第58話「いない」
「まだ意識はあるみたいね」
所持金をほぼ使い果たすという多額の代償を払った末、新条マナは相対する椎名明日香に渾身の一撃をお見舞いし、それを受けた彼女は力なく樹木に背中を預けて座り込んでいた。
「なるほどね、切り札を隠してたのはお互い様だったわけだ」
「そういうことになるわね。まあ私のこれは使いきりだから出来ればこんな所で切りたくはなかったけど」
「それなら私も一応最低限の仕事は出来たのかな」
会話を重ねながら明日香の様子を観察した結果、演技ではなく彼女にもう戦う力は残っていないと判断し、大金をはたいて手に入れたこの肉体強化の黒魔術の効力が切れる前に仲間の元へと戻り加勢しようと考えたが。
ブッー!! ブーッ!!
ちょうどその時、耳障りなサイレン音が耳に届いた。
「なにこれ?」
「分かんない、けど何か嫌な予感がする」
突然の緊急警報に戸惑う2人へ不意に声がかかる。
「やあ、始めまして」
2人が同時に振り向くとそこにはボロボロの黒いコートを纏った見慣れない黒髪の男がいた。先の警報と明らかにこの学園の人間ではない謎の男の登場により彼女達の警戒心はマックスにまで引き上がる。
「君達って『吸収魔法』を使えたりする?」
答えはノーであったが、その質問の意図が見えないことと、この男への警戒心から2人がその質問に答えることはなかった。そしてそのことを察した男は一瞬困った様子で『うーん』と首を傾げたがすぐに何かを思いついたように手を叩いた。
「あ、そうか燃やせばいいんだ」
その時、既に満身創痍で見ていることしか出来なかった明日香の目に映る世界はまるで誰かがリモコンで操作したようにスローモーションになった。
男の口角が少しずつ持ち上がって気持ちの悪い笑みがだんだん完成していく様とその手がこちらに向けてかざされ、その先に展開された魔法陣からゆっくりと爆炎が姿を現した。
『あ、死んだ』
その炎が視界に入った瞬間に彼女は死を覚悟し、走馬灯すら始まりかけたが。
ガシッ!
力強く掴まれたその肩の感覚が彼女をギリギリのところで現実へと引き戻した。
……
「……逃げられたか」
自身の放った魔炎により焼け野原となった一帯を見つめながらも、男はそこに焼死体らしきものが転がってないことから炎が届く寸前に颯爽とこの場を離脱した人影らしきものが見間違いではなかったことを確信した。
「まあ逃げたということはやっぱりあの2人はターゲットではなかったってことだし、次行くか」
先程の魔法は男にとって攻撃ではなくあくまでも確認でしかなかった。それが終わったいま彼の関心は既にマナと明日香からは離れていたため、そのまま逃げた2人のことを追うことはなくあっさりとその場を後にした。
……
第二回実技試験2日目、俺達Bチームはまんまと相手の策に嵌り全員散り散りにされ、Cチームのメンバーとそれぞれ1対1の勝負を強いられていた。
バキッ! 陣の跳び蹴りを俺は何とか両腕でガードする。
俺とタイマンを張っている陣はアクセルマジックを使う。それは身体能力を一定時間、爆発的に向上させる魔法であるため正直インファイトでは相手に分がある。戦い始めてすぐにそのことに気づいた俺は仕方なく、受けてに回りひたすら攻撃に耐えていた。
どうやら陣は魔力操作があまり得意ではないようで、攻撃の前にあらかじめ魔力を集中させている部分、脚か腕に当たりをつけてよく見ていれば何とかクリーンヒットを避けることはできていたが。
さすがにキツくなってきたな。
基本的に防戦一方であるためガードする度に俺の両腕にはダメージが蓄積し、そろそろしんどくなってきていた。一度距離を取りたい所ではあるが、そうすると俺の逆転のチャンスも同時に逃す可能性があるため実行できずにいた。
まだなのか?
バシッ! 陣の回し蹴りを左腕で何とかガードしたが蓄積したダメージからか、踏ん張りがきかずに左腕はそのまま弾かれてしまう。
当然その隙を見逃さず陣は体勢を崩した俺に詰め寄ってくるが、先にタイムリミットが来たのはあちらの方だった。
その時、明らかに陣が纏う魔力の質が何段階か下がったのを俺は感じた。
それはまさしく俺が待ち望んだチャンス、陣のアクセルマジックが切れた瞬間だ。
「5本!」
俺はこちらに仕掛けてきた陣にカウンターで炎拳をお見舞いする……フリをした。
「え?」
炎拳に注意を引き付けておいて俺の本命はその下、脚だった。
バコッ! 完全に意識の外にあった俺の蹴りは面白いほどあっさり陣の又と又の間にある男の急所を捉えた。
「あぐっ!!」
一応、同じ男として本気で蹴り上げたりはしなかったが、それでも陣は酷く間抜けな悲鳴をあげてその場にうずくまった。
うーん、やっぱり普通にローキックとかにしとけばよかったかも。
俺はちょっとだけ罪悪感を感じながらもまだその場にうずくまったままの陣にとどめの炎拳を喰らわせようとしたが、その手がピタリと止まった。なぜなら突如として頭上に無数の大型魔法陣が現れたからだ。
一瞬、俺はこの魔法陣は相手チームの誰かが展開したものと考えたが、それが視界に映ったと同時に鳴り響き始めた警報といい、どうも違う気がする。
俺の思考がそこまで進んだ時、魔法陣に込められていた魔法が発動しその中から何かが落ちてきた。
ドンッ! 地面に着地した衝撃で軽い地響きを起こしたそれの見た目は猪だが、どうもただの猪ではないようだ。なんせこいつの全長はその辺の大型トラックと同じくらいはある。
「魔獣か」
魔力革命以降、大気中の魔力濃度が濃くなったことによる環境変化に適応するために多くの人間は魔法使いとなった。一方で人以外の生物も独自の進化を遂げ、それらの生物達のことを総じて魔獣と呼ぶ。
魔獣なら普段から飼育委員の業務の中で接しいるのでもう慣れた相手だ。そのおかげか、こいつが今俺に対して明確な敵意を向けていることはすぐに分かった。
「陣、動けるか」
「いやー誰かさんに大事な急所を蹴り飛ばされたせいでちょっと動けないかも」
俺が魔獣から目を離さずにすぐ隣にいる陣に声だけかけると嫌味ったらしい返事が返ってきた。
「悪かったよ、ごめんって。けど勝負なんだから仕方ないだろ」
「で、どうするの? 戦うの?」
「ああ、こいつ見た感じそんなに強くなさそうだかな。多分何とかなるだろ」
「そう、じゃあ僕が突っ込むから後ろから援護をお願いね、『アクセル』」
強化魔法を自身にかけ直した陣は勢いよく飛び出し、猪に接近する。
「ぶぉぉぉーーー!!」
それを察知した猪は雄叫びを上げながら前足を振り上げ、そのまま地面に力強くそれを打ち付ける。
バキ!! バキ!! その衝撃が走ると同時に陣と猪の間の地面が割れ、その中から巨大な岩石が逆立つ。どうやらあの猪は動作法でこの地属性魔法を発動させたようだ。
陣はそれに巻き込まれる寸前のところで横に大きくジャンプしてこれを回避。だがそこまで計算してたのか、ただその動きに反応しただけなのか分らないが猪は回避した陣の横っ面から突進を仕掛ける。
「あ、ヤバッ」
もしも陣が1人だったらこのまま猪に轢かれて勝負をついていたかもしれない、1人だったらな
「2本!」
バンッ! 俺の炎弾は狙い通り、その重心がのったタイミングで猪の後ろ脚に命中。
「ヴォ!」
ズサッーー! その一撃で猪は見事に大勢を崩し、陣の目の前まで滑り落ちていった。そして当然その隙を陣が見逃すはずもずなく。
「おりゃあーー!!」
「ブホーーッ!!」
彼のありったけの魔力を込めたかかと落としを受けた猪は短い悲鳴と共に意識を失った。
……
「煉!」
何とか猪魔獣を倒した所で俺の名を叫ぶ声が後ろから聞こえた。振り返るとそこには魔昼、界人、迅雷、アロスという氷壁により分断されていた両チームのメンバーが揃っていた。
「お前等の所にもやっぱり魔獣が来てたのか」
陣の足元に倒れた猪の魔獣を一瞥してから迅雷はそう言った。
「お前等ってことはそっちもか?」
「ああ、俺とアロスの所にはデカいカマキリが来た」
「結局これなんだったんだ?」
一度全員が揃った所で俺はそう言った。答えが返ってくるなんて期待していなかったがそれは唐突に告げられた。
「君達を試させて貰ったんだよ」
声をがした方に視線を向けるとそこにはボロボロの黒いコートを纏った見慣れない黒髪の男がいた。大人だがどう考えてもこの学園の教員ではないだろう。
「あんた誰だよ」
「俺は火月ここにはとある人を探しにきたんだけど、ここにはいなかったようだ、はは」
「ならもう用はないってことか?」
「その通りなんだが一応最後にもう一度だけ確認させてもらおう」
『どういうことだ?』
俺がそう聞くよりも早く男は何の前動作もなく前方に小さな魔法陣を展開、そして。
バコーーーーン!!!!
その魔方陣の大きさからは想像できないような大規模の規模の爆炎が俺達に向かってきた。それは本当にあまりにも一瞬の出来事で俺たちは回避することも身を守る魔法を展開する暇さえなかった。
……
煉達と同じように裏山の逆側で戦っていた紅蓮率いるAチームと回生率いるDチームも同じ頃、数体の魔獣に襲われ今ようやくその全てを撃退し終えていた。
「まさかこれも訓練ってことはないよな?」
刀を仕舞いながら紅蓮は共に魔獣をなぎ倒していった日野回生に一応確認してみた。
「この学校なら平気でそういうことやりかねないから一瞬考えたけど、多分今回は違うな」
「だよな。戦ってみて気づいたけどこいつらは明らかに俺達に殺意を持って襲い掛かってきた。さすがに1年生もいるのにそんな酷なことはしないだろう……それに」
紅蓮は地面にのしている魔獣達から目を離し山の麓の方に視線を向けた。その意図を即座に理解した回生は紅蓮の言葉の続きを口にする。
「ああ、さっきから山の麓の方ですごい魔力がぶつかり合ってるのを感じる。相手は誰か知らないが、あの桐八先生とカグヤ先生が本気で戦闘してるみたいだ」
「よく分らんが、とにかくこの学園が今非常事態なのは確かだし、やっぱり一度校舎の方に戻るか」
「そうだな、確かこういうときは体育館に避難するんだったか?」
「降りる時はカグヤ先生達が戦ってるところは避けて……」
「待ってください!!」
突然、2人の言葉を遮るように慌てた様子でユミが叫んだ。『どうかしたか?』と聞き返す暇もなく彼女は次の言葉を発する。
「刃くんが……刃くんがいないんです」
ユミの言う通り先程まで共に魔獣と戦っていたはずの神崎刃、その姿はどこを見渡しても見当たらず、忽然と消失していた。
続く




