第18話「鬼火」
「貰った! 3本!!」
シュッ! 俺は当たると確信して炎弾を放ったが、その瞬間に大護さんの背中に魔法陣が浮かび上がる。一瞬、炎弾から身を守るために防壁魔法を張ったのかと思ったが、すぐに違うことが分かった。
「シャッー!!」
魔法陣の中から出てきたのはケンくんにも負けないくらい大きな真っ赤な猫、の姿をした魔導精霊、『灼火猫』。
バーン! 灼火猫はそのまま爪で俺の炎弾を引き裂いてしまったため、それは大護さんに当たることなくその場で弾けた。
タッ! 爆発に巻き込まれたにも関わらず、大したダメージを受けた様子もなく灼火猫はそのまま俺に襲い掛かってくる。
「1本!」
バン! 俺が放った炎弾はまたしてもその爪で引き裂かれたが、それは想定内だ。先程と違って今の炎弾は火力を絞ってある、つまり爆発に巻き込まれてもそこまでダメージはない。そのため俺は灼火猫が炎弾を引っ搔くために足を止めた隙に、逆にこちらから距離を詰めてやった。
「おらっ!」
爆風を突っ切り、最短距離で灼火猫に迫った俺はそのまま渾身の蹴りを放つ。
「ニャッ!!」
こういう時に限って普通の猫みたいな鳴き声を上げるので、俺は少し嫌な気分になりながらも止めの炎弾をぶち込もうとしたが。
「はい、そこまで」
すぐ後ろから声をかけられると同時に、ポンと右肩に手を置かれる。ザッ! もう手遅れと頭では理解していたが俺はその置かれた手を振り払うように肩を捻りつつ体を反転、同時に左腕を伸ばして真後ろにいる大護さんに裏拳をぶち込もうとしたが。
パシッ! それは呆気なく受け止められた。
「いい反応だね」
俺は目の前で対峙する大護さんの動きに細心の注意を払いながらも、視線の隅で周囲を見渡したがやはりケンくんの姿は見当たらなかった。
状況から察するにケンくんはもう大護さんに倒されてしまった、ということになっているのだろう。俺の裏拳を受け止めているのは左手、もう片っ方の右腕はだらーんとしているということはまだケンくんから受けたダメージは残ってる。
「4本!」
俺は大護さんの手に収まってしまっている左手に魔力を込める。こうなったらゼロ距離で炎弾をぶっ放して相打ちに持ち込もうかと思ったが、ドガーン!! 大護先輩が咄嗟に俺の左腕を上に向けて振り払ったため、炎弾は空中で爆発したようだ。
そのことに焦って大慌てで上を見たが、幸いそこに俺が心配した要因は見当たらなかった。しかしそのことに安堵する暇すらなく、ドゴッ! 大護先輩の拳が俺の腹部にめり込む。
「ーっ!!」
そのあまりの衝撃に呼吸が一瞬止まり、俺は声もなくその場にうずくまる。
「煉くん、君の課題は接近戦だね」
まだなのか? 俺はそのままの体勢でなんとか顔だけ上に向ける。
「炎弾はいい魔法だけどそれ単品じゃ攻め手にかける。例えばさっき炎弾を囮にして灼火猫に蹴りをお見舞いしてたけど、もしもあそこで一撃で灼火猫を倒せてたら、こうして僕に背後を取られることはなかった。僕としては『烈火漆式』なんておすすめなんだけど」
「……なるほど確かに今の話はためになりました。けど、大護さんは2つほど勘違いしてる部分があるみたいですね」
「へー、ぜひ教えてくれ」
腹の痛みに加えて新たに頭痛に苛まれながらも俺は言葉を振り絞る。
「まずそんなもんに頼らなくても俺は強くなれるってこと、それから……」
もう1つは俺がどうにかして顔を上げていた理由が大護さんの話を大人しく聞くためではなく、『アレ』が来るのを待ってたということだ!
続く言葉は心の中だけに留めつつ、俺は何とか体を動かしてゴロゴロと横に転がり、不格好ながらも大護さんからなんとか距離を取る。そしてその瞬間に、バチン! 雲1つない晴天の空から大護さんの体を貫くように電撃が落ちた。
ーーー
それは数十分前のこと。
『ぶっちゃけ今回の勝敗は多分お前にかかってるな』
『えー!?』
大悟さんと戦いに備え、臼井と作戦会議をしている途中、俺はふとそのことに気が付きそのまま彼女に伝えた。
『大悟さんとの対決で俺達が有利な所は何だと思う?』
『えーっとこっちは2人いてあっちは1人って所ですか』
『そうだな。それもあるがもう1つはお前が精霊を4つ持っていることだ』
『そうなんですか?』
臼井はいまいちピンときていないといった顔をしている。どうやら自分の凄さにあまり自覚はないようだ。
『あのな、いくら契約型じゃなくて顕現型とはいえ普通4体も精霊と契約してる奴なんてそうはいない』
『そうなんですか』
相変わらずピンときてなさそうな顔で同じこを繰り返す臼井。まあこいつに自分の凄さを自覚させるのは別に後回しでいいから今は話を進めるか。
『つまり作戦はこう。さっきも言った通り俺が合図を送ったらお前はケンくんを出して大護さんを攻撃させてくれ。そのまま俺と2対1で押し切れでばいいが、大護さんもお前と同じように顕現型の精霊と契約してるから、多分それを出してきて2対2の構図になると思う、その時もしケンくんが攻撃をまともに受けたりしたときはやられたように見せかけて1度引っ込めてくれ』
魔導精霊は激しいダメージを受けて体をこの世に維持できなくなると、その主の魔力を著しく消耗させながら一時的に消失してしまうが、術者が自分の意思で引っ込めた場合はそこまで魔力は削られない。
『えっーとケンくんが攻撃を受けたらわざと引っ込める』
臼井は難しい顔をしながら俺がいま言ったことを復唱してくれたので、まあ大丈夫だとは思うが一応念のために一通り説明した後で、もう一度理解できているか確認することにしよう。
『そしたらそうだな、今度はキジーくんを出してくれ』
キジーくんはキジの精霊だ。なので当然空を飛べて上から電撃を落とす攻撃が得意らしい。
『大護先輩はお前が複数の精霊と契約しているなんて知らないから、多分最初のケンくんを倒せばその注意は俺にだけ集まると思う。そこを上から奇襲してほしい』
『えーっとつまり私は最初ケンくんを出して、大護先輩からの攻撃を受けたら煉さんのことを一度引っ込めて、その後大護先輩を上から落とせばいいんですね! わかりました!』
『……うん、そうだな! 俺が悪かった、もう1回ゆっくり説明するわ!』
この戦いの1番の関門、それは俺がケンくんよりも先に大護先輩にやられないことでも、キジーくんの奇襲を絶対に成功させることでもなく、彼女にこの作戦をきちんと理解させることなのだと俺はこの時ようやく理解した。
……
時は戻り現在。
グラッ! キジーくんの電撃が直撃した大護さんはバランスを崩し、その場に倒れそうになるが、ダンッ! ギリギリのことろで体が倒れるよりも先に足を前に大きく出して地面を踏みしめて耐えきった。
「4本!」
俺はこの機を逃さず、腕を振り上げ炎弾を放とうとしたが
「ニャーッ!!」
横から灼火猫の体当たりを受けて吹き飛ばされ、そのままマウントを取られてしまう。
「シャーッ!!」
俺の上に跨った灼火猫はそのまま大きく口を開いて俺に被りつこうとしてきたので、咄嗟に腕をその口に押し当て噛ませた。
思った通り、灼火猫に噛まれても別に痛みはなかった。ただ腕の力がどんどん抜けていく、やはりこいつの牙もケンくんの爪と同じように物理的ダメージはないが、変わりに触れた者の体内魔力を削り取るようだ。
『君の課題は接近戦だね』、つい先程大護さんに言われたばかりの言葉が脳裏に過る。なるほど確かに、今の俺ではこうなってしまった時、相打ち覚悟で炎弾をゼロ距離でぶっ放すくらいしか出来ることがない。これは近いうちに必ずクリアしなければならない課題だが、ひとまず今はこれでいい。
ガシッ! 空いてる方の手で灼火猫の首根っこを後ろから押さえて俺から離れられないようにする。それから大きく息を吸い込み、俺は叫んだ。
「臼井ー! 鬼を出して終わりにしろ!」
……
視線が霞んでいる、突然の感電によって僕のあらゆる感覚が鈍っていた。だがそれでも背後に突如として現れた強大な魔力の波長には気づけてしまった。
「これはまいったね」
振り返るとそこにいたのは3体目の精霊、鬼がいた。
そう3体目と確信してい言える。なぜなら先程の電撃がこの精霊のものなら既に勝敗は決まっているはずだからだ。いや違うか、『この条件』でさらに電撃のダメージもまだ残っているこの状態では、どの道勝敗は既に決まっているな。
大人しくもう降参するか、それとも無駄な抵抗をしてみるか、僕がどちらにするか決めかねてるうちに早くも鬼は攻撃態勢に入っていた。
「鬼火」
その一言と共に、彼の手に平の上に自身の全長の半分くらいの大きさの火球が出来上がったのを見て『さっさと降参すればよかった』と僕は少し後悔した。
……
ドバーーン!! 凄まじい爆音とそれに伴う地響きを全身で感じたと同時に、俺の上にいた灼火猫の存在が静かに消えた。
「よっ!」
灼火猫に嚙まれ続けたおかげで魔力は殆どすっからかんだったがそれでもなんとか力を振り絞って俺は上半身を起こし、先程の爆音のした方向に顔を向けた。
「うわー、これはまたド派手にいったな」
そこには仰向けに倒れる大護さんを中心として、半径5メートルくらいの真っ黒な焼野原が出来ていた。
「ごめんなさーい!!!」
静まり返っていたその場に、茂みの中から勢いよく飛び出した臼井の涙声がよく響いた。
「だ、大丈夫ですか!? えっと、えっと救急車? いや違うまずは人工呼吸か! あ、そうだ煉さんは心臓マッサージをお願いします!」
彼女はそのまま大悟さんの傍に駆け寄ったかと思ったらその周りを右往左往しながら大パニックを起こしていた。
「まあ、見た感じかなり凄いことになってるから焦るのはわかるけど一旦落ち着け、多分大護さんはお前が思ってるほど重症じゃない。その体よく見てみろ、火傷の1つもしてないだろ」
属性魔法の適正持ちの魔法使いはその同属性の魔法に対して強い耐性を持つ。臼井からあらかじめ聞いていたがあの鬼が使うのは炎魔法で、大護さんの適性魔法も炎だ。なので気は失ってるかもしれないが肉体的にはそこまでダメージはないはずだ。
「あ、本当ですね」
俺の言葉を聞いて彼女もそのことに気が付き、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。
1番いい所を取られたのは悔しかったが、ひとまず始めての実習試験はこれで無事に終わった……と俺もこの時はまだそう思っていた。
続く




