20代後半独身男の自宅アパートに押しかけてきたJKを警察に通報してお引き取り願った俺は間違っているのだろうか
ジャンル設定をエッセイにしようかヒューマンドラマにしようかホラーにしようかさんざん迷ったのですが、思い切って現実世界〔恋愛〕にしてみました。恋愛要素皆無だけど。だって『この小説は全てフィクションであり実在の人物・団体・作者の実体験等とは一切関係ありません』って書きたいじゃないですかー。かー。
「間違ってねえよな?」
「法令上は間違っていないが……御両親はなんと?」
「ああ、『ひとでなし』とかなんとか電話越しに喚き散らしてきたから、縁を切った。今日、籍を抜いてきた。俺からの仕送りもストップだな」
「マジか」
「マジだ。ほら」
ぴらっ
「マジか……。いや、お前のアパートにおしかけてきたりしないか、これ?」
「そんときゃ、しばらくは安いビジネスホテルとネカフェのハシゴだな。まあ、二徹三徹は当たり前の仕事だから、そのうちまた会社寝泊まりになるだろうがよ」
経緯をかいつまんで説明しよう。20代といっても四捨五入すれば既にアラサー……いや、これは男には言わんか、とにかく、それくらいの年齢の独身野郎の俺が、ある日の夜、会社から自宅アパートに帰宅したら、ひとりの制服姿の女の子が俺の部屋の扉を背に体育座りしていた。
それを見てすぐにケータイを取り出し警察に通報して補導してもらおう……としようとしたら、その子は慌てて手紙を差し出してきた。宛名も中身も親父の筆跡で『前略、お前んちの近くに住んでた親戚の女性が男と逃げ、旦那はショックで入院、女子高生の一人娘がかわいそうだから一緒に住め』とか書き連ねてあったので、やっぱり通報して補導してもらった。そのJKは泣き叫んでいたがそんなの知らん。どこのラノベだっての。
そうしてその日の翌日、勤務中だってのに会社の代表番号経由で田舎の……といっても隣県だが、そこに住んでる親父が電話で怒鳴り込んで来たので以下略。ちなみに、受付の人にはもう取り次がないよう依頼、しつこいようなら俺の名前を出して警察に通報するよう伝えた。どうやらマジで通報されたらしく、隣県の警察の御厄介になったことを親父のSNSのつぶやきで確認した。んなこと年甲斐もなく公開すんなよ、親父。もう縁切ったから別にいいけどよ。
「ニ徹三徹の方が法令上問題になるが……」
「サービス残業に決まってんだろうが。もちろん、俺自ら進んでな。寝泊まりだって会社保養施設という名の仮眠所だな。宿泊費払ってるし」
「マジか」
「マジだ。ほれ、これが賃貸契約のコピーだ」
ぴらっ
「マジか……」
「おー、法令の専門家のお前のお墨付きが出たな。一安心だ」
「お墨付きを出した覚えは……いや、うん、まあ、俺からは異論はないが。しかしお前、体は大丈夫か?」
「こうしてひさしぶりに大学の同期のお前と居酒屋でゆっくりできるくらいにはピンピンしてるぜ?」
「しかも、お前は酒は百害の長などと豪語してウーロン茶か……」
「米もうまいぞ? 酒の肴ってのはご飯が進むものだからな」
「会話だけ聞いていると、お前の方が酔ってるように見えるのがなんというかだな」
「まあ、じゃんじゃん飲め。今日も俺のおごりだ」
とくとくとく
話し相手は、大学時代のサークル仲間で親友だったやつだ。学部は同じで学科は違ったが、文芸部という名の小説投稿サイト愛好家クラブで妙に気があった。ただし、こいつはブクマ数千はすぐに稼ぐ書籍化経験者、俺は内弁慶の読み専だったが。なお、法令を専攻していたこいつは卒業後は普通にその分野の仕事につき、今は小説執筆をやめている。
「またおごってもらってすまんな……。こないだ、ようやく娘の保育施設を見つけたのだが、高額でな……」
「なまじ収入が多いと辛いな。しかも、ローン35年で一戸建てだろ? 月々の返済やら固定資産税やらで、自由にできるお金も少ないときた」
「妻も働いているんだがパートしか見つからなくてな、その収入を保育費に充てているようなものだ……」
「でも、不満とか言われてないんだろ?」
「そうだな。だが、いつ爆発するかもしれないと思うと……」
「美人でおしとやかだよな、お前の奥さん。お前はいいとこの法律事務所に就職してめきめき頭角を現して、そんでもって、所長の縁故でいいとこのお嬢様と見合い結婚して」
「まあ、な」
「とはいえ、いいとこったって、嫁の実家が生活費を出してくれるわけでもねえしな。そういうのが必要ないほど収入があると見込んで見合い結婚させてるわけだ。だから、実家は経済的にも『いいとこ』であり続ける」
「……詳しいな」
「もう酔ったか? 前にお前が話したんじゃねえか」
「そう、だったな……」
こいつはこいつで幸せなのだろう。生活的には金銭面で微妙とはいえ、高収入の仕事に就いて数年で結婚して子宝にも恵まれ一国一城の主。というか、世間的には、俺みたいな彼女なし歴=年齢の自主ブラック営業マンの1DKアパートひとり暮らしよりは、はるかにマシに見える……というか、比べるのもおこがましいという感じだろう。
実際、先の話題の人たる親父とついでにお袋にそう言われた。以前、俺の田舎に一緒に遊びに行った時に。女の影もない息子が妻子連れの親友を連れてきたらそりゃ当たり前かとも思うが、あそこまでなじることはなかっただろうに。あの時きっぱり縁を切っときゃ良かったか。まあ、もうどうでもいいが。
「そういや、お前から呑みに誘うなんて珍しいな。俺は食ってばっかで全く酒は飲まないってのに」
「……実は、お前に話があったんだ。あったんだが、話していいものかどうか……」
「なんだよ、まさか俺んとこに来たJKをお前が引き取ったとか言うんじゃねえよな?」
「………………」
「……マジか?」
「……マジだ」
おいおいおい、クソ親父、なにしてやがんだ! 確かに、田舎を訪ねた時に連絡先を交換してたけどよ!
「お前、大丈夫か? 奥さんに浮気を疑われてねえか? 小さい娘が鎹になり切れず離婚間近になってねえか?」
「大丈夫だ。……今は」
「……もしかして、アレか? 奥さんにせっつかれたか? ホントは俺があの子を引き取るべきなんだとか言われて」
「………………」
「図星か。お前、いや、お前たち、アホか? あの子は犬猫のペットじゃねえんだ。かわいそうだからとかってだけで親戚やら縁故やらでたらい回しにしている時点でおかしいと思わねえのか!」
「……だったら、だったらどうすれば良かったって言うんだ!」
「……法令の専門家様といっても、しがらみには勝てねえか。ほれ、ここのお代だ。勝手に飲み食いしろ」
ぱさっ
「そんでもって、お前とはもう絶交だ。連絡先も……今、俺のケータイから消した。発信元が不明の通話は取らねえからな。じゃ」
すたすたすた
ガラッ
「……親に続いて、親友を失ったか」
まあ、こういうこともあるだろう。だが、ここで情に流されたら、俺まで破滅だ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、そうでもない。あいつ、イケメンで才能にあふれていたから、結構モテた。でも、気弱なところがあって、優柔不断で。だから、女とよくモメてた。そういえば、あいつが書いてた小説、異世界ジャンルにしても現実世界ジャンルにしても、ハーレムばっかだったな。物語の中では、主人公に惚れたヒロインズは仲睦まじくしていたが……読者の願望じゃなくて作者の願望を反映させていただけだったか。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていたら、うっかり自宅アパートまで来てしまった。親が押しかけてくるかもとうんざりしていたから、今日は呑み(酒抜き)の後はネカフェで過ごそうと思っていたのだが……。
「……また、君か。通報するしかないんだが」
今回の発端の女子高生が、またもや俺の部屋の扉で体育座りをしていた。相も変わらず制服の一部のはずのスカートはとてつもなく短く、太ももとその奥のナニかが丸見えなのだが……わざとか? わざとなのか?
「……どうしても、ダメ?」
「知ってんだろ? 俺は親と縁を切ってまで君を追い返したんだ。そんでもって、ついさっき親友もなくした」
「……それって、もしかして」
「もしかしなくても、だ。君のせいだな」
「そんな! 私は、ただ……!」
「親父の口車に乗せられたのは君だろうが。どうせ、あいつの奥さんと険悪な雰囲気になったから、飛び出してきたんだろ」
「………………」
はあ……。どうして、どいつもこいつも、ラノベの主人公になりたがるんだろうな? ここは現実だぞ? 現実世界ジャンルの小説の中じゃないってんだ。
「つーか、とりあえず家とそれなりの生活費はあるんだろ? 父親の見舞いとかしながら、ひとり暮らししてみろ」
「私……家事、できない」
「なら、今から始めろや。お前、いつまでも家事ができなくてもいいとか思ってんのか?」
「女が家事とか、時代錯誤」
「男の俺はひとり暮らしで家事をしてるが? 学生のうちは大人に養ってもらうのが当然とかってのがよっぽど時代錯誤だ。はい、論破」
「……もう、いい!」
たったったっ
………………
「……はー、まあ、今日はとりあえずアパートで寝るか。どうせ明日も早朝出勤だし、今から親父が県外から突撃してくることもないだろ」
そういやあの子、なんて名前だっけ? 親父の手紙に書いてあったような記憶があるが、忘れた。証拠として残してはあるけど今更読み直すつもりもないし。
―――それから数十年が経過したが、俺の人生に、あの子と、親友だったあいつと、そして、両親と田舎が関わることは、全くなかった。親父のSNS発信がサービス終了と共になくなり消息不明となったが、もはやどうでもいい。もしかして死んだのだろうか? あれから転職して別のアパートに引っ越したし、県をまたぐとお悔やみな情報もほとんど流れてこない。籍を抜いてると住所も追跡されにくいしな。それなりに貯金はあるし、相続とかもどうでもいい。俺自身、相続させる相手が皆無だからな。え? 今でも彼女なし歴=年齢のアパート住まいだが何か?
ただ……ふと、思うことがある。もしあの時、あの子とあの狭い1DKに住むことを選択していたら……いやいや、現実は甘くない。きっと一週間も経たずに近所や学校、職場で怪しまれ、とんでもないことになっていたに違いない。年の差恋愛だの温かい疑似家族だの、妄想以外の何者でもないではないか。だろ?
しかし、こうして最近の巨大化した小説投稿サイトを渡り歩いていると、そんな妄想は更に膨れ上がっている。もちろん、創作と現実は別であり、仮に現実で似たようなシチュエーションに陥ったとしても、妄想の赴くまま行動する者など皆無だろう。数十年前の、俺の関わったあの連中……それが親戚やら両親やら親友やらだったのは大変残念だったが……彼ら彼女らが極めて特殊だったのだ。俺は今でもそう信じている。
実際のところ、どうなんだろう? よし、試しに短編モノとして書きなぐって、小説投稿サイトに投下してみるか。全く反応がなければそれでよし、さもなくば……その時はその時で対応を考えるか。そうだな、タイトルは――――――