第76話「キモイ」
7月21日水曜日。加賀斗と明日香は2人で食堂の席に向かい合って座っていた。
「煉の奴なんて言ってた?」
明日香はいましがた終わった通話の内容を加賀斗に確認した。
「なんか文句言ってたけど、あれならちゃんと魔昼のところに行くと思うぞ」
「そう、ならよかった」
「いいのか? あいつに任せても」
加賀斗の質問に対して明日香はため息を1つついてから、もう完全に日も暮れ、闇に包まれた外の景色を見つめながら答えた。
「いいのよ。結局あの2人を救えるのは、あの2人同士だけなんだから」
……
俺が訓練室にたどり着いた時間はちょうど夕飯時ということもあって室内の人はいつもより少なく、おかげで魔昼のことはすぐ見つけられた。
真剣な顔つきで魔刀を振り、おそらく型の練習をしている魔昼。その姿からはかなり鬼気迫るものを感じ、普通なら声をかけるのは遠慮するところだろうが
「おい、魔昼!」
俺は一刻も早く夕食にありつくため、気にせず彼女の名を呼ぶ。
「煉、体調はもういいの?」
「寝たら治った。それより飯食いに行こうぜ」
「いや、私はまだもう少し体を動かしたいから先にみんなで食べてて」
別になんて事のない普通の返し。いつもなら『ああ、そうか』と言ってこの場を去るところだが、先ほどの取り憑かれたかのように鍛練に打ち込む様といい、俺は今の魔昼からは何かいつもと違う雰囲気を感じ、これ以上ここで1人にさせるのは不味いと思った。
「いやお前明らかに疲れてるだろ、いいから先に飯にしようぜ」
「そういえばついさっき明日香ちゃんにも同じこと言われたわね……あれ?」
魔昼は話の途中で何かに気づき、驚きの表情を浮かべながら俺に質問をした。
「いま何時?」
「えっーと、19時過ぎだな」
「どおりで窓から見える景色が暗いと思った。私、朝からずっーとここにいるんだ」
魔昼が力なく笑いながらそう言うのを聞き、俺は完全に引いていた。
「え? お前朝からずーっとここで鍛錬してんの?」
「そうみたいね」
「飯も食わずに?」
「朝食は食べたけど昼食は食べてないわね」
「お前はバカなのか?」
「バカとは何よ!……と、思ったけどさすがに今回はちょっと言い返せないわね」
どうやらさすがの魔昼も今自分のしていることが異常だという自覚はあるようで引き笑いを浮かべていた。
「わかった。……けど夕食を食べに行く前に1つだけやらせて」
こいつはこの後に及んでまだ鍛錬する気なのか。
俺は呆れ果て、例えどんなに軽い鍛練でも魔昼を止めようと思っていたが
「あんたと勝負がしたい」
魔刀の切っ先をこちらに向けながらそう言われた瞬間、全てが俺の中でひっくり返ってしまった。
「あんなに俺との戦いを勿体つけてたくせに、どういう心境の変化だよ?」
あまりの嬉しさに思わず声が震えそうになるのをなんとか抑えつつ俺は聞く。
「期末考査であんたがすぐに負けて実現できなかったから特別ここで相手してあげるって言ってるのよ。素直に感謝しなさいよ」
夢にまで見た魔昼との真剣勝負、例えこんな状況でも俺はその事を拒むことはできなかった。
「どこからでもかかってきなさい」
魔昼はその場から少し離れ所で魔刀を構えながら戦闘開始を宣言した。
いつもの彼女なら戦いが始まった瞬間に得意の高速移動で距離を詰め鋭い斬撃を放ってくるのだが、今回はそのまま1歩も動くことはなかった。
それもそのはず、あいつはさっきも指摘した通り朝からずっと今まで体を酷使し続け、既に満身創痍と言って差し支えない状態なのだ。そのせいでもう自分から攻めてくる魔力も体力も残ってないのだろう。
ならば俺はこの距離を保ちながらちまちま炎弾を撃ち続ければ、恐らく魔昼に何もさせず完封することができるだろう。だが
「それじゃあ、面白くないよな……5本!」
俺は右手の拳に魔力を集中させる。そしてその後やることは1つ、魔昼をぶん殴る。恐らくあいつは俺が近づいた瞬間に魔刀でカウンターを狙ってくるだろうが、俺はそれを回避したり、フェイント入れてすかす気もない。そのためこれから起きるのは、単純に先に攻撃が当たった方が勝つシンプルなスピード勝負。
魔昼を相手にスピード勝負など本来なら無謀もいい所だが、今の消耗しきった状態なら俺にも充分勝算はあるはずだ。
「楽しむか」
タタタッ、俺は意を決すると魔昼に向かって一直線に駆け出す。ほんの数秒であいつと俺の距離は縮まり、俺は拳を、魔昼は刀をそれぞれ全力で振るいきる。
その結果この戦に勝利したのは……
……
「なんで相打ちなんだよ」
この訓練用ブースは中で対戦している者が、本来戦闘続行不能の状態に陥る攻撃が直撃する瞬間に、外へ転送される使用になっている。そして俺と魔昼は気づいたらどちらも訓練ブースの外の床に寝ていた。つまり今俺が口に出した通り結果は相打ちだったということだ。
「相打ちじゃないし」
「は?」
「あんたの方が一瞬早く転送されてた」
俺の横で床にまだ寝転んだままの状態で、魔昼はふてくされ気味にふざけたことを言う。
「いや完全にほぼ同時だったろ!」
「あんたの方が一瞬早かった!」
「たとえそうでも最終的に俺もお前も転送されたんだから相打ちだろ!」
「一瞬早く攻撃が当たってたんだから実質私の勝ちよ!」
ダメだ、こいつ完全にスイッチが入ってる。魔昼が時折見せる理屈も減ったくれもなくただ己の意見を強引に突き通そうとする、子供の癇癪に近いもの。多分今のこいつを相手に何を言っても『私が勝った』という一点は譲らないだろう。……まあ、そもそも相打ちになるような勝負に持ち込んだのはおれ自身だからな。
「わかったよ、俺の負けってことでいいよ」
「ほんと!? やったー!」
「喜びすぎだろ、キモイな」
地球崩壊の危機でも去ったんじゃないかってくらい喜ぶ魔昼を俺は気味悪がりながらも、少し喜んでいた。なぜなら
「治ったな」
「へ?」
「なんかここに来てお前に会った時、疲れてたせいかもしれないけどなんかいつもと違って、なんつーか元気がないというか酷くイライラしてる雰囲気だった。けど今は比較的いい感じの時のお前に戻った」
「……そうね、確かにちょっと気に入らないことがあってそれがずっと頭の中でつっかえてたけど、あんたに勝ったらなんかどうでもよくなったわ」
「負けてねーよ」
「ちょっ! さっきあんた自分で負けたって!」
「この勝負はな、けど魔道は3回勝負って言うだろ? この学園を卒業するまであと2回、俺はお前と戦って必ず勝つ」
これは俺から魔昼に対する挑戦状でもあり、同時に先ほど目を覚ましたときからずっと考えていたあることを実行するという自身の決意表明でもあった。
「ならせいぜい精進することね。これで次の期末考査でも私に当たる前にあんたが負けたりしたら肩透かしもいいところよ」
「まあ楽しみにしとけって、2学期までにはお前も加賀斗も超える魔法使いになってやる。……ところでいい加減立てよ、飯食い行くぞ」
いつまでたっても仰向けで床に寝転がっている魔昼に俺がそう言うと、目を逸らしながら彼女は答えた。
「実はさっきの対戦で本当に体力を使い切っちゃったみたいで……もう少しこのまま休ませてくれない?」
さっきまでの偉そうに上から見下ろすような態度から一転、頬赤く染めながら情けないことを言う彼女にかける言葉はたった1つしか思い浮かばなかった。
「ダサッ!」
……
7月22日木曜日。特別クラス1年の黒板には期末考査の結果が大きく張り出されていた。
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序列1位 桂木魔昼
序列2位 神崎刃
序列3位 霞界人
序列4位 神崎ソウシ
序列5位 加賀斗暁
序列6位 霞一花
序列7位 新城マナ
序列8位 轟迅雷
序列9位 天神煉
序列10位 神崎ユミ
序列11位 椎名明日香
序列12位 蘭アロス
序列13位 臼井桃子
序列14位 丹波琢磨
序列15位 黒森蓮見
序列16位 成島陣
序列17位 片桐夏樹
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「5位か、1つ上がったな」
「なんで同じ2回戦負けなのにお前の方が順位高いんだよ」
自身の結果を確認し静かに呟いた加賀斗だが、それをたまたま横にいる迅雷に聞かれ、結果絡まれてしまう。
「期末考査の結果以外にもこれまでの実習試験の内容でも評価するとか言ってたからそれが原因なんだろ、8位くん」
いつもの迅雷なら加賀斗の煽りに対して果敢に言い返してくる所だが、今回は面白くなさそうな顔をして1つ質問を返した。
「納得はいかないけどやっぱりそういうことか。ところで煉の奴は何してんだよ、今日はこれから終業式だってのにバックレか?」
迅雷の言う通り、この学園に入学してから最初の4ヶ月間を締めくくる今日この日に、天神煉の姿は学園内には存在していなかった。
「まあ、あいつは昔からせっかちな奴だからな。あと1日我慢できなかったみたいだ」
この学園を飛び出す直前に煉と会話した人間の1人である加賀斗は、その内容を思い出しどこか嬉しそうにそう答えた。
……
「ふぅー」
7月22日木曜日。本来なら今頃神森学園の体育館で終業式に参加し『夏休み中もわが校の生徒である誇りを忘れずにあーだこーだ』と言った感じの酷く退屈な話を黙って聞く羽目になっていたはずだが、実際のとろこ俺はいま1人、自分の家のとある一室の前で深呼吸をして息を落ち着かせていた。
「じいちゃんいるかー?」
息も整えたところで俺は襖を開き、中にいるお目当ての人物と対面する。
「いきなり帰ってきてどうしたんだ、煉?」
俺のじいちゃんこと天神烈心、先代の天神家当主で今はもう家督もその娘、俺の母さんに継がせ現場からも一線を引いて1日中家でゴロゴロしている口うるさい老人だが、まごうことなき歴戦の魔法使いであることは事実。
そんな元最強の魔法使いの1人を捕まえて俺はどうしてもやりたいことがあった。
「じいちゃん、俺に烈火漆式を教えてくれよ」
自分がそこそこふざけた事を言い出している自覚はあったが、じいちゃんは声を荒げたりせず、変わりに目を細めて俺に聞いた。
「それはつまり、もう一度精霊と契約を交わすということになるが、その覚悟はしかとあるのか?」
天神家相伝の大魔法『烈火漆式』はかつて実在した歴代最強の魔法使い『天神烈火』が自身と契約した精霊の力を完璧に引き出すために編み出した魔法という側面もあるため一部、精霊との契約ありきの型が存在する。
そして俺が精霊という単語を聞いて嫌でも頭をよぎるのは、4年前自分が契約した精霊が暴走し、俺自身と俺にとって大切な人の命を奪いかけたあの事件。
以前ならこのことを考えただけで頭痛が起き、正常な思考が妨げられていたところだが、今の俺の頭の中はいたってクリーンであり、また既に覚悟も決めていた。
「ああ、俺はもっと強くならなきゃいけないんだ。だからそのためなら精霊とだって契約している」
俺はじいちゃんからの視線を真っ直ぐ見つめ返したまま、そう宣言する。
それを聞き届けたじいちゃんは
「ようやく、お前らしくなったか。いいだろう、ならまずはその覚悟が本物か試してやろう。今からお前には『アマテラス』と再契約してもらう」
4年前俺から魔道を奪った忌まわしい精霊の名前を口にした。
続く




