第87話「女の戦い」
衝撃と爆風が収まり、閉じていた目を開けてもそこはまだ訓練ブースの中だった。これによって少なくとも俺はまだ負けていないことがわかった。
となれば次に確認しなくてはならないのは敵である界人の状態だ。俺と同じように攻撃を耐えきったのか、それとも……
「いねーな」
俺の視線の先にさっきまでそこにいたはずの界人の姿はなかった。だが勝ったと確信するにはまだ早い、今のどさくさに紛れて俺の死角に潜み不意打ちを狙ってるのかもしれない。
そう思った俺が周囲を警戒しようとしたところでドンドン、後ろからノック音が聞こえた。振り返るとそこにはブースの外から手の甲で壁を叩いている界人の姿があった。この訓練ブース内では戦闘不能に陥るダメージを受けたと判定されると、安全用の術式が作用して強制的に外にはじき出される。つまり先の攻防を経て界人だけがブースの外にいるということは
「俺の勝ちだー!」
『まあ、私が力を貸したんだから当然じゃの』
まあ確かに、少し悔しいが俺1人の力では界人に勝つのは難しかったことが事実だ。
(そうだなお前のおかげだよ。ありがとなアマテラス)
『え? お、おう。まあお主も私の契約相手にふさわしい戦いぶりじゃったぞ! ほめて遣わす』
いつも人の頭の中で無駄にはきはきと文句ばかり言うこの精霊が、今回いつもとと違い少したどたどしい物言いをした理由を俺は即座に理解して指摘してやった。
(なんだお前照れてんのか?)
『なっ!……だ、誰が人の子相手に照れたりするものか! 私はもう疲れた寝る!』
実にわかりやすい精霊と契約したもんだ。
一応寝るとは言っていたがアマテラスに聞こえないようそんなことを考えながら、俺がブースの外に出るとそこには界人だけでなく桐八の姿があった。
「2人共いい戦いだった。そしてこの戦い経て対抗戦への出場権は界人から煉に移った」
桐八にそう言われて込み上げてきた感情は『やったー!』ではなく、『あー、そういえばそうだったな』だった。正直、界人との戦いを楽しむことに集中していてその理由なんて当の昔に忘れていた。
けどそうか、対抗戦に出るとなればきっとまた今みたいにヒリヒリするギリギリの戦いができるはず。そう考えるとワクワクしてきた。
「一応、界人にはこの場で煉に再戦する権利はあるがどうする?」
「いえ、全力でぶつかった結果なので今はこれを受け入れます」
界人がそう言ってあさっさり断ってしまったので俺は少しがっかりした。俺は別に今からアマテラスを無理矢理叩き起こして界人のリベンジマッチに応じるの面白いと思っていたのだが。
「そういうことなら俺はもう行く。あっちの戦いもちょうど終わりそうだからな」
桐八が足早にこの場を去った後、入れ違いで加賀斗がやってきた、
「そっちも終わったのか、どっちが勝ったんだ?」
「俺だよ」
「おー、やるじゃねぇか」
俺がそう言っても加賀斗はそこまで驚いた様子は見せなかった。
「そっちはどうなんだよ?」
俺が界人に挑戦したように加賀斗は迅雷の挑戦を受けていたはずだ。
「俺が勝った。ついさっきだ、迅雷は相当悔しかったみたいでもうここから出ていっちまった」
迅雷の奴は自分が加賀斗より下の序列についてることに納得していなかったみたいだから、その姿を想像するのは難しくなかった。
「となると残ってるのは女の戦いか」
俺達3人は先程、桐八が向かった方に自然と目線を向ける。そこでは対抗戦への出場権を賭けた最後の戦い、魔昼対明日香の決闘がちょうど終わりを迎えようとしていた。
……
シュッ! 左手に短剣を召喚し前方にいる魔昼ちゃんに素早く投擲したがそれはあっけなくかわされた。
私と魔昼ちゃんは共に雷魔法の適正持ちだが、その戦闘スタイルは全く異なる。まず彼女は雷の魔力をその身に纏い手に入れた、圧倒的身体能力から繰り出す剣術での近接戦を得意とする。一方で私は主に遠距離攻撃、電撃を放ち相手を麻痺させる戦闘スタイル。
しかし属性魔法の使い手は同属性に対して強い耐性を持つ、そのため私の電撃の効果は魔昼ちゃん相手に半減。なので普通に行けばこの戦いはこちらの方が圧倒的不利であるが、私のもう1つの魔法がその状況をひっくり返していた。
ダッ! 魔昼ちゃんは私の右側面に回り込んで斬りかかろうとしたが、それより先に私が逆に右後ろに回り込み彼女の後頭部に蹴りを放った。
本来なら魔昼ちゃんは私を遥かに上回るスピードの持ち主だ。しかしそのスピードを充分に出し切ない理由こそが私のもう1つの魔法にあった。
防衛誘導魔法『避雷針』。それは現実に存在する避雷針と同じ、雷を吸い寄せるという魔法。つまり魔昼ちゃんはいま下手に雷の力を使えば己を強化するどころか逆に私の避雷針に捕まり、むしろ不自由を強いられるのだ。
そのため彼女が先ほどから身に纏う魔力は雷属性に発展させていないただの純粋な魔力。その状態なら身体能力強化にそこまで秀でていない私の雷の属性魔力でもスピード勝負で軍配が上がる。なので魔昼ちゃんと私の相性は最悪と言っていい。なんせ彼女は得意の雷魔法の一切が封じられ、ただの魔力操作による肉体強化のみで私と戦わなくてはならないのだから。
バン! 直撃した蹴りの衝撃で魔昼ちゃんは一瞬前のめりに体制を崩しかけたが、力強く床を踏みしめ堪えきった。そしてすぐにそのまま反転して私に斬りつけようと刀を振りかぶったが、その時既に私は彼女に止めとなる魔法を発動していた。
バチ! バチ! バチ! 私の手と手の間に展開されていた魔法陣から電撃が放出され、魔昼ちゃんの体を貫く。
魔昼ちゃんのただ1つと言っていい明確な弱点、それは体内魔力不足。彼女は魔法使いに比べかなりその体内魔力は少ない、つまり持久力がないのだ。それを証拠にかれこれ10分近く続いたこの体術戦を通じて彼女の最後の頼みの綱である体を覆う魔力にも揺らぎが出来ていた。
そのため本来なら大した効果が望めない私の電撃も、今なら必殺の一撃になると思い放ったが……その予想は外れた。
彼女は倒れなかった、そのリアクションから電撃は私の予想通りかなり効いていることは間違いないのだが、それでも彼女が倒れることはなかった。それどころか ダン! ほんのわずかであるがこちらに1歩歩み寄ってきた。
「こうなったら!」
少し危険だが私は電撃の出力を一気にあげ、魔昼ちゃんをブースの外に弾き出そうとしたがそれを実行する直前、不意に彼女と目が合ってしまった。それは私がよく知る普段の穏やかで優しい目とは違う、こちらを貫くような鋭い視線でそこからは『負けたくない』という感情、ただそれだけが伝わってくる。
情けない話だが私は完全にその瞳に気圧され、一瞬だが電撃の威力を弱めてしまった。そしてそんな目をした彼女がその隙を当然見逃すわけがなく、電撃を受け続けながらもこちらに駆け出し、最後の力を振り絞ってその刀をこちらに突き出す。
「しまっ」
そんな意味のない言葉を私が言い切るよりも先に彼女の刀は急所である胸を貫こうとする。
万事休す、今さら回避も防御も間に合わない、私に打てる手立てはもう何も残っていない……けどそれでも私は彼女にだけは負けたくない!!
……
魔法と心は繋がっている。
それは今どき子供でも知っている魔道の基礎だが、その日私はそれを身をもって知ることとなった。
……
ここしかない!
私は残り僅かな魔力を振り絞って明日香ちゃんの胸を貫く突きを繰り出し、それは狙い通りに当たると確信を持った瞬間、ドゴーン!! 雷鳴がブース内に響き渡り、それと同時に明日香ちゃんが目の前から消えた。いや、正確には猛スピードで私の視界の外へ移動したのが微かに見えた。
ドタン! 直前で突き刺す相手を失った私の攻撃は空振りに終わり、そのまま私は前のめりに体制を崩して倒れてしまった。それでもなんとか次なる明日香ちゃんの攻撃に備えようと倒れながらも顔は彼女が移動した先に向けたが、その時既に彼女の姿はなく変わりにそこには前の攻防で私が躱した明日香ちゃんの短剣が、ピリピリと帯電した状態で床に突き刺さっているだけだった。
明日香ちゃんの姿を見失ってしまった私は急いで体を起こそうとしたが
「負けたわ」
立ち上がったと同時に背後から声をかけられ、振り返ると訓練ブースの壁の向こうで悔しそうな顔をした明日香ちゃんがいた。
……
「ということでこの勝負は桂木魔昼の勝利。出場権は移り変わらない」
手放しで喜べる勝利ではないが、それでも私は明日香ちゃんからなんとか対抗戦への出場権を守りきれた。
試合結果を確認をした桐八先生はその場を後にし、その後に続こうとした明日香ちゃんを私は急いで呼び止めた。
「待って! 明日香ちゃん、最後私の攻撃を当たってないよね? それなのにどうして明日香ちゃんはブースぼ外にとばされたの?」
呼び止めに応じてこちらに向き直った明日香ちゃんは凄く嫌そうな顔をしていて、一瞬答えるかどうか悩むような素振りを見せてから答えてくれた。
「壁に当たった」
「壁?」
「魔昼ちゃんがいきなり斬りかかってくるから驚いて勢いよく回避したらそのまま壁に激突したの!!」
……まあ本当言うとそれはおおよそ私の予想通りの答えだったが、それだと恥を承知で正直に答えてくれた明日香ちゃんに申し訳ないので予想外という感じの顔をしておこう。
「全く、親友を刀で串刺しにしようとするなんて酷いわ魔昼ちゃん」
「いやいやその前に明日香ちゃんも私のことを電撃でビリビリにしたじゃん」
冗談もほどほどに、私は最後に1番確認したかった質問を明日香ちゃんに投げかける。
「明日香ちゃんは最後あれをどうやって避けたかわかってるの?」
「……さあ? 全然わかんないなー」
彼女は全く感情がこもってない声でそう言うと今度こそこの場を去っていった。
単純なスピード勝負では私に圧倒的に分があると思っていた。しかし、もしも彼女が最後に見せたあの移動法をマスターしたら……
「次戦った時、負けるのは私の方かもしれないわね」
……
9月10日火曜日。ガチャ、神原学院校舎の屋上の扉が開き、1人の生徒がそこに足を踏み入れた。彼の名は桂木暮魔、魔昼とは血が繋がっていない兄妹関係であるこの男は、屋上スペースのど真ん中で大の字で空を見上げ、寝転んでいる1人の生徒に用があってここに来ていた。
「屋上は基本的に立ち入り禁止のはずだけど君に関してはおとがめなしか、大我」
「ああ、そういうことだ。ここならうるさいバカ共も寄り付かなくて静かにできるから俺は気にってるんだ」
暮魔に大我っと呼ばれた彼の本名は神原大我、暮魔と同じ1年生であるがその立場はまるで違う。
1つは彼が魔力革命よりも前から存在しこの国の魔道界を支配していた御三家の一角にして、この学院を運営する神原家現当主の息子であること。
そしてもう1つは彼の素行は決して褒められたものではなく、よく授業もサボっているにも関わらずその実力は本物ということだ。
「それより要件はなんだ? 暮魔、俺はお前のことは認めているが、ただ雑談をしに来ただけならぶっ殺すぞ」
「僕だって流石に話し相手はもう少し選ぶよ。今度の対抗戦、神守学園側の代表選手が決まってさっき発表されたよ」
「ほお、誰が出るんだ?」
「神崎刃、神崎スグル、桂木魔昼、加賀斗暁、それと天神煉」
最後の名を聞いた途端大我の眉毛がピクリと反応した。
「煉? ……そうかあのカス野郎対抗戦にでるのか!! いいね、ぶっ殺してやる!!」
それまでのけだるそうな雰囲気から一変して大我は立ち上がり元気はつらつに煉の抹殺宣言をした。
「ただの面倒ごとだと思っていたがそれならこの対抗戦少しは楽しめそうだ!!」
「そういうことならこの提案も受けてくれそうで安心したよ」
「何の話だ?」
予想通りに大我がご機嫌になったタイミングを見計らって暮魔は本題に切り込む。
「今週末、対抗戦の打ち合わせも兼ねて学長があっちに挨拶にしに行くんだ。それの付き添いのメンバーに君と僕の名前があるみたいなんだ」
「つまり直接乗り込んで宣戦布告ができるわけか! 面白れえ!!」
付き添いという言葉の意味を随分物騒な解釈をした大我に暮魔は敢えて突っ込まずには放置した。
「僕も久しぶりに可愛くない妹の顔でも見に行くか」
続く




