一輪め:アサガオ
一人の少女の、運命に翻弄されながらもアクシデントを超えて成長していく恋愛譚を描きました。
明るめの中に、どこか禍々しさもある、そんな笑えて、でも少しこわ〜いお話です。
しかし基本明るくて、個性ある人物が愉快な生活を送る楽しいお話なので、軽〜い気持ちで少女の恋の葛藤に身を投じてくれればなと思います。
では、お話の世界へ。
むかしむかし、偉大な王家が代々統治してきたそれはそれは大きな国があった。その国の端っこに、とある地方貴族が管理する、何の変哲もない平凡な村があった。大きくもなく、小さくもなく、栄えているのでもなければ貧しい訳でもない。そんな見事に平凡なその村に一人の女の子がいた。百花繚乱、美しくもどこか明るげな様子は、彼女の内面を体現しているよう。その子はこの村を管理する貴族の三女で、持ち前のその明るい性格で、村一の人気者でした。そう!それこそ、この話の主人公にして、この私!……なわけなんだけど……
「や、やばいやばいやばいいい!?」
私は今、朝露残る穏やかなこの村を
「どいてえええええ!」
全力疾走していた。
「やばいやばいやばい!なんで昨日にあそこまで夜更かししちゃたんだろうなあ!?」
あまり身支度に時間をかけるタイプではないけど、それでも今朝はいつも以上に粗雑に身支度を済ませてできていた。寝癖も無理やり一つ結びで誤魔化してきた。家にそりゃまあ身支度にうるさい人がいるんだけど、そのせいでやっぱり身支度に関する癖は抜けない。だから正直気にならなくはないけど、まあ背に腹は変えられないよね。それもこれも全て__
「お、アサガオちゃん!おはよう!どうした、寝坊か?」
「アサガオちゃん!また出かける間、息子の世話を頼んでいいかい?」
「お、ちょうどいいところに来たな!アサガオちゃん!ちょうどいいものが__」
この街の人たちの朝はすごく早い。言い訳とかじゃなく!もうみんなお店の準備とか畑のほうに向かったりと朝からやることがてんこ盛りだからだ。だから太陽が完全に顔を出すころには、もう街が活気づいてくる。そんなんだから、皆んな私が通ると嬉しそうに声をかけてくれる。いやまあ、それは嬉しくはあるけど状況が状況だから、笑顔で返事しながら、そんな街の人たちの間を半ば強引にすり抜け目的地を目指す。
というのも、私にはちょっとした習慣がある。結構昔からずっとやってること。さすがにここまで遅れたのは初めてだけど!子供の時にこのおかげで__いや、今は説明してる暇なんてない!まあ、なんやかんやあって、私には朝にあるお店に用があるのだ。まあその後も色々と走り回って……
「ごめんくださーいっ!」
町の一角、目的地のお店にようやく到着した。
「よう!今日は遅かったな!アサガオちゃん!」
ついて早々、眠気を吹っ飛ばすような野太く、そしてはきはきとした声で出迎えられた。声の主は、作業用に薄手のツナギに袖を通した中年近くの男性。特徴はその商売をするには少し余るようながっちりした肉体。ヨレヨレの黒髪をハチマキで上げた豪快なスタイル。正にその爽やかな声の主にして、朝のお店が似合うここの店主さんだ。
ただここまで来るのにずっと走り続けていたから、さすがにもうへとへとで、しばらく反応する余裕はなかった。
よろめきながらもどうにか中に案内され、ゼーハーと苦しそうにしながらも、店主のおじさんが持ってきてくれた水を豪快に飲み干す。
「っぷはあ!何とか生き返りました~!」
「あっははははっ!大分辛そうだったもんなあ!もう大丈夫なのか?」
「はい。あ、これありがとうございました。」
おじさんは肉屋の店主だ。だから朝とかは仕込みだったりとかでいろいろと忙しい。
「おう!ま、今日は遅く来てくれたおかげで下準備は済んでるしなあ~?」
「う、ぐぬぬ……。」
だからこの言葉もおじさんなりの励ましではあるんだろうけど……それでもやっぱり悔しかった。おじさんは今もいつも通り豪快に笑ってたりするけど、実は恥ずかしいことには弱かったりする。まあ、その話はまた今度にしておいて、今は……
「そ、それで……いつものはまだ残ってますかね……?」
私は心配そうにのぞき込んで尋ねる。確かに誤魔化しの面もなくはないが、それでも今日のメインを心配しているのは本当だ。というのも私が普段頼むものはちょっと特殊だ。私もそこまで他所に詳しいわけでもないけど、それでも私にはここでしか食べたことがない。そんなだけあってさすがのここでも数量限定商品。それを今日はいつもにないくらい大遅刻。だから未だに残っているかどうか、やっぱり不安だった。
「へへ……ほらよ。」
「おおー!待ってました!」
おじさんは得意げにいつの間にか手に持っていたそれを雑にもこっちに放り投げる。それは小さな袋に入った手のひらサイズのもの。持つとわずかに『ザクッ』と音が鳴る。きめ細やかな衣の証拠だ。そんなこんがりきつね色の衣が袋から半分顔をのぞかせる。
そう!それこそ昔からの好物。通称”コロッケ”!毎朝このために早起きして抜け出しているといっても過言ではない。まあみんなのもとに顔を出したいだとか、おじさんたちと話がしたいというのももちろんあるが、それでもやっぱり一番はこのコロッケなのだ。
私はもはや疲れなど忘れ、そのサクサクな衣にかぶりつく。
「んんんっ~これこれ!やっぱりいつ食べても……んんっ~おいひぃ~!」
衣の気持ちいい音と、中から各々があふれんばかりに自己主張してくる具材たちで口いっぱいで楽しむ。もうこれ以上にない至福の時間。もはや回りなど忘れ完全にとろけ切ってしまう。にしてもなんでこんなおいしいものが世間に出回ってないんだろう?絶対人生の半分……それは言いすぎか。でも!まあその……1/4くらいは損してるはず!……はず!
「お楽しみのところ悪いんだがよ。」
至福の時間が続くこと10分程度。私が食べている間、他のことに席を外していたおじさんが戻ってくるなり未だ堪能している私に、半笑いしつつもさっそく話しかけてきた。
「今日は何かあったのか?」
「ウブッ!?……な、なんでそんなことを……っ?」
コロッケのことで完全に忘れていたために、思わずむせ返ってしまった。完全に油断していた……。
「いやなに、アサガオちゃんがここまで遅くに来るのも珍しかったんでね。昨晩遅くまで起きていたりでもしたのか?」
「ま、まあね~!」
い、いえない……。確かに夜遅くまで起きていたせいなのは本当だけど、あんなこと言えるはずが……。
「ほお~お嬢様も大変なんだな。」
「そうそう!たいっへんよ!?まあ?昨日もたくさんのお仕事で__」
「お花のお手入れ。」
「まだそのことは話してないはずなのに!?」
「ほお。やっぱり図星か。」
唐突な的をつく発言につい本音が漏れてしまった。おじさんは嬉しそうに……むしろ面白そうに笑う。
「うぐ……確かにそうですけど……どうしてそれを?」
「ああ。実をいうと前々から花が好きなのは知ってたんだがな?」
え……本気ですか。それも話したつもりないんですけど……。
「そろそろ、今年も王都のほうで伝統の観葉植物の催しが開かれるたずだ。まあアサガオちゃんくらいならそんなことは知っているはずだろ?それを知ったアサガオちゃんは、ついついいてもたってもいられなくなって自分の育てたものの手入れをしているうちに寝てしまった。そんなところだろ?」
「ま、まあ……その……は、はいぃ……どうしても楽しみでつい……。」
昨晩、ふと風の噂でそのお祭りのことを今年もやると聞いて以来、知ってはいたけど、それでも楽しみすぎてついつい遅くまでいじってしまった。まあ、私は絶対にいけないんだけど。
それはそうと、おじさんってどこまで知ってるんだろう……昔から妙に鋭いところはあったけど。時々本当に肉屋かどうか疑ってしまう。本当は裏で別の仕事とかしているんじゃ!?って推理小説にはまっていたころに考えちゃうくらいには鋭い。
「それと、ちょっと爪を見せてみ?」
おじさんに言われ、素直に自分の爪を念入りに見てみる。そうすると、中指の爪と指の間とかに土が挟まっていた。まったく気づかなかった。どうやら昨日いじったまま寝落ちしちゃったからそのままになっていたらしい。
「推測と、あとはその土で大体はな。」
「な、なるほど……でもよく気が付きましたね。実は裏で探偵とかやってます?」
「あっはははは!探偵と来たか!そんなもんじゃないが、まあ商人なんてやっているとな、自然と指先を見ちゃうだけだよ。指先を見れば客の事が一目でわかる。」
「へえ……そんなもんなんですね。」
「ま、俺なんかは探偵になんて向いてないさ。」
「え、どうしてですか?」
「そりゃあ、まあ……ああ、いや!俺は依頼人の内容とか、つい他の人に話しちゃいそうだからな。あっははは!」
「ええ……まあ、しそうではありますね。」
「うおおい!?冗談で言ったつもりなんだが!?」
「あはははは!」
そこからは互いに会話に花を咲かせていった。といっても別に大した内容じゃない。さっきみたいにしょうもない内容だけど、それがすごく楽しい。だからここのコロッケはおいしいのかもしれない。
そして、またしばらくそんな他愛もない会話をしていたが、
「それで、私も一度は__」
「なあ、アサガオちゃん。」
「はい?」
おじさんが神妙な様子で話しかける。おじさんがなぜそのようにするのか、少なくとも私自身に心当たりはなかったが、まあとりあえずは話を聞いてみる。
「その、ちと頼みごとがあってだな。」
「頼み事……?」
「ああ。俺に一人息子がいることは知っているよな?」
「はい。」
おじさんにももちろん家庭がある。今は上の部屋にいるらしいが、息子さんと二人暮らしらしい。私より少し年下で、必死に勉強に励んでいるらしく、ここいらでは珍しい真面目くんらしいのだが、私自身、ここには長く通っていてもその子とはほとんど面識がない。
「訳あって息子一人で王都に行く機会があってな。」
「はあ……それは大変ですね。」
同じ国といえどこの国はかなり広い。地図上で端っこのほうに位置するこの村と中央の王都ではかなりの距離がある。馬車でも移動だけで一日は優に超すだろう。それを年端もいかない子供だけで行くのはかなり大変なはずだ。
「ああ。そこであえて君にお願いしたい。」
「……何でしょう?」
実は少しだけ、私もそっちのほうに住んでいた時期があった。でも正直、王都にいい思い出はない。
なぜなら……それは、狭い、そう狭いから!そして案外物騒!狭くて、物騒で、なんか全体的にどんよりとしているからだ!
そういえば、おじさんは私があっちに住んでいたことをある程度は知っているらしい。どうやって知ったのかはわからないけど、まあそのおかげで私はここを知れた。それだけは認めてやってもいいかな!うん!
まあ、そんな隠し事も聞かないおじさんだからこそ、私も信用している。でも、だからこそどんな質問が来るか逆に見当もつかなかった。
「息子の保護者となって欲しい。」
「へえ~そんな……って、ええええええええええ!?」
もうそろそろ昼も近づいてきたころ、町の一角の肉屋で驚愕の絶叫があがった。
・
・
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「それじゃ、そろそろ帰りますね。」
おじさんからの驚愕のカミングアウトから、指に着いた衣まで堪能し終え、そろそろ帰る支度を始めた。
「ああ。さっきの話、急な話で悪かったがまあいい返事を期待しているよ。」
「はい。」
結局、おじさんの頼みは保留という形にしてしまった。実はそこまで余裕もないらしいが、私もゆっくり考えたい。それになにより行くとなると、厄介な人物がいる。主に二名。その説得を考えておかないと……だからあえて返事は待ってもらうことにした。
「じゃ、また明日。明日こそは必ず早く行きますからね!?」
「フフッわかったわかった。あ、そうだ。アサガオちゃん。」
「……はい?」
さて身支度も終え、行きとは正反対にのんびりと席を立ったところで唐突におじさんに呼び止められた。お腹も膨れ、気分も上々だったためににんまりと振り返る。
「口元、ずっとついてたぞ?」
「あ、あああ……えへへへへ……」
強引に口元を拭い、確認もせずに走り出す。改めておじさんには敵わないなと感じた私であった。
改めまして、森浦もこと申します。
作品の程はいかがだったでしょうか?
明るい主人公と肉屋の店主、いやあ実に楽しく、そして美味しい話でしたね。でしたよね!?
息子さんが遠く、また人がごった返す王都に向かうということで心配していましたねー。いやー確かに人が多いところにしっかりしているとはいえ、子供を一人向わせるのは親としてはものすごく心配なことでしょう。実際、結構危ないところです。というのもこの際ぶっちゃけちゃいますと、確かにこの話、その王都に向かう日までが前編となります。と言うことは、そこでまたいろんな修羅場が待っている……!?
なんてことは、どうでしょうかね?これは後々のお楽しみです。
あ、あと少年君にはもう少し後でいっぱい活躍してもらいます。おねショタ展開とかも!
それと、今回は挿絵ありです!描いて頂いたのは『鷹目つな』さん《@tsu_na_na》(Twitterアカウントに飛びます。)
本当に素晴らしい絵でした。私が想像したキャラ以上の出来で、表情に見せる明るさのどこか不安な面影が実にアサガオという少女らしさが出ているなと思います。この世界に色を加えてくれたと言っても過言ではないでしょう。ありがとうございます!m(_ _)m
前半のうち、あと3枚ほど描いて頂いているので、そちらの方も乞うご期待!出来れば内容の方も楽しみにしてくれたな嬉しいなあ……(小声)
さて、後書きでたらたらと描いていても仕方ないですし、一旦区切りといたしましょう。
残りもなるべく早く更新していきますので忘れないでね!?
次回、なんと新キャラ続々登場!
家に帰ってきたアサガオ。そこに待っていた老人が怒髪!?そして彼女宛にまさかの求婚!?夢見る少女の運命は!そして運命の出会いも!
お楽しみに!