瑠衣と尊美
「桜って便利だよな。春が来たって教えてくれて」
春、学校に入りたての1年生のとき、ふとそんな会話をした。
学校に登校中、すれ違った男の子。
男子に囲まれて、女の子みたいに可愛らしい顔をしていた。
隣には有名な男子校があって、きっとあの子は男子校に通っているのだと思った。
桜の木々が綺麗に並んでいる道で、その男の子だけ特別に見えた。
女の子みたいに綺麗な顔をして、女の子より女の子みたいだった。
隣を歩いている男の子が格好良いから、まるでカップルみたいに見えて、
思わず見惚れてしまった。その男の子と目があったのを、忘れない。
綺麗な瞳に引き寄せられそうになった。
それから1年、朝はよくすれ違うようになった。
「尊美、この間男の子に間違えられていたよね」
掃除中、遠藤尊美友達と話しているときにふと言われた。
中学校で小さいし男の子に間違えられるくらい中性的な顔をしている。
それに髪型はベリーショートである。
背が小さいので、小学生の男の子によく間違えられるのは確かである。
「いつものことだって。ぼく、楓と同じ身長だったら、確実に女子にモテると思う」
ガサツなところはないし、女の子への扱いはスマートである。
尊美は、自分は何故女の子に生まれてきたのかたまに分からなくなる。
「ぼく」と言いだしたのも、小学校のころに、男の子のほうがしっくりくると友達に言われたからだ。
男の子みたいに、男の子みたいに、自分は男の子みたいにいるのが楽だとそう思っている。
中学も高校も、バスケをやって背を伸ばす努力をしたけれど、150センチから延びることはなかった。
放課後、今日は隣の聖和学園に部活をしにいく。
いつも、楓と一緒に行っているので、着替えて楓を迎えに隣の教室にいった。
「楓、いこうよ」
そういって、顔をのぞかせると、パンを頬張る楓が振り向いた。
「は、ははひ」
楓はパンを食べながら、笑顔で尊美をみた。
「また、やってんの?」
尊美はあきれ顔でそういうと、楓はくわえたまま鞄を持ち、教室の皆に挨拶する。
「はーへー」
そういって、楓はクラスの皆に手を振る。パンを頬張りながら歩いている。
尊美は、はーっとため息をついていた。
「楓って、ガサツっていうか、なんていうか…」
楓は、パンをすべて食べ終わると、ちょうど玄関に来ていた。
靴をかえて、2人で校門を出る。となりの聖和に行くまで、徒歩で10分くらいだ。
「楓はいいなぁ。そんなに身長高くてさ」
「えー、尊美のがいいよ。可愛いじゃん。それに、尊美は身長を活かしてプレーしてるし」
「そりゃぁ、中学から伸びてないもん…」
尊美はため息をついていた。
聖和につき、体育館に向かう。話しながら歩いていると、尊美ははっとした。
あの男の子がいる。ジャージを着て、走っている姿が見えた。
尊美はぼーっと見ていると、楓が話しかけていた。
「瑠衣!部活?」
「そうだよ」
元気にそう答える。
「あ、紹介するよ。部活の仲間で、尊美っていうの」
「…ふーん」
瑠衣と呼ばれた男の子は、尊美をまっすぐに見ていた。
まるで女の子みたいに綺麗な顔だ。大きい瞳に、白い肌、さらさらのショートヘア
身長は、自分よりも高いけれど、楓よりは小さい。
自分とは正反対だ。
尊美はぼーっとしていると、瑠衣から近づいてきた。
よくすれ違う男の子だ。瑠衣は尊美をじーっと見ていた。
「おーい、はじめまして!!」
何回も声をかけてくれていたらしい、大きな声だった。尊美は赤くなって俯いた。
「…あ、初めまして」
視線を合わせると、瑠衣は尊美に向かってにこっと笑って見せた。
楓はうんうんと嬉しそうにしていた。
「瑠衣と尊美、絶対仲良くなれると思ったんだよね!この間、お好み焼き行ったときに瑠衣と話してそう思ったの!」
楓は嬉しそうにそう言った。瑠衣はじーっと尊美を見ていた。
「よろしくな!俺、柳瑠衣っていうんだ」
思っていた性格と少し違った。こんなにあっけらかんとしているとは。尊美はくすっと笑った。
「あとで、4人で食べに行こうよ!湊は絶対にいいっていうから」
楓はそういうと、瑠維がおっけーと元気に答えた。
犬みたいな人だなと尊美は思った。女の子らしい顔でも、男の子は男の子らしい。
「じゃ、俺もういくわ。後で連絡するから」
そういうと、颯爽と走っていってしまった。
「瑠衣は、尊美のこと知ってたんだけど、友達??」
「ううん、違う。毎朝すれ違うだけ」
「そうなんだ。その割には瑠衣、結構あっけらかんとしてたね」
「そうだね」
あまり気にならなかったが、瑠衣のあの可愛さはなんだか心配になった。
隣の男子校のこともよくは知らないが、格好良い人が多いのはわかる。
でも、あの容姿なら男の子にも告白されていそう。
尊美がそんなことを思っている間に
体育館についた。コートを半分借りているため最初にきた2人で一緒に準備をする。
すでに湊がおり、楓は明るく挨拶していた。尊美も湊のことは知っている。
湊は皆の人気者で、雑誌にも載るほど有名だ。
尊美は、少し遠くからきているため、中学校の時から知っているのは湊くらいだろう。
彼は本当に凄い選手であった。楓も有名であったので、同じチームで一緒にプレイが出来て嬉しかった。
二人で練習をしていると、楓ははっとしたようにボールをキャッチしたまま湊にいった。
「湊、お好み焼き食べにいこ!瑠衣誘ったんだ」
「お前も大概、瑠衣が好きだな」
「だって、可愛いじゃん。小さくてさぁ。ほんとに」
楓は明るく笑ってみた。。
尊美は瑠衣のことを今までずっと、すれ違うたびに羨ましく思っていた。
なんとなく、自分と似ている感じもした。男っぽい女の子である自分と、女っぽい男の子である瑠衣
だから、すれ違うたびに気になったのかもしれない。知りたいことはたくさんあった。
これは仲良くなるチャンスなのかもしれない。
尊美は二人の会話を耳に入れながら、シュートを決めていた。
部活が終わると、楓とジャージのまま湊と瑠衣をまつ。
校門の前では、出まちの女の子たちがおりその奥にある自分たちの寮まで歩いていた。
「最近、また増えた?」
尊美は、門で待っている女の子たちの集いを振り返ってみていた。
「そうだよ。イケメンぞろいって有名なんだって、しかも文武両道だしね」
楓は全然気にしないようで、そんな男の子たちと普通に話すし、女の子と変わらない接し方をする。
だから、嫌われないんだろう。疎まれはするが、羨ましい目では見られるが、結局ラインがある。
湊と瑠衣が来るまで、二人は会話をして待っていた。
「ごめん。おそくなった」
湊と一緒に瑠衣ももみくちゃになっていた。
楓の爆笑する声が響き渡る。瑠衣は、身長が低いので髪の毛がぼさぼさになると
思いきや、さらさらなため全然くしゃくしゃにならず、
湊は楓の髪の毛をくしゃくしゃにした。
「うわっ!やめてよ!」
「お前も道連れだろ」
「いや、湊は背が高いから、全然もみくちゃってないじゃんかよ」
楓はくしゃくしゃになった髪の毛を手ぐしで直しながらぶすっとしていた。
「うっせーな。じゃ、行こっか」
湊は尊美に優しくそういうと、歩き始めた。湊と楓は隣に並んで話しているので
必然的に尊美と瑠衣が隣になる。
「あの二人仲いーなー」
「あ、遠藤尊美っていいます」
「同い年は。敬語いらないっしょ」
瑠衣は明るく笑っていた。思ったよりも気さくなようである。
明るく笑った顔も可愛い。
「かわいい」
思わず声に出してしまった。暗い夜道で先に歩いていく二人をみる。
仲が良いなぁ。と本当に感じるくらい二人の距離は近い。
瑠衣は不本意そうにいった。
「俺、かわいくねーし。かわいいとかいわれたくねーし」
「あ、ごめん・・・」
「いや、まぁなれてるけど、お前の方がかわいいだろ」
瑠衣はしれっとそういった。恥ずかしがりもせず、すがすがしさを感じる。
尊美はかわいいといわれたことに驚く。今まで可愛いなんて言われたことはなかった。
反応に困っていると、瑠衣は先を歩く二人をみて言った。
「二人ってほんとに仲良しだな」
「ね、バスケ部でも有名だよ」
羨ましそうな顔をしている瑠衣の視線は楓にあった。楓より小さい身長
そして、自分より、楓よりも可愛い顔をしているその視線は羨望のまなざしだった。
尊美は胸がきゅっとする感じを覚えた。なにこれ?どうしてきゅんとしたの?
「あ、えっと柳くんは柔道部なんだっけ?」
「瑠衣で良いよ」
「僕も、尊美でいいよ」
「尊美ね「ついたついた」
話しをとぎるように、湊が言った。
4人で入り、湊はいつも座っているのであろう、手前の4人席に座っていた。
楓の隣に座り、湊が正面にいる。湊と視線が合うとにこっと笑いかけてくれた。
彼はなんだか本当にパーフェクトに見える。
「飲み物、何が良い?」
緊張をほぐすように声をかけてくれたのだろう。
「「オレンジジュース」」
瑠衣と声がそろった。
湊はクスッと笑う。
「なにそれ、すげーはもりなんだけど」
湊はテキパキと注文をする。
来るまで話していると、瑠維は確かに趣味も似通っていた。
B級のホラー映画という、なんとも顔ににつかわない趣味である。
境遇も似ていた。よく女の子に間違えられて困っているらしい。
襲われそうになった経験もあるのだが、そのために柔道も強くなったらしい。
楓と席を交換し、2人で話しに盛り上がっていた。
楓のアシストもありながら、話しが盛り上がる。
「B級ホラー好きなの?!」
「僕、よく見にいってるよ」
お好み焼きを食べながら、そう言った。
瑠衣は食い入るように目を輝かせていた。
きらきらした瞳がまぶしい。
「えー?!今度行こうぜ!俺も好きなんだ。あのグログロしさが好き」
「いいよねー。あの何とも言えない感じ」
二人の話が盛り上がっている。
「びっくりだわ。そんな趣味おなじやついんの?瑠衣だけだと思ってた」
湊は関心したようにうなずく。
「「いや、おもしろいんだって!」」
またそろった。
「今度一緒にいこうよ」
瑠衣からの誘いに二つ返事でOKする。
「連絡先、交換したら?」
楓がお好み焼きを食べながらそういうと
瑠衣はそうだなと言って、携帯を取り出していた。
携帯の機種までもが一緒だった。
「あれー?!同じ機種の色違い!」
尊美はびっくりしていた。
「ここまで来ると、なんか笑うわ」
瑠維はそういいながらも本当に笑っていた。
尊美も真似をしたわけではない。二人は視線が合うとむずがゆく笑いあった。
楓は、瑠衣が本当に大好きらしく、可愛い可愛いと何回も言っていた。
その度瑠衣は嫌そうな顔をしていた。
「まじ、ふざけんなよ。何回も可愛いっていいやがって
俺はかわいくねーんだよ!」
「まぁまぁ、いいじゃんかー」
瑠衣は怒り切れていない様子だった。
尊美はその様子をみながらお好み焼きをほおばる。とても楽しいし、おいしかった。
まさか、気になっていた男の子が自分とこんなにも趣味が合うとは思わなかった。
帰る頃には、湊と楓以上に盛り上がりを見せていた。
なんとなく、湊が楓を好きなのはわかっていたけれど、今日は確信した。
瑠衣のさっきの羨望の眼も気になるところだけれど、
彼のことはもう少し知らないとわからない。
帰り道、湊と瑠衣と分かれて、楓は尊美と肩を並べていた。
「瑠衣、いいやつでしょ?かわいいし」
「うん、うらやましい。僕、あんなふうに生まれてみたかったなぁ」
「何いってんの!!尊美は十分可愛いよ!!!」
尊美は真っ赤になっていた。楓は瑠衣のことを本当に可愛いと思って言ってる。
瑠衣が怒りきれなかった理由が少し気になったが、それは、心にしまった。
夜、お風呂からあがってスマホを見ると、瑠維からメッセージが届いていた。
『今日は楽しかった。ありがと。来週の土曜日映画みよう』
そっけない感じのメールの文面だった。
『いいよ』
どう送っていいのか迷ったあげく、本当に一言になってしまった。
尊美は送ると電話がかかってきた。びっくりするが、すぐにでる。
『あ、尊美?』
「どうしたの?」
『ラインめんどいだけ。話した方がはやい。とりあえず、来週な!あと、DVDでさ
お前が持ってるっていってたやつ。貸してよ』
「ごめん。僕の家にあるんだよね」
『家でも、持ってこれるだろ?いつでもいいから!
俺が持ってるのも貸すよ』
「おっけー」
『じゃ、またな』
そういうと、瑠衣からの電話は切れた。
土曜日がきた。あれから毎日電話をして、昨日も電話していた。
すれ違うときも、瑠衣から声をかけてくれるようになった。
まだ実感がわかないが、瑠衣とそりが合うのが本当にうれしい。
尊美は、同じクラスの優衣に服を選んでもらった。
優衣は自分の服を貸すと言っていたが、優衣の服は優衣のかわいらしさがあるからこそ似合う服であるから断った。
ちぐはぐな格好で会うのは気恥ずかしい。
Tシャツにショートパンツ、キャップをかぶっている。待ち合わせである聖和高校の寮の前に行くと、瑠衣はすでに立って待っていた
まだ待ち合わせの10分前だ。尊美が走っていく。
「おーいっ、瑠衣」
瑠衣は尊美をみると微笑んでいた。服装には気を遣っているらしい。
尊美はそれに真っ赤になりそうになり、キャップを深くかぶりなおしていた。
「なに、顔隠してんだよ」
瑠衣は尊美の帽子を無理やりとって、自分でかぶっていた。
尊美は顔を真っ赤にしていた。瑠衣は尊美から奪った帽子を自分でかぶっていた。
そして、歩き出す。隣で歩くと、なんだか小学生の男子が一緒に遊びに行っている感じになる。
「そういや尊美、俺より髪短いんだな?」
「あ、うん。昔からこうだよ。天然パーマだから、長くなるとくるくるしちゃって
これくらいだと気にならないんだよね」
尊美は自分の髪の毛を触った。
「お前、かわいい顔してんだから、ロング似合うんじゃねー?」
瑠維はそういいながら、歩き始めていた。
「え、瑠衣はロングが好きなの?」
「いや、俺はそういうのないなー。そいつに似合ってれば」
「ふーん」
二人で話しながら歩いていると
大学生か、OLかわからないような綺麗な女の人たちは、瑠衣と尊美をみると、かわいーっとくすくす笑っていた。
瑠衣は気にする様子もなく、駅に向かっていた。
目的地まで、電車を使わないといけないが、尊美はICカードはもっていない。
そのため、切符を買わなければならない。尊美が購入している隣で、瑠衣はその一部始終を見ていた。
「あ、そういえばお前の家ってどこにあんの?」
「僕は、隣の県だよ」
「え、ごめん!ちょい遠いじゃん。DVD取りに行くの大変?」
「いいよ、いいよ。ちょくちょく帰ってるからさ」
「ってかさ、ずっと気になってたんだけど、僕ってやめない?」
瑠衣がそういうと、尊美はうっと詰まっていた。
「でも、僕が、私っていうのおかしくないかな?ほら、僕さ、こんな小さくて男の子みたいだし
もっと大きかったら、男にしか見られないよ」
「何いってんの?お前女の子じゃん。可愛い女の子。なんか、自分で暗示かけてるみたいに見える
俺は、可愛いって言われるけど、自分は男だって思ってるから、かっこいいって言われたい。
容姿はわかんないけど、性格は男らしくあろうっていうかさ、尊美が僕って言ってるの
なんか裏がある気がして、気になったんだよな。」
瑠維はふてくされながらそう言っていた。顔が少し赤くなっている。
「そんなことないよ」
尊美は核心をつかれたような気持ちになった。自分を傷つけないための張りぼてを自分で作っているのは事実だ。
「そうなの?俺が、私って言ってるようなもんだろ?お前のは。なんかそんな感じがする。
俺も女に間違えられるけど、男だよ。尊美は女の子なんだよ」
そういって、少し前を歩いていた。尊美はどう反応していいかわからなかったが
胸がとても締め付けられて、喉の奥が切なく痛くなった。
ほしかった言葉を、瑠衣は簡単にくれる。女の子であろうとすると、周りはそれを拒否するような反応をする。
それなら、自分からそうしようと、可愛いものは封印した。
それなのに、瑠衣は、自分と正反対で、女の子みたいな男の子なのに、堂々としている。
自分が惹かれたのは、自分と似ていると思ったからなのに、性格は違った。
男らしく、まっすぐさがあった。うれしい言葉が心に響く。
尊美はうれしさで涙が出そうになることをこらえて、瑠衣について行った。
映画館までの道のり、電車のなかでも、瑠衣と尊美は話題が絶えなかった。
知り合って一週間しかたってないが、ここまで話しやすい人は初めてだった。
映画館についてチケットを買う。B級映画、チケット購入の際に座席表をみるとがらがらであった。
二人でチケットを買い、二人で時間まではウィンドウショッピングをする。
話が弾んでしまい、散歩をしているような気分になった。
「尊美さ、俺とお好み焼きの前にあったことあるの覚えてる?」
「え?!いつのこと?」
尊美が浮かぶのは、高校1年の時の春、一瞬目があった時のことだった。
あれはあったことがあるというのに含まれるのだろうか?
「…あ、いや覚えてないならいーんだ」
瑠維は恥ずかしそうな残念そうな様子でそういった。映画の開始時間が近付いている。
二人は映画館に戻っていった。
「あ、あのさ。僕…」
高校一年生の春のことを話そうとすると、瑠衣は遮った。
「私。俺といるときは私って言え。じゃないと話さねーから」
瑠維はそういって注意をした。尊美は気恥ずかしくて言い出せなかった。
「わた…わたし…、気になってるんだけど」
「ん?」
「瑠維は、楓が好きなの?」
心臓がばくばくと破裂しそうになっていた。言いたかったことじゃないことをが口から出てしまった。
瑠衣は驚いて尊美の顔を見ていた。尊美の顔はすごく知りたいという顔をしていた。
「え?好きって言ったらなんなの?」
瑠衣ははぐらかした。
心臓に突き刺さる痛みがどにもきているが、なぜか平然としている自分がいた。
こういうの、なれている。
そして、4月から始まったあの感情は、好きなのだとここではっきりわかってしまった。
「やっぱり!」
瑠維は何か言おうとして止めていた。
「まぁいいや」
「なに??」
「いや、映画始まるからあとでな」
映画館はがらがらで、真ん中を二人で陣取っているような感じで誰もいなかった。
数人入っている人は、たぶんみんなB級ホラーのファンなのだろう。
よく作られている。おもしろい内容だった。尊美は夢中になって映画を見ていた。
怪物が出てくるたびにドキドキわくわくしてくる。これを見ているのが、たまらなく好きなのだ。
映画が終わると、尊美も瑠維もテンションがあがっていた。
「いや、やっぱおもしろかったな!!」
「あの、怪物系はおもしろいね。心霊系はこわいときもあるんだけど
僕は、やっぱりこういうほうがすき!」
興奮気味にそう言うと、瑠衣はむすっとしていた。
「尊美は僕っていいすぎ。これから"僕"って言うたびに
おれのいうこと1個聞くことにするからな」
「えーっ?!」
「決まり。もうカウント1な」
「うー…」
勢いに押されて、言い返せなかった。
尊美と瑠衣は映画館から駅に向かって歩いていた。
尊美は、ぼーっとしていたため、向かってくる人に気づかず、勢いよく当たってしまった。
尊美は尻餅をついたのに、当たった男性はガラの悪い不良で、容赦なく怒りをぶつける。
「てめぇ!!いってーなこの野郎!!ガキだからって容赦しねーぞ?!」
尊美は殴りかかられそうになり、目を瞑った。その途端に鈍い打音が聞こえてきた。
目を開けてみると、自分の前には瑠衣が立っていた。瑠衣はひるまず殴られた反撃で、相手の腹に思いきり蹴りを入れた。
「失礼だろ!お前があたってきたんだろ!行くぞ、尊美」
瑠衣は相手がひるんでいる間に尊美の手を握って走りだした。
周りは瑠維の顔をみて驚いている。瑠維は尊美の方には顔を向けずに走り続けた。
尊美は、走っている最中に公園を見つけた。。
「瑠衣!公園よらせて!僕、トイレ行きたいから!!」
瑠衣は尊美の手を握ったまま失速し、公園に入った。
そして、尊美に顔を向けないままトイレの前までいく。
「行ってこいよ」
尊美はそのまま瑠衣をベンチに座らせて、もっていたハンカチを、水道で濡らした。そして、瑠衣の腫れ上がっているほほに当てた。
「ごめん、嘘ついた。それ冷やさないとだめだよ」
左の目の上から傷が出来ており、しかもはれ上がっている。
全部覆えないし、気休め程度の応急処置だった。
「…大丈夫?ごめんね。僕、ぼーっとしちゃってて・・・」
尊美は泣きそうな顔で心配していた。目が大きくて、ぱっちりとした目をしていて、まつ毛も長い。
こんなきれいな顔に傷をつけてしまったのは自分の責任だ。罪悪感がとてつもなく押し寄せてくる。
瑠維のはれ上がった部分にタオルを当て続ける。
「はれ上がってるし、僕のせいだ…。僕、いつも歩いてるときはぼーっとしちゃってて、
瑠衣の顔に傷つけちゃって・・・僕がやったようなものだね」
立ったまま、タオルをまだ押さえつづけている。
沈黙が続く中で、瑠維は一言言った。
「…………6回」
「へ?」
「尊美が"僕"って言った数」
「え?!それ続いていたの?!」
「ったり前だろ。もういいよ。男の勲章だよ。こんなもん」
瑠維は、尊美が押さえているハンカチをとった。
そして、尊美を隣に座らせ、ぼうしをもどした。
瑠維ははーっとため息をついて、空を見上げた。
「1、なかないこと」
「うん」
「2、自分が悪いとおもわねーこと」
「はい」
「3、かわいいって言わないこと」
「わかりました」
「4,うちの学校くるときは、おれのとこにもくること」
「連絡します」
「5、もう僕って言わないこと」
「う…頑張ります」
「5、今から話すことを黙って聞くこと」
瑠衣はそう言うと、ふーと一息をついて、目を瞑っていた。
ベンチに座っている尊美隣に腰掛け手を取って、ぎゅっと握った。夕方前で、こどもたちが遊んでいる。
ほかのベンチには保護者であろう大人たちが座ってこちらを見ていた。
そんな周りの目には気もとめず、瑠衣は話し始めた。
「お前、覚えてないだろうけど…俺たち、中3のときに会ってんだよ」
瑠維の話しを聞くと、忘れていた記憶が戻ってきた。
中学校3年生、高校進学が決まってから尊美は寮に行くために1人で電車に乗っていた。
人ごみがごった返している中で、のったこともない満員電車に尊美はもみくちゃになっていた。
空気は薄いし、人と人との間にはいるとぎゅうぎゅう締め付けられて苦しいし、
息も絶え絶えという状態だった。
そのなかで、自分の降りる駅になっても、人が壁として立ちはだかってホームに出ていくことが出来なくなった。
「おります・・おりたいです・・・」
声を出すにも届かない声しか出せず、しまってしまいそうになった時、男の子が助けてくれたのだ。
「この子、降りるみたいですよ」そう言って、腕を引っ張ってくれた。
その男の子は、瑠衣だったらしい。尊美はすっかり忘れていた。
御礼を言ってだけで、顔は見ていなかったし、二度とのるもんかと思った記憶でかき消されていたようだ。
瑠維はその話しをしてから、覚えてる?と尊美に問うた。
尊美は首を横に振っていた。瑠維は不貞腐れたように、ほおを膨らませた。
大きくため息をついた。
「じゃぁ、これは?」
『桜って便利だよな。春が来たって教えてくれるから』
それは、尊美が瑠衣と視線を合わせた、初めて意識した最初の日、
高校入りたての4月の時の会話だった。瑠衣は、自分との出来事を全て覚えている。
「俺はさ、一目ぼれしたんだぜ?電車でもみくちゃになってる尊美が
笑顔でありがとうって言ってくれてさ、視線だってあったんだ。その子のこと気になって、
そんで高校1年生の時に、見かけてから話せるタイミング探しててさ、
あのとき話したのに、あれだけで、挨拶もせずすれ違うだけで1年も費やして、
湊に尊美の話きいて、楓にわざと声かけてもらえるようにして。俺もヘタレだな」
やれやれと頭をかきながらそういった。
瑠衣は情けねーと言いながら笑っていた。しかし、尊美は困惑していた。
黙って聞いてろと言われたので、手を挙げる。
「はい、質問があります」
「はい、なんですか?」
「あの…あの…わた…わた…私、先ほど質問したんですが「あぁ、あれ?なんであんな馬鹿なこときた?」
瑠衣は怒気のある声で尊美ににっこり笑ってそう言った。
「でもでも、なんか羨望の目でみてたじゃん?「ない、あんな俺より背の高い女。しかも、俺の事
可愛い可愛いいってくるような、憎たらしいやつ!!」
怒っていた。たぶん怒りを通り越して何も言わなくなったのだと、瑠衣の様子で察した。
「よくわかんねーけど、楓見てたわけじゃねーよ。湊と二人で仲良くやってるの見て、
湊が楓好きとかすげーなーと思ってさ。あいつは俺にとって女じゃねーよ。怪物。俺を可愛いといってくる怪物でしかない毎日毎日、かわいいとか言いやがって」
尊美はそれを聞いてくすくすと笑いだした。
瑠維と出会って2年、話すようになって1週間
割と男らしい部分が垣間見えて、印象が変わった。
喧嘩っ早くて、口調も少し汚いでも、まっすぐで勇ましい。
そんな瑠衣だからきっと素敵だと思えるし、うらやましく感じた。
瑠衣は立ち上がり伸びをしていた。
そして、瑠維は尊美の方に向かって笑顔を見せた。
「話戻るけど、俺さ、まぁ絶対気づいてると思うけど思ったことはすぐいう
でも、ひとめぼれしたのは初めてだったから、すっげー遠回りな告白してめっちゃ後悔したんだよ」
自分で言って、瑠衣は真っ赤なり尊美から視線を反らした。
尊美は顔を真っ赤にしたまま、どうしようかと困惑していた。
「あ、あの「返事とかいらねーから!!とりあえず、また言うから。こんな不意打ちみたいなの嫌だし
お前だって困るだろ?」
尊美は思考停止して、真っ赤になっていた。ついていけないが、瑠衣の気持ちだけはわかった。
「あと、尊美は髪伸ばせよ」
「え、なんで?!」
「そっちのほうが可愛いと思うから」
「ぼく、髪の毛のばしたことないんだよ」
「あ、また僕って言った。ほら、じゃぁこれで俺のいうこときけよ
髪の毛のばすこと」
「えーっ」
困惑気味の尊美の顔をみて、瑠衣はくすっと笑った。
真っ赤な顔をしたまま、二人は駅に向かっていった。




