第29話「この箒も一緒にしまっといて」
詰んでる。
4月1日月曜日。俺、丹波琢磨は晴れて高校生となり始めての授業日を迎えた朝礼前の教室で自分の席に座ってすぐにそう思った。
そもそも俺がこの神守学園に進学したのは勉強より魔法の方ができる自信があったという非常に軽い理由だった。実際ちゃんと合格してこうして通えているから別にその選択は間違っていなかった思うが、調子に乗って特別クラスなんかに入ったのが間違いだった。
特別クラスに入ったらモテそうなんて安易な考えで入ってみたが、蓋を開けたらどうだ神崎、霞、天神なんて俺でも知ってるような超有名な魔導名家の人間だらけじゃないか!
確かに入学式の時は一般クラスの生徒から熱い視線を向けられてウキウキしたけど、今このクラスの中に俺の居場所はない。俺が特別クラスに入れたのはそもそも何かの手違いだったに違いない。
というかそもそも入学式のときみんなから視線を向けられてたのも『何あの陰キャ? あんな奴が特別クラスなんて有り得ないでしょ、絶対実力じゃなくて汚い手使ったんだよ』って後ろ指を刺されてただけなのでは?
という風に俺の考えがどんどんマイナス方向に走り始めると、後の方の席で雑談する2人の声がかすかに聞こえてきた。
「そしたら蟻の巣の中からカルボナーラが見つかったんだよ、陣」
「うわー、それは気持ち悪いねー」
!? 今あそこの2人気持ち悪いって言ったか? ひょっとして『あそこに座ってる奴絶対キモオタだよなー』『しかも絶対コミュ障だよ、気持ち悪いねー』って話をしてたのか……?
しかもあの2人もう仲良くなっている? つまりもうクラス内での仲良しグループ作りは始まっているのか?
こうなったらなんとか誰か1人にでも話しかけて仲良くなって、せめて『丹波君はキモオタだけどコミュ障ではなかったよ』って広めてもらおう。けどなんて話しかければいいんだ? せめて話すきっかけが何かあれば……
俺がそんな考えにたどり着いたとき コロコロ 前の席の方からから消しゴムが転がってくる。それに気づいた俺は『チャンス!!』そう確信し席から立ち上がり消しゴムを拾い上げる。
そして次は消しゴムを落としたことを目の前に座る女性に知らせなければならないのだが、女子とまともに話せない俺が彼女の肩に気安くチョンチョンと触れて、注意をこちらに向けるなんて上級テクニックができるはずもなく
「あの」
と声をかけてこっちを向いてもらう手段を用いたが、その時うっかり俺は振り返った彼女と目が合ってしまった。こうなったらもうダメだ、中学3年間でまともに女子からかけられた言葉が『この箒も一緒にしまっといて』くらいの俺の頭の中は緊張により軽いパニックを起こす。
それでも不審に思われないようなんとか前もって考えておいた台詞を言おうと俺は口を開く。
「あ……(こ)れ……(落とし)ましたよ」
やってしまったー!! 絶対俺が何を言いたかったか伝わってない上に今ので自分がコミュ障であることを自ら晒してしまった!
というかなんで俺はたったこれだけのことも満足に言えないんだ。
「ああ、落とし物拾ってくれたのねありがとう」
それでも消しゴムを差し出している体勢から、彼女は俺の言いたかったことを理解してくれたようで、お礼を言われそのまま消しゴムを受け取ってくれた。
そこまで嫌な顔もされなかったし、ひょっとして今のはセーフか? ともかく、これできっかけは作れたので後はここから話を広げるだけだ。
「あ、あ、あの……そ、その、お、お、おれ丹波琢磨っていいます」
俺がなんとか自己紹介をすると彼女はため息を一つつきこちらを向いた。このため息をついた時点で俺は嫌な予感がしていたが、すぐに地獄を見ることになる。
「私の名前は霞一花。一応礼儀として私も名乗っておいたし、消しゴムを拾ってくれたことも感謝はしてるけど私はこのクラスに友達を作りにきたわけじゃないから、悪いけど馴れ合いはごめんよ」
そう言うと一花は席を立ち教室から出ていってしまった。俺はただ呆然とそれを見ていることしかできなかった。なぜなら今の彼女の言葉で俺のメンタルは完全に粉々になっていたからだ。
結局それから1週間そのシーンが何度もフラッシュバックして結局俺はクラスの誰にも話しかけられなかった。
……
だがそんなことを言ってられない状況が1週間後、俺に訪れた。
「で、次は今回の魔法実習の詳しい説明だが、できたばかりのこのクラス内の交流を深める狙いも含めて今回は2人1組でやってもらう、らしい」
そう、ついに来てしまったのだコミュ障ぼっち殺しのイベント『はーい、それじゃあ2人組作ってー』が、周りはペアを作り始めているが現在このクラスに誰1人として話せる相手がいない俺は、ただ黙って死を待つしかなかった……のだが。
「あのよかったら僕とペア組んでくれないかな?」
「え? 俺?」
いつの間にか目の前に来ていたクラスメートに話しかけられ俺は驚いた。名前は覚えてないが確かクラス委員長を決めるとき真っ先に手を上げて立候補してた人だ。
「けどいいのか俺なんかと? ほら今まで話したこともなかったじゃん」
「だからだよ。先生が言ってた通りこれを期にまだ話したことないクラスメートのことを知っておきたくてね、ほら僕一応このクラスの委員長だし」
なんていい奴なんだ、それに比べてクラス委員長にいきなり立候補するなんて相当目立ちたがりやなんだろうなって偏見の目でみていた自分が恥ずかしい。
「そういうことならよろしく頼む。俺は丹波琢磨っていうんだ」
「よろしく、琢磨君。僕は神埼刃」
こうして俺は始めて同じクラスにまだ友達とは言えないが見知った相手ができた。だがきっとこのまま一緒に実習を終える頃には刃とは友達と言えるだけの仲になれる、そう俺は確信していたのだが。
「……それから誰と誰がペアになるかは前もって学校が決めてあったんだった……あー、忘れてたすまん」
その確信は担任によって完全否定された。
……
こうしてあっけなく俺と刃のペアは解散となったが、これで少なくともぼっちになることはないな、と少し安心していたが俺はある大事なことを忘れていた。
「私は椎名明日香、今回はよろしくねー」
そう新たに俺のペアとなったのは女子だったのだ。俺はもともと女子が苦手だったのにこないだの消しゴムの一件でさらに数倍苦手度が増していた。
「俺は丹波琢磨」
緊張により自然と俺の返事は短くなる。
「早速だけど琢磨君はどんな魔法使えるの?」
琢磨!? いきなり下の名前で呼んでくるなんて、この子はひょっとしたら俺に気があるのか? まずいさっきとは別の意味で緊張してきた。
「俺はこいつを操れる」
俺は魔力を消費して1枚の鏡を手の上に形成するする。
「何々?『世界で一番美しいのはだーれだ?』とか言い始めたりするの?」
「いやそんなメルヘンチックな魔法は使えないけど……できることはちょっと光の屈折を弄って、相手に偽物の像を見せるくらいだ」
「つまりどういうこと?」
まずい伝わってない。『説明が下手なんだよこのキモオタ』って思われたかも。なんとか挽回しなければ
「えっとそうだな……これでいいか」
俺はその場にしゃがみ適当に小石を拾いそれを適当に頭上に投げる。そしてその瞬間魔法を発動させた。
「ちょっと失敗してるじゃない」
椎名さんは俺が落ちてきた小石を拾いそこねたと指摘する。だが俺は彼女に向かって手のひらを広げ黙ってつきだす。
「あれ? なんで?」
椎名さんはそれを見てとても驚いた、なぜなら俺の手のひらの上にはしっかりとさっき投げた小石が置いてあるからだ。
「今のは小石を投げた瞬間に俺が魔法を使って椎名さんに小石が落ちてく像の位置をずらして見せたんだ。まあ俺が使える魔法はこれくらいしかないから正直あんまり戦闘では役にたてないとは思うけど」
「そんなことない! いける! 琢磨君の魔法と私の魔法を合わせればきっと2年生にだって負けないわ!」
……
「ね? 私の言った通り大丈夫だったでしょ?」
俺達2人は無事試験官だった2年生の先輩から参ったと言わせ集合場所へ戻ろうとしていた。
「俺は結局なんもしてないよ、ちょっと遠くからサポートしてただけ」
「そのサポートがすごく重要だったのよ。琢磨君はもっと自分に自信を持った方がいいわよ」
始めは女子とペアなんて絶対嫌われると思っていたが、一緒に試験に立ち向かううちに俺と椎名さんは随分打ち解けられた気がした。彼女とペアになれてよかった。
「けど今日わかったけどやっぱり琢磨君と私の魔法は相性がいいみたいね、きっとこの先も何かと一緒に戦うことになるかもしれないから、これからもよろしくね」
うん? この流れはクラスメートの女子との連絡先の交換イベントなんじゃないか? ついに俺にも家族以外の異性の連絡先を手にいれる日が……さあ漢丹波琢磨、
今こそほんの少しの勇気を出せ!
「こちらこそよろしく。そうだ、もしよかったら……」
「あ! おーい! 魔昼ちゃーん!」
俺があと一言言うより早く明日香さんは先に集合場所に来ていた友達を見つけてそちらに向かっていった。
一瞬今なら『試験どうだった?』という話題で自分もあの2人の話の輪に入れるのではないかとも考えたが
「……まあ、また今度聞けばいいか」
いつも通り俺は消極的な行動をした。
……
4月11日木曜日。それからなんやかんやあり俺達特別クラスはドッチボール大会に向けてクラスで一致団結することになった。
けどまあ運動神経が絶望的に悪い俺には直接は関係のない行事だとたかをくくっていた……のだが。
「琢磨君も選手候補で放課後体育館に一緒に来てほしいんだ」
昼休み、突然俺は刃にそんなことを言われる。
「え? いやいや俺は昼休にみんながドッチボールする中家から持ってきた小説を自分の席でずっと読んでような奴なんだ出てもすぐに当てられて終わりだから考え直した方がいいって!」
と俺は思わずオタク特有の早口で返しまう。
「えーっと、とりあえず琢磨君があんまり運動面で自信がないのはわかったけど、明日香さんから聞いた限り琢磨君の魔法はきっとドッチボールという競技ではとても強力だと思うんだ。例えば相手に狙われた仲間の位置を琢磨の魔法で少しずらして見せればボールは勝手に外れる」
「いやそれは無理だ、俺の魔法で対象とできるのはせいぜい人間1人が限界だから、誰が狙われているかピンポイントでわからなきゃそれはできない」
それを聞いて刃は少し考えたあと。
「けど琢磨君の魔法はすごい役立つ気がするんだよなー、とりあえず今日だけでも練習に来てくれないか?」
まあ刃とは友好的な関係でいたいしこの感じなら選手に選ばれることもないだろう。そう判断し俺はその日の練習に参加した。
……
練習は無事終わった。選手候補に選ばれた人の中でも俺はちゃんと頭1つ抜けて運動能力が劣っていた。これでもう練習に呼ばれることはないだろうと俺が安心しながら帰ろうとすると
「鏡魔法が使えるのってお前か?」
そう声をかけてきたのは俺がこのクラスで1番関わりたくない男だった(名前は知らない)。こいつは初回の授業でいきなり大声を出したり、何度担任に怒られても授業中に居眠りを繰り返すいわゆる不良生徒だ。
噂ではこないだ校舎の窓ガラスを割ったとか。こんな奴に目をつけられたら本気で俺の学生生活は終わってしまう。
「そ、そうだけど」
俺は恐る恐る答えると。
「ちょっと付き合ってくれないか、必殺技思い付いたから」
そいつは予想外すぎる答えを返してきた。
……
4月26日金曜日、ドッチボール大会当日の早朝。
バーン!! この約2週間の間、努力して完成させた必殺技が体育館の壁にぶつかった。
「完璧だな」
共にこの必殺技を磨いてきた相手、天神煉がそう言う。
「なんとか本番までには間に合ったな」
いいのか悪いのかこの必殺技が完成してしまったため、俺はこれから開催されるドッチボール大会に出場することになってしまった。
やっぱり今からでも誰かに変わって欲しい気持ちもあるが、早くこの必殺技を本番で試したい気持ちも今は少しある。
「よーし! これならきっと3年生にだって一泡ふかせられるぜ! 行くか!」
「うん」
そんな不安と期待を抱えながら俺は煉と共に体育館をあとにして大会会場へと向かった。
続く




