第63話「そりゃ熱いに決まってるじゃん!!」
6月5日水曜日の早朝、神守学園の校門に向かう1つの人影があった。
「遅い!」
その人影は校門についた瞬間、先にそこにいたもう1つの人影に罵倒を受けた。
「こんな早くに起きれるかよ」
校門に集合していたのは特別クラス3年生の炎寺豪火、冴木乃風果の2人だった。炎寺もいま言ったように今日は平日の水曜日、通常の学生なら日中は校舎で勉学に明け暮れるはずだが、彼らは逆にいま校門から学外に出ていくところだった。
しかしこれは彼らが悪意を持って授業放棄しようとしているわけではなかった、この学園に3年所属する彼らの学びは今や学外にあった。
「ところで今日の任務ってなんだっけ?」
彼のいう任務とは年頃の少年少女が口にするアレな妄想の産物ではなく、実際に魔導協会から直々にこの学園におりてきた公式の任務だった。
この学園の特別クラスに所属する生徒達は1年のうちからB級魔導士の資格を取得する。それはつまり正式に魔導協会所属の魔法使いになったということであるため、このように平日だろうと関係なく実習という名目で学外で行われる任務に就くことになる。
「お前、私と組む時いつもミッション概要書読んでこないよな」
風果は呆れてはいたが特に怒ってはいない様子だった。
「ここから電車で少し移動したところになるサブロク山で魔獣狩り、参加するのは私達と神原学院からも3年生が3人ほど派遣されてるらしい」
「学院と共同任務か、珍しいな」
神原学院、それは彼らが所属する神守学園と合わせてこの国における二大魔法専門学校としてしばしば評価される存在。
これまで任務の中で稀に彼らと同じ現場を経験することもあったので炎寺はそこまで驚いたりはしなかった。
「A級魔導士が5人も呼ばれるってことは、雑魚狩りじゃなくて今回はそれなりの難易度なんだろうな」
1年以上、任務をこなして身についた経験から、風果は今回の任務内容におおよその検討をつけた。そしてその意見には炎寺も同意し、また同時に目を輝かせていた。
「いいねぇ! ちょうどいまは歯ごたえのある相手と戦いたい気分なんだよ」
「なーにが『いまは』だ、お前はいつもそればっかりだろ」
「いや今回はマジのマジ、大マジだって。こないだちょっと強い奴と戦ったんだけど途中で逃げられちまったから消化不良なんだよ」
「あーその話なら信羅からも聞いたな。お前負けかけたんだっけ?」
つい数日前、ここ神守学園は謎の魔法使い集団からの襲撃を受けた。炎寺はその襲撃者の1人を迎え撃ったが、その結果手酷くやられたという話は風果も耳に入れていた。
「負けてねーよ! あれは相手を油断させて信羅に仕留めてもらうって作戦だったんだよ!」
「どうだか」
まだ傷が痛むようなら、今からでも炎寺はこの任務から外して変わりを見つけようかとも風果は考えていたが、この一連のやり取りで自分が要らぬ心配をしていたと悟り、そのまま炎寺と共に校舎を後にした。
……
お昼過ぎ、電車やバス、徒歩での移動を繰り返し、俺と風果は目的地であるサブロク山の麓まで来ていた。
「お、もういるじゃん」
山道の入り口には見覚えのある顔の少女が1人山の方を向いて立ち尽くしていた。神原学院の生徒なのは確かだが、直接話したことはないので名前は分からない。
「おーい! 恵ー!」
そう思っていたら、俺の横にいた風果が彼女に向かって手を振りながら声をかけた。
「友達なのか?」
「何度か任務で一緒になった」
「ふーん」
「お久しぶりです、風果さん。そちらは確か炎寺さんですね? 始めまして神原恵といいます」
「おお、今日はよろしくな恵さん」
どうやらあっちは俺の名前を知っていたようなので、少し罪悪感を覚えた。
「他の2人はどこにいるの?」
そういえば神守学園からは3人生徒が派遣されていると聞いていたが今のところ彼女1人しか人影は見当たらない。
「梨花は魔獣達が逃げられないように山の要所要所に結界を貼りに行きました。あと亜矢目ちゃんならそこにいますよ」
双魔亜矢目、あまり神原学院の生徒と面識のない俺でもその子のことは知っている。神原学院の現3年生ではトップの実力者で、去年うちのクラスの序列3位である星宮と戦い勝利を収めた程の人物。
そんな強力な魔法使いは、いま恵が指さした木の根元に寄りかかって目をつむり寝息をたてていた。
「寝てる」
「寝てんな」
「どうもここまでの移動で疲れちゃったみたいで」
まあこいつがこういう抜けた奴なのは俺も風果も元から知ってたので、別に深く突っ込んだりはしなかったが
「おいこらー! いつまで寝てんのよ亜矢目!」
ちょうどその時、山の方から大声で亜矢目をしかる声が響いた。その声の主のことも俺は一目で誰かわかった神原学院現3年のナンバー3、諌山梨花だ。
「ああ、風果ちゃんに炎寺、もう来てたの。久しぶり」
「おひさー」
「おう、久しぶり」
「ほら、あんたもさっさと起きて挨拶しなさいよ亜矢目」
「うう~ん」
梨花は亜矢目の耳をつねり上げて名前を呼ぶが、それでも彼女の意識は完全には覚醒していなかった。
どんだけ眠りが深いんだよコイツ。
「ところで今日はどういう感じで狩りはやるの?」
「先ほど私がここから探知領域を貼って、もう大まかな魔獣の位置を捕捉してます」
「え? この山全部を探知してるのか?」
探知領域、それは自身の魔力を体外に放出させ、それに触れたものを認識するといういわばレーダーのような役割を持つ魔法である。
俺の探知領域は調子がいい時でも50メートル程度と、他のクラスメイトと比べると短い方だがそれでも今目の前にそびえ立つ山、全域を囲えるほどの探知領域を彼女1人で発動できるとは正直信じられなかった。
「いえ、流石にこの山を覆うほどの探知領域を常に展開することはできません。けど、ほんの一瞬だけなら無理矢理魔力を伸ばして感知することができます」
「それでも大したことだけどな。俺じゃあそんなの逆立ちしてもできん」
「いえいえ、ほんと私なんて結界術にしか能がないので!」
俺は褒めたつもりだったんだが恵は激しく手を横に振ってそのことを否定する。もし俺がこんなことできたら胸を張って威張り散らしてるところなのに。
「ところで魔獣の反応はどんな感じなの?」
「山頂に強い魔力を持つものが集まってるみたいです。多分レベル2の魔獣が数体います」
魔力革命以降、大気中の魔力濃度が濃くなったことによる環境変化に適応するために多くの人は魔法使いとなった。一方で人以外の生物も独自の進化を遂げ、それらの生物達のことを総じて魔獣と呼ぶのだ。
魔法使いの場合その実力をA級、B級といった階級で表す。そして魔獣の場合はいま恵が言ったようにレベルで表す。レベル1はB級魔道師が1人でも問題なく倒せる程度の魔獣全てを指し、レベル2となるとその一体、一体がA級魔導士に匹敵する。
「ならまずは山頂にいるレベル2を狩るか」
「いえ、山頂の面倒くさそうなのは亜矢目に全部やらせるわ。変わりに私達はその亜矢目から逃げて、山頂から下ってくる奴らを狩る」
確かにその方が魔獣を撃ち漏らさずに済むか。けど
「本当にそいつ1人に任せて大丈夫か?」
俺達が恵から説明を受けている間、梨花は亜矢目の体を激しく揺さぶったり何度も耳元で『起きろー!』と騒いだが、信じられないことにそれでも未だ亜矢目は目を覚ましてはいなかった。
「まあ、こいつのことは私が責任もって起こすから2人は西と東で待機してて、南は私が、いまいるここ、北には恵が残って魔獣を狩るわ」
「おっけー」
「わかった」
手ごたえのある魔獣とやれると思ってきたんだが、どうやら今回は亜矢目が打ち漏らした雑魚の後始末のために俺はここに呼ばれたようだ。正直やる気はすっかり失せたが、まあ割り振られた仕事はしっかりこなさないとな……
……
俺が恵に指定された場所へと移動して数分後、山頂から確かに強大な魔力を感じた。どうやら亜矢目の奴はちゃんと目を覚まして狩りを始めたようだ。
そしてそれから程なくしてその魔力から逃げるように山を下ってくるいくつかの気配を感じた。
「さて、お仕事しますか」
ザザッ!! 目の前にあった草木をかぎわけ姿を現したのは軽トラックくらいはありそうなビックサイズの犬だ。
魔獣とは前にもいったように元々は普通の生物だったが魔力を大量に宿すことで突然変異を起こし急変したものだ。中にはヒュドラだのドラゴンだの、もはや元の面影が殆どないほど姿を変化させたものいるが、そういうのは大抵レベル3に振り分けられる極めて希少な魔獣だ。
レベル1程度の魔獣だとこのように姿は大して変化しておらず、図体だけバカみたいに大きくなっているのが基本的だ。
「おらっ!」
俺は短い掛け声と共に右手を横なぎに振り、その手の動きに合わせて放射された炎魔法で犬は火だるまになった。
殺しはしない、魔獣達はこの任務が終わったら協会の人間が回収し、その後然るべき機関に送られるらしい。
「あぅぅぅーーー!!!」
今は全身が燃え上がってのたうち回っているが、魔獣の回復力なら数日も大人しくすれば回復する……のだが流石に見ててちょっと気分が悪いな。
「しょうがねぇ、ちと面倒だが一匹ずつぶん殴るか」
俺は拳を鳴らしながら次なる魔獣の気配に向かって走り出した。
……
30分ほど、俺の周囲には巨大カマキリ、巨大ワンちゃん、巨大ムカデ、巨大イノシシ、などが横たわっており、まるで怪獣映画のラストシーンみたいになっていた。
「これで全部か?」
ずっーと上で渦巻いていた巨大な魔力がようやく途切れたことに気づいた俺は、もう亜矢目の狩りは済んだのかと思い山頂を見上げた。
ブー! ブー! ちょうどその時スマホの着信音が鳴り、電話に出た。
「どうした恵?」
「すいません、それが亜矢目ちゃんとの連絡が取れなくて。多分魔力はもう感じないので仕事は済ませたと思うんですが一応心配なので見に行ってくれませんか?」
いや連絡がないってそれヤバくないか?
そう思う俺だったが、あまりにもそのことを知らせてくれる恵の声が落ち着いているので、そこには触れず。
「おお、わかった」
短く返事を済ませ、様子を見に行くことにした。
……
「まさかとは思ったが……」
山頂まで登った俺が目にしたのは、先ほどまで相手をしてい魔獣達とは違い、元の生物とはかなりかけ離れた異形の姿をしたレベル2の魔獣達が大量に失神しているという状況と、その真ん中で1匹の魔獣の背中に寄りかかっていびきをかいている亜矢目の姿だった。
「こいつマジでどういう神経してんだよ」
しかし今回はさすがに戦闘の直後だけあって神経が研ぎ澄まされたままだったのだろう、俺が近づこうと思い1歩、歩き出した途端に亜矢目の目がパチリと開き、俺と目が合った。
「あれ? 炎寺くんだー、こんなところで奇遇だね」
「奇遇っていうか恵に頼まれてお前の様子を見に来たんだよ」
「ああー、そうか倒したら恵ちゃんに報告するんだったね。あははー、ごめん、ごめん忘れてた」
まあ恵もどうせこんなことだろうと思ってたから、大して焦ってなかったんだろうな。
「しっかし相変わらず強いなーお前。何体倒したんだ? 4、5……6体か」
周囲に横たわっている魔獣の数を数える途中で俺の視界に気になる者が目に入った。
「これお前の炎か?」
恐らく戦いの中で燃え移ったのだろう。近くの木の幹の一部が青く燃えていた。
「そうだけどー?」
俺はわざわざその木のそばまで歩き、その火に手を伸ばした。
「熱っ!!」
「え! 何やってるの!? そりゃ熱いに決まってるじゃん!!」
いやそんなはずはない、俺は炎魔法の適正持ちだ。だから同属性の炎魔法には強い耐性を備えているので、こんな一瞬触る程度なら本来何ともないはずだが、この青い火はその熱を感じた瞬間、熱さに耐えきれず思わず手を引っ込めてしまった。
本来ならこのようなことはあり得ないが、俺はつい先日同じ経験をしたばかりだった。
『てめぇと俺じゃ炎に込める想いの熱が違うんだよ!!』
あの男、先日俺達の学校を突然襲撃した火月という魔法使いはそんなことを偉そうに言っていた。あいつが出す炎は赤黒く、俺が出す炎とは異質な火力を誇っていた。
そしてそれはいま目の前にあるこの青い炎も恐らく同じだ。
「『色付き』か……なあ、お前って炎魔法使う時どんなこと考えてんだ?」
「えー、そんなのわかんないよ。炎は『私』の魔法じゃないし」
「ああ、そういえばそうだったな」
ドンッ!! 瞬間、後ろから地鳴りのような足音がした。
振り返るとそこには俺が下で相手をしていたものよりも二回りほど小柄の犬の魔獣がいた。ただ体は小さいが口から伸びる牙は先ほどのよりも長く鋭く、また何より顔が2つついていた。この見た目、感じる魔力の質からしてまず間違いなくレベル2の魔獣だ。
「あれー? まだいたのかしょうがない」
取り残しを始末するため魔獣に近づく亜矢目を俺は右手を出して静止させた。
「あれ俺にくれよ」
「いいよー」
亜矢目は思った通りあっさりと譲ってくれた。
じりっ、俺はファイティングポーズをとりながら右手に魔力を込める。
「想いを込めるか……」
俺の動きから自らの危険を悟った魔獣はすぐさまこちらにとびかかってきた。
「おりゃあー!!」
俺は掛け声と共に右手の拳を前に突き出しその先から炎を放出させた。渾身の力を込めたその一撃が魔獣に直撃した瞬間
「あ、なんか違うな」
俺は悟った。これはただいつもより魔力を多く込めて放ったから火力が上がっただけで、俺が目指していた炎とは『質』が違う。
だがそんな俺の想いとは裏腹にこの一撃で魔獣はノックアウト、地面に伏して大人しくなってしまった。
「中々上手くいかねーな」
俺は今しがた渾身の炎を吐き出した右手を見つめながら呟くと
「ああー!!」
「うん?」
後ろから亜矢目の大きな声が聞こえたので、俺がそちらの方を振り返ると亜矢目は震える指先で俺の背後を指しながら言った。
「燃えてる」
それを聞いた辺りで俺も違和感に気づき再度、元向いていた方向に向き直ると。
パチパチパチ、というラップ音を鳴らしながら、先程まで俺の目の前に広がっていた木々の群れが火の海に変わっているのが見えた。どうやら俺の渾身の炎は魔獣だけでなく、その周りの樹木も巻き込んで燃え上がっているようだ。
「……あー確かに山で火遊びは危ないっていうもんな」
木々から木々へと炎が燃え広がり、もうはっきり言って完全な山火事と言っていいこの状況で俺が言えるのはそれくらいだった。
……
「誰が焼き狩りをしろなんて言ったんだこの馬鹿炎寺!」
神守学園へと戻る岐路の途中、俺は風果の叱責を受けていた。
あの後、梨花の水魔法の力で何とか炎は消し止めたが、山頂の結構な面積は焼け野原になってしまった。俺達は何とか口裏を合わせ、想像以上に危険な魔獣がいてこれに対処するためやむを得ず山の一部に被害が出てしまった、ということにして魔導協会には報告した。
「いやーさすがに今回は俺もやりすぎたと思ってるよ、わりぃ!」
まあ今回はどう考えても全面的に俺が悪いので、大人しく手を合わせて風果に謝った。
「全く水魔法を使える梨花がいなかったらどうなってたことか」
「いやーほんと助かったな」
「だからお前と任務に行くのは嫌だったんだよ」
こうなったら暫く風果は普段から俺に溜めていた鬱憤を吐き出し続けるだろう。だが俺も伊達にこの3年間、風果を怒らせ続けたわけではない、こうなった時の対処法は熟知している。
「おーい、風果さーん」
「うん?」
「これ可愛くね?」
そう言って俺はスマホを風果の方に差し出した。すると案の定風果はその画面に写っている子猫が飼い主と戯れている動画に釘付けになった。
こいつは普段口調も荒っぽくて男勝りな性格だが、以外とこういうシンプルに可愛いものに弱い。なので俺はいつも風果と任務に行くときはこういう動画をあらかじめ見つけておく。
「バカ! お前が持ってたら見にくいだろ、貸せ!」
そう言うと風果は何の躊躇いもなく俺のスマホを奪った。
やれやれこれでひとまずは風果も大人しくなる。
「まあ、朝ちょっと遅刻してまで探しておいてよかったな」
続く




