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13話「楓」

最終話です。(短めです)

 笹本はカエデの木を下り、敵愾心てきがいしんを原動力に敵の血飛沫を追う。彼の予測通り血は相当量垂れていて、動き回っていた敵の方が限界に近そう。でも、血飛沫の後を追い続けるだけじゃ敵にたどり着けない。その敵は動物が行う止め足よろしく止め血をしてる。ある一定の距離まで血飛沫をわざと垂らして、その後は血飛沫を押さえて別の方角へ速やかに移動しているみたい。彼はそれに気づけるのかな。


 笹本はついに止め血の場所へたどり着く。そこで疑念にふさぎ込んじゃだめ。敵はすぐ傍で動揺を見計らっている。その血溜まりの向こう側へ到達しなければ。さぁ、私を引いて私を放て!




 ――彼が放った私の右腕が敵の心臓を貫いた。




 さかしい彼は止め血の仕組みに気づいて、同時に敵が彼の傍に潜んでいることも見抜いた。スマホの光を私の瞳に反射させて、カエデの隙間を見渡して、詳細な敵の位置を発見した。


 でも、敵の一撃は避けきれずに、腹に矢が突き刺さった。彼は血反吐を吐いて死を覚悟したけど、全ての弔事のために満身創痍の体を振り絞り、飛びかかるように接近しながら私を引いた。普通だったらそんな状態で弓は引けないけど、彼は構えに関しては特別才能があったから、的が目の前にありさえすれば、体勢は関係ないみたい。


 彼は己の過去に勝利した。17歳の呪縛を解き放った。でも、彼はやっぱり血を流しすぎたみたい。緊張が抜けたら膝から崩れ落ちた。彼は大の字で寝転んで、私と二人きり。私はもう物言わぬ骸だけど、彼は満足そうに微笑んだ。


 私はその顔が堪らなく好きだった。ずっと自分の腕が上達しないと悩んでいて、それでも毎日必死に練習して、ようやく的の真ん中に当てた時にみせた、その表情。彼は私と二人っきりで出かけても、私に異性の目を少しも向けなかった。それはやっぱり悲しかったけど、その態度がますます好きにさせた。だから、楓と相思相愛だと気づいたときは、取られたとか妬ましいとか思う前に、ひたすら悲しかった。彼にはちゃんと運命の人がいて、私は彼の運命の部外者なんだって気づいた。それが何よりやるせなかったし、行き場のない怒りが溜まった。その感情が日比谷先輩の目に付く所となって、全てをぶち壊した。それが17歳の夏。


 明日はもうそばまで迫っているのに、誰にも明日はやってこない。皆でまた放課後に弓道場に集まって、準備室で昨日見たテレビの話でもして、顧問の無駄話を聞いて、鬱憤うっぷんとした心をぶつけるように弓を引いて、一緒に汗を流したい。いまや流れるのは、血。全ては世界に流れる運命の波に溺れた私たちの、小さな悲劇の物語。いつまでも子供でいたくて、それでも大人にならなきゃいけなくて、そんな曖昧な存在であがいていたかった、それだけ。


 明日になれば今日の悲劇は皆忘れてしまう。それが彼女の呪い。私たちの運命。あるいは私たちを深く愛していた人は少しでも長く思えているかもしれない。でも、いつかは忘れる。忘れなきゃいけない。じゃないとまた悲劇は繰り返す。悲劇の終幕は彼女が最も願っていたことだと、そう思う。


 今、四辻楓を知る人物はいなくなる。だからこそ、私は問いかけたい。




 四辻楓はこの世にいたの?




「いたよ」


 息絶えた彼が答えた。ああ、だから好きなんだ。


 カエデの葉が私たちを埋め尽くす。私たちはこの公園に溶けて、空気が澄み渡る秋には人々の記憶に残る、色鮮やかな楓の紅葉を見せるのだろう。

ここまで閲覧いただきありがとうございます。

次回はなろうらしいハイファンタジーを投稿しようと考えています。

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