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Invisible Notation  作者: 伝記 かんな
6/12

*Notation 6* energico

心の赴くままに進路を見据えた晴。

手探りのまま開いた扉の先に、待ち受ける縁。

暗闇の中を、彼女は歩いていく。


                 6



“俺には、誰にも言えない秘密がある。”


そう。

国家機密だ。

俺は陰で働く工作員。

トップクラスの、な。

(←・・・んなわけあるかーいっ)



自分でボケて、ツッコミを入れるのは

いつも通り。



“その秘密のお陰で、俺はいつも悩まされている。”


・・・・・・これが、正しい。


“話しても理解してもらえない”

という、秘密。


それに対して誰かに言おうとも思わなかったし、

話したところで、

アブナイヤツとして見られる確率の方が

はるかに高い。

子どもの時なら、なおさら。

周りにいる同級生も、先生も、家族にも・・・・・・

俺の事を理解してもらえるはずがない。

そう思って、今まで過ごしてきた。

・・・・・・ばぁちゃんに、話すまでは。



自分は、“普通に見えないものが、見える”。



しかも“彼ら”は俺たちとあまり変わらないから、

認識してしまうと、やばい。

一回話しかけて、えらい目に遭った事がある。


・・・・・・その時、変な爺さんに会った。

“彼らの世界”の住人・・・らしい。

その爺さんに会わなければ・・・・・・

俺はずっと、“彼らの世界”を

さまよっていたかもしれない。

そして今でも、その爺さんは俺を助けてくれる。

条件付きだけど。

でも、その条件をクリアしてるお陰で

俺は普通に生活できる。

と、いうより・・・・・・

爺さんのお陰で、俺は

生きていることがどんなに幸せか・・・・・・

感じられる。



―『お前は興味深いのぅ。

 その強い眼力は、なかなかお目にかかれない。

 “我らの世界”に通じる扉を、

 いとも簡単に開けてしまう程じゃ。

 日常生活を送るのは、至難の業じゃろうのぅ。

  ・・・・・・よし。何かの縁じゃ。

 助けてやる代わりに、儂の仕事を

 ちーっと手伝ってもらおうかのぅ。』



・・・・・・とか、何とか。

それはそれはもう、命がけで手伝っている。

何度も、死にかけた。


でも、平和な日常生活の為。

俺の、充実東京ライフの為。


毎日、戦っている。



その爺さんは、

白い髭と白髪で埋もれて顔が見えない。

・・・・・・名前なんだっけ?

聞いても教えてくれないんだよな。

最初見た時、仙人かと思った。

・・・まぁ、仙人かもしれない。

絵に描けるくらい、インパクトあるもんな。

(←見た目かよ)


爺さんは、俺の唯一の理解者。

俺の、親友だ。

・・・親友って言っていいのか、分からないけど・・・・・・


爺さんは、“彼ら”について

いろいろ教えてくれる。恩人でもある。

世間話も聞いてくれるし、

進路の事とかも、アドバイスくれたりする。

・・・・・・まぁ、うんちくが、うざいけど。

俺にとって、有難い存在だ。



えらい目に遭ってから、俺はしゃべる事を控えた。


周りの人たちは、

俺が変わってしまったとか、

心の病気になってしまったとか、

思っているだろうな。


そんなことはない。

本当は、人と話す事が好きだ。

“彼らの世界”にいる時の俺は、

ふつーに話す。ふつーのヤツ。


ふつーに恋もする。

今、すげー気になっている女性がいる。

俺がバイトしてる店の、マスターの姪っ子さん。

きれいかわいい。最強のコラボ。

これで性格も良かったら、マジどうしよう。

話したことないけん、分からんけど・・・・・・

多分、すげーいい人。

最近ほぼ毎日店に来てくれて、

俺の作ったカクテル、必ず一杯飲んでくれる。

すげー嬉しい。かわいい。

かわいいとか、失礼かもしれんけど、かわいい。

言いてぇ。かわいい。


・・・・・・まぁ、恋っす。

気持ちを伝えたところで、うまくいくわけがない。

相手にしてもらえない。きっと。

言葉も返せない、ヘタレな俺なんか。

しかも俺は学生。向こうは社会人。

・・・・・・考えれば考える程、

可能性は・・・・・・0に等しい。

男として、見てもらえるはずがない。

・・・考え出すと、切なさが止まらなくなる。


その人は、社会と向き合っていて、疲れ果てて、

酒を飲みに来る。

その時の表情とか、ばりっばり好き。

俺が知らない世界を、渡り歩いている。

かっこいい。

・・・・・・かわいい。

よしよししてぇ~。癒してやりてぇ~。

(←心の叫び←ツッコミになってねぇ)


そういえばその人には、

“ツインテールの女の子”が傍にいる。

爺さんと同類。安全な“彼ら”。

恐らく、身内だよな。

その人を護っている。

・・・ばり俺の事見つめてくるけん、

ちょっと怖いっちゃけど。


俺、何もしないよ。

っていうか、できないっすよ。

女神なんで。

眼福できれば、俺は幸せっす。

代行なんて、いくらでもするっす。

話しかけてもらえるだけで、

ばりっばり嬉しいんっすよ。ひそかに。

いつも、マジで、あざっす。


“Calando”のマスターは、すげーかっこいい。

朝時間の顔は知らないけど、

夜時間の彼は、ほんとばりかっこいい。

シブかっこいい。俺も、ああなりたい。


“マスターの奥さん”が、ずっと傍にいるのも分かる。

・・・・・・残酷だよな。

これからって時に、病気で亡くなるなんて。


“奥さん”のピアノは、最高だった。

マスターの極上の酒と、

“奥さん”の癒しのピアノ。

二人に作り出す“Calando”にハマって、

俺は弟子入りした。

大学卒業したら、一旦地元に帰る。

それが、父さんとの約束だ。

地元でバーテンダーとして働いて修業積んで・・・・・・

いつか自分の店を持ちたい。


爺さんは、やめとけって反対している。

バーテンダーは、

会話する能力も必要な職業だという。

会話とは。

しゃべるだけではない。

空気も読まないといけない。

お前には無理だろうと。


・・・いや、無理じゃない。

ただ、話せなくなっただけ。

慎重に声を掛けないと、

本当にえらい目に遭うから。ほんと。

・・・・・・空気を読む?

たまに爺さん、変なこと言うもんなぁ。


こんな自分の体質(?)に、

ようやく向き合う決心がついた。

だからこそ、挑戦したい。

“しゃべれないバーテンダー”で、俺は頑張る。

そんなやつ、一人いてもいいやろうもん。


・・・あ。そうそう。

爺さんの特殊フィルター能力のお陰で、

俺が“見えている”っていう事を

“ツインテールの女の子”も、

“マスターの奥さん”も、知らない。

俺が視線を合わせないから、

なおさら気づかないと思う。

・・・もちろん、“彼ら”からも。



自分が東京に出てきた、もう一つの理由。


これは、ばぁちゃんと俺だけの裏ミッションだ。

極秘事項。


・・・・・・俺のじいちゃんは、行方不明だ。

死んだことになっているけど、俺には分かる。


“じいちゃんは、生きている。”



立派な警察官だった。

厳しかったけど、俺は好きだった。

“サムライ”って言葉がピッタリ。

じいちゃんみたいな警察官に、

なりたいと思った時期があった。


でも、じいちゃんが死んだってなってから・・・・・・

変わってしまった。

家族も。

じいちゃんの周りにいたみんなが。

一人いなくなるだけで、世界は変わる。

大小関係ない。

俺も、その一人だ。



“じいちゃんは、死んでいない”。


それが、分かったからだ。


こんな体質(?)だから分かる。

じいちゃんは生きている。確実に。


爺さんも、それについては同じ意見だ。


なぜ、生きているのに

死んだ事になっているんだ?


それがすごく引っ掛かった。


かなり迷った。困った。

そして・・・・・・怖くなった。


それを、ばぁちゃんに言うべきか?


いきなり俺の秘密を話して、

分かってもらえるだろうか、と。



ばぁちゃんは、易者をやっている。

一部では、かなり有名らしい。

しかも、強い。

ちらっと母さんに聞いたけど、

何かの拳法の達人らしい。

実際それを見たことないけど・・・・・・

何となく分かる。

タダ者じゃないオーラ的なものが、やばい。

うまい言葉が見つからない。


そんな最強のばぁちゃんでさえ、

俺の秘密は見抜けないらしい。

俺自体の運勢を、見通すことが出来ないと

言われたことがある。

それは、ばぁちゃんの愛弟子・・・・・・

俺の最強の妹にも言われたことがある。

その事が、二人とも最大の謎らしい。


・・・見えてほしいよなぁ。

占いとか信じる方じゃないけど、

運勢くらいは気にするやんか?

ラッキーアイテムとか・・・・・・

それ、教えてほしいっちゃけど。

ばり運悪いのに。(←笑えねぇ)

・・・・・・絶望するしかない。



じいちゃんが死んだって事を、

ばぁちゃんは疑っていた。


遺体がじいちゃんだと事実を突きつけられても、

ばぁちゃんは信じなかった。


だから、俺は話してみようと思った。


ばぁちゃんだけには、俺の秘密を。



話したら、ばぁちゃんは

馬鹿にせず、きちんと聞いてくれた。

逆に、喜んでくれたんだ。

“話してくれてありがとう”、って。


ばぁちゃんは、心細かったんだ。

じいちゃんが生きているっていう、

確実な答えが欲しかったんだよな。


話してよかった。



“学。これからは・・・・・・

 私に迷わず話しなさい。

 世界を敵に回しても、

 私はお前の味方だからね。”



その言葉で、俺は救われた。


そうか。話してもいいのか。

秘密は、秘密じゃなくてもいいのか。

俺の事を、ばぁちゃんが肯定してくれるのか。


ばぁちゃんは、俺の最強の味方になった。

だから俺も、

ばぁちゃんの最強の味方でいたいと思う。

じいちゃんのことで、

何か分かる事があったら・・・・・・

すぐ、ばぁちゃんに伝えようと思った。


ばぁちゃんは

見える範囲から調べているけど、

俺は、見えない範囲から。

俺にしか出来ない、最大ミッション。

東京にいる、今だけの。


爺さんと一緒に調べているけど・・・・・・

何も見つからない。

じいちゃんを知っている“人”に

出会うと思ったけど・・・・・・

甘かった。

手がかりがないまま、4年目を迎えた。



ばぁちゃん、ごめん。

何も役に立てんかもしれん。


・・・そう、あきらめかけていたけど。



おかしな女性が店に来た。


”繋がっている”。


しかも、平気な感じで。


“彼ら”と“共鳴”して、

平気な人間に初めて出会った。


“共鳴”すると、

もちろん“彼らの世界”に繋がる。

日常として。

だから、今まで会ってきた

“彼ら“と“共鳴”した人間は、正気を保っていなかった。

・・・・・・平気でいられるはずがない。


だから俺は、

爺さんとは“繋がって”いない。

助力関係だ。条件を付けての。



・・・・・・“彼”は、

俺の苗字を聞いて反応した。

かなり、気になる。


・・・・・・確かめないと。



                 *



“Calando”が閉店する間際。


カウンターテーブルの上に両腕を乗せ、

そこに頭を預けて

すやすやと眠っている莉香がいた。

今日の彼女は上機嫌で酒に酔い、この状態に至る。


店内のBGMは止められ、

客の姿はもうなかった。



「歓迎会は、改めて後日にしようかな。」


拓馬は、気持ちよさそうに眠っている莉香を

微笑ましく見守って言った。


「・・・晴ちゃん。

 僕が家まで送りたいところだけど、

 店に残ってやる事があってね。」


眠っている莉香の隣に座っていた晴は、

会釈をして微笑む。


「まだ終電があるので、大丈夫です。」


スイートスタウトをグラス一杯飲み、

拓馬の作った

絶品ジェノベーゼパスタを堪能した

彼女の頬は、ほんのり赤い。


「ここで働くようになったら、送ろうと思っているよ。

 深夜の、女性の一人歩きは危ないからね。」


拓馬は、皿を片付けていた学に目を向けた。


「マナ。いつも頼んで悪いが、

 代行をよろしく。今日は晴ちゃんも一緒に乗せて

 送ってやってくれ。」


彼は、皿に視線を落としたまま頷く。


晴は拓馬の申し出に戸惑ったが、

心遣いを拒むことは出来なかった。


「・・・ありがとうございます。」


「ははっ。礼は学に言ってくれ。

 ・・・莉香ちゃーん。起こして悪いけど、

 車のキーを出してくれ。」


拓馬が呼び掛けても、莉香は

むにゃむにゃするだけで目を覚まさない。


「まいったなぁ。

 ・・・仕方ない。

 ちょっと拝借するよ~。」


莉香のハンドバッグを手に取り、

拓馬はその中から車のキーレスキーを取り出す。


「・・・・・・マナ。任せても大丈夫か?」


その問い掛けに、彼は間を置いて頷く。


「・・・車、ここに持ってきます。」


小さな声音だったが、拓馬の耳にしっかり届いた。


「よろしく頼む。」


キーレスキーを、学に手渡す。


拓馬の意思を受け取り、

学は会釈をしてバックヤードに姿を消す。


状況を見守っていた晴に目を向け、

拓馬はやんわりと告げた。


「莉香ちゃんは僕にとって

 姪っ子でもあり、娘みたいなものなんだ。

 彼女の両親は離婚していてね。

 ・・・・・・彼女も、僕を頼ってくれる。」


「・・・・・・ちらっとは聞いていました。」



熟睡している莉香を、二人は見つめる。


女子会の時、莉香から聞いていた事実だった。

だが深い事情を、晴は知らない。

そして彼女も、その事情を語らなかった。


拓馬は視線を晴に移し、言葉を紡ぐ。

その眼差しは温かくもあり、真摯である。


「・・・・・・正式に働く前の一ヶ月間、

 空いた時間で構わないから

 “Calando”に来てほしい。

 店の空気というか、場に慣れてもらいたい。

 勿論ピアノが弾きたいと思ったら、

 いつでも言ってくれ。

 お客さんの反応が見てみたい。

 ・・・それを想像すると、楽しくなるよ。」


晴はしっかりと首を縦に振った。


「はい。出来る限り通うつもりです。」


「ボランティアじゃないよ。きちんと手当を出す。」


「えっ。それは・・・・・・いいです。

 困ります。」


「ははっ。・・・自信を持ちなさい。

 君のピアノは、それだけの価値があるよ。」


拓馬の力強い言葉に、晴はどこか気恥ずかしくて

くすぐったかった。


「・・・マナが車を持ってくる間、

 軽くピアノを弾いてくれないか?聴きたいなぁ。」


「えっ?」


「気張らなくていいよ。かるーく。

 上手く弾こうと思わないで。

 ・・・今日は忙しくて疲れたよ~。

 お疲れさまの一曲、お願いします。」



丁寧に頭を下げされ、晴は断れなくなった。

躊躇いながらも、微笑んで頷く。


「・・・・・・

 じゃあ、一曲だけ・・・・・・」


「やった!ありがとう、晴ちゃん。

 片付けが捗るよ~。」


肩を回し、にこにこしながら

拓馬はカウンター内に戻っていった。



それを温かく見送った後、晴は

スポットライトに照らされた

グランドピアノに目を向ける。



―・・・・・・あれから三日間、

 弾きたくてたまらなかった。

 その気持ちを、発散できる。


しかも彼女は今、

ほろ酔いでとても気分が良かった。


―・・・朋也、聴いてくれるかな。

 ・・・・・・朋也。

 ・・・・・・ねぇ、朋也。



その呼び掛けに、応える彼の声はない。



―・・・・・・朋也、大丈夫かな。


 真弓さんの事を思い出した時も、

 気配がなかったし・・・・・・


 ・・・・・・いっか。

 そっとしておこう。



晴は、グランドピアノがある

ステージにゆっくり歩いていき、ピアノ椅子に座る。

一息つき、見上げると

スポットライトが

煌々と浮かぶ月のように見えた。


それを眩しそうに眺めた後、

彼女はピアノの蓋を開ける。



―・・・・・・月の光、かぁ。



東京に来て、一年過ぎた晩春の夜。


部屋の窓から

朧月が浮かんでいるのを眺めて、

とても頼りなくて寂しげだと感じた。


自分の心を、映しているように。



彼女は両手を、すっと鍵盤の上に置く。


最初のフレーズは、

鳴るか鳴らないかという程

微かに解かれた。



とある組曲の夜想曲。

静寂と暗闇の中で浮かぶ、淡い月。


優しい光が、舞い降りる。



学が店に戻ってきたのは、

曲の終わり頃だった。


出入り口の扉を開けた瞬間、

優しい旋律が彼を包み込む。



光の音と溶け合う晴の姿を、彼は瞬きもせず見つめた。



「・・・・・・素敵だろう?彼女のピアノは。」


立ち尽くしたまま聴き入る学に、

拓馬は何気なく声を掛ける。


「・・・これから、

 新しい“Calando”が生まれるよ。」



優しい月の光が、店中に溢れていた。




熟睡している莉香を背負い、学は歩いていく。

自分のショルダーバックと

莉香のジャケット、

ハンドバッグを持って、晴は学の後を追った。


店の駐車場は、裏手の小さなスペースにある。

この場所は、客に提供をしていない。


プライベート用に設けているので、

拓馬の車を置くスペースと

もう一台分の広さしかなかった。

そこに、莉香の

薄いブルーの軽自動車が駐車していた。


学は遠隔操作で車のロックを外す。


晴は先回りするように小走りで車に駆け寄り、

後部座席側のドアを開けた。


その誘導に彼は無言で従い、

背負っている莉香を

後部座席のシートへ寝かせるように、

ゆっくり下ろす。


晴はトランクのドアを開けて、莉香の荷物を置いた。



ここまで、

二人は何も会話をしていない。


何を話せばいいか、晴は困っていた。


学の、雰囲気のせいもあるかもしれない。

会話することを、シャットダウンするような。

目も合わせてくれない。



―・・・・・・うう。気まずい。

 こういう時、

 どんな会話をしたらいいのかな・・・・・・?

 ・・・これから、一緒に

 働くことになるわけだし・・・・・・

 少しは、仲良くなれたらいいけど・・・・・・



そう思いながら、晴は助手席側のドアを開ける。

すると、シートにお座りしている

癒しのシルエットが目に入った。

今、彼女にとって

とても存在感のある心強い味方。


―想ちゃ~ん!助かったぁ~!


うさぎのぬいぐるみ・“想ちゃん”を

愛しそうに抱っこし、

晴は助手席に乗り込む。

大事そうに、“想ちゃん”を自分の膝の上にお座りさせて

ショルダーバッグを脇に置いた。


―・・・あれ?

 そういえば、莉穂の姿を見ていないなぁ。


自分が倒れて休憩室で休んだ後、

店に戻った時から

莉穂の姿を確認していなかった。

疑問に思いながらも、

晴はシートベルトを装着する。


肩に掛けていた黒のリュックサックを

後部座席の足元に置き、

学は運転席に乗り込んだ。

シートとハンドルの位置を調節し、

ルームミラーを手で合わせる。

サイドミラーを確認した後

シートベルトを装着し、エンジンを始動させた。


それとともに、

内蔵しているステレオアンプに繋げた

スピーカーから、音楽が流れ出す。

今流行りのJ-POP。

女性アーティストのアルバム曲だった。


―・・・あっ。これ好き~。

 助かる~。

 ありがと莉香~。


気まずい空気を一掃させる、

明るい曲調の旋律。

女性ならではの“恋あるある”を綴った歌詞は、

幅広い世代からの支持を得ている。


今彼女にとって、この“想ちゃん”と

女性アーティストの曲が

心の拠り所だった。



曲にかき消されそうなボリュームで、

学の声が流れてくる。


「・・・先に、藤波さんの家に行きます。

 ・・・・・・家を知られるのが嫌だったら、

 その近くを教えてください。

 出来れば、降ろせる所でお願いします。」


その声を何とか聞き取り、晴は

やんわりと返事をした。


「・・・・・・車が駐車できる所になると、

 お金がかかっちゃうので・・・・・・

 家の駐車場までお願いします。」


彼の配慮に感謝して、自宅の住所を教える。


それを聞くと、学は

ダッシュボードの上に設置してある

カーナビを操作して入力した。



《目的地に向かいます。この先、右方向です。》


優しい口調の音声ガイダンスが

曲に被さるように響いた後、彼は車を発進させる。



後部座席でぐっすり寝ている莉香を、

晴はサイドミラーから確認した。


―・・・・・・

 莉香、全然起きないなぁ・・・・・・



ちら、と学に目を向ける。

彼は前を真っ直ぐ見据えて、ハンドルを握っている。


その顔は、ちらりとも

こちらを向くことはない。


―・・・・・・

 無理して話さなくて、いいかな。

 とても、真面目な人っぽい。


 そうよね。

 拓馬さんに任されるくらいだもん。

 安全運転で、私たちを

 送り届けようとしているかも。


晴は学と会話することを諦め、

車窓に目を向ける。


―・・・でも、莉香といる時も

 こんな感じだったら・・・・・・

 ちょっと寂しいよね。

 莉香が愚痴っちゃうのも、分かる気がする。


 せめて、莉香とは会話してほしいなぁ・・・・・・



走行中の車内は、

女性アーティストの曲と

カーナビの音声ガイダンスだけが響く。


家に着くまで、二人の間に会話はなかった。



およそ30分過ぎた頃、車は家の駐車場に到着する。

無事に辿り着いて、晴は

ほっと息をついた。


シートベルトを外した後、

膝の上で寛いでいた“想ちゃん”を、

眠り続ける莉香の傍にそっと置く。


「・・・送ってくれて、ありがとうございました。

 それでは、また・・・・・・」


そう言うと、晴は学に向かって丁寧にお辞儀をした。


ショルダーバッグの紐を肩に掛け、

車内から出ようとした時。



「・・・・・・藤波 晴さん。」


ぼそ、と、自分の名前を紡ぐ

彼の声が耳に届く。


「・・・・・・少し時間、いいっすか?」



その呼び掛けに反応して、

振り向こうとした瞬間。


視界がブラックアウトした。



えっ、と晴は声を上げる。



状況に戸惑う間もなく、

うねるような強い風が彼女を襲う。


急に、真っ白な世界が開いた。


深々と綿雪が上空から舞い降り、

地面に触れては消えていく。



―・・・・・・えっ・・・・・・?

 ここって・・・・・・

 朋也の記憶で見た、あの場所?

 どこかの公園の・・・・・・



「・・・・・・朋也!」


見回していると、ベンチのすぐ傍で

地面に伏すように倒れている朋也がいた。


晴は思わず駆け寄って跪くと、

ショルダーバッグをベンチの上に置いて

彼に呼び掛ける。



「朋也!しっかりして、朋也!!」



身体を仰向けにさせ、肩を軽く叩くが

彼は目を開けようとしない。

晴はパニック状態になり、

朋也の頭を自分の胸の中に抱え込む。


「ねぇ、どうしたの?朋也・・・・・・

 起きてよ・・・・・・」



彼の髪の感触。

温もり。

それを感じて、彼女は次第に冷静さを取り戻す。



―・・・彼に、触れることが出来ている。

 ということは・・・・・・


 ここは、“彼らの世界”。


 しかも、ここは・・・・・・

 彼の記憶の場所。


 どういうこと・・・・・・?



「訪問して、すみません。」



聞き覚えのある声が響く。


その声の方向に目を向けると、

自分を正面から見据えて立っている青年がいた。


他でもない。


「・・・佐川くん・・・・・・?」


学の鋭い眼差しと、ぶつかる。


「確かめたい事があるんっすけど。」


しっかりした、淀みない声音。

先程まで認識していた彼とは、全く違う。

しかも、この“世界”で

彼と顔を合わせている状況。

その事に、晴は大きく戸惑う。


―・・・なぜ、佐川くんが“ここ”に?


「・・・た、確かめたい事・・・・・・?」


晴の胸の中で眠る朋也を見て、学は目を丸くする。


「・・・あれ?っていうか・・・・・・

 何で“その人”寝てるんっすか?」


朋也の事を指摘され、晴は目を潤ませて涙ぐむ。


「・・・わ・・・分かりません・・・・・・」


「・・・えっ?ちょっ・・・・・・」


益々状況把握に困難し、

どうしたらいいのか分からなくなった

彼女は、ぽろぽろと涙を零した。


「いきなり、こんなことになって・・・・・・

 何が、起こったのか・・・・・・

 私が、教えて、ほしいくらいです・・・・・・ぐすっ」


泣きじゃくる晴を目の当たりにして、

学はおろおろする。


「な、泣かないでくださいよ。

 俺は“その人”に、聞いて

 確かめたい事があっただけで・・・・・・」


「・・・どうして・・・・・・

 佐川くんが、“ここ”にいるのかも、

 分からない・・・・・・」


―すごく普通に話しているのも。


「・・・えーっと・・・・・・

 そうっすよね。

 びっくりするのも分かるっす。

 簡単に言えば、俺も

 藤波さんのように“彼ら”が見えるんっすよ。」


「え・・・?」


「ただ、俺の見え方は特殊過ぎて・・・・・・

 自分でも困るところなんっす。

 ・・・俺の事は置いといて・・・・・・

 藤波さんが“その人”と“共鳴”して、

 どうして平気でいられるのか疑問なんっす。

 それも知りたいところなんっすけど・・・・・・」



晴は驚愕して、言葉を失う。


―“共鳴”の事まで知ってる。

 ・・・佐川くんって、一体・・・・・・?



『これ、青二才。

 おなごを泣かすとは、けしからんのぅ。

 相変わらず空気の読めんやつじゃ。

 その二枚目が寝ている状況は

 ただ事ではない。

 そちらを優先すべきじゃ。』


学を嗜めるように、柔らかい口調の声音が

二人を割って響いた。


晴は学の後ろから現れた、声音の主に目を向ける。


背丈は、学の胸辺りまでしかない。

白髪は肩の所まで伸び、前髪が

目を隠すように垂れ下がっている。

白い髭を蓄え、松葉色の羽織を身に纏っていた。


和装の紳士は両手を腰の所でゆったり組み、

ゆっくり晴の前に歩み寄る。


晴は、その紳士の登場に身構えた。


「あ、あの・・・・・・

 あなたは一体・・・・・・?」


優しく慰めるように、和装の紳士は言葉を紡ぐ。


『儂は、長い事“この世界”に身を置く者。

 爺さんでも、じじいでも、好きに呼んでくだされ。

 ・・・儂の下僕が、

 とんだ失礼を致しましたな。

 良ければ、その二枚目の具合を

 診てもよろしいかのぅ?』


「げぼく・・・・・?」


心外だったのか、その言葉に

学は傷ついた様子で目を見開く。

彼は、しわがれた声で

ふぉ、ふぉ、と笑った。


『冗談じゃ。冗談も通じんのか。馬鹿者。』


「俺との扱いが違うくね?」


『見かけによらず、ぴゅあなやつじゃのぉ。

 お前のそういうところ好きじゃ。

 ふぉ、ふぉ。』


「うわっ。まさかのツンデレ。

 やめろよそんなの。」



漫才をしているような二人に、晴は呆気に取られる。

だが、その雰囲気が

強張った気持ちを少し和らげた。


躊躇いながらも、和装の紳士に尋ねる。


「・・・えっと・・・・・・

 今の、この状況を教えて頂けますか?」


―冷静に、ならないと。


晴は、この非情事態を把握しようと

考えを改める。


朋也が眠っている状態。

しかも、学が“彼ら”の事を知っている事。

見えている事。

そして、“和装の紳士”の存在。

二人が、“ここ”にいる事。


和装の紳士は豊かな白い髭を動かし、

穏やかに言葉を紡ぐ。


『ここは、そのお嬢さんの胸の中で眠っておる

 二枚目の世界の中じゃ。

 学が探していた者かもしれんと、お伺いした。

 ・・・お嬢さんもご存知の通り、

 “儂ら”が“眠る”ことはない。

 前例にもない事じゃ。』


「・・・探していた?」


「それは置いといて・・・・・・」


制するように学が口を挟む。


「藤波さん。この爺さんは、

 “彼ら”の医者みたいなもんっす。

 診てもらった方がいいっすよ。

 原因が分かるかもしれない。」


学の言葉に、和装の紳士は笑う。


『ちーっと違うがのぅ。』


「・・・・・・」


少し考えた後、晴は申し出た。


「・・・診て頂けますか?」


『うむ。承知した。』



皺が刻まれた和装の紳士の手が、

朋也の頭に触れようとした時。



細く、小さな風道が通った。


微かな、本当に小さな風だったが

それを敏感に感じ取った学は、

急にその方向へ振り返る。


「爺さん。」


学に呼ばれ、和装の紳士は

朋也に伸ばした手を止めた。


『・・・・・・ふむ。』


彼もその軌道を感知したのか、相槌を打って

同じ方向へ身体を向ける。

二人が見据える方向に、首を傾げながら

晴も顔を向けた。


微かな風道が次第に渦を巻き、中心に

ねっとりした暗闇が生まれる。


紛れもない黒。


錯覚を起こしたのかと思う程、

彩りは目に映った。


その中心から現れる、人の影。


最初に確認できたのは、対照的な白衣。

そして、口の端を吊り上げて

不敵な笑みを浮かべる顔。


黒い風は、その人影を繭のように包み込んでいる。



「・・・・・・何か、やべぇヤツ出てきた。」


警戒心を最大限に持ち、学は黒い風を見据えたまま

和装の紳士に左手を差し出す。


「・・・・・・話、聞いてくれそうにないけど。」


『・・・・・・そうじゃのぅ。』


白い顎髭を右手で触りながら、彼も同意を示す。



―・・・・・・何、あの黒い風。


 何・・・・・・?


 怖い・・・・・・


晴の身体全体に、悪寒が走る。

黒い風を肌で感じて、身体が動かない。



和装の紳士の左手に、風が生まれる。


やがてそれは、本黒石目塗の鞘に納まる

一振の刀になった。


それを目の前にして、晴は驚愕する。


―えっ?!刀・・・・・・?!



『学。今までの輩とは段違いの禍々しさじゃ。

 これは・・・・・・ただ事ではないぞ。

 油断禁物じゃ。』


その刀を、学に向かって投げる。


差し出した左手で、彼はそれを受け取った。


「りょーかい。」


黒い風の中にいる男に睨みを利かせたまま、

右手を刀の柄に掛ける。


すらりと抜かれた刀身には、

波打った刃文が浮き出ていた。


鞘を投げ捨てた学は、一気に

黒い風に目掛けて駆け出す。

その身のこなしは、目に追えない程素早かった。


あっという間に男の懐へ踏み込むと、

刀を真横に振り抜く。


黒い風が綺麗に両断され、男の胴体は真二つになった。


しかし、男の表情は変わらない。

口の端を上げたまま、霞となって姿を消す。



「・・・?手応えがねぇ・・・・・・」


切った感触に違和感を覚え、眉間に皺を寄せる。


『後ろじゃ!!』


喝が飛んだ直後

背中に悪寒が走った。


「・・・っ!」


現れた黒い風が

学の背後から槍のように吹き抜ける。


素早く振り返り、かろうじて

それを回避すると

男に向き直って刀を構えた。


対峙した男の顔だけが、

風の中心に大きく浮かんでいる。


威嚇するように、大きく口を開けた。


「キモっ・・・」


口が頬を裂き、真っ赤な舌が覗く。

人とは思えぬ男の形相に、

学は鳥肌が立った。

刀を構え直し、男を見据える。


「爺さん!こいつ切れないけど!!どうする?!」


切っても消えなかった相手に焦りを感じ、

学は和装の紳士に言葉を投げた。


『・・・実体が、別にあるのか・・・・・・』


彼は呟き、考え込む。


その間に、男の顔は

黒い粒子とともに学に襲い掛かる。

それを刀で薙ぎ払い、凌ぐことしか出来なかった。


「おい、じーさん!!」


彼の逼迫した呼び掛けにも、紳士は

動じず考え込んでいる。



その状況を、晴は

はらはらしながら見守っていた。

悪寒が、身体全体を支配している。


―・・・今まで会った“彼ら”とは、違う。


 あの風に触れたら、危険な気がする。



「どうすんだよ・・・・・・」


何とか凌いでいる学を、

男は裂けた口を開けて嘲る。

学の焦りを、楽しんでいるかのように。



『・・・お嬢さん。』


しわがれた声が耳に届き、晴はその方向を見る。


『その二枚目が起きなければ、儂らに勝機はなさそうじゃ。』


気づけば、和装の紳士は朋也の頭に手を置いている。


『あの黒い風は、二枚目との因果で発生しておる。

 実体を見極める手掛かりを・・・・・・

 この者は知っておるはずじゃ。

 ・・・何か心当たりはおありかな?』


そう尋ねられ、晴は戸惑いの色を見せる。


「・・・ありません・・・・・・

 ただ、彼は死ぬ直前の記憶を

 思い出せないと言っていました。

 数日前に、ちょっとだけ

 思い出したみたいですけど・・・・・・」


『・・・・・ふむ。なるほど。

 あの黒い風は、

 それを妨害しているようじゃな。』


「・・・・・・妨害?」


『この者が、思い出しては困る記憶じゃ。

 ・・・・・・しかし、

 こんな禍々しい風に遭遇したのは

 儂も初めてでのぅ。

 余程の因縁があると窺える。

 これは、由々しき事じゃ。』


「・・・・・・

 起こす方法は、ないのですか?」


前髪で隠れて見えない顔を向け、

和装の紳士は告げる。


『今のところ、二枚目と“共鳴”する

 お嬢さんの呼び掛けくらいじゃ・・・・・・

 手立てが見つからん。』


「・・・・・・」



晴は目を瞑り、抱き込む力を強くした。


「・・・朋也・・・・・・

 ・・・朋也・・・・・・!

 起きて、お願いっ!」


―・・・・・・朋也!



声を強く、彼にぶつける。

思いも。



切望する彼女の手の甲に、

ぺち、と何かが触れる。


それに驚き、晴は思わず目を開けて

その方向を見た。



見覚えのある、小さい手。



「・・・莉穂・・・・・・?!」


あどけない、大きな瞳が自分を捉えている。


くるんと巻き癖がついたツインテールの髪。


愛らしい少女の出現に

意表を突かれて、言葉を失う。



『ん?このわらべは、別嬪さんの・・・・・・』


和装の紳士も、

莉穂がここに現れた事を驚いている。



『・・・・・・あと、もうすこし・・・・・・

 もうすこしで、このひとおきるよ。

 ・・・がんばって。』


初めて耳に届いた莉穂の声は、

小さな鈴の音のようだった。


「・・・・・・えっ?」



驚きの声を上げる晴に構わず、

彼女は朋也の頭に

その小さな手を置く。

軽く、彼の髪に

ふわりと触れる程度だった。



胸元で、ぴく、と動く反応。


それにすぐ気づき、晴は目を落とす。


「・・・!」


『・・・・・・晴?』


自分の名前を紡ぐ、彼の声。

朋也が目を覚ましたことに、晴は

この上ない喜びを感じた。


「良かったぁ・・・・・・」


嬉し涙が込み上げ、

ぎゅう、と朋也の頭を抱きしめる。


そんな二人を見て、莉穂は優しく微笑んだ。


目の前で起こった奇跡に、

和装の紳士は驚きを隠せない。


『奇異な・・・・・・

 そなた、そのような力を持っておるのか。』


莉穂は、つぶらな目を向けて

ニコッと笑う。


『・・・りほ、いつもおじいさんがみえていたけど、

 いわなかったよ。おにいさん、こまるとおもったから。

 えらいでしょ。』


『なんと!』


「じーさぁん!!もー限界!!やばいって!!」


学の泣きつく声が響き渡る。


『じゃあね。ばいばい。』


莉穂は明るい笑顔のまま、小さく手を振って姿を消した。

それを、晴は笑みを浮かべて

温かく見送る。


朋也は、和装の紳士に目を向けていた。

その視線を受け、改めるように顎髭を触った後

口髭を動かす。


『・・・・・・儂の名は、事情あって語れぬ。

 それでも構わぬなら頂戴したい。』


凪のまま、彼は答える。


『・・・・・・片桐 朋也です。』


『・・・・・・なるほど。

 おぬしには、数奇の縁が絡み合っている。』


そう告げて、和装の紳士は黒い風の男に目を向けた。


『あの男を知っておるな?』


『・・・・・・』



朋也は、そっと右手を晴の頬に置く。


彼の頭をしっかり抱きしめていた彼女は、

それがきっかけで腕を緩めた。


互いに、目を合わせる。


一瞬だけだったが、

二人の間に穏やかな風が生まれた。



身体を起こし、朋也は

学と対峙する黒い風の男を見据える。

そして、表情を変えずに頷いた。


『・・・・・・ええ。思い出しました。

 何者かは。

 しかし・・・・・・全部ではありません。』


まだ心配そうに自分を見つめている

晴に、朋也は視線を戻す。


『・・・晴。拳銃を使って、奴を撃つ。』


彼の瞳に映る静かな海を捉え、彼女は

ようやく落ち着きを取り戻した。


「・・・・・・あの怖い風に、効くの?」


朋也はその場から腰を上げると、

晴に手を差し出す。

彼女は上目遣いで彼を見つめ、

その大きな手を取って立ち上がった。


『あの風の存在を消すには、

 実体を見つけて撃たないと効果がないが・・・・・・

 退ける事は出来る。

 ・・・・・・佐川 学!』


急にフルネームで呼ばれて、学は

びくっとする。


「何だいきなり?!

 ・・・って、起きとるやないかーい!」


黒い風を刀で凌ぎながら、学は

朋也の姿を目にしてツッコミを入れた。


『今から、そいつの動きを止める!

 その後、その刀でそいつを切れ!いいな?!』


「えぇ?!起きていきなり注文とか、

 マジあり得ないんっすけど!」


『学!この二枚目の言う事を実行するのが最善じゃ!』


朋也に便乗するように、和装の紳士も言葉を放つ。


黒い風に完全ロックオンされた学は、

刀を一振りした後、言葉を紡ぐ。


「・・・・・・

 よく分かんねーけど・・・・・・

 りょーかいっす!でも、なるべく早くっすよ!」



晴はその間に、ベンチに置いていた

ショルダーバッグから

拳銃を取り出す。

彼女が手にしてきたものを、和装の紳士は凝視した。


『・・・今まで撃ってきた相手は、

 その場に縛られて動かなかったが・・・・・・』


拳銃を持った晴の背後へ、

朋也は寄り添うように立つ。


『あの風の動きは未知数だ。

 風速も射角も計算できない。

 命中させる確率は、無に等しい。

 ・・・だが、君も知っている通り

 “ここ”でそれは無意味だ。

 奴に対する俺の認知と、君の生命力。

 それが、奴を足止めする。』



彼の左手が、彼女の頭に置かれた。


今までにない温もりを受け取り、

晴は鼓動を高めて拳銃を構える。

右手でしっかり握り締め、左手で支えた。


その光景を、和装の紳士は微動せず見守っている。



黒い風を一振り凌いだ後、学も

ちらっとそれを確認した。


「反則だろ・・・・・・」


苦笑いして肩で息をつくと、学は刀を構え直した。


黒い風の男は刀で薙ぎ払われる度に

その相貌を歪め、人外のものへと形を変えていく。


もはや、黒い風が人の顔を

型取っているように見えた。


深呼吸を繰り返しながら、その異形の風を見据える。


学は感じ取っていた。


異形の風に向かって狙いを定める、二人の意思を。



異形の風は、にたぁと笑うと

学へ一点に向かっていく。


青年は、静かに目を閉じた。



晴も、学の意思を感じ取る。


自分たちを信じて覚悟を決めた、その意思を。



異形の風が、学を飲み込もうと

目掛けて大きな口を開ける。

彼はそれに対して

逃げることも、目を開けることもなく

佇んでいた。


晴の目には、異形の風の動きが

スローモーションのように見えた。


この機会を、逃さない。


彼女は素早く引き金に指を掛けた。



ダンッ!!!



拳銃から発射された

見えない銃弾は、異形の風に命中する。


一瞬、動きを止めた。


間髪入れずに学は踏み込み、刀を振り抜く。


異形の風は、

不快な低周波音を響かせて消滅した。


周囲の空気を重くしていた原因が取り除かれ、

一気に真っ白で静寂な景色が広がる。



「はぁ、はぁ・・・・・・」


息を切らし、へたり込む学。


「死ぬかと思った・・・・・・

 今回はマジでやばかった・・・・・・」


そんな彼の元にゆったり歩いていき、

和装の紳士は鞘を渡しながら

労いの言葉を掛ける。


『断つのは難しい相手じゃった。

 よく頑張ったのぅ。』


鞘を受け取り、刀を納めると

学はそれを和装の紳士に手渡した。


「・・・何なん、あのキモいやつは?

 切れなかったの初めてなんやけど。」


『・・・・・・そうじゃな。

 儂も、あれほどの禍々しい相手は初めてじゃ。』


肩で息をして呼吸を整えている晴を、

労わるように眼差しを送る朋也。

そんな彼に、和装の紳士は

目を向けて言葉を紡いだ。


『・・・・・・長い間、様々な者と出会ったが、

 おぬしのような者は初めてじゃ。』


朋也は和装の紳士を見据えると、

お辞儀をして返事をする。


『やむを得ないとはいえ

 尽力してくださった事、感謝致します。

 ・・・・・・貴方も、事情がおありのようですね。』


学は息を整えながら立ち上がり、

和装の紳士と朋也のやり取りを窺う。

晴も、その行方を見守った。


『うむ。口に出来ぬこと、誠に

 かたじけない。

 儂もおぬしと通じるところがあると思うが・・・・・・

 あの男の気配は、由々しい。

 今後も力を貸そう。』


『・・・・・・恐縮です。』


拳銃をショルダーバッグの中へ入れ、肩に掛けた晴に、

和装の紳士は顔を向ける。


『儂の目からすると、お嬢さんにも

 数奇の縁が絡んでおるようじゃ。

 お嬢さんとおぬしが出逢い、

 “共鳴”するに至った経緯は偶然かもしれないが・・・・・・

 必然と考えるべきじゃろう。』



その言葉に、二人は見合わせた。


計り知れない、深い海の中。


言の葉も、届かない暗闇。


感覚も、感情も、

何もかも、無為の世界で。



「・・・・・・あの。」


そんな中、学が声を掛ける。


「聞きたいことがあるんっすけど。」


その呼び掛けで、

晴と朋也は互いに顔を彼に向ける。


『・・・空気を読まんかっ。』


呆れたように和装の紳士は嗜める。

それに反抗して、彼は眉をひそめた。


「何だよそれ。俺はじいちゃんの事が聞きたくて

 ここにいるんやけど。」


『この愚か者めが。』


「おろかもの?おろかものってなに?」


『君の祖父の名前を聞きたい。』


朋也が学に言葉を掛ける。

それは、確認の意味を含んでいた。

学は頷いて答えを返す。


「“佐川 陽一郎”。

 ・・・俺の苗字に反応しましたよね?」


『・・・・・・ああ。』


朋也の反応に確信を得て、彼は真摯な眼差しを向けた。


「教えてもらいたいんっすよ。じいちゃんの事。

 知り合いなんっすよね?」


『恐らく、俺の知る佐川の事だと思うが・・・・・・

 なぜ聞きたい?俺が知っているのは

 死ぬ前までだが。』


「・・・じいちゃんが行方不明なんっす。

 表向きは、死んだ事になってますけど。」


『・・・何だと?』


「何でもいいんっす。

 ほんとに何も手掛かりがなくて。

 ・・・・・・俺がこうして隠れて調べている事、

 ばぁちゃんだけが知っています。

 俺が、“見える”ことも。

 出来る事は、何でもしたいんっす。」


『・・・・・・』


“行方不明”、

“表向きの死去”という言葉に、朋也は表情を曇らせる。


『・・・・・・経緯を、詳しく教えてくれないか。』


「勿論っす。あなたの知ってる限りの情報と、

 俺の持っている情報を共有しましょう。」


『分かった。出来る限り協力しよう。』



学は、静かに話を聞いていた晴に

ちら、と目を向けて、朋也に言う。


「・・・とりあえず、今日はこの辺で。

 日を改めましょう。

 数時間前、藤波さんは気を失ったんっすよ。

 もう休んだ方がいいと思います。」


それを聞いて、朋也は気遣わしげに晴を見つめる。


『・・・・・・そうか。

 無理をさせているみたいだな。』


そう言われて、晴は少し慌てる。


「もう大丈夫よ。平気。」


学は頭を下げた後、言葉を紡いだ。


「藤波さん、すみません。

 巻き込む形になるっすけど・・・・・・

 今度また時間をください。」


鋭い眼差し。


その視線が真摯なものだと、

今なら受け取ることが出来る。


晴は真っ直ぐに学を見据えて、力強く頷いた。


「・・・・・・はい。いつでも。」


二人を交互に見合わせて、

学は納得するように告げる。


「“共鳴”して平気な理由が、何となく分かりました。

 ・・・俺は肯定派っすよ。」


「え?」


『これ、学。野暮じゃ。』


嗜めた後、和装の紳士は晴にそっと語り掛ける。


『学が至らんで、かたじけない。

 お詫びに、ささやかな贈り物を用意しよう。

 好きに使いなさい。』


「・・・?」




晴の目に、車のサイドミラーが映る。

それとともに、スピーカーから

歌声が耳に届いた。


はっとして運転席に目を向けると、

ハンドルを見つめたまま動かない学がいた。


「・・・佐川くん・・・・・・」


「・・・・・・」



彼は、何も言葉を発しない。

こちらを、見ようとしない。


今先程まで一緒にいた彼と、

目の前にいる彼は、別人に思えた。


何か言葉を掛けたかったが、

様々な感情が入り交じって出来ない。


「・・・・・・」



晴は何も言わず、会釈をすると

車のドアを開けて外に出る。


その拍子に突発的な風が吹き、

力を入れることなく

バタン、と閉まった。


それが合図のように、車はゆっくり発進する。


街灯に照らされる

自宅のワンルームマンションを見上げて、

現実に戻った事を自覚した。


急に、どっと疲れが出る。

足取り重く、階段を上っていった。


ほろ酔いで気分が良かった時間が、遠い。


部屋のドアの前まで行くと、

鍵を取ろうとショルダーバッグの中に手を入れる。

取り出しやすいように、

ビーズで作られた桜のストラップを付けていた。


それに触れて、ふと違和感を覚える。


「?」


取り出して手のひらに乗せ、鍵を見つめる。


―・・・えっ。

 鍵が・・・・・・2つ?


普段、部屋の鍵は

1本しか持ち歩いていないはずなのに、

今手のひらに乗っているのは2本。

しかも、片方は微量に光っているように見えた。


―・・・もしかして、

 お爺さんの言っていた贈り物って、これ?

 ・・・・・・何で、同じ鍵が・・・・・・


彼女はそれをしばらく眺めた後、

光る鍵の方を使い、解錠する。


ドアは普通に開き、晴はその先を窺おうと

覗きながら中に入った。



目に飛び込んできたのは、灰色の世界。


対面するように、朋也が立っていた。


それに驚き、晴はショルダーバッグを地面に落とす。

部屋のドアは、それとともに閉じた。



―・・・・・・私の部屋、じゃない。



周りを見回すが、灰色の空間が目に映るだけで

何もなかった。

かろうじて、出入り口である

玄関のドアだけが存在しており、

晴はそれを背にして朋也を見据えた。



『・・・あの御仁が作り出した空間だ。』


低く響いた声は、

優しく撫でる風のように彼女の耳へ届く。


『・・・・・・

 君に再度、確認しようと思う。』


その顔に、情念が宿る。


雰囲気。

眼差し。

向けられる全てが、心を抉った。


背中でドアに、もたれかかる。


『ともに、これからも

 危険な目に遭うことを選ぶか。

 “共鳴”を断ち、

 “俺たち”とは無縁の時間を過ごすか。

 ・・・・・・どっちだ?』


「・・・・・・何で、そんな事聞くの?」


声が震える。


『・・・これから先を知れば、後戻り出来ないからだ。』


彼が自分に向かって、一歩踏み出す。


後ずさりしたいが、出来ない。


鼓動が大きく波打つ。


「・・・・・・聞かなくても・・・・・・」


―分かってるくせに。


声にならない。


『・・・・・・分からないな。』


彼は彼女の、心の声を拾う。


『はっきり聞きたい。』


その所望に、力を振り絞って吐き出す。


「・・・・・・私は、朋也と一緒にいたい。

 危険だろうが何だろうが、

 もうそれは変わらないの。」


『・・・・・・』


「・・・・・・無理矢理

 “共鳴”を断つなんてしたら、怒るからね。」


『・・・・・・どうかな。』


「朋也ならするでしょ。

 危険な目には遭わせられないとか、

 私の幸せとか、未来とか、何とか

 言っ・・・・・・」


言い掛けた言葉を飲み込む。

距離が、さらに一歩近づいたからだ。


『それを考えるのは当然だ。

 俺と一緒にいても、君は幸せになれない。』


「・・・・・・勝手に、決めないで。」


―朋也がいない未来は、考えたくない。

 あり得ない。



二人の距離は、かなり近い。


彼は、さらに近づいた。


その情念に応え、

彼女は背中をドアから放す。



『・・・・・・昨日とは違う。

 君が頷けば、俺はもう引かない。』


「それでいいの。それがいい。」


―あなたの、その気持ちが欲しかった。


彼は、ふ、と笑みを零す。


『・・・・・・敵わない。君には。』


零れた笑顔が、彼女に落ちる。


「・・・・・・だって、大好きだもん。」


そう言って、微笑んだ。



彼の両腕が、ふわりと彼女に回る。

彼女も、その心を抱きしめた。



『・・・・・・俺の最期を、見届けてくれ。』


囁かれる彼の声は、心地好い。

温もりが、全身を包む。


「・・・・・・うん。」



彼女はまぶたを閉じ、その海に漂った。

重なる鼓動とともに、沈んでいく。



自然に、涙が伝った。



―彼の海は、深い。


 底知れない。


 ・・・・・・だけど、怖くない。


 あなたが、私を包んでくれるから。




                 *



ビンゴだ。


やっと会えた。

じいちゃんを知っている“人”に。


よし。

これで、有力な情報があれば・・・・・・

ばぁちゃんに報告できる。


・・・・・・


やばかった。あの黒いやつ。

疲れた。だりぃ。

あれと、今後遭うことになると思うと・・・・・・


やばい。

鍛錬して、どうにかなる相手じゃない。

あの“人”じゃないと、

完全に断つことが出来ないから。

・・・・・・俺は、手助けしか出来ないけど。



「・・・・・・むにゃむにゃ・・・・・・」



・・・・・・

女神は眠っている。


・・・あれ?“ツインテールの女の子”は?

いつも傍にいるのに、いない。


・・・・・・えっ。

ちょ、ちょっと待て。


今、俺、どういう状況?


マスターに女神を任されて・・・・・・

それを了解したまでは良かった。

藤波さんも無事送った・・・・・・


“ツインテールの女の子”は、いない。

女神は、眠っている。



・・・・・・えーっ??!!!


ちょーヤバい状況じゃね?!


どうする?!

このまま起きなかったらどうする?!

い、いや、落ち着け。

普通に起こせばいいやん。

なにテンパってんだよ。

別に非常事態でもなんでも・・・・・・


・・・・・・


女神、寝顔かわいいなー。


・・・はっ。

いかん。その目線はいかんぞ。

けしからん。

・・・・・・爺さんかよ。



「・・・ふぁあぁ・・・・・・」


・・・・・・う。

起きるか?


「・・・えへへ・・・・・・むみゃむみゃ。」


どんな夢を見ていらっしゃるのですか?!

そんな幸せそうに!


・・・・・・


起きない、か。



・・・・・・

・・・・・・


やばい。

どうする?


とりあえず、

女神の家には着いたけど・・・・・・

深夜だし、ステレオ消して。

エンジンオフ。


「・・・・・・」


・・・・・・

起きそうにないなぁ・・・・・・


んー。

スマホでもいじるか。



・・・・・・珍しい。

ゆりからメールが来てる。



《兄貴、元気?》



みじかっ。

絵文字もねぇし。


                《変わりない》


俺もやないかーい。

・・・おっ。既読ついた。

まだ起きてんのか?寝なさいよ。



《今度、遊びに行ってもいい?》



え?それは・・・・・・いいけど。

珍しいな。嬉しいけど。


                 《いいけど》


《兄貴、彼女できた?》



妹よ。

それを聞くのか?


                  《いない》


“できない”、じゃない。

“いない”、だ。



《そうやね。ごめん》



・・・なぜ謝る?


《いつでもいいから、

 お母さんに連絡してあげて。

 寂しそうにしとるけん。》



・・・・・・


                 《分かった》


《じゃあね。おやすみ》


                 《おやすみ》


お前は可愛い妹だ。最強の。



           《ばぁちゃんによろしく》


《うん》



・・・・・・


ちょっと和んだ。

うん。

元気ならそれでいい。

メールをありがとう。

今、兄ちゃんは

ヤバい状況に遭遇している。


・・・・・・どうする?!




「・・・・・・うーん・・・・・・」



・・・・・・あ。お目覚めかな?

良かった~。

おはようございます。


「・・・・・・あれ・・・・・・なんで私、

 自分の車の後部座席に・・・・・・


 ・・・・・・!!」


ルームミラーから一瞬、確認致しました。

女神の驚いた顔、素敵っす。


「えっ・・・・・・何で・・・・・・

 えっ・・・・・・

 まさか、私・・・・・・寝ちゃってたの?」


お答えできませんが、その通りっす。


「・・・・・・何で、起こさなかったの?」


え?それはその・・・・・・


「起こせばいいのに・・・・・・」



ああ・・・・・・

機嫌が悪い。

寝起きで、機嫌が悪いのですね。


「・・・・・・」


ああ・・・・・・

沈黙が、重い。


「・・・・・・ねぇ。」


・・・・・・はい。


「・・・・・・マナは、どうして・・・・・・

 ここまでしてくれるの?」


・・・・・・それは・・・その・・・・・・


「家族でも何でもない、他人よ。

 キミは叔父さんの店で働く、ただの学生バイト。

 私は姪っ子ってだけでしょ。

 嫌なら、

 代行なんて断ってもいいのよ?

 なのに、引き受けちゃって。

 だから最初は、下心があるからじゃないかって

 思っていたけど・・・・・・」


・・・下心?

とんでもありません。

そんな無礼な事・・・・・・

少しは考えました。ごめんなさい。


「いつも業務的にしか話さない、目を合わせない、

 こっちが聞いても、何も答えない。

 ・・・・・・はっきり言って、気持ち悪い。」


うっ。

そうっすよね。

・・・・・・はぁ。



ガチャッ。

バタンッ。



ん?

車降りた?


・・・・・・キレたんっすね。

すみません。こんなやつで。

・・・あっ、でも車の鍵を・・・・・・・



ガチャッ。

バタンッ。



えっ?


えぇっ?!!助手席に?!!


「・・・・・・私はまだ、酔ってるの。

 酒臭くて、うざいでしょ。」



う・・・・・・

ウザクアリマセン・・・・・・


「機嫌悪いの。いつもよりも、ずっと。」


エエ。ワカリマス。ソレハモウ。

・・・・・・うわぁっ。近い。


「・・・・・・こっち見なさいよ。」


み、見れません・・・・・・

事情があって、見れません。


「見ないなら、見れるようにする。」


それはどういう・・・・・・

はーっ!!!


「・・・・・・これでも見ないって・・・・・・

 おかしいってば。なんで?」


両手で、俺の、顔を・・・・・・


「・・・・・あのっ・・・・・」


「・・・私の事、どう思ってるのよ。」


・・・・・・


「私は好きよ。マナの事。」


・・・・・・!!


「・・・・・・り、かさん。」


「・・・・・・ぷっ。あははっ!ごめん、マナ。

 ちょっと悪酔いしちゃった。許して。

 じゃあ、帰る。またね。いつも代行ありがと。」



・・・・・・俺が悪かった。


「!!」


莉香さんに、ここまでさせて。

気づかない俺が。


「・・・・・・」


お詫びに、

俺が押し倒しますから。


「・・・・・・」


“許して”なんて、言わないでください。

俺が空気読めないだけっすから。


「・・・・・・」


どうなってもいい。

これだけは、目を見て言わせてくれ。


マスター。

ごめんなさい。


どんな罰でも受けます。


莉香さんが、好きです。


「莉香さんが、好きです。」


「・・・!!」


「初めて会った時から、ずっと好きです。

 学生の俺なんて、対象にならないと

 思いますが・・・・・・関係ないっす。

 それでも、好きです。」


「・・・・・・」


・・・・・・


・・・・・・あれ?


・・・何も、起こらない。



「・・・・・・やだ・・・そんな、はっきり・・・・・・

 ・・・・・・うれしい・・・・・・」



・・・・・・じゃあ、見つめるのは?


・・・・・・


うわ。


やばい。


かわいいが、爆発している。



・・・・・・何か知らないけど・・・・・・

見つめることが出来る。

奇跡だ。

普通だ。

・・・・・・普通?

ふ、普通じゃないよな。これ。

やばい。


「・・・・・・私も、マナが好き。

 冗談じゃなくて・・・・・・ほんとう。」


か、かわいい。

心臓が飛び出そう。


せっかくだから、たくさん見てもいいっすか?

リアルな夢かもしれない。

うわー。うわー。

かわいい。かわいいよ~。


「・・・・・・家に来る?」


そんな。

罠っすか?

罠っすよね。

罠なんでしょ?


「・・・・・・このままで。」


車から出たら、変わりそうで。

もう少し、このまま。

夢でもいいから。

見つめたい。

こんなこと、ないから。


「・・・・・・」


莉香さん、恥ずかしそう。

・・・・・・そうだよな。

すみません。もうちょっとだけ。


素敵な時間を、ありがとうございます。

明日からも頑張れます、俺。


・・・・・・莉香さんと目を合わせて、

普通に話せたらいいな。


話したいな・・・・・・



                 *



新たな出逢いと、表記された灯火の記憶。


予測不能の未来に、

彼らは手探りのまま進んでいく。



先が見えない、暗闇の中を。













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