悪夢と惚気
「はじめまして、オカルト相談部部長賀茂月美です。」
「副部長の土御門晴人です。」
机と椅子しかない殺風景な教室のど真ん中で机を4つ正方形に並べた『特設相談窓口』に座る。右隣には先輩、右斜め前には金髪のイケメンがいる。
先輩と俺がお決まりの挨拶をして相談を開始する。
「確か柿本賢治くんだよね。」
「あれ、なんで俺の名前知ってるん?」
「噂のイケメン転校生って2年生の教室では有名だよ。……というか一応柿本君と同じクラスなんだけどね。」
「ホンマか!?同じクラスに悩み相談のプロがいたなんてラッキーやで!!これからよろしくな!」
隣の教室からうるさいと苦情が来るのではないかと心配になる程大きな声の柿本君に少し気圧される。
「賀茂先輩は俺のこと知らんのですか?」
「ごめんね。私あんまりイケメン転校生とかの話に興味がないの。」
「ふーん、な、る、ほ、ど。」
柿本君が急に嫌らしい笑みを浮かべる。今までの経験を元に柿本が見当違いな事を考えていると確信する。
「それは晴人はんにしか興味がないっちゅうことですか?」
「いや、ちがっーーー」
「そうなの。私は晴人くん以外の男には興味がないんだ!」
否定しようとする晴人を遮るように先輩が身を乗り出す。
このやり取りは俺たちがこれまでに何万回とやってきたお決まりの流れである。俺が否定しよとすると決まって先輩が遮る。このせいで何度俺たちの関係を誤解されたことか……。
「ただの幼馴染だから。」
「ほーん、そうなんか。」
まだ納得していないみたいだが強引に話を進めることにする。
「それで悩みはなんなの?」
俺の質問を聞きさっきまで騒がしかった柿本君が急に神妙な顔つきになり静かになる。
一見悩みなど全くなさそうなイケメン転校生の闇とは一体……!?
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「丁度1週間前、俺はこの高校に転校してきたんや。俺はそんなに人見知りでもないし、東京の人にも興味あったから転校が楽しみやってん。そして迎えた転校初日……。」
ここで柿本君の言葉が止まり俯いた。
柿本君の悩みとは転校生に有りがちなクラスで浮いてる的な事なのかもしれない。
「俺は持ち前の美貌と関西人特有の親しみやすで一躍クラスの人気者になれたんや!」
「は、はぁ……。」
どうやらクラスでは浮いていないみたいだ。よかった、よかった。
「そんでな、その日の放課後早速仲良くなった奴らと一緒に帰りに遊ぼうってことになったんやけど……。」
ここで柿本君の言葉が止まり俯いた。
柿本君の悩みとは転校生に有りがちな地域の違いによるカルチャーショック的な事なのかもしれない。
「ワクド行こうって言ったら全然伝わらんのよ。あれはショックやったなぁ。こっちではワックって言うんやろ。ビックリしたわ!」
「は、はぁ……。」
どうやらそこまでカルチャーショックは受けてないみたいだ。よかった。よかった。
「なんやかんやあって。その日はぐっすり眠って一日が終わったんや。」
「えーと、それで悩みはなんなの?」
悩み事とはあまりにもとかけ離れたリア充の1日を聞かされた俺と月美先輩は堪らず話を遮る。
「いやぁ、その日まではよかったんですよ。せやけど次の日からおかしい事が起こり始めたんや。」
「ほ、本当に次の日からおかしな事が起こるんだよね?」
月美先輩が釘を刺す。
「それで次の日、基本的には何も無かったんやけど、事件は夜に起きたんや。」
「はぁ。」
何度目かの神妙な面持ちの柿本君を見るがもう心配にはならない。
段々と面倒臭くなって相槌も適当になっていってしまう。
「いつもみたいに寝るまでは良かってんけど、そこで見た夢が最悪やってん。」
「そこを詳しく!」
「うぉ!?そない焦らんでもええやん。えっとなぁ、夢の中で目が覚めるねん。真っ暗な空間に一人でポツリとおって後ろからよう分からん黒い影みたいなんが追ってくんねん。逃げても逃げても追いかけて来て目が覚めるまでずっと鬼ごっこや。毎日そんな夢ばっかり見続けるからもう夜が怖くて怖くて仕方ないねん。」
夢を犯す悪、今までに見た事がない新しいタイプの悪霊の出現に俺の心は興奮と不安の入れ混じった混沌とした状態になった。
「晴人くんはどう思う?」
「同じ悪夢が続くっていうのは偶然とは言いにくいですし、多分悪霊の仕業で間違いないと思います。」
直感的にこの事件が悪霊の仕業だというのは分かる。しかし人の夢を犯す悪霊の話など聞いた事がない。悪霊の特徴にしろ、夢に入り込む手口にしても考察するにはあまりにも情報が不足していた。
「まずは呪いの線を調べてみる方がいいかな……。」
月美先輩はさっきまでの朗らかな雰囲気は無くなり真面目な顔で捜査方針を思案している。
こうして真面目に考え事をしている時の先輩は普段の優しいお姉さんという印象から一転、キリッとしたキャリアウーマンのような雰囲気なる。
普段は見れない先輩の姿を見ていると視線に気付いたのかチラリとこちらを見返してきた。
そして硬く結ばれていた口元が緩んだ。
「晴人くん、そんな熱い眼差しで私を見てどうしたの?もしかして真面目なお姉ちゃんに見惚れてた?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。」
先輩は自分の容姿がいい事を自覚した上でよくこうやってからかってくる。
俺も精一杯余裕な振りをして反撃する。
ここで見ていたことを認めてしまったら先輩一生このことで俺をからかってくるに違いない。
見た、見ていないの議論は平行線を辿る。いつまでも決着しない議論に終止符を打ったのは側で議論を傍聴していた柿本賢治君だった。
「あのー、イチャイチャするんやったら二人きりの時にしてくれまへんか?」
呆れ顔の柿本君を見て正気を取り戻す。
今の一連のやり取りがバカップルのイチャイチャと大差ないことに気付き急に羞恥心が湧き上がってくる。
この一瞬の隙を先輩は見逃さず俺を論破しようと……
「今のやり取りまるでバカップルみたい……ちょっといいかも……。」
口撃するのではなく顔を赤くしてブツブツと独り言を呟いていた。
気まずい沈黙を破るようにチャイムが鳴った。
柿本君の前置きの長い相談と俺と先輩の痴話喧嘩の所為で時刻はいつのまにか6時になっていた。
生徒たちに帰宅を促す校内放送が流れる。
顔を真っ赤にして固まっていた先輩は軽く咳払いをすると、さっきまでの記憶を無くしたかのように普段通りに話し出した。
「今日はもう遅いから一旦解散しようかな。柿本君の悪夢の調査は明日から開始するよ。」
「お願いっす。」
「うん!先輩に任せなさい!」
余裕たっぷりに言うこのセリフもさっきの姿を見た後ではどこか頼りなく見えてしまった。