第91話「諦めなければ」
体の芯から凍えるという経験をしたのはこの時が始めてだった。
ゴオオオオーー!!!!
兄さんが作ったこの閉鎖空間内では空もないのにどこからともなく季節外れの吹雪が吹き荒れていた。
「神楽はただ順番に使えば威力が上がるだけの単純な儀式魔法じゃない。最後の型まで通した時に始めて発動できる特別な魔法があるんだけど、どうやら君はそのことを教えられてなかったようだね」
返す言葉もない。なぜなら私は桂木家当主の、実の1人娘でありながら本当にそのことを知らされていなかったのだから。
「神鳴り神楽、壱の舞『神立』!」
せめてもの抵抗に私は兄の話を遮るように攻撃を仕掛けたが
「氷結神楽、壱の舞『氷雨』」
キン! キン! キン!
私と兄の振るう刀がぶつかり合う金属音が3回鳴った。神立も氷雨も共に4連撃の技だが4回目の金属音がしなかった理由は至って単純だ。
グサッ!
4度目の義兄の斬撃を私は防ぐことができず、右肩からわき腹にかけてを一刀両断されたからだ。
魔刀に切られたことによってただでさえ少ない私の体内魔力は枯渇し、力が抜けてその場に刀との切っ先と片膝をついてしまう。
「早い……」
口に出しながらも私はその表現が少し間違っていることにすぐ気づいた。
今やられたのは兄さんの攻撃速度が上がったから、だけではない。
「それもあるけど君が遅くなってるんだよ魔昼。まあ当然だよね、いきなりこんな極寒の環境に連れてこられたら、いくら魔力で体を覆っていたとしてもいつも通りの動きなんてできるわけがない。まあここまで実力差を見せつけたら物わかりの悪い君でもさすがに理解してくれたよね? 桂木家の次代当主にふさわしいのは君ではなく僕だと」
確かに状況は絶望的だ。この極寒の世界で私の体内魔力も残り僅か。頼みの綱の神楽も、先ほど最後の舞『万雷』を撃とうとしたがこの空間に巻き込まれる中で中断してしまったため、本来の威力で打つためにはまた壱の舞から始めなくてはならない。
「僕的にはもうここらで諦めて降参してほしいんだけど」
確かにこの状況、普通に考えたら勝利を諦めるところなのかもしれないが
魔法と心は繋がっている。
それは今どき子供でも知っている魔道の基礎。つまり今ここで諦めてしまえば、きっと私の魔法はもうこの男に届くことはないだろう。しかし、逆を言えば諦めなければ私の魔法でこの男を倒せる可能性は残り続ける。
「神鳴り神楽、伍の舞……」
どの道この残りの魔力では舞えるのはあと1度だけ、それななら例え不完全でも1番可能性のある技を私は選ぶ。
「しょうがないそれなら僕も相応の技でお相手しよう」
「『万雷』!」
「氷結神楽、終の舞『極冠』」
……
パキ!パキ!パキ!
リングに突如として現れた漆黒のドーム。その中に魔昼と暮魔の2人が姿を消してから僅か数分後、ドームが音を立てて割れていく。
「噓だろ」
思わず俺は自分の目に映った光景を承認できずそう言いながら息を呑む。
ドームの中から出てきたのは涼しい顔をした暮魔と、その暮魔に刀を振りぬこうとした体制で全身凍り付き、氷像と化した魔昼だった。
「1年対抗試合、先鋒戦は桂木暮魔の勝利だー!!」
王条先輩のアナウンスが響いたきた時には既に俺の体はリング内にあった。こちらに気づいた暮魔の横を素通りして俺は全速力で魔昼の元へ向かう。
パリン! もう少しでこの手が届くというところで魔昼の全身を覆っていた氷が砕け散り、その中から解放された魔昼の体は力なく床に倒れそうになる。
ガシッ! 俺は魔昼が地面に激突する前に何とか両腕でそれをキャッチして、彼女の体を抱きかかえた。
「魔昼?」
声をかけてみたが目は開ない。
「おー我ながらいいタイミングで解除できた」
後ろから気の抜けた声が聞こえてきたので、俺は思わず振り返ってその声の主を睨みつけてしまう。
「何か僕に言いたいことでも?」
心底、腹が立つにやけ顔で暮魔は聞いてくるので俺は一言だけ言わせてもらった。
「魔道は3回勝負だ。残りの2回は魔昼の方が勝つから覚悟しとけ」
「ほう、それは楽しみだ」
それだけ言うと俺は魔昼を抱きかかえたままリングの外に出た。
するとすぐに息を切らせた明日香が駆け寄ってきた。
「魔昼ちゃん。大丈夫だとは思うけど保健室に連れてくわ」
その意見には半分同意だ。
「いや俺が連れてく」
俺の意見は間違っている。なぜなら俺はこの後自分の試合が待っているのだ、ここは大人しく魔昼のことは明日香に任せてそっちの方に集中すべきなのはわかっているが。それでも俺はいま例え意識がなくても魔昼の傍にいてやりたかった。
明日香は一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐにため息をついてから言った。
「わかった、好きにしなさい」
明日香の同意を得た俺は次に刃、ソウシ、加賀斗の3人の対抗戦出場メンバーの方を見た。
「さっさといけ、その間に俺達3人が勝ってこの対抗戦は終わりだ」
「悪いけど煉の出番はないよ」
『さっさとしろ』と言うよう手を振るソウシに刃も珍しく冗談を重ねてくれた。それから残った加賀斗は俺に握り拳を突き付けながら短く言った。
「勝つぞ」
「ああ、絶対勝つ!」
俺は自分の拳をそれに合わせながら答えた。
……
「グワッハッハーー!! 早速俺達の1勝だな! 身の程を知ったかこの雑魚共がー!!」
品性の欠片も感じられない野太い笑い声が響く。煉に連れられ魔昼がその場を去った途端、神原大我の態度が豹変、というかいつもの調子に戻り大声でその場に残ったソウシ、加賀斗、刃に罵声を浴びせる。
「きっしょ」
「アイツ誰だよ」
「目が濁ってるね」
そうこうしているうちに次の試合の準備が終わり、続く次鋒戦に出場する生徒の名をが告げられる。
「次鋒戦! 神原学院側からは双魔イヅル! 神森学園からは天神煉! ……のはずだが、どうやら今は席を外しているようだな」
それを聞いて大声を上げたのはまたしても大我だった。
「待て! あのクソ(煉)は大将戦に出るんじゃないのか!?」
数日前、煉に大将戦でぶつかり合おうと一方的に約束していた大我は煉が次鋒戦に出場しようとしていたことを知り、驚愕していた。
「いや普通にお前とあんま関わりたくないって言って大将戦は避けてたぞあいつ」
「何だと!? この臆病者がー!!」
加賀斗からことの顛末を聞いた大我は憤慨するが、特にその事は気にも止めず神守学園側の3人は煉の代わりを誰がつとめるかを話し合う。
「あいつがいつ帰ってくるかわからんし、とりあえず1番最後に出番だった俺が変わりに出て、大将戦には俺の変わりに煉に出てもらうでいいか?」
「そうだね、そうすれば僕とソウシの順番を変えなくても済むし」
「頼んだぞ加賀斗」
「おう、行ってくるわ」
……
「煉さんの変わりに加賀斗さんが戦うみたいですね」
桃子、蓮見、片桐の3人は先程からリングの周囲の人混みに紛れて自分達のクラスの応援を続けていた。
「あれ? そういえば対戦相手の双魔ってあの双魔家だよな、多重人格の」
「そのと言われても知らないわ」
「片桐さんのお知り合いのおうちなんですか?」
「いやお前ら知らんのかい! そんなんでよくここの受験受かったな!」
片桐と違い全く思い当たる節のない様子の2人が突っ込まれているところ、リングから戻ってきた明日香が話に加わる。
「そうよ、片桐ちゃんの言う通り双魔家は多重人格者を人為的に作り出すので有名なお家よ」
「え!? そんなこと出来るんですか?」
「私も詳しくは知らないけど、子供の頃に精神に作用する魔法を上手くかけると、できるとかできないとか」
「そもそもどうして多重人格者なんてものを作っているの?」
「それはほら、魔法と心は繋がってるって言うだろ。だから双魔家は心を複数持つことで複数の魔法の適性を得られると考えたんだよ。で、実際それは成功して今日までそれが続いているらしい」
「じゃああのイヅルさんって人も多重人格者で複数の魔法が使えるんですか?」
「いえ」
桃子の質問に対して『多分そうなんじゃないか?』とそれを肯定しようとした片桐よりも早く明日香はこれを否定しそのまま続けて言った。
「双魔イヅル。私が聞いた話がもし本当なら、彼は双魔家の長い歴史の中でも他に類を見ないタイプの異質な多重人格者よ」
明日香がそう言い終えた時ちょうどリング上では対抗戦第2試合が開始された。
続く




