第66話「イメージ」
来週に迫ったC級魔導師承認試験対策で私、片桐夏樹と蓮見に桃子はクラスでもトップクラスの成績を誇る桂木さん、椎名さんに教わる形で共に勉強に励んでいた。
なのでその日もいつ通り図書室の一角で教科書とノートを広げ勉強をしていたその合間の出来事、確か話のきっかけは図書委員である蓮見だったはず。
「そういえば明日から蔵書の整理で図書室が使えないはずだけど、あなた達どこで勉強するつもりなの?」
図書室はこの数日私たちにとってお決まりの勉強場所だった。確かにそこが封鎖となれば少なくとも明日の1日間だけは変わりになる勉強場所を決めておかなければならない。
「寮の自室にこの人数は狭いしね」
確かに男子と違って女子寮の部屋は1人用の設計なので5人集まって勉強するにはどう考えても手狭だ。
「あ、それなら私行ってみたい場所があるんだけど」
右手を挙げそれを左右にぶらぶら揺らしながら提案をしたのは桂木さんだった。
……
そして今、6月22日土曜日。図書室の蔵書整理のため今日は勉強会に参加できなかった蓮見を除いた私たち4人は、桂木さんの提案でわざわざ外出許可書を出して学外に飛び出しある場所に集合していた。
「ここがファミレス……」
そう、私の横でちょうど今桂木さんがなぜか重々しく呟いたように、私たちが勉強場所として選んだのはどこにでもあるファミリーレストラン、略してファミレスだった。
高校生がテスト勉強するための場所としては確かに妥当な提案であるが、今の反応といいそれを提案したときから桂木さんのファミレスに体する態度はどこかおかしい、まさか……
「魔昼ちゃんさてはファミレス来るの始めてでしょ?」
「えっ! 明日香ちゃんなんでわかったの!?」
あ、やっぱりそうなんだ。
「いやだってさっきからあからさまに『ここがファミレスかー』って顔してたから」
「嘘? 私そんな顔してた?」
うん、してたよ。ついでに声にも出てた。
しかし、本当にファミレス使うの始めてなんだ。まあけど桂木さんのお家って確か有数の魔導名家なんだもんなー、そりゃあ私たち庶民と違ってそんなの利用したことないか。
なんて私は改めてとんでもない人と同級生なんだと実感していたところに桃子が突然その会話に混ざった。
「実は私もこういうことに入ったことないんですよねー」
「あぇ?」
予想外の人物からの予想外の発言に驚き私は思わず変な声を出して聞き返してしまう。
「私の住んでた村には飲食店はシュウさんの家の定食屋しかなかったので」
「へー、桃子ちゃんの地元は田舎だーとは聞いてたけどまさかそこまでとは」
「というかシュウさんって誰?」
「シュウさんはあけこおばあちゃんの息子さんですね」
「いやますます分らんわ」
そんな田舎者と名家のご令嬢の思わぬ共通点が発覚したところで、私たちはお店に入っていった。
……
「ねえねえ本当にここにあるもの全部作ってくれるの? あ、このカレー美味しそう」
席に座るなりメニューを手に取り目を輝かせながらページをめくっていく桂木さんの姿はいい意味で彼女のイメージを変えさせてくれた。ていうか1番に目がつくのカレーなんだ。
「お腹が空いてる魔昼ちゃんがカレーに興味津々なのはわかるけど、まずは本来の目的であるお勉強しましょうねー」
「べ、別にお腹が空いてるわけじゃないし! ちょっとどんなメニューがあるのか先に下見してただけ!」
隣りの席に座る椎名さんにメニューを取り上げられた桂木さんは顔を真っ赤にしながら誰も騙せなそうな嘘をついた。本当にこの数分で彼女の印象がどんどん変わるな。
「失礼します」
ちょうどそこに人数分のおしぼりを届けに店員さんが来た。
「あ、すいません注文いいですか?」
おしぼりが全て机に配られてから椎名さんが店員を呼び止め注文をする。
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあドリンクバーを4人分」
「ドリンクバーを4人分ですね。はい、わかりました」
ものの数秒で注文は済み、私はとりあえず飲み物を取りに行こうとしたが、その前に桂木さんがにんまりとした顔で椎名さんに声をかけ始めたのでそれを聞いていくことにした。
「ちょっと~お腹が空いてるのは明日香ちゃんの方なんじゃない? いきなり4人分も食べ物を注文するなんて」
あ、この人バカだ。
私はつい反射的にそんな失礼なことを考えてしまう。ダメだ彼女はこういう場に来るのは始めてなんだから勘違いするのは無理もない。だから、だから絶対笑ってはいけない。
そんな私が必死の努力でこらえているのにお構いなしに椎名さんはお店の迷惑にならないように笑い声を手で抑えながらおかしそうに笑っていた。
「ちょ、ちょっと! 何がそんなに可笑しいのよ!」
さすがにその態度を見て桂木さんも今の自分の発言はどこか的外れだったことを察したようで椎名さんを問い詰める。だが彼女はまだ笑い声を抑えるのに必死で、それどころではなさそうなのでこの場を一旦収束させるためにも私が変わって説明をした。
「えっと桂木さん。いま椎名さんが頼んだドリンクバーは食べ物じゃなくて飲み物なんだ」
「そうなの? けど私そんな飲み物聞いたことないわよ」
「いやドリンクバーは飲み物の固有名詞じゃなくてえっと……実際に見てもらった方が早いなちょっとついて来てくれない?」
私は席を立ち、ドリンクバーが設置されている前まで移動してその横に置かれたコップの1つを手に取った。
「このコップをそこに置いて画面に表示されている好きな飲み物を選んで押すんだ。そうするとそれがコップに注がれる。これが椎名さんが注文したドリンクバーなんだ」
「本当にこれ全部飲めるんですか!?」
「そういえば桃子もドリンクバーは始めてか」
私と桂木さんの後にちゃっかりついて来て共にドリンクバーの説明を聞いた桃子はいつも通りのオーバーリアクションをとる。
「へーこんなのあるんだ」
一方で桂木さんは至って冷静な反応を示していたが、その目だけは心なしか桃子にも負けないくらい輝いているように見えた。
……
「飽きたー!!」
ファミレスに入店から1時間と少しがたった。最初の方こそドリンクバーがどうこうのひと悶着はあったがその後はみな集中して勉強に励んでいたと思ったら椎名さんがそんなことを言い出した。
「確かにそろそろひと休憩入れるのもいいかもしれませんね」
「おお! 片桐ちゃんは話がわかるね。それじゃあそろそろ魔昼ちゃんがお腹が空いて仕方なくなってる頃だろうしフライドポテトくらい注文しますか」
「誰も減ってんなんかないから!」
数分後、私達のテーブルには椎名さんが注文したフライドポテトが届けられ、各々がそれをつまみ始める中椎名さんは会話を降り出した。
「それじゃあせっかくだし恋バナでもします?」
「何がせっかくなのよ」
椎名さんの提案に桂木さんは少しだけ嫌そうな顔をしていた。
魔昼さん、恋バナときて嫌でも連想されるのはこの間の連休中に見てしまった同じクラスの天神煉と楽しそうに2人きりでショッピングモールを回っていた彼女の姿。
あの時は遠目から見ていだけなので実際に聞いたわけではないが正直あれは付き合ってるようにしか見えなかった。ただ桂木さんがそういう態度をとるということは、みんなにはあまり知られたくないのかもしれないし、ここは下手なことを言わないでおこう。
「それじゃあみんな1人ずつ初恋の相手をここで発表しちゃおう! ということでまずは桃子ちゃん!」
「えー! わ、私ですか?」
そういえば桃子とはよく話す仲だが、恋愛系の話はしたことがなかったな。
「えっと私のお家のお隣さんに同い年のダイチ君っていう子がいまして……」
「その子のことが昔から好きなの?」
「いやダイチ君のことは小さい頃からずっと一緒でそんな風に思ったことなかったんですけど、私が神守学園の入試に合格したってなって村を出るときに、離れたくないってすごい思って……そういう感じで離れ離れになって自分の気持ちに気付けたのが初恋かなって、ああ! 私なに話してるんだろ恥ずかしい!!」
まじか、どうせこいつのことだからわけわからん地元のおじさんとか出すんじゃないかと思ったらなんか漫画みたいな切ない恋バナ話し出した。
いつものぼけーっとニコニコしているだけの桃子からは想像もできないような恋する乙女の一面を引き出した、これが恋バナの力か。
「わ、私はもう終わったので次は明日香さんですよ!!」
顔を真っ赤にした桃子は一刻も早く話題を変えたいらしく目の前にいた椎名さんに話を振り返した。
「私の初恋かー自分から言い出しておいてちゃんと考えてなかったけどうーん、多分煉の奴になるのかな?」
「え? 煉ってあの同じクラスの人のことですか?」
あまりに予想外の人物の登場にい私は驚き、聞き返してしまった。
しかしすぐにそのことを私は『余計なことをした!』と後悔した。反射的にちらりと横目で桂木さんの様子を見ると、彼女は信じられないと言いたそうな真顔で椎名さんを見つめていた。
当然だ椎名さんは恐らく知らないのだろうが桂木さんはついこの間、天神煉とデートと思わしき行為をしていたんだ。きっとこの発言は気が気じゃないはずだ。
「そうよ。私はお家の関係上、煉とは本当に物心ついたころからの仲で……調子乗ってウザそうだから絶対本人には言わないけど、あいつその頃から顔はそこそこかっこよくて足も速いし、明るくて面白かったから好きだったわ。まああくまで子供の頃の話よ。今はもう他に好きな人がいるし」
「え!? そうなんですか?」
桃子がその発言に食いつくと椎名さんはにぃーと笑って、横に座る桂木さんの方を向く。当然こちらの方を向かれたことで桂木さんの先程までの無表情は崩れて驚きの顔になる。そんな桂木さんを椎名さんは両手を前に出して彼女の背中に回して抱きついた。
「そんなに心配しなくても今の私は魔昼ちゃん一筋だよー!」
「あ、ちょ、ちょっと! わかったから一旦はなしてよ明日香ちゃん!」
「好きだからいやでーす!」
あわや修羅場かと一瞬冷や汗をかいた自分が馬鹿らしくなるくらい仲睦まじき姿をみせつけてくる2人。そんな様子を見て私はようやく気が付けたことがあった。
私はこれまでこの2人のことを住む世界が違うとか、きっとなんだかんだで自分達のことは下に見られてるとか勝手に思い込んで少し壁を作っていたが、それは全部私の勘違いで彼女たちは私と何も変わらない普通の女子高生なんだ。
しかし誰が見てもごく普通の女子高生がダベってるだけにしか見えないのが、今回は裏目に出ることになった。
「お姉さんたち楽しそうだね」
「俺達も混ぜってくれよ」
突然私達の座るテーブルの前で立ち止まり声をかけてきたのは見るからにガラの悪い格好の男子高校生2人組。
「ここじゃ狭いしみんなでカラオケでもいかない?」
しかもこれは噂に聞いたナンパという奴ではないか? ……ってああ、そうか違うな。この2人私と桃子のことはこれっぽっちも見ていない。明らかにその視線は椎名さんと桂木さんに釘付けだ。
「あのすいません、私たち今はここで勉強しているのでそういうのは大丈夫です」
私がはっきりそう言うと2人は『お前には聞いてねえよ』と言いたげな顔で一瞬こちらを見た。いちいち腹立つなこいつら。
「それならちょうど息抜きになっていいんじゃない? 行こうよカラオケ」
私の言ったことを軽く受け流して男たちは強引に誘いを続けてくる。すると正面に座る桂木さんが不意に椅子から立ち上った。
「あのすいませんはっきり言って迷惑なのでやめてくれませんか?」
男たちのことを睨みつけながら毅然とした態度でそう言う桂木さんの姿はとても私と同い年とは思えないくらい凛々し見えた。しかしここまではっきり言われると男たちもさっきの私のように軽く流したりはしなかった。
「てめえ女の癖に生意気言ってんじゃねえよ!」
男の1人がそういいながら右手で桂木さんの胸倉をガシッと掴んだ、しかしその次の瞬間『ギャ!』っと短い悲鳴をあげて男は右手を抑えながらその場にうずくまった。
「クソ! お前魔法使いか!」
「ええ、私もできたらあなた達程度の人にこの力は使いたくないので、これ以上痛い目にあいたくなかったら席に戻ってください」
桂木さんはそういいながら人差し指を立てて突き出してその指先で簡易的な雷魔法でパチパチと光らせて男たちを脅した。
その効果は絶大で男たちは恨めしそうに桂木さんを睨み付けながらその場を去った。
……かっこいい。
同年代の女性にまさか心の底からそんな感情を持つ日が来るとは私も思っていなかったが、つい先ほど崩れたばかりの彼女のクールなイメージはものの数分のこのやりとりですっかり元通りに戻った。
「えーっと魔導憲法第4条、緊急時を覗き魔法使いは一般人に魔法を行使し危害を加えてはいけない」
「ちょ、ちょっと明日香ちゃん!?」
「魔昼ちゃんいけないんだー、法律違反だー」
「ち、違うの今のはちょっとした威嚇で別に危害を加えたわけじゃ!」
その前の一連のやりとりと真逆の格好がつかない彼女の姿は私にとってはなぜかとても可笑しく映り。
「あははは」
思わず笑い声が出てしまった。
……
それから数分後、私達はお会計を済ませ店内を後にしていた。本当はもう少し勉強を続けたかったが、あんなことがあった以上あの場にいるのは中々気まずいので仕方ない。
「ごめんね、私がファミレスで勉強したいなんて言い出したからみんなに嫌な思いさせて」
申し訳なさそうに桂木さんはそう言ったが私を含め全員がそれに対して首を横に振った。
「あんなのどう考えてもあっちが悪いから魔昼ちゃんはいちいち気にしなくていいの」
「そうですよ! 今日はとっても楽しかったです!」
他の2人が桂木さんを励ますのにならって私も今日思ったことを伝えることにした。
「私も桃子の言う通り今日はすごい楽しかったと思うよ。それに今日ここに来たおかげで私は桂木さんのことをよくわかった気がする、だから今日は誘ってくれてありがとう」
「……魔昼」
「え?」
「私、親しい人からは下の名前で呼んで欲しいの夏樹ちゃん」
思わぬカウンターをくらってしまい私は一瞬どぎまぎしてしまうが、魔昼さんはそんな私のことを優しく見つめて待ってくれた。
「えっと、できたらまた一緒に遊びましょうま、魔昼さん」
「うん! 絶対遊ぼうね!」
そう言う彼女の笑顔はとても輝いて見えた。
続く




