ずるいずるいと言うのが口癖の妹に妹が出来た
「アリヤお姉様だけずるーい」
次女のイリヤはとても甘えん坊なのです。
これまでも何かと長女である私アリヤに対して「あれがずるい、これがずるい」と言ってきました。
髪色とドレスも同じ赤なのに「姉上の方がより紅くてずるーい」、髪の長さにまで「姉上の方が長くてずるーい」と羅列したらキリがありません。
今日もおやつのケーキの大きさが私の方が大きかったという事で、「ずるーい」の一点張りでした。
「ケーキはイリヤが切り分けたじゃないの、それなのにずるいは無いでしょうに」
「いいえ、やはり姉上はずるいですわね。まず切ったケーキを先に選んだのはアリヤお姉様だったのをもうお忘れとは」
こうなるとイリヤは私が非を認めるまで絶対に退かないのです。
私はこれ以上押し問答しても仕方ないので、今日も引き下がる事にしました。
「分かったわよ、それじゃまだ綺麗な部分をイリヤにあげる」
私は食べかけのケーキからまだ口をつけてない部分をナイフで切り取ると、それを妹によそってあげました。
「最初からそうすれば良いのですわ、それじゃ改めていただきま……」
「おねえしゃまだけずるーい」
イリヤがケーキを口に運ぼうとすると、テーブルの下から何やら可愛い声がします。
私たちがテーブルの下を覗くと、妖精のような赤い髪にピンク色のドレスを着た小さな女の子がそこにいました。
もちろん妖精ではなく、この間3才になったばかりの三女ウリヤです。
「こらウリヤ!そんな所で遊んではいけません!」
イリヤは怒ると、テーブルの下からウリヤを抱き抱えて自分の膝の上に乗せました。
しかし、ウリヤは手足をジタバタさせて何とかイリヤから逃れようと必死になっています。
「イヤイヤ!おねえしゃまだけずるーい!!おねえしゃまだけずるーい!!!」
無理やりだったのがいけなかったのか、ウリヤは泣き出してしまいました。
これには流石のイリヤも困り果てたようです。
「ああ、もう。何で私がずるいと言われなくちゃいけないのよ。ウリヤ、ケーキをあげるから泣き止んでくれない?ね?」
そう言ってさっき私がイリヤに分けたケーキをウリヤに見せました。
「けーき!」
ウリヤはケーキを見ると途端に泣き止みました。
やはりイリヤと同じく甘いものには目がないようです。
「甘いケーキだったから美味しいわよ、ケーキ食べたいでしょ?」
「うん!」
ケーキを見て二つ返事をするウリヤ。イリヤもその様子を見て少し安堵したようでした。
「これ食べて良いから大人しくしててね?その前にちゃんとお手手を拭かないと」
あやすようにイリヤが言うと、妹は持っていたハンカチでウリヤの手を拭きます。
このハンカチも元々は私が誕生日に母から貰ったもので、妹がどうしても欲しがったから仕方なくあげた物でした。
まあ大事に使ってくれているようであれば、今更私には何も言うことはありません。
「イリヤおねえしゃま、ありがとう!」
「そうよ、イリヤはずるくないのよ。ずるいのはわたし達の姉上、アリヤお姉様だけなのだから」
そう言うとイリヤは私の方にずる賢く目配せしてきました。
私はそれに対してやれやれと苦笑するしか無かったのです。
―――
それから更に数年がすぎて、適齢期になった私はロンドベルト公爵のご令息であるルージュ様と婚約しました。
ルージュ様は私より年上で銀髪に紫色の瞳、とても清潔感のある方でいつも身だしなみに他の人の3倍は時間をかけているのだとか。
それもそのはずで、彼はこの国で一番有名なドレスデザイナーの方なのです。私なんかにはとても勿体無い方と言えました。
しかし、私にはある気がかりがありました。もちろん妹のイリヤの事です。
妹のイリヤはこの婚約を快く思ってくれなかったのか「お姉さまだけずるーい」と、私達が婚約を結んだ後も何かとルージュ様に色目を使ってきました。
ルージュ様はとても心の広い方で誰にでも分け隔てなく接される方なのです。
そのため妹のイリヤが急に私達の屋敷を訪問しに来た時にも、笑顔で応対をなさって下さいました。
「本日は急な訪問にも拘わらず、ありがとうございました」
「僕の方こそアリヤの小さい頃の昔話を聞けて楽しかったよ。いつでも遊びにおいで」
そう言うとルージュ様は妹の手を取って、妹が馬車に乗るのを手伝います。
この様子を私は少々複雑な気持ちで見守っていました。なにせ昔話というのが私の失敗談ばかりだったからです。
「この度は妹がお騒がせして申し訳ありません。お聞き苦しい話もお聞かせしてしまって……」
妹が帰った後で私はルージュ様にお詫びしました。
ですが、私の謝罪を聞いたルージュ様の方はキョトンとした顔を浮かべています。
「ん、何の事だい?君が妹達のために猫の形をしたクッキーを焼こうとしたら、化け猫のような形のクッキーが焼き上がった話なんか傑作だったじゃないか」
そしてルージュ様はまたフフッと思い出し笑いされました。これには流石に私も怒ります。
「ルージュ様!」
「悪い悪い、純粋で真面目な君でもそんな失敗をする一面があるんだなと思うとつい……フフフッ」
なおも笑うルージュ様を見て、私はまったくこの人はと肩を竦めるしかありませんでした。
―――
そんな事があってからも、妹はルージュ様への過剰なアピールを止めようとする気配は一向にありません。
なので、私は実家に帰った時に妹に直接言ってやりました。
「イリヤ、私とルージュ様は婚約しているのよ。少しは自重して頂戴」
私はいつになく真剣に言いましたが、妹はそれを鼻で笑います。
「それが何だと言うのです?ルージュ様が本当に愛しているのが誰か、姉上はお分かりでないようですね」
イリヤは小さな赤いハンカチをポケットから取り出しました。
ハンカチにはロンドベルト家の紋章である鈴蘭を模った刺繍が縫い付けられています。
「このハンカチはルージュ様がイリヤの誕生日にプレゼントして下さいましたの、これはルージュ様からの真実の愛の告白に他なりませんわ!」
確かに私はルージュ様からそんなプレゼントをいただいた事はありません。
私が黙っているのを見て優位を確信したのか妹は私に詰め寄ってきます。
「どうです姉上、早く婚約を破棄された方が身のためでしてよ?」
「いいえ!ルージュ義兄様はあたしの者ですわ!」
突然扉の外から大声が聞こえたかと思うと扉を開けて誰かが入ってきました。
誰かと思って見てみれば三女のウリヤではありませんか。
その姿はもう昔のような小さな妖精の女の子ではなく、カラフルなドレスを着た立派なレディです。
「このドレスは今度殿下が主宰なさるダンスパーティのため、ルージュ義兄様が特注で作ってくださいましたの!」
私はそう言えばルージュ様が今度開かれるウリヤと同じ年頃の殿下の誕生日パーティーのために、ウリヤのドレスを作っていた事を思い出しました。
―――
数ヶ月前の事です。
ルージュ様の仕事場にお茶をお持ちした所、彼はキャンパスにそれはもう華やかなドレスのデザインを描かれておりました。
私はその作業中のルージュ様を見て、私のためのドレスを考えておられるのかな?と早合点してしまったです。
「このドレスは私のために?」
今覚えば何でこんなストレートに聞いてしまったのか謎なのですが、私は逸る気持ちを抑えられず聞いてしまいました。
「違う、君のじゃない」
あまりにも素っ気なく、ルージュ様はしかも私の顔も見ずに言われたのです。
これには思わず彼の顔をひっぱたきそうになってしまいました。
しかし、ルージュ様は私が手を上げようとする前にペンを置くと私の方を振り返りこう言われました。
「アリヤのためのドレスは結婚式の直前になるまで見せないよ。もし君がドレスを気に入らないようであれば僕はそこまでの男だし、その場で婚約破棄される覚悟さ」
とても真剣に私の眼を見て宣言されると、ルージュ様はまた作業に戻られました。
それを聞いた私は少し自分が恥ずかしくなり、ティーセットを置くとすぐに部屋を退室した事を覚えています
―――
ウリヤに話を戻しますと、白、ピンク、赤とカラフルな色のそのドレスはとてもウリヤに似合っていました。
ドレスのスカート部分にはたくさんの鈴蘭の刺繍が施されています。
「どうですかお姉様方、似合ってますでしょうか?」
そう言うとウリヤは見せつけるようにクルリと横に1回転すると誰にでもなくカーテシーをしました。
愛くるしいその姿はまるで様々な色の鈴蘭が絢爛に咲き誇っているかの様です。
「ル、ルージュ様お手製のドレスだなんて……イリヤが何度頼んでも、今は忙しいからと断られたのに」
ウリヤのドレス姿を見たイリヤはハンカチを持ってワナワナと震えています。
無理もありません。ハンカチとドレスでは比べ物になりませんから。
「あら、イリヤお姉様もそのハンカチをプレゼントされましたのね。私も同じ物をこのドレスと一緒に頂戴しましたわ」
姉が持っているハンカチに気づいたのか、ウリヤもポケットから同じ赤いハンカチを取り出しました。
しかも2枚、後でルージュ様に聞いた所1枚は殿下へのサプライズプレゼント用としてルージュ様がウリヤに渡していたそうです。
プレゼントで殿下の気を引こうというのは感心しませんでしたが、今回は助かりました。
「ちょっと気分が悪いので、自分の部屋に下がらせていただきますわ。姉上もごきげんよう」
イリヤが片手で頭を押さえて部屋から出ようとします。
すると誰かが部屋の前に立っていたのに気づいたのか、立ち止まりました。
「イリヤ、頭なんか抱えてどうしたの?あらアリヤ、帰ってきてたのね!」
入り口の方に私も目を向けると、そこには私達の母であるメガリヤが立っています。
私達と同じ赤髪の母は紫色のマタニティドレスを身に纏っていました。そのお腹は丸々と膨らんでいます。
「ええ、お母様もお元気そうで何よりです。ご懐妊されたとお聞きしましたが」
私は母に挨拶を返しました。
「そうそう、今日見てもらったら双子の女の子なんですって!貴女達の新しい妹達よ!」
魔法使いの産母の見立てによると双子の女の子らしいです。
そして母は晴れ着姿のウリヤを見て少し怒ったように言いました。
「ウリヤ、あなたも姉になるのだからそんなに騒がしい様では困ります。そのドレスはダンスパーティまで大切に仕舞っておくと言っておいたはずですよ」
「すいませんお母様、とても素敵なドレスだった物でお姉様方に見せびらかしたかったのです」
母に怒られたウリヤはまるで夜の花のように頭をたれ、シュンとなっています。
その影で頭にハンカチを被ったイリヤがコソコソと自分の部屋へと戻って行っておりました。
―――
こんな事があった後ですが、私とルージュ様は無事に結婚式を迎える運びとなりました。
結婚式では白いプリンセスラインのウェディングドレスを、披露宴でのお色直し後は赤のベルラインのドレスを着る事になっています。
どちらもルージュ様が私のためだけに、ロンドベルト家の花嫁として相応しいよう鈴蘭をイメージしてデザインされたとのこと。
「ウリヤちゃんのドレスは殿下へのアピールもあるから豪華絢爛にしたけど、アリヤにはそれよりも夏は涼しく冬は暖かくの機能性が高いほうが喜ぶんじゃないかと思ってね。特に布地は……」
ウエディングドレスを試着している最中にルージュ様が何やらドレスの品評をされていましたが、私はそれを上の空で聞いていました。
決してドレスが気に入らなかったのではありません。むしろ逆です。
鏡で自分のドレス姿を一目見た時に、また妹達からずるいずるいと言われてしまうのかと頭がいっぱいだったのですから。
お読みいただきありがとうございました
ブックマーク登録・評価するかはお任せしますので、よろしければもう1話
砂塵の小説を読んで頂けるとありがたいです
8/11
誤字報告ありがとうございます。修正致しました。
修正前 お見苦しい話も、あたしの者
修正後 聞き苦しい話も、あたしのもの