第89話「失敗」
「ついにお前にあの日の借りを返す日が来た」
訓練ブース内に入ったところで、ただナンパしてるところを1発殴られただけの話を随分大袈裟に話すリオ。そのことに俺は半分呆れながらも、もう半分では少しワクワクしていた。
実戦に勝る修行はない。3年間この学園で魔道を学んだ俺はそのことをよく理解していた。
この数日間、真叶との修行で『色付き』を会得することはできなかったが、僅かではあるがその手応えらしきものを掴み始めてはいた。そして俺はその手応えからこの戦いを通じて真に『色付き』を会得する、そんな予感がしていた。
「もう1回赤っ恥かかせてやるよ」
「貴様では無理だ」
リオはそう言いながら無造作に右手を斜めに振り、その動作に合わせて氷の礫がこちらに飛んでくるがかなり遅い。恐らくこれはあくまでも試合開始の合図変りの1撃、本気の攻撃ではないのだろう。
俺はこれに対して息を大きく吸い込みながら真っ正面から突っ込み、礫が目の前まで来たところで吸った息を吐くと同時に魔法で炎を吐くことで全て跡形もなく溶かした。
「歯ぁ食いしばれ」
俺はそのまま炎を纏った拳でリオに勢いよく殴りかかる。 カーン! しかし突如現れた氷の壁がそれを阻んだ。
「届かないよ」
「そいつはどうかな?」
俺は氷壁に拳をつけたままの状態で魔力をそこに集中させる。
「はぁぁぁぁぁー!!」
ボォォォーー!! 掛け声と共にその先から炎を放出させ、壁をぶち破ろうとしたが
「届かないといったはずだが」
リオの言葉通り、俺の渾身の炎を受けても氷壁にはひびさえできなかった。
「この氷、結界術と併用しているのか」
「さすがにそれくらいのことには気づいてくれるか」
よく目を凝らして見てみると、この氷の壁の表面に厚さ3センチ程度の魔力でできた層がある、これは防壁魔法の一種、結界だ。
神原家は代々このような結界術や相手を拘束する封印魔法の研鑽を積んできた魔導名家。その神原家が運営する学院で3年間教えを受けてるだけはある、この鉄壁の守りを切り崩すのは容易ではないだろうが。
『色付き』なら。
無意識にその単語を思い浮かべたタイミングでリオが動いた。両手に大量の紙製の札を召喚しそれを頭上に投げた。それはひらひらと俺の頭上まで舞い上がったかと思ったら、突然白く光ると共につららに変化し降り注いできた。
ダンッ! 俺は咄嗟に後ろへ跳び、これらを回避することに成功したが。
「甘いな」
俺が一瞬目を放した隙にリオは俺の右側面に回りんでいてその手には既に魔力が込め終わった魔法陣が構えられていた。
「吹き飛べ」
ガンッ!! その一言と共に凍てつく冷気が俺の体を貫き、そのまま訓練ブースの壁に叩きつけた。
「グ八ッ!」
俺は追撃に備えるために痛みと寒さに震える体を無理矢理動かしてすぐに立ち上がる。
「さっきのは魔札か?」
俺は呼吸を整える時間稼ぎも兼ねてリオに質問を投げかける。
「そうだ。あらかじめ札の中に自分の魔法を封印しておくことで、今のように好きな時に魔力を消費せずに魔法を発動させる。問題はお前レベルにも通用するレベルの魔法を封印してくおのが難しいが、今みたいに陽動くらいにはなる」
「長々と説明ご苦労さん」
狙い通り、呼吸も整ったタイミングで俺はまたリオに突撃した。それを見ても奴はまたその場から微動だにしなかった。当然だ、さっきの攻防で俺はリオの結界を破るには至らなかった。つまり奴はいま真っ正面から攻撃してく分には防げると確信しているはず。実際その予想は正解だ、先程の俺の一撃は正真正銘本気の攻撃だった、だがそれなら今ここでさっきの俺の限界を超えてしまえばこの壁はぶち破れるはず。
……
『心と魔力は強い結びつきがある。ようは想いを込めれば込めるほど魔法は強くなるってこと』
……
つい先ほど真叶に言われた言葉が頭を過ぎる。
……
『てめぇと俺じゃ炎に込める想いの熱が違うんだよ!!』
……
次に数か月前にこの学園に乗り込んできた男、火月に言われた言葉が頭の中で響く。
悔しいが、今まで直にあった魔法使いの中ではあいつの炎が1番熱かった。戦いの中であいつの炎から感じた想いはたった1つ、『怒り』だ。
あいつの炎からはどす黒い怒りの感情を感じた。そしてあいつの炎の色は黒味がかかった赤色だった。
ならば俺がすべきことはたった1つ、先ほど全力で放った魔法をリオにあっさり防がれてしまったことへの怒り、この感情を魔力と共に右手の拳にこめてそれを炎と共に撃ち込む。
ボワー! その時俺の拳に灯った炎はいつもより少し濃い赤色だった。けど、それだけ。
「ミスった」
カーン! 俺の失敗した色付きの攻撃はまたしても氷壁に阻まれ、リオにこの拳が届くことはなかった。
「お前いまひょっとして『色付き』をやろうとしたのか?」
俺はリオの言葉を無視して、今の煽りに対する怒りをこめてもう一度魔力をこめ直したが、これ以上炎の色が変化することはなかった。
「仕方ない、俺がお手本というのを見せてやろう」
瞬間、足元から現れた金色に輝く氷の山が俺を飲み込んだ。
……
「そう、あなた達は神原学院の生徒なのね」
炎寺とリオの決闘が行われる数分前、魔昼と明日香は神原学院の生徒、柊萌と双魔イヅルの2人と遭遇していた。2人の正体に気づいた魔昼は冷静なフリをしていたがその内心では突然のことに少し動揺していた、一方で明日香はこの魔昼の発言に衝撃を受け、思わず息を吞んだ後に言った。
「もしかして魔昼ちゃん気づいてなかったの?」
「え?」
明日香の発言に不意を突かれた魔昼は思わず後方にいる彼女の方を振り返る。
「だって着てる服が思いっきり神原学院の制服だから一目見たらわかるでしょ」
「いや、てっきり彼女が着てるのはどこかの中学の制服かと思ってて」
「おい! だから人を中学生扱いするな!」
突然話が自身に飛び火した怒りで萌の顔が赤くなった。一方で魔昼も先程まで自分だけが状況を理解していなかったことに気が付き、その恥ずかしさで顔が赤くなっていた。
「なんだか面白い組み合わせだねー」
そんな時またしてもこの会話に加わろうとする人物がいた。その男の顔を見た瞬間、顔付きが変わり引き締まった表情で魔昼は言った。
「やっぱり、あなたも来てたんですか義兄さん」
魔昼に義兄と呼ばれた男、桂木暮魔は彼女の言葉は無視して萌とイヅルの方に声をかける。
「2人共なに油売ってるの、いなくなった大我のことを探すんだろ?」
「いやけど萌が彼女らとモメとってな」
「なんでモメたの?」
「こいつら私が16歳って言っても信じないから頭に来たんだ」
『いやそれは信じないだろ』
「なんでだよ!」
コントじみた3人のやり取りを見ても魔昼はクスリともせず、ただひたすら暮魔のことを睨み続けていた。
「とりあえず早く大我を見つけないと何をしでかすか分からないから早く見つけよう」
『全く世話の焼けるバカだアイツは』とぼやきながら萌がイヅルと共にこの場を去るのを見守ってから、ようやく暮魔はその目を魔昼と合わせた。
「久しぶりだねー魔昼。5月の長期休暇も、夏休みも僕は家に帰らなかったからこうやって顔を合わせるのは半年ぶりくらいかな?」
「はい、そうですね」
「はは、相変わらず素っ気ないね血は繋がってないけど兄妹だろ?」
魔昼は目を伏せるだけで、その質問を返すことはなかった。
「可愛気いないなー。まあいいけど、そういえば君も対抗戦出るんだってね」
「はい、でます」
「実は僕も出るんだよ」
「知ってます」
「じゃあこれは知ってる? 僕は団体戦のトリ、大将戦に出る。魔昼お前は僕と戦いたいんだろ? ならお前も大将戦に出なよ」
そう言われた魔昼は逸らしていた目を再び暮魔に合わせ、不審な目で数秒見つめてから答えた。
「わかりました。けど、後悔しますよ」
「君の方がね」
暮魔がそう言ってこの場を去ろうとした瞬間、
ドタドタドタドタ! 突然廊下を騒がしく走る足音が聞こえてきたと思ったら。
「何勝手にチームの情報漏らしてんだー!!」
この場に激昂が響き渡ると共に暮魔の脳天にかかと落としが直撃した。
……
「何でここにいるんだよ、ばかんばら」
その瞬間、神原大我の目の色が変わった。長い付き合いだからわかるこれは、こいつがキレたときの目だ。
「俺をそのあだ名で呼ぶな」
俺がそのことに気づいた時、大我はそう言いながら既にこちらに1歩踏み出し右手の拳をこちらに振り下ろそうとしていた。
パンッ! 拳が顔に直撃する寸前で、横にいた加賀斗が俺達の間に割って入り、手の平でその拳を受け止めた。
「加賀斗……お前が俺の護衛っぽいことしてるの始めて見た」
「お前は素直にお礼を言えんのか」
「ああ、助かったよありがとう」
「どういたしまして」
俺達がうだうだ話している間に大我は大人しくその拳を納めて後ずさり、元の位置に戻っていた。
「やるな加賀斗、今この瞬間までそこのバカの金魚の糞かと思ってたが、その評価は改めてやろう」
「そりゃどうも。ちなみに俺は今この瞬間までお前のことをただのバカだと思ってたが、マジで危ない奴ってことで評価を改めようと思う」
俺もまさかこの歳になって『バカ』と一言煽っただけで殴りかかってくる程こいつの煽り耐性が低いと思わなかった。こいつマジで小学生の頃から精神が成長してないな。
「そういえばなんで俺がここにいるか、その問いにまだ答えてなかったな」
下手したら今の加賀斗の煽りにまた反応して殴りかかってくるかと警戒していたが、どうも今回はその様子はなく変わりにさっき俺が聞いた質問に答え始めた。
「煉、お前今度の対抗戦に出るらしいな」
「ああ、そうだよ」
「お前らのチームはもうオーダーは決まってるのか?」
「オーダー?」
突然出来てきた聞きなれない単語を俺が聞き返すと、ナオの変わりに横の加賀斗が解説してくれた。
「ほら俺らの学年の対抗戦の内容は5対5の団体戦だろ? その時の出場順のことだよ」
「あーそれならまだ決まってないはずだけど」
「ならお前は5番手、大将戦で出ろ」
「なんで?」
「こっち側の大将戦は俺が出るからだ」
まあ言いたいことは何となく分かるが、敢えて俺は『だからそれだとどうして俺が大将戦に出る理由になるんだ?』と聞き返してやろうと思ったがそれよりも早く、ドタドタドタドタ! 突然廊下を騒がしく走る足音が聞こえてきたと思ったら。
「だから何でお前らは勝手にチームの情報をぽんぽん漏すんだー!!」
激昂が響き渡ると共に大我の脳天にかかと落としが直撃した。激痛に悶えながらその場にうずくまる大我、すると変わりにその後ろにいた今の怒鳴り声の主の姿俺達の目に映る。
そこにいた少女の名は諌山雫。諌山家は代々神原家に仕えている魔導名家なので彼女と大我の関係は表向きは主と従者といったところだが実際は。
「遅かったな保護者」
「ごめんなさいね煉、加賀斗。うちの大我が迷惑かけたみたいで」
問題児とその保護者という表現が正しい。
「ほら早く謝んなさいよ大我」
雫はまだその場で縮こまっている大我のことを無理やり立たせたと思ったら、その頭を鷲掴みにして俺と加賀斗の方に向かってペコペコとお辞儀をさせる。
「離せ! このバカ女!」
大我はキレてすぐにその手を無理矢理振り払った、まあ今回ばかりはあいつが怒るのも無理はないと思った。雫は比較的常識人であるが大我に対してはちょっと度が過ぎてお節介なことがある気がするが、まあ大我もヤバ目の方向で度が過ぎてるのでこれはこれでちょうどいいバランスなんじゃないかと思う。
「まあもういい、用は済んだ。俺は帰る」
「ちょっと待ちなさいよ大我! ちゃんとお別れする時は『さようなら』って挨拶しなきゃでしょ」
もう俺達に興味がないのか、雫を振り切りたいからなのかどちらかはわからないが、こうして神原大我という男は嵐のように過ぎ去っていった。
続く




