第36話「……興味ないわね」
4月27日土曜日。なんとか始めての学校行事、ドッチボール大会も無事乗り切り、クラス内の問題はひとまず解決したように思えたが私、片桐夏樹は今だにある1つの問題と直面していた。それは。
「タピオカって逆さにして読むとカオピタって言うんですよ! なんだか美容パックにありそうな名前ですよね!」
「なるほどそれは確かに興味深いわね。ちなみに新聞紙って逆から読んでみて」
「え? 新聞紙ですか。し、ん、ぶ、ん、し……あ! 逆から読んでも新聞紙になりました! これ蓮見さんが気づいたんですか?」
「まあ、そうと言っても過言ではないわ」
「うわー! すごーい!」
これだー!!
そう私の隣の席に座る臼井桃子さん、かれこれ1ヶ月近く彼女の隣で過ごして私は気づいたことがある、それは彼女がとんでもなくアホだと言うことだ。
決して臼井さんのことが嫌いで悪く言いたい訳ではない、しかしどう考えても彼女は正真正銘のアホなのだから他に表現のしようがない。
そんな彼女は席が隣ということもありよく私に話しかけてきてくれる。それ事態はとても嬉しいことなのだが、彼女の言動1つ1つがいちいちアホなので私は思わず突っ込みたくなってしまうのだ。
だが彼女はあくまでも私と仲良くお話をしたいだけでけしてボケてる訳ではないのだ。そのためいきなり『アホかー!』と叫びながら頭をどつく訳にはいかないので、結局私はいつもその葛藤を押さえるために悪いなー、と思いながら適当な理由をつけ、話の途中で抜けさせて貰ってなんとか事故を回避していた、のだったがそこに現れたのが黒森蓮見さんだ。
彼女は私とは反対の臼井さんの隣に座るクラスメートだ。ここ最近、臼井さんは彼女ともよく話しているのだが、その内容は今みたいに突っ込みどころ満載なのだ。
「他にも『たけやぶやけた』って言ってみて」
「え!? 何で焼けてるんですか? 危ないじゃないですか!」
「あー……それは多分誰かがたばこの火をちゃんと消さずにポイ捨てしたのが原因ね」
「それはよくないですね」
「あなたはそんな大人になってはだめよ」
「はーい」
ダメだ、話の展開が異次元すぎる。思いっきり頭をどついて突っ込んでやりたい。
私は今日もそんな葛藤を我慢するために席を立ち教室を出て行った。
……
私が向かった先は図書室だった。別に本が特別好きというわけではないが、隣の席から聞こえてくるボケの応酬から突っ込みの衝動を抑えるため、最近よくここには来ている。さて昨日から読んでいるこの小説の続きを読むか。
「わー、ここが図書室なんですね黒森さん! 私始めてきましたー」
「あなた本とか読まなそうものね」
わざわざそちらの方を確認しなくても声だけでたった今この図書室に入ってきたのは誰なのか分かった。
バタン! 私は今開いたばかりの本を急いで閉じて安住の地ではなくなってしまったこの図書室から脱出しようとするが。
「あ! 片桐さん!」
その前に見つかってしまった。
「あ、ど、どうも。奇遇だね2人とも」
さすがに直接呼び止められてしまった以上、彼女達のことを無視するわけにはいかなかった。
「片桐さんよく本とか読むんですか?」
「そうね最近はよく読んでるわ」
あなた達2人のおかげでねと思いながらも私はそれをおくびにも表情に出さないよう努める。
「何かオススメの本とかあったりしないかしら?」
「え? オススメかー」
待てよこれは2人と仲良くなるチャンスなんじゃないか? よしそうとなれば私の1番のお気に入りを……。
「私のオススメはこれだな!」
私はそう言い、いつも肌身離さず持ち歩いている私の宝物『お笑い魂』を出した。
「これは笑いの神と言われた桜羽芳樹の自伝で、人の笑いについての真髄と深淵について詳しく書かれてるの、まだ読んだことないなら今すぐ目を通した方がいいわ」
あの桜羽芳樹の自伝となれば誰もが興味をそそられるはず。そう確信した私はその本をそのまま黒森さんに手渡した。
(……興味ないわね)
本を受け取った黒森さんはそのまま表紙をしばらく眺めてから、1ページも開くことなく隣にいる臼井さんに渡した。
「はいこれ、先に読んでもいいわよ」
「え!? いいんですか?」
その光景を見た私は思わず『おや?』となるが、黒森さんはすぐにその理由を説明してくれた。
「よく考えたら私、今別の本を一冊読んでる最中だったから」
あーなるほど。それなら仕方ないか。
「わー、ありがとうございます!」
「ところで2人はどんな本を読むんだ?」
さらに友好を深めるため、私は自然な流れで2人に話を振る。
「そうね……例えばこんなのかしら」
そう言い黒森さんが近くの本棚から取り出したのは『魔殺』と書かれた何やら物騒なタイトルをした本だった。
「魔力革命前この国には多くの未解決事件があったけど、その事件の何割かは魔法による殺害だったと魔力革命以後証明されていったわ。この本ではそんな魔法を使った一件不可能と思われる殺人について詳細に記録されているわ」
「へ、へーそうなんだ……」
私は精一杯、平静を装うと努力したつもりだったが、引きつった笑みを浮かべてしまっているとが自分でも分かった。
「ちなみに魔法についての研究が進んだ今この本に書いてある方法で人を殺してもすぐに捕まるからオススメしないわよ」
「いや別に人を殺める予定はないんで」
友好を深めるつもりで聞いた質問だったが、逆に彼女と友好を深めても本当に大丈夫なのだろうかと心配になる結果で終わってしまった。
「なんだか難しそうな本ですね~」
「そういうあなたは何かあるの? オススメの本は」
「え? 私ですか? 2人と違って私はあんまり本は読まないんですが」
臼井さんはそう言いながらキョロキョロと周りにある本棚を見渡す。するとすぐに何かを見つけたようでここから少し離れた本棚まで1人で向かい、本を一冊取り出して戻ってきた。
「私これは呼んでました! 小さい頃から何度も読んでて今でも私の部屋に置いてある本です!」
そんな目をキラキラさせながら桃子さんが見せてきた本は『ワクワク動物図鑑』だった。
「……あなたらしいわね」
「? そうですか?」
くそー!! 今すぐハリセンで頭どついて『いやそれ図鑑やないかー!!』 って突っ込んでやりたい!!
そんな欲求をなんとか私は押さえ込もうとしていると、桃子さんがまた話しかけてきてくれた。
「けどよかったです」
「え?」
彼女のその発言の意図が分からず、目が点になってしまう。
「今日、始めて片桐さんとゆっくり話せました」
確かに、臼井さんは今みたいに度々私に話しかけてきてくれたが、いつも途中で突っ込みへの欲求を押さえるために適当な理由をつけてそれから逃げていた。
今考えるとちょっと悪いことをしたな。彼女はずっとこうやって私と好きなものについてとか仲良く話したかっただけなのに。
「だから追ってみてよかったでしょ?」
「ちょ! ちょっと蓮見さん!?」
「え? 追うって、私のこと?」
「ええ。私は気づいていたわ、あなたがよく私たちが話しているのを横目で気にしていたことを、それからしばらく様子を伺って、浮かない顔して教室を出てどこかに行ってしまうことも」
「ええー!?」
嘘でしょ? そんなのなんだかめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん!
「私、蓮見さんからそれを聞かされて、だから今日は片桐さんの跡をつけてこっちから話しかけてみたんです」
なるほどそういうことだったのか……ここは変に意地をはって隠すのはよくないし誤解されないためにも素直に認めよう。
「……そうね、確かに私はよく2人が隣で仲良く話してるのが気になってたわ。会話の中にも入りたいともよく思ってた」
「やっぱり蓮見さんの言ってた通りそうなんですか。じゃあこれまで私たちの会話に入れなかった理由も蓮見さんが言ってた通り……」
ええ!? 私がずっと2人の話に突っ込みをいれたいけどそれをためらってたことまでバレてたの?
と一瞬私は今までどんな顔で2人の会話を横で聞いてたのか不安になったが
「片桐さんが私たちの会話に入れなかったのは……わ、私のことが好きで照れてたからってことですか? た、確かに片桐さんは素敵な女性ですが私も片桐さんも同じ女性なので、ちょっと付き合うというのは難しいと思うんですけど、もし片桐さんがそんなの関係ないっていうなら、私にも少し考えさせてほしいというか……」
ピキッ! そのふざけた話を聞かされた時、私の中で何かが切れた。
「なわけあるかーーー!!!!」
次の瞬間、私は思わずここが図書室だということも忘れ、大声を出して臼井さんの頭に向かってチョップを叩き込んでしまう。
「……はっ! ご、ごめん臼井さん痛くなかった?」
私はすぐに正気に戻り臼井さんに謝罪をした。ただのクラスメイトくらいの関係値しかない私からいきなりチョップを受けたんだ、訳が分からず怖くなって泣き出したり、もしくは逆ギレしてくるんじゃないか、など色々と私は想像したが実際の反応はそのどれとも違った。
「すごいです!! テレビで芸人さんがやってたみたいな突っ込みでした!! もう1回見せてください!!」
「え?」
「やるわね、今のチョップ。派手な音はするけど対して痛くない絶妙な位置に寸分たがわぬ角度で打ち込まれていたわ。ちょっと私にもやってみてくれない?」
「ええ!?」
2人からまさかの大絶賛を受けて私は少し照れ恥ずかしくなって頬を赤く染めつつも困惑の声を上げる。するとそこに。
「お前たちここは神聖なる書物の場だ、その静寂を破るというなら我が身に宿る大悪魔マモンが黙っていないのだが」
図書委員らしき人が独特の言い回しで注意してきたのでそれはそれで突っ込みたくはあったが私は急いで両脇で相変わらず謎に興奮している2人を抱え急いで図書室を後にした。
「失礼しましたー!」
……
「私のせいで怒られちゃしましたね、ごめんなさい」
図書室を出た先の廊下で臼井さんはすぐに謝罪をしてきたが、その行為とは裏腹に彼女はどこか楽しそうに笑っていた。
「いや、多分1番うるさかったのは私だから。こっちこそごめんな」
彼女につられて私も笑いながら謝り返した。すると今度は黒森さんが首を横に振ってこう言った。
「いいのよ、別に私達もう友達なんだから」
そう、この一件以来、私はいいのか悪いのかこの2人と学校内で行動を共にすることになった。
続く




