第85話「挑戦者」
9月8日、日曜日。
「それじゃあやるか」
訓練室の対戦ブースに入り、これから対抗戦への出場権をかけて戦うのは現在序列12位の蘭アロスと序列4位、神崎ソウシであった。
「なら早速行くぞ」
そう言った瞬間、ソウシはその手に薙刀を召喚し、駆け出した。彼が操る光魔法はその圧倒的なスピードが特徴である。これまでも試合開始と同時にトップスピードに乗って相手に詰め寄り、反撃する暇も与えず一撃で終わらせる戦法を得意としている。
だが前学期に行われた期末考査で、その戦法の前に敗北したアロスは当然そのことについて対策済みだった。
ソウシが動き出したのを察知したと同時に、アロスはこれを迎撃するため頭上に魔法陣を展開した。
バシャン! 魔法陣の中から大きな水球が出てきたかと思ったらそれは破裂し周囲に水しぶきが飛び散る。
(水魔法の発動に失敗したのか?)
意図の読めない一連のアロスの行動をソウシはそう判断しかけたが、すぐにそれが間違っていたことを思い知る。
パリパリパリ、水しぶきがかかり濡れた体の箇所が即座に凍っていく。
(これは氷魔法と水魔法の合わせ技か!)
予想外の先制攻撃を受けて一瞬たじろいだソウシに間髪入れず、アロスは襲い掛かった。
……
約2か月前。アロスは1つ上の学年の先輩で同じ氷魔法の使い手である相澤琥狼から指導を受けていた。
「氷魔法で1番簡単に相手を倒す方法は相手の全身を完全に氷漬けにすることだけど、これは口で言うほど簡単じゃないのは蘭くんももうよくわかってるよね?」
「はい、一部だけならまだしも全身となるとかなりの量の魔力が求められますし、体を覆う魔力が多いほど、つまり魔法使いとしての実力が高いものほどそれを達成するのは困難になります」
アロスの模範解答に相澤は満足そうに頷いてから、その続きを話す。
「とはいえ、やり方はいくつかある。例えば僕は精霊と契約しているから、魔力量では基本的にアドバンテージがある。なので並みの相手なら強引に物量でねじ伏せることが可能だ」
「俺はよく水魔法との合わせ技を使います」
相澤に習ってアロスも自分がよく使う手法を共有する。
「それも悪くはない。相手の手の内を知らされてなかったらこちらが水魔法の適正持ちというブラフにもなる。けどそれだとまず相手の全身を水で濡らさなきゃいけなくて、結局そこに魔力をさくことにもなる」
相澤の指摘に心当たりがあったアロスは黙って頷き、それを肯定する。
「僕の知る限り1番実戦的だと思える手段は、あらかじめ何かに魔力をこめていくことだ」
……
現在。
一瞬の隙を突き、ソウシとの間合いを詰めるアロス。その距離わずか2メートルを切ったタイミングでアロスは両手を頭上に振り上げた。
シュッ! その動作と同時にアロスの手元がひかり、次の瞬間そこには刀が握られていた。
(こいつにはありったけの魔力を事前に貯めこんでおいた、例えその薙刀でガードが間に合ったとしても、それごとお前の全身を凍り付けにする)
この瞬間アロスは勝ちを確信し、ほんの僅かだがソウシへの注意が薄れた。そしてその油断が勝敗を決めた。
「『噛み千切り』」
瞬間、ソウシが口にした技名を自らかき消すようにアロスの目の前で白い爆発が起きた。
……
気づくとアロスはブースの外に弾きらされていた。
「負けたか……」
「正直お前のことなめてたよ、技を使うことになるとは思わなかった」
アロスに勝ったソウシは労いの言葉を彼にかけるが、その途中であることに気づき顔が青ざめる。
「それってもしかして……!」
「ああ、折れたみたいだな」
アロスの手にある魔刀の刀身の上半分は本人も認めた通り繋がっておらず、無造作に地面の上に落ちていた。
「すまん、俺のせいで! 必ず弁償はする!」
珍しくあたふたするソウシとは反対に、万全を期して戦いに臨みながらも敗北したアロスは至って冷静だった。
「いや、これは元々学校に置いてあった今は誰も使ってない中古の魔刀だから別に気にしなくていい。それに今回こいつが折れたのは俺の使い方が悪かったせいでもある」
ソウシをなんとか落ち着かせた後、アロスはその場を立ち去りながら改めて折れた魔刀を見つめつつ先ほどの戦闘を振り返った。
(初日にあった魔昼とマナの戦いを参考にしたとはいえ、ソウシの初動を防ぎ怯ませるところまでは完璧だった。敗因は最後の一撃、あの一瞬でソウシは俺が事前にため込んでいた魔力を凌駕するほどの威力を持つ魔法を発動させた。だが逆に考えればアレを超える魔法を俺が習得すれば俺は現在序列4位の男に勝てていた)
「俺はまだまだ強くなれる」
自分に言い聞かせるようにアロスは静かに呟いた。
……
「そういえばさっき、アロスくんがソウシの奴に挑戦したみたいよ」
9月8日の夜。魔昼、加賀斗、明日香の3人は食堂で夕飯を食べている最中にそんな話題が出た。
「結果は?」
「ソウシの勝ちらしいわ」
「結局初日にマナちゃんが魔昼ちゃんに勝って以来、挑戦権を奪えた人はいないみたいね」
明日香の言う通りマナやアロス以外にも対抗戦への挑戦権を巡って、クラス内で様々な対戦が繰り広げられていたが、いずれも挑戦者側の敗北で終わってしまっていた。
「けど、最終日の明日まで結果はわからないだろ。お前だって実際まだ誰にも挑戦してないんだし」
この3人の中で唯一挑戦権を保持していない明日香のことに加賀斗が触れた瞬間、その場の空気が固まった。
「え?」
異変には気づいたがどうしてこうなったかわからない加賀斗に、少し間を開けて魔昼がその理由を自ら告げた。
「私、明日の放課後に明日香ちゃんと戦う約束してるの」
「そういうこと」
「あー、なるほどね。というか意外だな、てっきり魔昼は煉の奴と戦うと思っていた」
クラスの誰よりも魔昼をライバル視し、いつもならこの場にいるはずの煉の名前を加賀斗は出した。
「あれ? 私はてっきり期末考査でのリベンジで、煉はあんたに挑むんだと思ってたけど違うの?」
「いや、俺は明日迅雷と戦う約束しているから違うぞ」
煉が戦いを挑む相手は魔昼か加賀斗、そんな共通認識がこの3人の中でされていたが、たった今その可能性が崩れ3人は少し驚いた。
「まあどうせ明日になればわかることか、わざわざ昨日からまた家に戻って烈心おじさまに稽古つけてもらったその実力を、誰に振るうかは」
……
9月9日月曜日。いよいよ対抗戦の出場者が決まる今日。俺、天神煉は対戦相手が待つ訓練室に向かっていた。
『あ』
その途中階段を下りきったところで左右の廊下から別々に歩いてきた明日香、迅雷と顔を合わす。
直接聞かなくてもわかる。纏う空気からしてこいつらも俺と同じ、これから戦う者だ。
それを察してお互い何も言わず、しばらく訓練室に向かって並んで歩いていたが、途中で明日香が口を開いた。
「あんたは誰とやるの?」
「界人」
霞界人。現在クラスの序列3位に君臨する男。出場権を持つクラスの上位5人の中で界人は唯一直接1対1で戦ったことがないので1番戦って楽しそうだと判断して、俺は試合を申し込んだ。
「お前はてっきり魔昼か加賀斗と戦うのかと思ってた」
「そういうお前らは誰とやるんだ?」
「俺は加賀斗」
「私は魔昼ちゃん」
確かに明日香の扱う避雷針の魔法は雷魔法の適正持ちの魔昼とは相性がいいからこの挑戦はまあ順当だろう。
迅雷に関してはやたら加賀斗が自分よりも上の序列にいることに納得がいってなかったようなので、まあ多分その個人的な不満からだろう。
……
「お、きたかチャレンジャー」
訓練室に着くと既に俺たちの対戦相手の界人、魔昼、加賀斗の3人が入り口に待っていた。
「勝とうぜ」
俺はそれぞれの対戦相手の元に向かう前にそう言った。
「おう!」
「ええ!」
たまたま訓練室に向かう時間が重なっただけのことなのだが、いま同じ境遇にあるこの2人に俺は強い仲間意識を持ち始めていた。そしてそれは2人も同じだったようでいい返事が聞こえてきた。
……
「そういえばどうして5人の中から俺を選んだ?」
訓練ブース内に入り、戦いを始める寸前に界人はそんなことを聞いてきた。
どうやらこいつも、俺は魔昼か加賀斗との対戦を望むと思っていたようだ。
「別に単純な理由だよ、5人の中で1対1で直接対決したことないのがお前だけだったから」
魔昼と加賀斗は1学期に、ソウシと刃とは1年前の御前試合でも戦ったし、それ以外にもこれらのメンツとはガキの頃から何度か手合わせしてる。
せっかくいつもの模擬戦とは違う、負けたら終わりのヒリヒリする真剣勝負だ、どうせなら1番戦って楽しそうな奴がいい、それだけだ。
「なるほど、まあ君らしいね煉。それじゃあ始めようか」
直接対決は始めてだが1学期のドッチボール大会で界人とは共闘したり、チーム戦で対峙したこともあったことがあったので扱う魔法のことはある程度把握している。
1つは地属性魔法。主には植物のツタなんかを生やして体を縛って拘束したり、土で巨大な拳を造形してぶん殴ってきたりする
2つ目は魔法植物。魔力を込めて発芽させると色々な面倒な特性が発動する厄介な代物。俺が知っている限りでは強烈な光を放つ目くらまし用の種や魔力を吸い取るツタ、鋼鉄のように硬い花などがある。
地属性魔法は俺の炎で焼き払えばいい、となると問題はやはり魔法植物。だが恐らく界人はまだ俺も知らない魔法植物も持っているはずなので警戒の仕様がない所もある。だから俺のとりあえず作戦としては短期戦、魔法植物という絡めてを使われる前に決着をつける。
『お? なんだ私の出番か?』
うるさい、黙って力をよこせ。
『うるさいとはなんじゃ! 人の子の分際で!』
頭の中に一瞬流れた雑音に俺は心の中で念じることで返事を返したがすぐにそうしたことを後悔した、なぜならその隙を突かれて界人に先手を打たれたからだ。
「それじゃあ行くよ」
そう宣言すると共に界人は右手を真上に振り上げる。一瞬何をしているのかわからなかったが、目をよく凝らしたらその行為の意味がわかった、アイツはいま大量の魔法植物の種を空中にばらまいたのだ。
『来るぞ! 早く私を使え!』
それは後でだ。
少なくとも俺の知っているものはこの距離で空中にばらまいて効果的なものではない、つまりあれは俺の知らない魔法植物の可能性が高いため、今はそれを警戒して下手に攻撃はせず、回避に専念すべき。俺はそう判断したが、それは裏目に出た。
「行け」
界人の一言と共に種は一斉に発芽、俺の視界は一瞬で大量の樹木で埋め尽くされる。もはや1つの森と言っても過言ではないその集りが俺を飲み込む。
続く




