第59話「今さら」
属性魔法の適正を持つ人間は同属性の魔法に対して生まれつき強い耐性を持つ。だから本来、今迫ってきているこの爆炎を受けても大丈夫のはず……なのだが、今回はその予想は裏切られると俺の直感が強く告げていた。
今迫ってきている炎は普通の炎じゃない。例え俺でも受ければただではすまない。
そう思っているが俺の体は完全に硬直していて迫り来る炎から目を背ける程度の抵抗しかできなかった。
バチ! バチ! バチ! バチ!
ゴオォォーー!!
俺が目を背けた直後すぐに激しい雷撃音、そしてそれに一瞬遅れて今度は同じくらい激しそうな風の音が響いた。
「ごめんみんな! 大丈夫?」
「あいつ強そうだね」
目を開くとそこにはこの場を一度離れて1対1の決闘に興じていたはずの両チームのリーダー、遊佐奈先輩とカムイ先輩がいた。どうやらこの異常事態に気づいてここまで全力で戻って来てくれたようだ。
「へー、俺の炎を2人がかりとはいえぶった斬るとは面白い」
「あいつは僕とカムイが相手をするからみんなは今のうちに校舎の方に」
先輩は火月と名乗った男から一切目を離さず後方にいる俺達に指示をとばす。
「別に君達と戦う予定はないんだけど面白そうだし、少し遊ぼうか」
火月はそう言うと楽しそうに両手の平を上に上げた。するとその手の平の上に赤黒い炎の球体が現れた。俺はてっきりそれを投げつけてくるのかと思ったが男はすぐにその玉を消し左手で頭の側面を押さえ何かぶつぶつと呟き始めた。
……
火月は本来なら煉の予想通り、出した火球を投げつけるつもりだったがそれをすぐに断念した。なぜならその瞬間頭の中に彼の行動をとがめる声が響いたからだ。
『何を遊んでるですか火月。あなたの仕事は彼らを殺すことではありませんよ』
火月はその事に驚きもせず不機嫌そうに返事をした。
『少しくらい遊んでもいいだろ白夜、それに仕事ならしたさ。念のために確認したけどこっちに『あのお方』はいなかった。そっちにはいたのか?』
『いいえ、残念ながら。ただ第2目標であった神崎刃は回収できましたので時間まで私は身を隠します』
『それなら俺も合流した方がいいか?』
『それよりも校舎からこの山に近づいてきている魔力を感知しました、おそらくここの教師か3年の魔法使いだと思いますが、これに見つかると少し面倒なことになりそうなのであなたの方で対処してくれませんか?』
『どっちにしてもA級以上の魔導師が2人か……確かにそっちの方が面白そうだな、俺の方でも魔力を感知した少し遊んでくるよ』
白夜との念話が終わるともうこの場への興味が失せた火月は未だその一挙手一投足に最大限の注意を払う遊佐奈達を嘲笑うかのようにあっさりとその場を去っていった。
……
「これでひとまず避難はすんみたいだね」
校内に侵入者を許してからおよそ15分、真叶達3年生は順調に事を進め、既に校舎にいた全生徒が無事体育館に避難していた。
「それじゃあ今度は校舎にはびこる魔獣共を討伐していきますか」
「ならばこの俺様の力を特別に貸してやろう!」
『ゲッ!』
その場にいた4人の特別クラス3年生はその声を聞いた途端に同時にそう叫んだ。そして振り返った先に予想通りの人物がいたことでさらに頭を抱えたくなった。
「あんたはここに残って一般クラスの生徒を守ってればいいのよ、王条」
王条当間。彼はつい1年前まで今の3年生の代の序列1位に君臨したこの学園でもトップレベルの実力者で、本来ならこの緊急事態に対応するための戦力として歓迎されるべき存在だが、その場にいる3年生は誰一人この男の登場を心良く思っていなかった。その理由は至極単純で4人全員がこの男のことを心底嫌っているからだ。
「ここの守りなど教員達だけで充分だろう、一応のため宗像の奴にも待機を命じておいたしな。それに俺は生徒会長、つまりこの学園を統べる王なのだ」
「いや生徒会長はそこまで凄い存在じゃない」
無駄だと知ってはいるが、炎寺は一応その飛躍しすぎた考えにツッコミを入れたが案の定王条はそれを無視して話を進める。
「だから王として俺の領地を好き勝手に荒らされているこの現状で大人しくしているわけには行かない」
「いやいやこの程度の相手、王であるあなたが出るまでもありませんよ~。ここは家臣である我々にお任せください!」
この天上天下唯我独尊マンを一度戦場に放てば好き勝手に暴れまわり敵だけでなく味方にまで混乱を招く可能性が高い。それが分かっていて、尚且つこの場の指揮を任されている真叶としてはこのような心にもない言葉を吐いてでもこの男には大人しくしてほしかったのだが。
「なるほど、確かにそれは一理あるかもな」
「でしょ~」
「だが悪いな、もう遅い。俺は既に始めている」
「は?」
王条の不穏な返しに真叶が『どういうこと?』と詰め寄るよりも早く王条はそれを行動に起こした。
バン!!
突然、彼の頭上に浮き上がった魔法陣から帯電する十数個の礫が天高く跳び上がったかと思うと、それぞれ全く別の場所へと散っていき
ドガーン!!!
学園の様々な場所で落下していく音が鳴り響いた。
「いきなり何をかましてくれてんのよ、あんたはーー!?」
驚いて詰め寄る真叶に胸倉を捕まえれて体を激しく前後に揺らされながらも王条は淡々と答える。
「学校に侵入した奴等のおおよその位置は既に大方把握していた、だからこの俺様自らが可及的速やかに退治してやったのだ」
「だからってあんないきなり魔法をぶっ放す奴があるか!! 今ので校舎のどこかが壊れたりしてたらどうすんのよ!!」
「ふん、あまりこの俺様を舐めるな、それくらいは計算の内。いま使ったのはライトニングではなくプラズマの魔法だからそこまでの破壊力はない。ある程度頑丈に作られているここの校舎なら損害は出ていないはずだ。ただ魔獣にも大したダメージは入ってない、しばらくは痺れて動けないだろうから今のうちにお前らで回収しておけ」
そう言うと王条は真叶の手を振りほどき校舎の方へと歩き始めた。
「ちょっとこれ以上何をする気よ!」
「俺の魔法を避けた気配が2つ、いや2人あった」
そこまで聞いて王条が何を言おうとしているのか理解した真叶は思わず目を見開き、確認を取る。
「魔獣の群れに紛れて魔法使いも乗り込んできてるってこと?」
「ああ、この俺様の領土に攻め込んできたことを後悔させてやる」
王条はそれだけ言うと校舎の方へ走り出してしまった。一瞬、それを呼び止めようとした真叶だが、どうせ応じないとすぐに悟ってそれをやめ、今の話を踏まえて他の3人に改めて指示をとばす。
「私はこれから王条の後を追って襲撃者を拘束してくるわ。風果は今さっき王条が倒した魔獣がまた暴れ出す前に回収してきて」
「雑用かよ~」
「炎寺と信羅は裏山にいってまだ避難できてない特別クラスの1年と2年を保護してきて」
「任せろ」
「了解」
……
「複数人の魔力を感じる場所が2つあるな」
裏山に入ってまもなく信羅がそう言うと炎寺も頷きながら答えた。
「ああ、確か今回の実技試験は2箇所で同時に行われてたはずだ。手分けして行こう、俺は西側の方に信羅は東を頼む」
「了解」
そう言って2人が別々の進路に進もうとした時、信頼と炎寺はそれまで急いでいた足を突然止めた、かと思った瞬間。
ゴオォォーー!!!!
2人のいる場所からほんの2メートル程度しか離れていない地点が突如現れた爆炎により焼き付くされた。
「やっと来てくれたね、それじゃあお前達には俺の相手になってもらおう」
爆炎の中から涼しいか顔をして出てきたボロボロのマントを纏った黒髪の男、火月は楽しそうにそう言った。
「こいつが侵入者か」
「お前達は何者だ? 何が目的でこの学園に侵入した?」
信羅は火月を詰問をしたが彼はをそれを無視しして魔方陣を2人向けて展開し即座に先程のような爆炎が放射される。
ゴオォォーー!!!!
一瞬にして2人がいた場所は火の海とかすが
「食らうかよ!!」
それを回避し素早く右側面に回り込んでいた炎寺は火月に炎を纏わせ強化した拳を振るう。
バシンッ! それは火月の顔面にクリーンヒットしたが、衝撃で少し後ずさった程度ですぐにさっきまでと同じような楽しそうな顔で炎寺の方を見た。一方、炎寺も自分の攻撃がたいして効いてないことに特に動揺もしなかった。
「やっぱ同属性の攻撃は大して効かないか」
炎寺が面倒くさそうに呟くと、バッ! 今度は火月の方が素早く炎寺の顔に向けて蹴りを放つがそれはあっさり炎寺の左腕の前腕部でガードされた。
「おせーよ」
「俺が同じ炎魔法の適正持ちで耐性を持ってるから攻撃が効いてないと思ってるみたいだが、それは間違ってるぞ?」
「なんだお前の適正魔法は炎じゃないって言いたいのか?」
自分で聞きながら炎寺はそれはありえないと確信していた。これまで2回ほど見た男の放った炎魔法の出力は尋常なものではなかった。その点から考えてこの男の魔法適正が炎であることは疑いようがない。実際、火月もその部分は否定しなかった。
「違う、もっと単純な話だ」
「単純?」
「お前の炎が弱すぎるんだよ」
「てめぇ!!」
炎寺は今すぐ左手に密着している男の右足を振り払いもう一度渾身の鉄拳を叩き込んでやろうと思ったが、それよりも先に
「熱っ!!」
そう叫んで腕を引っ込め後ろに下がってしまう。それを見て火月は愉快そうに笑いながら言った。
「はははーーっ!! どうだ? 熱いなんて感覚久しぶりじゃないのか?」
「こいつ……頭来た!! 信羅!! やっぱり俺1人でやる!」
炎寺が叫ぶと火月のすぐ後ろの茂みから信羅が姿を表す。彼も炎寺と同じように爆炎を躱した後、身を隠し背後まで迫り火月の隙を伺っていた。
「いいのか?」
「いいよもう、どうせこいつも気づいてたっぽいし。もっと上手く動け」
「分かった」
『上手く動け』、その言葉と炎寺の表情から信羅は彼が言わんとしていることをおおよそ理解し、すぐにそれを実行。一旦山の奥へと姿を消した。
「いいのか?」
それを黙って見つめていた男は不思議そうに炎寺に問いかけた。
「は? それは俺の台詞だろ? あんなあっさりいかせていいのかよ? お前は俺と信羅の足止めに来たんだろ」
「戦う意思がない者を襲うのはあんまり好きじゃないんだよ。そんなことより俺が聞いてるのは1対1で戦ったら間違いなくお前死ぬことになるけどいいのか? ってことだよ」
「お前さっきから俺よりちょっと炎が熱いからってあんま舐めんなよ?」
その言葉と共に炎寺の両側から勢いよく炎が天へと向けて湧き立ち、巨大な火柱が形成される。
「まあさっさと倒していま逃がした奴を追うか」
男はその炎寺の威嚇に大した反応も示さず淡々と呟いた。
……
「刃がいない!?」
同時刻、ようやく全ての魔獣を倒しきった紅蓮達だったが、共に戦ってたはずの神埼刃の姿がいつの間にかと消えているという事実に戦慄していた。周囲を見渡し確かにその姿を確認できなかった紅蓮は急いで加賀斗に指示を出す。
「加賀斗! 探知領域をありったけ広げろ!」
言われた通り加賀斗は自身の魔力を限界の半径100メートル圏内まで伸ばし刃を探すがその範囲では何も感知しなかった。
「ダメです、俺の領域じゃ……!」
加賀斗が悔しそうにそう言うとその肩をぎゅっとユミが掴んだ。
「私も探知領域が使えます、一緒に探せばきっと見つかります」
「……分かった、やってみよう!」
2つの探知領域を合わせるなんて方法お互いにやったこともなかったが、それはぶっつけ本番で成功し、加賀斗はようやく刃の気配を捉えた。
「見つけました! 刃はここから南東に300メートルくらい離れたところを移動中! 多分本人は意識を失っていて誰かに担がれて移動してます」
「ソウシ、加賀斗、回生ついてこい追うぞ! 他の1年はBチームとCチームの奴等と合流しろ」
紅蓮は今すぐ刃を取り戻すため急いでこの場にいる全員に冷静に指示をとばす。一方で同じ2年の回生は逆に加賀斗の報告を受けて静かに動揺していた。
(ここから南東に300メートルって、そこは確か……!!)
……
「一体何がどうなってんのよ?」
正体不明の強力な魔力が裏山のあちらこちらでぶつかり始めたのを感じながら、思わず霞一花は1人ぼやいた。
彼女は作戦の一環として仲間達が戦っている戦場から少々距離を置いた場所で待機していて、先のサイレン音を皮切りに試験どころではない何かが今この学園で起きていることは薄々理解していたが、その全容をまるで理解できずにいた。
「ひとまずみんなの所に……誰!?」
気配が感じた方を振り返るとそこにはボロボロの黒いローブで顔含めほぼ全身を隠した見るからに怪しい人影がいた。さらに一花がこの人物を味方ではないと確信させたのは、その相手の脇にあるものをぶら下げているのが目に入ったからだ。
「あなた刃をどこに連れていく気?」
そう脇に抱えられていたのは同じチームで本来自分とは離れたところで戦っていたはずの神崎刃だった。
「……まさかこんなところにも生徒がいるとはね。思わず同様して気配を感じ取られてしまいましたか」
ようやく聞こえてきた相手の声は女性と思われるものだった。少し意外には思ったが、その警戒を緩めたりはしなかった。
「どうやら先程の感じからして探知領域で位置を知られてしまったようですし、ここであまりもたもたしてられませんね……」
「今すぐ刃をその場に降ろしてください! 出ないと……」
自分の質問に一向に答えない相手に対して一花は声を大きくして警告し、実際にいつでも魔法を行使できるよう集中力を高める。
そういうと彼女は空いている方の腕を伸ばしその手の平を開き、シュツ! その腕に魔刀が握られた、かと思ったら次の瞬間一花の視線からその刀とそれを持つ彼女の手先が消える。
いや正確には見えなかった。一花は完全に相手を警戒しその一挙手一投足に注意していたがそれでも彼女の動きを一切目で追えなかった。
ようやく消える前とほぼ同じ位置に刀を握る彼女の腕が戻ったかと思ったら。ギィー、ドン!! 彼女のすぐ横に生えていた大木が輪切り状にバラバラになって倒れた。
「今ので分かったでしょ? あなたと私では魔法使いとしての強さの次元が違うわ。けど私は別にあなた達を殺すためにここに来たわけではないし、できればそれは避けたい。なので、ここはお互いこの場は何も見なかったことにしましょう?」
彼女は涼しげな顔でそう言ったが、遠回しに『自分の邪魔をすれば殺す』と脅された一花はいつの間に体がひどく震え始め、冷や汗を書き始めていた。
「別にこの子はあなたにとって命を懸けてまで守るような相手ではないでしょ?」
彼女のいった言葉に追い打ちをかけるように一花の脳内である言葉が再生される。
『こいつさえいなければ界人が学年1の魔法使い』
それは始めて刃と面と向かって話した時に思ったこと。
(そうだ彼女の言う通り刃とはここ最近知り合った仲、それに彼さえいなくなれば名実ともに界人が私達学年のトップ……)
そんな想いが一花の中でどんどん加速するが、次の瞬間彼女はそれを
「……なんて今さら思うわけないでしょ! そいつは私の大事な仲間なんだから!!」
一笑に付した。そしてそれと同時に今の今までここで準備していた魔法を展開した。
「『瀑布』!!」
以前、回生に放ったものよりさらに1周り速く規模が広がった大波が次の瞬間、一花の前方にあったもの全てを飲み込んだ。
続く




