第62話「好きな人」
ザァー、ザァー。
6月2日日曜日のお昼頃、寮の自室の窓越しに朝から降り続ける雨模様を俺はぼんやりと見つめていた。
「暇だな」
これまで休日はグラウンドでサッカーやバスケをして潰していた俺にとって雨はそれら全てを封じる障害だった。せめてルームメイトの加賀斗がいたら雑談でもして退屈を紛らわせられたのだろうが、あいつは今日の夕方まで学園には帰ってこない。
「とりあえず食堂でもいくか」
特に意味もなくこれからする行動をわざわざ声に出してから俺は立ち上がり部屋を後にした。
……
いつもこれくらいの時間に行くとお昼を食べ終えた迅雷、陣、アロスというお馴染みの顔ぶれがそのまま食堂に居座っていると思ったが、予想ははずれ3人の姿はすでに食堂にはなかった。しかしいつもは見かけない少し変わった集まりが視界に入った。
「なんか珍しい組み合わせだな」
面白そうなので混ざってみるとその場に座っていた刃、ユミ、花異斗、一花の4人が少し驚いた。
「いきなり来るからびっくりしたよ煉、今日は珍しく1人なんだね」
「ああそうなんだよ刃。加賀斗はこの間の騒動の報告も兼ねて家に呼び出されていないし、この雨でいつもみたく外で遊べなくて退屈なんだよ」
「実はソウシ君も同じで報告のためにいま神崎家に戻ってていないんだ」
そもそも俺がこの集りを変わっていると感じた理由の1つは刃、ソウシ、ユミの同じ神崎家の出身の3人は基本的にいつも一緒に固まっているのにぜか今日はその中にソウシの姿が見えなかったことだが、それは今のユミの説明で納得ができた。
残された謎、それはソウシではなく霞家出身の花異斗と一花の2人がこの場にいること。花異斗はまあクラスのみんなによく気さくに話しかけているのを見るのでまあわかるが、もう1人の一花は基本的に花異斗意外と話してるところを見たことがないし、前に花異斗と一緒に今みたいに食堂での雑談に誘ったことがあったがかなりはっきり断られたのをよく覚えてる。
しかし今こうして近づくまで見てたところ一花は普通にこの場を楽しんでいるように思えた。まああれからもう二ヶ月近くたってるしこいつも変わったってことか。
「そういえば霞家の方はそういう報告とかないの?」
「まあさすがに事件のあとすぐに家の方と連絡はとったけどそれだけかな。ほら俺らの場合ここから結構家が遠いからそう気軽には帰れないんだ」
「そういやガキの時から親の付き合いで色んな魔導名家の本家にはいったことあったけど霞家はなかったな」
「まあうちは自然と心を通わすっていう魔導理念でそれを体現するために屋敷を結構山奥に建ててるし、基本的にあんまりよそ者は出入りさせたがらないからね」
確か霞家は自分たちが長年研究してきた魔法体系を外部に漏らさないためにも、基本的に誰が相手だろうが関わりを持たないようにしているという話を聞いた気がする。だから今回この2人が神森学園に入学する話が決まった時それなりの騒ぎになっていたらしい。
「そういえば前から聞こうと思ってたけど霞家って鍛練の一環で滝行やるってまじ?」
「俺はやったことないけど一花がたまにやってたよ」
花異斗がそう言うので俺は自然に一花の方を見たが彼女はそれに気づいて少し肩を ビクッ! とさせて驚いた。こいつこんなキャラだったか?
「別に煩悩を払うとか身を清めるとかそういうのじゃないけど、確かに滝にうたれる内容の修業は水魔法の力を向上させるためにやったことがあるわ」
「あれやっぱ辛いの?」
「最初は3分も持たなかったわ」
「まああの時一花まだ8歳だったからね」
「今はもう慣れたから30分は普通に行けるわ」
「慣れるほどやったんだ」
……
それからしばらくそこで雑談して時間を潰したが、刃が『そろそろ部屋に戻って明日のための勉強をしなきゃいけない』と言い出し他の3人も同じく部屋に戻って勉強すると言い出しその場はお開きになった。
みんな真面目だな~と思いながら俺だけはそのまま部屋には戻らず廊下をうろうろしていた。
ふと窓から外を見ると、まだ空は雲に厚く覆われていたが雨はやんでいることに気がついた。そしてなんとなく立ち止まって窓を開けて外の景色をよく見るともう1つ気がついたことがあった。
その窓の右下から見える中庭の一角には俺がよく知る人物、椎名明日香の姿が見えた。そして明日香は1人ではなかった、もう1人俺たちと同学年と思われる見覚えのない少年と何かを話しているようだった。
明日香はこちらに背を向けているのでよくわからないが少年の方は頬を赤らめ随分緊張しているのがここから見てわかる。
「え? まさか告白してんのか?」
……いやいや、俺は漫画とかちゃんと読んでるから知ってるぞ。こういうのはだいたい告白してるのかと見せかけて実は他愛もない話で俺が1人勘違いしてここから空回りするってやつだろ? その手にはかからん。
「椎名さん僕は君が大好きだ!!」
あー違ったこれちゃんとガチの告白だ。
窓を空けてるとはいえ2階にいる俺のところまではっきりと彼の男らしい愛の叫びは聞こえた。
「えっ? えっ? ちょ、ちょ、ちょっと待って高原君、そそそそ、そんないきなり……!!」
このあまりにも堂々とした正面突破にはさすがの明日香もかなり動揺している様子なのがここまで伝わってくる。
「確かにいきなりで申し訳ないとは思ってるんですが……ですが! 本当に僕はあなたのことが好きなんです!! 付き合ってください!!」
高原と呼ばれた彼はもう一度今度ははっきりと『付き合ってください』と告白した。本当は他人のこんな所を覗き見しちゃいけない、今すぐここから離れるのがマナーというものだ。
それはわかっているのだが俺はこの特等席から足を遠ざけることができなかった。
……
「……ごめんなさい、私他に好きな人がいるの、だからあなたとは付き合えない」
……
うん? いま明日香が何か言った気がするけどここまではっきり聞こえなかった。ただ高原と呼ばれた彼の反応から察するにフラれたのは確かのようだ。
クソ! ここまで来たら最後までちゃんと聞いちゃいたい。そう考えた俺は窓から身を乗り出して耳を近づけ2人の話を盗み聞きこうとしたが ガタッ!
「あ!」
調子にのって身を乗り出しすぎた俺はバランスを崩しその窓から下に落ちてしまう。
ドタン!
とっさに魔力で体を包んで強化はしたし、それにそもそもたいした高さではなかったから落ちてもさほど痛くはなかった。
「ちょっと煉!? あんた何してんの?」
しかしこれにより2人の空間を完全にぶち壊してしまった。明日香は目を丸くして驚いた様子で近寄ってきて返事もまたず怪我がないか俺の体を観察しだした。
「大丈夫だよ、こんくらい」
「あんたが怪我してその時近くにいたなんて知れたら私があんたのおじいちゃんとかに怒られるのよ、本当に怪我してない?」
「おじいちゃん!?」
明日香の言葉に先に反応したのは俺ではなく高原君だった。
「いや、違うのよ高原君! 多分今あなたの考えていることは勘違いで……!!」
「わかりました。さっき言ってた好きな人ってその人のことなんですね!?」
「だからそれが勘違いなんだって!!」
「けど明日香さんはその人の親族の人ともすでにお知り合いなんですよね? 普通クラスメイトの男子の親族と面識なんてありませんよ!」
「そ、そうだけど別にそれはあなたが思っているような関係だからというわけではなくて」
「……そうですよね」
「わかってくれた?」
「親族とも顔見知りということはもうただ付き合ってるという関係は軽く越えている……」
「いや! いや! そういうことではなくてね!」
「あなたお名前は?」
「あ、俺?」
なんか話がどんどんこじれていくなー、とぼんやりと2人の話を聞いていたら突然俺に話が振られた。
「俺は天神煉だけど」
「天神!? 御三家の一角……いいでしょう、相手にとって不足はありません! 僕の名前は高原空我、また会いましょう!」
そういうと高原は回れ右をして猛ダッシュでこの場を去っていった。
「お前随分ユニークな友達持ってたんだな」
「あんたのせいでその友達との友情がいま崩壊したけどね」
「それは……ごめんなさい」
今回ばかりは明日香の言うことが正しいので俺は大人しく頭を下げて謝罪した。
「まあ次会ったらちゃんと誤解をといておくわ、あんたと付き合えないなんて噂流されたら私が魔昼ちゃんに殺されちゃうわ」
「あいつは別に関係ないだろ」
「関係なくはないでしょ許嫁なんだから」
「そんなの家の人間同士が勝手に決めたことで俺らには関係ない」
「よく言うわよ」
「あ?」
なんだ? 今日の明日香はちょっと変だな。俺と魔昼の仲はよく知ってるはずなのに、今さら許嫁の話なんて引っ張り出すし、さっきからどこか苛立ってる様子が見てとれる。
やっぱりずっと盗み聞きしてたのに気づいて怒ってんのか?
「……そういえばあんたいつからさっきの話聞いてたの?」
俺の予感を裏付けるような質問を明日香はしてくる。
「あー、えっと、多分最初からだな。途中何言ってるか聞こえないとこもあったし」
「そう……まあ別に誰のことかはっきり言ったわけじゃないし聞かれても大丈夫か」
明日香は俺に背を向けながら何か言った気がしたがよく聞き取れなかった。
「なんか言ったか?」
「別に~、それより私はもう行くから、じゃあね」
「おう、またな」
明日香は足早に高原が消えてった方とは違う道を使って校舎に消えていった。俺はそれを見守りながらさっきまで盗み聞きしていた2人の会話を思い出していた。
「あいつひょっとしてあの時、他に好きな人がいるって言ってたのか?」
……
「なあ明日香に好きな人っていると思う?」
「は?」
その日の夜ようやく学園に帰ってきた加賀斗にあれからずっと気になっていた質問をぶつけてみた。
「なんだお前魔昼だけじゃ飽きたらず明日香にも手を出す気なのか」
「けっ、あんなちんちくりん共に興味はねえ」
「じゃあまたどうして明日香の想い人なんて気にしてんだよ」
「いいから! いると思うかどうか聞いてるんだからそれに答えろよ!」
「まあそりゃあいるだろ」
俺はどんなに考えても明日香の想い人なんて検討もつかなかったのに加賀斗はあっさりその存在を肯定した。
「誰? 俺も知ってる奴?」
「魔昼だよ」
「は?」
「だから魔昼だよ、明日香の奴よく言ってるだろ『魔昼ちゃん結婚しよー』とか『魔昼ちゃん大好きー』とか」
当たり前のことのようにそう言う加賀斗を見て俺の肩から力は抜け、なんだか全てがどうでもよくなってきた。
「お前って俺が思ってたよりアホだったんだな」
「あ!? なんでそうなんだよ!」
こいつに聞くだけ無駄だったな。
そう思うと同時に俺はこの話題にもう興味がなくなり夕飯を食べるため部屋を後にした。
続く




