二輪め:アガパンサス
第二話:アガパンサス
寝坊から始まった一悶着。まだ落ち着かない彼女の前にさらなる試練が襲い掛かる。有名貴族との突然の面談。その相手は、アサガオの許嫁!?
そして彼女の姉など屋敷内の人間も登場。そして最後には__
この日を境に、彼女の人生は大きく方向を変えていくことになる。歯車は崩れ始めていくのだが果たして……。
「はあ……はあ……」
屋敷の一角、二階の奥に大きめな客間がある。内装等に変わったものはないけれど、こんな端っこに作られているのは他の人間に聞かれるのを防ぐためらしい。だから使用人含めてこの部屋には敢えてあまり近づかない。そんな人けない部屋で私は独りへたり込む。うなだれたもとに差し込む陽は既に赤みがかっている。
「はあ……はあぁ」
やっとながい緊張から解放され、荒れた息を整えるため無理にでも深く息を吸う。しかし全身は未だ力んだままだ。体も火照ったまま。未だぼーっとした頭でさっきまでの事を改めて振り返る。それはまさしく波乱万丈。でもそれを思い出そうとして真っ先に湧きあがってきたのは恐怖心だった。それも衝撃の連続だったためにその恐怖心は静まりそうになく、埋め尽くされないためにと慌ててそれを散漫させる。そんな中__
「大変そうね。」
突然、思いがけぬ方からの声に驚き振り向く。
いつの間にか入り口に一人、小柄な女性がもたれかかっていた。彼女はこちらを見るなり状況を把握した様子で吐息を漏らす。
「シクラ……姉様」
その女性、シクラ姉様は一瞬険しい表情を見せたが、すぐさま視線をそらしながらそのまま部屋に足を延ばす。
明るく陽気な性格で、少し子供らしい見た目をしているけどれっきとして私の二人目の姉。それでも見た目によらず実は歳でなら結構私と離れていたりする。昔はよく衝突したけど、今ではすっかり仲良くなってよく好きな本の話で盛り上がったりする。しかし今回ばかりはまともに返す余裕もなく、姉様もそんな様子を見かねて、何もふれずにそのまま横に勢いよく座り込む。
「ほら、風邪ひくわよ」
「す、すみません」
「安心しなさい。一応、あの男との内容は見てないから」
「ありがとうございます……」
姉様の気遣いが痛い。その気まずさを誤魔化すように受けっとったタオルで額を拭った。そこで初めて自分がここまで汗をかいていることに気づかされる。
「にしても……」
タオルで汗を拭く私を横目に流し、それでもお構いなく少し強引にすそを引き寄せる。
「『古き作法にのっとり、純白なドレスで迎えてほしい。』だなんて、よくそんな無茶苦茶言ってくれるわね。」
「あそこのような由緒正しい家計ともなればそういった物も無理ないかって。」
今の私は朝に街に繰り出したときのようなラフな格好ではない。いつにやるのかもわからない出番のために買ってあった……らしい古風なドレスを身に纏っている。白を基調としたものだが、全体を通して細かな細工が施されている。でもそれが派手な印象を与えるようなことはなく、寧ろ華やかさの中に清楚感を与えるとても仕上がった着るにはもったいないくらいの上物だ。そんな話を着付けの時に聞いたが、もともとそういった類のものに縁がなかったために自分にはよくわからない。ただ何となく今の自分には過ぎたる代物だろうくらいには感じる。それをまさかそれがこんな形で着ることになるとは思っていなかっただろうけど。
「ふん。そんなのただの名目よ。まったく……悪趣味もいいとこだわ」
「やっぱり……そうみえますか?」
「逆にあんな注文、それ以外考えられないわよ」
『少し古風な純白のドレス』。多少の違いはあっても、その恰好はまるで女性が嫁ぐ際のウエディングドレスそのものだった。
「それにね、それをこんな形でやってくるなんてあからさまとしか言いようがないわ」
「ま、まああちらにも事情がおありでしょうし……」
「事情?冗談じゃないわよ!今更になってこんな陰湿な嫌がらせしてきたくせに」
「で、でも」
「貴女そんな言い方して、悔しくないの!?こんな注文じゃ、まるでお母さまと同じッ!」
「ごめんなさい。その、私……」
「い、いや。こっちこそごめん……。その、さすがに無神経だったわ」
互いに俯き重たい時間が流れた。しばらくそんな気まずい沈黙が流れ、姉様はその重い空気を払うためにわざとらしく咳払いをした。
「そもそもそんな伝統からしてばかばかしいのよ。私が同じ立場なら、よっぽど流行の服とかを着てきてくれたほうが嬉しいのに。」
「シクラ姉様なら確かにその方が喜びそうですよね。」
「ふんっだ。」
シクラ姉様の発言も少し極端ではあるけど、たしかにたとえ伝統がどうこうとはいえ、少し時代遅れではある。そんなこともあって最初その話を聞いたときは何度も聞き返した。毎晩、貴族の娘たちはドレスを着て社交場に繰り出した~なんてのはあくまでおとぎ話の世界だ。今やよほど位の高い家にでも赴くときか、正式で厳粛な式に出席するとき以外にはまず着ることはない。現に最後にドレス着たのも十年以上もまえの話だ。
「そもそもどうして位の高い人って、ああも伝統とやらにこだわるのかしら。」
「さ、さあ?」
「あ、自分たちのセンスに自信がないとか?」
「ふふふ……そうかもしれないですね」
「冗談よ。それにこっちからしたらいい迷惑じゃない」
横で脚を投げ出している一応令嬢な人ほど割り切れはしないけど、確かに迷惑な話ではある。でも今回は、そんなわがままが通用するような相手じゃない。確かにこんなことを頼んでくるような人だ。一応位の高い人ではある。でも問題はそこじゃない。
彼は私の__
「まして、将来の相手なら尚更よ。」
その人は世間でいうところの、許嫁という事らしい。と言っても、私自身もそれを聞かされたのは数週間前。いざ会った今でもまだ飲み込めてはいない。
「そんなに世間体とやらが気になるのかっての。」
「まあ、相手が相手ですし……。」
その相手は、有名貴族”ゴッヘル家”の長男。ゴッヘル家はここよりしばらく進んだ先にあるこの国の中心地、王都の一部を統括する地主。ここまでは事前に少し調べたことだけど、その長男さんの話によると、最近は騎士を雇用して王都の治安維持に努めているという。その甲斐あって爵位昇格は目前と王都でも有名らしくそのことに躍起になっているという。だが家主は高齢なみであり、その場合爵位を獲得するのはその子供が筋なはずなのだが、このゴッヘル家、実は子供がその長男一人しかいない。だから家としての安泰と影響力のアピールのため、その一人息子の婚姻が家中外問わず注目されているらしい。そんな中、経緯はさっぱりだがとにかく今回の話に白羽の矢が立ったらしい。
「はあ……それで?貴女はこれを納得してるの?」
「それは……今はまだ整理できてないですけど、でもやっぱり私がしないことには。」
ぶっちゃけ、未だになんで突然こんなことになったのかさっぱりなのが現状だ。そもそもなんでこんな田舎の地方貴族にこんな話が?仮に当てが全部なくなったから渋々ってことだとしても、なんでよりにもよって私なんだろう。姉さまたちのほうが本来なら筋のはずなのに。
今日のこともあって、余計に今回の話の不可解さに頭を悩まされている。
「まあ、そのことについては幸いまだ時間はあるんでしょ?」
「はい」
「ならその時間でゆっくり考えなさいな。」
「……はい。ありがとうございます。」
「ふふ。礼を言われるほどの事じゃないわよ。まったく。」
まだ暗い話ではあったけど今日初めて二人の中に笑顔が生まれた。そして姉様もこのタイミングを逃しまいとこちらにすり寄ってきた。
「よし!辛気臭い話はこれでおしまい!」
「え!?そんないきなり!?」
「いいの!おしまいったらおしまい!いいわね!?」
「は、はい」
すぐさまぱあっと嬉々累々とした表情で強引に話を進める。そのやり方はだいぶ荒っぽいけど、それも私のためにやってくれたことだろうし、ここは素直にその話に乗っかることにした。
「それよりも貴女。その様子じゃ、最近不満とか結構溜まっているんじゃない?」
「ええ?ま、まあ……今回は準備とかで結構バタバタはしていてやりたいことができなかったりとか……」
「そうそう!」
「私の話なのに私抜きで話が進んでいたり!」
「溜まってるねえ!」
「後で食べようと思っていたエクレアが気付いたらなくなってたり……なんか思い出したらだんだんムカついてきた……」
「ま、まあ……最後のはともかく、そういった溜まってるもの、全部吐き出しちゃいなよ!」
先程までの機嫌の悪さはどこえやら。ルンルンに目を輝かせながら詰め寄ってくる。案外気遣いとかよりただ単に自分が耐えられなかっただけなんじゃ……?
ただ目の前の好物を前にした子供のような表情で迫られればそういった疑問も捨てざる負えない。こうしていると時々本当に年上なのか?とよく思う。
「ほほお……でもいいんですか?言うからには結構……ありますよ?」
「ふふ、何をいまさら……そんな大好物、いくらでも付き合うわよ!」
まあ、そんなこんなで__
さすがにずっと客間に居ても仕方ないという事で、一度シクラ姉様の部屋に移ってからしゃべり倒した。
さっきのこともあったからか、やっぱり鬱憤もたまっていたみたいで、最終的にはお互いハイテンションで盛り上がっていた。美味しいお菓子の話、不満、噂話、ハマっているという恋愛小説の話、最近流行の服のの話、その恋愛小説の話、恋愛小説の話……
後で思い返してみると、話していた内容のどれもこれもが明るい話ばかりで、なんだかんだ心配してくれているんだなあってちょっと嬉しい。途中からその夢中になっている恋愛小説の話ばかりだったけど……。
その熱弁から逃れるように、ちらりと窓の向こうに目をやると、いつの間にか陽が沈みかかっていた。
「……それでね?その主人公がまた……」
「も、もうそろそろいいですかね?」
「え?もう……?」
半分苦笑いではあるが、そそくさと立ち上がる。悲しげな眼で見つめてくるが、目は合わせない。それがシクラ姉様の作戦だってわかってるからだ。だから最初はわざとらしく上目遣いで見つめてきたシクラ姉様だったけど、私が様子を変えずに片付け始めると「ちぇっ。」と、悔しそうにその体制のまま足をパタパタさせていた。
でも、ちょうど片付けも終わって部屋を出ようとした時、
「ああ、そうそう。」
「はい?」
最初はそれも作戦のうちかとも思ったけど、それもまたそれで後で拗ねてきそうだし素直に返事を返した。
やっぱりその様子にちょっと満足そうにしていたけど、いつになく真剣な顔で、
「黒髪の男には気をつけなさい。」
「はい?」
「ほら!最近新しく入ってきた門番がいるじゃない!」
ああ……たしかにそんな人もいたような。でもここ最近は準備やらでドタバタしていてそれどころじゃなかったし、あんまり覚えていない。それに街から帰るときも見つからないように、普段からこっそり入り込んでいるから実際に会ったこともない。ちなみに場所は企業秘密。
「その門番が真面目で好評だってきいたから、どんな人だろうって今日会いに行ったのよ。」
「へえ~やっぱり真面目な好青年!って感じだったんですか?」
「まさか!その逆よ!」
「逆?」
最初は本の中の人にそっくりな人でも見つけたのかと思って聞いていたけど、よくよく見てみると嬉しそうというよりは悔しそうにしていた。
「全っ然真面目そうになんてしてなかったのよ!」
「ええ?本当ですか?にわかに信じられないんですけど……。」
「本当に本当よ!サボって転寝してるのもちゃんと見たんだから!」
「は、はあ……。」
「絶対信じてないでしょ!?」
「いやあ……信じてますよ。……半分ぐらい。」
「半信半疑じゃない!?おまけに私に向かってあんな……いつか絶対に仕返ししてやるんだから……ッ!」
そう言いつも、確かに多少はその話も気になりつつはあった。でも、さすがにこのまま話していたらキリもないし、笑顔で流しながら半ば強引に部屋を後にした。
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西から鮮やかな黄昏色の空が広がり、そろそろカラスが鳴き始めている。
「ふう……。」
それから真っ先に庭園に向かった。
ランタンを片手に、外壁に沿って薄暗い庭を進んでいく。庭として、多少なりとは手入れがされていても、外壁沿いともなれば話は変わってくる。生い茂った木々によって死角があったりしては万が一という事になりかねない。だからこの家には塀の内側にもたいまつが存在する。庭は屋敷を左右から包み込む形になって数メートルおきに点在している。ちょうど今は屋敷の裏側近くに差し掛かっていた。
ランタンから慎重にロウソクを取り出し、たいまつに引火させ、最後に引火しないように穴の開いた蓋をかぶせる。
それの繰り返し。裏側は特に多めに設置されているけど、でもやっとこれで折り返し地点。こうやって灯りをともしていくのが私の習慣。まあ昔からの私の役割みたいなものだ。ちょっと大変ではあるけど、雨が降ったりでもしない限りは基本私がいつもやっている。そのおかげで手際は結構いい方だと思う。数自体は結構あるけど、それでもなんだかんだ20分もかからないくらいにはいつも終わる。これがちょっとした自慢。正直、ここ以外での使い道があるのかと言われると自信がないけど、でも火の扱いに慣れておくってだけでも結構武器になりそうじゃない?ほら、料理とか。あんまり料理しないけど。
そんな自問自答をしながらも、着々と灯りをともしていく。ここの人たちの力になりたいって始めたころは火のつけ方がわかんなかったり、ちょっとした火事騒ぎになったり色々と迷惑を賭けちゃったけど、でもそれに比べたら、成長したなあ……なんてわざとらしくひとりうなずいたりする。さっきまでに溜まってたものを色々と発散できたから、今はすこぶる機嫌がいい。いつもよりも軽快な動きで次々とこなしていく。
そういえば、さっきシクラ姉様が言ってた黒髪の男ってのはどんな人なんだろう。聞いてた時は本の中のキャラと重ね合わせているだけだって半信半疑だったけど、噂になるくらいだし、やっぱなんだかんだ爽やかな感じなのかな。正直、たかが知れてはいそうだけど、まあ……どうせなら真面目な人のほうがいい。物事を真摯に考えてくれて、辛いときはいつも寄り添ってくれる……そんな人がいいなあ……なんて、そんな人がいたら苦労しないんだろうけどね。まあでも、もし、仮にもしそんな人が本当にいるのなら、私だって……
シクラ姉様に恋愛小説の話を聞かされたせいか、そんならしくもないようなことを考えながら、灯し終わったたいまつに蓋をかぶせ、次の場所へまた向かう。ちょうど残り四分の一位に差し掛かってきた次の場所は、庭の中では少し大きめな樹のふもとにあり、そこは私にとってちょっと特別な場所だった。
ラストスパート、妙な達成感とともに近づいたその先では、最初は樹の陰になって気づかなかったけどすでに灯りがついていた。最初は他の誰かが手伝ってくれたのかなって思ったけど、そこにいた、寝ていた人物は全く違う人物だった。
「み、み、み、見つけたッ!」
実際にあったことはなくてもその人物のことはよく知っていた。なにせ、さっきまでその人物について話を聞いていたのだから。
「……んあ?」
優雅にも、ハンモックに揺られたその人物はさっきの声で気が付いたのか、寝ぼけながらもこちらを覗き込む。下に散らばった荷物。乱れた衣類にボサ頭。とても想像していた姿とはかけ離れた風貌だったためにうまく言葉が出ない。だからこそ__
「黒髪ボサ頭ああああ!」
パニックにも似たそんな奇妙なこの出会いが、多くの喜劇や悲劇をも呼び覚ますことになるのだが、まだこの時の二人にはそんな自覚など持っていなかった。
『アサガオの蜜』第二話もご愛読ありがとうございます。
いやあ……大変長らくお待たせしました。ここ最近、新しいことに手を出したりして、なんやかんやしているうち、ここまで遅くなってしまいました。すみません!
さて本編ですが、やっと!やっと本筋に入り始めることができました。一話の段階では、やっぱりアサガオってこんな人物だよって部分しか触れられなくて、自分で読み返した時も「これって恋愛ものだよな?」って不安になったりしていました。ですが!許嫁であるゴッヘル家の長男の介入。次女の登場や、最後の謎の黒髪ボサ男。まだまだかなりスローではあっても、ようやく恋愛ものらしくなってきたんじゃないですか!?
というわけで、第三話からはその黒髪ボサ頭が本格的にアサガオに介入してきます。……というか無茶苦茶にします笑
次はもっと早めに投稿しますので、次もぜひ読んでいただければ幸いです。まだまだペーペーな分、ミスとかも多くすると思うので、アドバイス等々絶賛募集中です。ここのレビューや、Twitterから遠慮せず、もうののしってもらうくらいで構わないので、お待ちしております!全力で!
最後に少しだけ謝辞をば。
いつも頼りにさせていただいている同じなろうの方々、いつも質問に親切に答えていただき、ありがとうございます。相変わらず既読が遅い失礼をかますかもしれませんが、またご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
それと挿絵を描いていただいている「たかみつな」様。今回の投稿が遅れたせいでご迷惑をおかけしてしまい。申し訳ありませんでした。Twitter上でみるみるとうまくなっていく姿には脱帽しかありません。これからも、前回同様めっちゃ可愛い絵においてかれぬよう励んでまいりますので、今後ともよろしくお願いします。
そしていつもネタを聞いてもらっている友人方。いつもありがとうございます。まだまだ頼りそうです。
そして何より、呼んでいただいた読者の皆様。この作品はまだ文字通り始まったばかりですが、読者の皆様があって初めて、この作品は始まると考えております。「毎度、ありがとうございます。」と言えるように頑張りますので、これからも彼女たちのおとぎ話を見届けていただければ幸いです。
あ、そうそう。ここだけの話、次の第三話では「たかみつな」さんの挿絵がいただけるそうですよ!
では、今回は少し短めですがこの辺で。また次回!