第81話「俺の青春」
懐かしい夢を見た。それは10年以上前、まだみんなが生きていた頃の記憶。
そこは自分の家の玄関で、目の前には兄の鳴神雷禅がいて靴紐を縛ってた。
「だーかーらー、お前は家で留守番しておれって雷飛」
「いやや、俺もついてく」
まだ小学校に上がったくらいの自分が言った。この頃の自分はよく家から任務に向かう兄貴にそんなことをせがんどったわ。
「お前なんか着いてきても足手まといなんや。怪我したらどうすんねん」
「兄貴だってこの前、大怪我して帰ってきたやろ」
「今回はそんな危ないやつちゃうから、大丈夫やって」
「兄貴はすぐ嘘つくから信用できん」
過去の自分はそう言うとすぐ横を振り向いた。するとそこには当時兄貴の護衛をしとった御影琉生の姿があった。
「本当に今日は危なくないんか? 琉生兄ちゃん」
「ああ、今日は本当に危険度は少ない任務だよ。それに雷禅がもし怪我してもまた僕が治すから」
この頃の自分は琉生のことを信用しきっとった。だからその言葉に心底安心して2つ返事で返した。
「わかった! それならええわ!」
「まったく、実の兄より琉生の方を信用するんか」
そう、ぼやきながらも靴を履き終えた兄貴は玄関を開けて、出ていく前に一度だけ振り返って言いよった。
「お前は人の心配してる暇があったら自分のことをしっかりやれや。迎えが来とるで」
その迎えが誰なのか、後ろを振り返って確認しなくてもすぐにわかってもうた。なぜなら今となっては懐かしいあの声が聞こえてきたから。
「雷飛! あんたまた宿題もせずこんなところで油を売って!」
「命~」
自分は心底うんざりしながら後ろに振り返ろうとしたところで夢は終わった。
……
「……少し寝てもうたか」
琉生の生転大砲をまともに受け、数秒意識が飛んでいたようだ。その間に何か懐かしいものを見とった気がするが……まあそんなこと今はどうでもええ。
「生転大砲をまともに受けてその程度とは君も人間を半分やめてるね」
意識を取り戻し体を床から起こしている間、追撃もせずに琉生は語りかけてきよった。
確かに自分の体内には雷獣と呼ばれとった、本物の怪物の血が流れている。その血は常人からはかけはなれた膨大な体内魔力を与え、さらには魔力なしでもA級下位程度の魔導師に匹敵するほどの身体能力も得た。
そんな自分のことをもう半分は人間じゃないというコイツの表現は正しいんやが……
バシュン! 右ストレートのスイングに合わせて放出された紫に光る雷が琉生の左顔面を砕いた。しかし琉生はそれに全く動じる気配もなく、残った右半分の顔で涼しげな表情を作りその場に直立たしている。
すると吹き飛んだ顔面の断面部分からまたあの白い触手がうねうねと生えてきて、それが絡み合い吹き飛んだ顔を元通りに型どり始めた。よく見るとさっき自分の拳を受けて木っ端微塵になった左手も何事もなかったようについている。多分あと数秒もすれば、あの顔も元通り左右対称に戻るのだろう。
「もう完全に人間をやめとるお前にとやかく言われる筋合いはないわ」
「それもそうかもね。けど本当に腕をあげたね雷飛、『色つき』だけじゃなくて『色合わせ』の魔力まで使えるなんて、天国の雷禅もきっと鼻が高いだろう」
そう、自分はこの数年間努力し続けた。雷獣の血から得た絶大な魔力に胡座をかかず、真にその力を使いこなすために鍛練を重ね続けたんや。
この紫雷だって習得するのに半年近くかかった。けどそれも今のこいつには届いとらん。
奴の力の正体は膨大な生命力。ただの治癒魔法の適性持ちのいち魔法使いがどうやってこの領域にたどり着いたかは分らんが、こいつの体は表面上は普通に見えよるがその中身の構造はまるで別物。
先程からいくら体を砕いても一切出血がみられないのがいい証拠や。恐らくその身に宿した生命力が尽きぬ限り四肢を引き裂こうが頭や胸を潰そうが無限に再生し続けるだろう。
その蓄えた生命力が切るまでこれを繰り返せば話は別かもしれへんが、現状その底が一切見えぬ以上持久戦は得策ではない。
だが奴を倒す算段はそれ以外にも持っとる。だから今日、自分はここに乗り込んだ。無駄だとわかっとるのに紫電で奴の体をしつこく砕き続けたのは、紫電が現状こちらが使える最高位の魔法と思わせるためのブラフや。
「お前はもう喋るな」
よりによって奴に兄の名を出され、怒り狂った様に見せながら突撃を仕掛ける。
無数の生転大砲が自分を迎撃するように放たれる。普通これだけの数を打てば生命力を使いきり死に至るがコイツを相手にそれは期待できん。
左肩に一撃かすりながらも再び琉生との距離を詰めきることに成功した。琉生は左手をこちらに向けそこから無数の触手を伸ばし自分の拳をまた拘束しようとしたが、すぐにそれが失敗だったと本人も悟ったようだ。
「『黒雷』」
バチッ!!
しかしもう間に合わない、黒い火花が散ると共に琉生の左腕は消失した。
今度は断面からあの触手が生えてくる気配がみられないことから、やはりこの魔法なら琉生を殺しきれることを確信した。
予想外の反撃にたじろいだ琉生は一度、こちらとの距離をとろうとその足を下げたが バチッ!! 2度目の黒い火花と共に琉生の両足の膝から下は自分のローキックを受けて消失した。
「終わりや」
体を支える両足を失い、その場に自由落下している琉生を仕留めるための右拳を振り下ろそうとしたが、その瞬間背後から迫り来る殺気に気がつき、その動きを止めて右に跳んで回避した。
自分の背後から迫っていた影はそのままこちらを追撃はせず、左腕と両足を失ったままの琉生の体を抱えて距離をとった。
「強いな」
その一連の動作から察するに、新たに乱入してきたこの男の実力はA級上位……いや準S級魔導師レベルだと思われる。
自分はそれを踏まえ琉生をどう始末するか算段をつけていると、こちらを警戒しながらも男は口を開いた。
「某の名は夜神夜人、貴公と御影殿の間に因縁があるのは承知しているが、ここで彼を失うと我らの計画にも差し支えがあるため、不作法とは承知の上で介入させてもらった」
「別に、そんな固い言葉で謝らんくても君ごとソイツを殺すだけやから、気にしなくええで」
「はははっー!!!」
こちらが第2回戦を始めようとしたところで、もう我慢できないと言わんばかりに琉生は吹き出した。
「いやー今のはやられたよ雷飛! まさか君が魔道の最奥、神域に最も近いと言われる『黒魔法』まで会得してるなんて全く予想外だった。確かにこの魔法なら僕のことを殺しきれるだろう。実際、この両足と左腕はしばらくは再生できない……けどそうだよね、それくらいの力がなければまだ学生という身分である君が極天になれるはずがない!」
「話が長いのう、もう殺してええんか?」
「いや、どうやら残念なことに今日はまだ僕も君も死ねない日のようだ。やりなさい! ミコト!」
カゴーン!! 琉生がそう言った途端天井が崩壊した。天井を割って上から無数の雷撃が降り注いできた。
それを回避しようとした自分の足が一瞬止まる。
あるモノが見えた。それは頭上にいる、恐らくこの魔法を発動した術者、さっき上の階で俺が無力化したはずの少女。その顔を改めてしっかりと視界に捉えた途端。確かに彼女の顔から8年前に亡くなったはずの御影命の面影も感じてしまった。
……
「逃げられてもうたか」
数分後、自分と達哉の姿は最初にいた廃教会の上にあった。
自分が琉生達と戦っている間、達哉もまた夜神火月と名乗る男と戦闘していたがこちら側と同じく、最終的にはまんまと逃げられたらしい。
「転送魔法だな」
「そうやのう。最初に探知領域を広げたとき、確かにあそこにおったのは3人だけのはずや。けどさっきも言ったが途中で横やりを入れてきた4人目の敵がおった。そして今どんなに探知領域を広げて奴らの気配を捉えられないということは、その可能性が1番高い」
達哉が戦っていた火月という男の名には聞き覚えがある。確か5月に神森学園を襲撃してきた魔法使いの1人。琉生の痕跡を追っているうちに奴はいま単独では動いてないというのは予測できとったが、まさか夜神と繋がっているのは計算外やった。
「ことは思ったよりも大きくなってきたな」
深刻そうに呟く達哉。鳴神家当主てしてこれからどう動いていくつもりなのか達哉に告げる前に自分にはどうしても1つ確認したいことがあった。
「確認なんやが……御影琉生に妹は御影命しかいなかったはずよな?」
「ああ、間違いなくそのはずだが?」
『なぜ今そんなことを?』と言いたげな顔の達哉に『後でな』とアイコンタクトで告げた後、ひとまず後の方針を告げる。
「下に待機してる部隊を呼んで、そのうち半分はまあ無駄やと思うが自分と一緒にここら一帯を捜索する。達哉はもう残りの半分とこの下に手がかりになりそうなものが残ってへんか調べてくれ」
「いいのか? ここは俺に任せてお前はとりあえず神森学園に帰って始業式だけでも顔を出した方が……」
そう言われ、脳裏にはクラスメイトの真叶や信頼、炎寺などの顔が浮かんだ。恐らく明日戻らなければもうしばらくはあいつらと顔を合わせることもないだろう。
「……問題ない、あいつを殺すことこそが俺の青春や」
続く




