えてさえいればこんなことにはならなかった。
「大事に行き過ぎたなあ」
失敗を怖がりすぎた。断られたらどうしようが先行するうちに、利一君にとって私は彼女というより女兄弟みたいな立ち位置になってしまった。
「羽田なずなに相談されたときは焦ったなー」
それは、半年前にさかのぼる。
私に向かって『轟木利一さんが好きになりました、応援してくれませんか』って言われた。
利一君は優しい、歩くときは毎回歩道側を歩いてくれるし、水たまりがあればさりげなく腕を引いてくれる。何かあったんだろうなと思い、聞くとピンチを救ってもらったとだけ。
中指を突き立てて「利一君はわたしのもんじゃあ!!」って突き返しても良かったのだが。同じ人を好きになった者同士…………私と同じ立ち位置にまで引きずり込みたかった。
私は利一君がネットアイドルを好きなことを知っていた。
私は利一君が好きな女の子のしぐさ、好きなタイプ、好きな外見を知っていた。
私は羽田なずなが利一君の推しになりうることを知っていた。
それと、ついでに…………。
私は利一君が推しとは絶対に恋愛関係にならないことを知っていた。
完ぺきだった、これでまた泥棒猫を排除できた。
「良かったね、羽田なずなさん、利一君に好きになってもらえて」
私は一人部屋で呟く。
すると、ガチャリ。急に扉が開く。
「桔梗ー!今日の夜ご飯カレーでいい?……あ、ご、ごめん取り込み中だった、あ、あはは……失礼するね」
「ち、ちが、お姉ちゃん!」
「いやいや、よくあることよーお姉ちゃん何も見なかったからー」
「話聞いて!これは違うから!!これは、違うから!!」
「それは無理でしょ、それ全部。利一君のでしょ。だ、大丈夫、誰にも言わないでおくから。あ、後で返しなさいよ。窃盗は犯罪だからね」
「これ全部合法だから!!合法だから!!」
去り行く姉への叫びは届かなかった。
高評価、ブクマしてくれると嬉しいです。
震えます。