三輪め:スターチス
何気ない日々を暮らすアサガオのもとに舞い込んできたのは覚えのない許嫁の約束。途端に崩れ去っていく日常。疲れきってしまった彼女は一人、思い出深い庭の木陰を目指す。しかし、そこには見知らぬ先客が待っていた……くつろいでいた!
「ちょ、ちょっとあんた!そこで何してんのよ!?」
「ああ?」
昔からお気に入りだったこの大きな木にふもと。
許嫁らしい人との面会など波乱満場だった今日。だがそんなひと悶着にも片が付き、少し不安になるような曇天の空、夕日ももうほとんど沈みこんでいたけど、ようやくここに避難できると思っていた矢先、そこにはすでに先客がいた。
「何だよあんた。俺のやっとの休憩を……」
まず目に入るのはまっすぐな混じりっ気のない漆黒色の髪。だが手入れされた様子はなく所々跳ねている。そしてその合間からはそれに近いような少し黒みがかったグレーの瞳が眠たげにのぞかせる。だがそれに反して肌はかなり色白で、それが余計にその髪の黒さを強調させる。その人物に身に覚えはなかったが、聞き覚えはあった。
「あ、貴方!さっき姉様……じゃなくて、少し小柄な女性にあったでしょ!」
「はい?つーかよ、いきなりそんな言い寄られても__]
「いいから答えて!」
そう。それらはさっきにシクラ姉様が言っていた”黒髪の男”の特徴と同じなのだ。たしかに詳しくは聞かなかったけど、それでも彼の様子からして疑うには十分だった。
だって他人の庭でこうもくつろいでいるんだ。優雅にもハンモックに揺られる姿はもはや怪しくない場所を見つける方が難しいだろう。確かその人は門番らしいが、地面に乱雑に置かれた荷物の中には少し大きめであっていない鎧もある。これは間違いない。
「うーん……小柄つってもよ、それだけじゃなあ」
「だったら!小柄でも黒髪ショートの女性よ!」
「そういわれもよ……いや、そういえば昼間に話した中にそんな奴もいたっけな」
「やっぱり……っていや!そんなことより!そのあんたがなんでこんなところで寝てるのよ」
「いや……そりゃ、くつろぐためだが?」
「そんなの見ればわかるわよッ!なんでこんな場所でくつろいでいるのかって聞いてるのよ!」
どうやら姉様にもあっていそうな言動。そして何よりこのふてぶてしい態度。先の黒髪の男であることの核心と同じくして、私の中で満場一致で絶対心を許してはいけない。それだけは確実にわかった。
「はあ……そんなちょっとのことでカリカリすんなよ。禿げるぞ」
「なっ!?」
「それとその恰好。あんたここの人間だろ?それも従者とかじゃなく本物の令嬢あたりだな。ならもっと貴族らしく落ち着いた対応を期待したいもんだなあ?」
(な、なんなのよこいつッ!すっごいむかつくんだけど!)
その男は未だ眠たげな表情ながら、うっすらと笑みを浮かべている。まったく反省の色が見えないどころかこちらを挑発している淵すらある。
(いや、落ち着くのよ。私!このままじゃ完全にあっちのペースのまま。だったらここは大人な対応で接するのよ。すっごいむかつくけど。この生意気な新人に主人の威厳ってやつを見せてやろうじゃない!貴族なめんじゃないわよ!)
「コホン。まあそうね。私もちょっと取り乱していたわね」
「おお。やっとわかってくれたか」
「ええ。もう大丈夫だから安心してちょうだい」
「そうか。それなら助かる。てっきり格好だけで、落ち着きのないじゃじゃ馬お嬢様かと心配したぞ」
「じゃ!?……まあ、あそこまで非常識で失礼な態度で来られて迫られて動揺しただけよ?ほほほ」
「……なにぃ?」
「ふんっ!まあ?マナーも知らずに人の庭で偉そうに寝っ転がっている人間なんてじゃじゃ馬以下よ。まるで……そう!野生児!野生児よね?ふふふ」
今度はこちらが挑発するように笑ってみせる。なにか当初の目的に反している気もするが、わざとらしく強調して話してやった分、悔しそうにこちらを睨み返しているのが気持ちよかったから満足だ。それでも……
「ハッ……」
「ふふ……」
「はっはっはっはっは!」
「あはははははははは!」
互いに狂ったように笑いだす。無邪気でとても楽しそうに。話でもつけていたかのようにお互い同じように高笑いしていたが、刹那双方の笑顔に亀裂が走る。どうやら、私には大人の対応なんてはなから無理だったらしい。そして、
「なんだとおおおおおおお!?」
「なんですってえええええ!?」
貴族とか、主人の威厳とかもう知らないわよ!そんなことよりこいつの図々しい態度を受け流すなんてことしてやるものか!こいつの素性は未だわからないけど、後手に回ったらいけない。それは確実!
そして考えることは同じなのか、今度はお互いにいがみ合いながら顔をつき合わせる。
「俺を撤去させたいがために野生児呼ばわりとはどういう了見だ!」
「野生児に野生児と言って何が悪いのよ!そもそもね、人の庭で、ましてこの庭でハンモック吊るして優雅に寝ているのが悪いのよ!」
「今はここで雇われている身なんだぞ!おまけにここは普段使われてねえようだし、そもそも他所からは死角。だったら俺が静かに寝ていても問題はないはずだろうが!」
「そんな屁理屈関係ないわよ!あんたがどんな理由持ってこようと、だめなものはだめなの!」
「ああ?ったく、なんでそんな意地貼るんだよ」
「それはこっちのセリフよ。そもそもここは__」
お互い、後に引けなくなるところまで昇りつめ、まさしく一色触発な状況。双方折れることなんてなく、続けざまに更なる文句を垂れようとした矢先、
「お嬢様あああ!まだいらっしゃいますかあああ!」
「「ッ!?」」
突如として発せられた大声で二人の時間が止まる。その声は屋敷のほうから聞こえてきているものの、その声に聞き覚えはない。だが、
「お嬢様あああ!まだかかりそうですかあああ!いらしゃったら返事を__」
「ど、どどどどうしよう!?」
明らかに自分を探しているようだった。
「ど、どうするってそりゃ返事すればいいじゃねえか」
「こんな状況見せられるわけないでしょ!?」
「は、はあ?」
私とあまり面識がないのなら、変な誤解をまぬかれるわけにはいかない。それにこいつの場合なにを口走るか分かったもんじゃない。その間にも声の主は確実に近づいてくる。その緊張感がさらに自分焦らせる。
「おーい!いらしゃいませんかああ!早くしないと先食べちゃいますよおおお!」
「ああっ……ええっと……ええっと……」
「おい!もうすぐそこまで来ちまってるぞ!?」
声の主はさらに近づいてくる。今は咄嗟的に小声で話しているものの、下手したら感づかれかねない距離まで接近している。もう限界だ。否応なく迫る緊張感に半ばパニックの中、必死にうまい言い訳をひねり出そうとするもその隙にどんどん声は近づいていく。
「ああ、もう隠れるしかない!急いで!」
「あっ馬鹿、押すな!ちょ__」
だからこそもはや隠れるしかないと無理やり二人で茂みに倒れこむ。
「ん?今何か声がしたような……?」
だけど咄嗟の判断故かさすがに物音に気付かれてしまい完全にやり過ごすことはできそうになかった。そのまま不審がられて確認してこられたら終わりだ。だからこそ、
「んん?どうかしたあ!?」
「あれ?やっぱりいらっしゃるじゃないですか!」
「あ、ああ……ごめんごめん!ちょっと作業に手間取っちゃって。あはははは」
いないことは諦めて一人でいることに徹することにした。でも近づかれたら結局はバレてしまう。
(だから絶っ対、こっちに来ないでよ!お願いだから!)
「そうでしたか!なら安心……ってあれ?でもそれなら尚更大丈夫なんですか?わたしでよければおてつだい__」
「ああああ!大丈夫!それならもう大丈夫だから!一人でできるから!」
「ええ、本当ですか?」
「うん!本当本当!もうなんで自分があんなに悩んでいたか分かんないくらい大丈夫だから!」
「うううん……まあ、お嬢様がそういうのでしたら」
「ふう……」
後半はなにを言っているのか自分でもよくわからなくなっていたが、まあ納得してくれたようだし何とか難は逃れたと思わず安堵の息を漏らす。これで一安心かと思ったけど、なぜかその声の主は戻ろうとしない。
「ええっと……だからこっちは任せて先戻ってて。私もすぐ行くから」
「……ああ!はいっ!わっかりました!では先に戻ってますね!」
「う、うん。ならよろしく……」
「はい!」
なにか反応に違和感があったけど、それでも言葉通り彼女はそそくさと帰っていった。やけに機嫌がいい気もしけど何はともあれ無事切り抜けることはできた。改めて、ようやく一息つくことができる。そういえば意外にもこいつがおとなしくしなっていたことも助かった。一時はどうなるかと思ったけど、多少なりとは融通も利くらしい。
「……お、おい」
ちょうどさながら当の本人から声をうけた。急いで隠れようと突っ込んだし、薄暗い茂みのせいでよくは見えなかったけど、ひょっとしたらどこか痛めてしまったのかもしれない。
「ああ、あんたも大人しくしてくれていて助かったわ。やればできるじゃない!まあでも無理に押し込んじゃったしどこか痛めたようなら__」
まあ、今回は私個人の事情に巻き込んでしまったことだし、こいつ相手でもさすがに罪悪感を感じなくもない。今回のことも、改めて思えばちょっと張り合いすぎた節もなくもない。後でゆっくり話を聞いてあげてもいいのかも……
「ああ……ええっとだな」
「ん?なによ」
「いや、その……そろそろ離れてくれると嬉しいのだが……」
「……え?」
そういわれ、改めて自分の様子を確認してみる。さっきまで向かいの声に気を配っていたし、意識しなくちゃ分からなかったがそれは完全にお互い正面から向かい合っている状態だった。それも自分が押し倒している形で。
「あ、ああ……」
「いや、その指摘しようかなとも思ったんだぞ!?ただ、あの時声をかけたらバレちゃいそうだったし……」
土壇場ゆえ、自分でも信じられないような状態になっていたことを突如として気づいた私に、はやその落ち着きを保てるはずもなく。みるみる頬を紅潮させていく。先の口論を改めて聞いてやろうという落ち着いた令嬢のわたしはもうどこにもいなかった。
「それにその……案外悪くなかったというか……」
「ああああああああああっ!?」
その言葉が完全な決め手となり、理性の最後の砦はあっけなく崩落、四散。ハイボルテージのまま、咄嗟に後ろに飛び退く。もはや今日何度目か分からないパニック状態の私も最中、対する彼はのっしりと起き上がり土を払う。一見落ち着いているように見えるが、先ほど見たく嫌みの一つでも言ってくるわけでもなく、妙にばつが悪そうに、照れ臭そうに横目を向く。急にらしくもくそのようなしおらしい態度が余計に今の自分を浮き彫りにして、羞恥心はさらに加速する。
「ええっと……そのだな__」
「あああっ!うるさい!うるさい!今日のところはこれくらいで勘弁しといてあげるから!また明日にする!」
「ええ……」
「明日にするの!じゃあ!」
その稀有な状況に耐え兼ね、居ても立っても居られず抜け出した。終盤、意味不明な発言ばかりだったがもはやあの状況ではまともな言葉も出るはずもなくあちら側の反応を待つことなく走り去った。ただその時の恥ずかしさでとんでもない顔になっていただろうから、あいつにあれ以上そんな顔を見せないためにも真っ先に飛び出したのはよかったのかもしれない。
__それからというもの、そのまま急いで皆がもう集まっている食卓に向かうも、随分と遅かった理由を当然問いただされ、咄嗟のアドリブでなんとか凌いだり、その後の新人の従者たちのあいさつで謎の気まずさが生まれていたりと奇妙なことになりはしたが、ようやくこの波乱万丈な一日が終わろうとしていた。そういえば呼びに来ていた声の主だが、どうやらあいつとほぼ同じタイミングでここに来た新人のメイドさんらしい。華奢で少し小柄なな風体だが、案外歳は私と近く成人済みだという。それでもどうやらこれが初めての業務らしく見た目も相まってちゃんと初々しさも感じらせる。
そんな物思いにふけりながらも大間を後にし、謎の徒労感とともに既に薄暗くらくなった廊下を進んでいると、ちょうど件の新人メイドがそこにいた。彼女は配膳台を運んでいるがまだおぼつかない様子。必死なところ邪魔して悪いかとも思ったけど後ろから自然になるべくおしとやかに話しかける。
「こんばんは。ここにはなれたかしら?」
「あ、お嬢様!いやあ、覚えることが多すぎて大変ですよおおおっ!」
「そ、それは大変ね。私も何か手伝てることがあったらいつでも言ってちょうだい」
「わあ、本当ですか!?ならじゃんじゃん頼っちゃおうかなあ~!」
「ええ。これから仲良くしていきましょうね」
「ぜひぜひ!仲良くさせてくださいっ!」
最初大げさに泣きついてきたかと思えば急に漫勉の笑顔になったりとせわしなく表情を変える。自由奔放なあいつとは別ベクトルで疲れてしまいそうだった。まあただ彼女についてもっとしておきたいってのもあるし、なによりさっきの名誉挽回を果たすべくなるべく気品深く振舞おうとはした。
それからというもの、先ほどまでの純粋すぎる反応になぜか少しばかり罪悪感を感じつつも、本来の上品な姿勢で談笑していた。彼女についてまだ全部が分かったわけではないけど、仲良くしたいって言葉は本音だった。彼女はまさしくとことん純粋で喜怒哀楽、見るからにころころ変わる。ただ基本的に上機嫌でついつい素の状態で長い時間談笑していた。こんな素直な反応が久々でつい気持ちよくなっていたのは内緒だ。
歳が近いことや彼女の気軽さもあって話題に事欠くこともなく、最初は一方的に彼女の仕事での苦労話を聞いていたものが、最終的には流行りの恋愛小説の話で盛り上がっていた。
「それでですね!そこのシーンが本当胸アツなんですよ!」
「へえ……またそれ借りてもいい!?」
「ええ、もちろんもちろん!ぜひ読んでみてください!いいですよお~」
それは架空の学園を舞台にした人気作で、そういった物に疎い私でさえ名前くらいは聞いたことがあるものだった。内容は恋愛ものらしく現実ではなかなか起こりえないようなシチュエーション。内気な主人公が破天荒な相方に振り回されながらお互いに恋を自覚していくもの……らしい。妙に先ほどまでの状況と似ているような気がしたけど、あれには終始ムカついていただけでそういった話になることは断じてない。そう、断じて。彼女の紹介の時点でちょっと興味は沸いたけど、それは多分彼女の紹介の仕方がうまかったからだ。だから残念ながら読んだとしても共感はできないだろう。
「ふうん。でもそこまでいうなら結構期待しちゃうよ?」
「その点はお任せください!この手のものが大好きな私が推すのですから!」
「ああ……なんか好きそう。まあでも私この手のものであまり好きになった経験がないのよね」
「あれ、そうだったんですか?さっきまで楽しそうに話してくれたじゃないですか」
「いや、別に嫌いってわけじゃないのよ?素敵なことだと思うし。でもなんかさ、あんまり共感できないのよね。そんな憧れるかなあ……って」
「へえ……あ、でも今回のものなら共感できると思いますよ!」
「そうなの?」
「ええ。だってお嬢様と似ているんですよ。この主人公」
嬉しそうに語っているが、彼女の言っている意味が分からなかった。
「そう?でもその主人公って内気な性格なんでしょ?そんなににているかな」
「ああ、いえいえ!性格というよりももっと根幹な部分で、です」
「根幹な部分?」
「ええ。例えば……好きな人に正直じゃないこととか」
「はいっ!?」
「ちょっと怖いイメージ持ってましたけど、なかなかかわいいところもあるんですね!」
「あ、あああああなたっ!もしかして気づいてたの!?」
「ふふふ……」
彼女はいたずらっぽく舌先を出して笑ってみせた。その時の笑い方はあの帰っていった時の笑い方と同じだった。その様子に当初も違和感を感じていたけどこの様子からして確信犯だろう。うろたえながらも咄嗟にその双肩を掴もうとした私に対し、彼女はすんなりとそれをかわし、そのまま配膳大に手をかける。
「それじゃ、私は仕事の続きがあるのでこれで!」
「あ、待ちなさい!ちょっとおおおおおおおおお!」
最初のころの不慣れさなど嘘のように軽快な足取りで私の静止をもすり抜け逃げていく。これまで珍しい純粋な子と称していたが前言撤回。彼女は悪魔だ!絶対信じてなるものかと心に強く誓い、慌てて逃亡犯を追うのだった。
お久しぶりです。森浦もこです。皆さんのおっしゃりたいことはわかってます。サボってんじゃねえのかと。遅すぎやしないかと。待ってください。少しだけ言い訳させてください。昨今はプライベートですごくドタバタしているんです。なんせ勉強や執筆の合間、様々なオンラインイベントに目を通したり、最近は面白い作品が多くて……
それはともかく、最近は特に寒いですね。なんか1月に入ってから余計寒くなった気がするのですが……。まあでも寒いのは何も悪いことだけではありません。いいことだってあります。個人的には寒い時が一番、お布団が輝く時だと思っています。あの包容力に勝てるものは地元のお味噌汁くらいじゃないですかね。ただ、そんなTeir1「お布団」ですが、逆に効力が強すぎるが故に中化が出られない罠があります。皆さんもお気を付けください。ちなみに私は大丈夫です。なんと毎日2回はそれに負けず抜け出しています。
そろそろ遅れた理由がばれそうなので冗談はこれくらいにしておきますが、
こんな自分ですがこれをかろうじてながら続けていられるのは読んでくださっている皆様のおかげです。読んでいただけるだけでもかなりモチベになります。まだへたっぴでのろまな私ですが、たまにこの作品を開いていただければ幸いです。その時には更新できているように頑張ります。次はアサガオ以外のとある人物視点の外伝短編を投稿予定ですのでそちらもよろしくお願いいします。
では、支えてくださった皆様本当にありがとうございます!今後ともよろしくお願いいたします!