『新メニュー期間限定・渋皮栗のモンブランパフェ人質事件』
皆さん!国見念願のオネエキャラですよ!(笑)
そして空腹時、閲覧注意です。
1
時刻は午後5時半過ぎ。
夕飯の買い出しを済ませた私は夕方のニュースを見ながらせっせと洗濯物を畳んでいた。
放火魔、宝石強盗、議員の汚職…気持ちが沈んでしまうような情報で溢れかえっていたが、正直私の耳には全く届かなかった。
「こんなにすぐ乾くなんて、嬉しいなぁ」
ここのところ雨の日が続き暗鬱な気持ちで過ごしていたが、久方ぶりに顔を覗かせた太陽に自然と顔がほころぶ。
やはり日の光を浴びてふわふわになったシーツは格別だ。うずもれるとすごく幸せな気持ちになる。今夜はいい夢が見れそうだ。
「なに気持ち悪い顔してんだ九重」
げっそりとした顔の先生がリビングに入ってきた。片手に携帯を持ちふらりと覚束無い足取りでお気に入りの朱色のソファーに沈むように凭れかかる。
先日脱稿したばかりだというのにこの焦燥感はなんだろう。もしかしてまた桐生警部からの出動要請でもあったのか。
彼―――――鬼頭宗一郎は推理作家でありながら相談役と称して警察から捜査協力を依頼されることがある。大半は彼の義姉の桐生櫻子警部からだがその推理力が評され噂を聞きつけた他の警察署からもしばしばお声がかかるのだ。
紹介ついでに言っておくと私の名前は九重千紘。どこにでもいるごく普通の男子高校生でとある事情から先生のもとで助手としてお世話になっている。
と言っても助手とは名ばかりでようは面倒臭がり屋で出不精な彼の代わりに身の回りの世話をしたり小説の資料集めをするただのパシリである。
「九重、飯なんだがな」
ぼさぼさの髪を掻きながら先生は気怠げに話した。事件の話かと身構えていたので肩すかしを食らう。
「夕飯、ですか?それだったらもう少しかかりますよ。もし小腹が空いているのなら冷蔵庫に昨日作ったスイートポテトがあるのでつまんでてください」
「マジかよ食う食う」
すぐさまキッチンに飛んでいった先生だったが「いや、違うそうじゃない!」と声を上げ、しっかりスイートポテトを咥えながら戻ってきた。情けない姿だ。
「まだ飯作ってないんだろう。用意しなくていいからな」
「え、どうしてですか。出前でもとるんですか?」
「食いに行くぞ。出かける支度をしろ」
あまりの衝撃に目の前がフラッシュする。おそらく近いうちに世界の終末が訪れるだろう。
最近妙に台風が日本にやってくるのも、大雨が続くのも、抜き打ちテストがあって結果が散々だったのも全てこの男が元凶だったのだ。
よもや引きこもりで出不精の権化たる先生の口から「出かける」なんて言葉を聞くなんて。
いや、先生が自ら外に出たがるわけがない。ならば答えは1つだ。
「偽物め!いったい何が目的だ!」
「なるほど。お前はとろとろのチーズがかかったハンバーグ、デミグラスソースたっぷりのオムライス、肉がごろごろ入ったミートソーススパゲッティ、魚介が盛りだくさんのシーフードグラタン、バニラアイスと生クリームがもりもりにトッピングされたホットケーキなんて食いたくないと」
「ごめんなさいすぐに準備します」
畳み終わった洗濯物を急いで棚にしまい、2階にある自室から厚手のカーディガンと斜めがけ鞄を手に取る。この時期は昼と夜で寒暖の差が激しいので風邪を引かないよう気を付けないと。
ガスの元栓、鍵のかけ忘れがないかしっかり確認してから先生が待ちくたびれているであろう玄関へ向かった。
一歩外へ踏み出すと頬を通り過ぎるひんやりとした風に秋の訪れを感じる。
金曜日とあって街中では多くの人々で溢れかえり、夕闇に紛れ影絵のように蠢いていた。働き蟻のように忙しなく動く彼らを見て、きっとこの人たちはかすかな金木犀の香りさえも楽しむことなく冬を迎え、そして年を越すのだろうなと少し寂しく感じた。
そんな人混みを迷いなく突き進む先生に行き先を尋ねた。
「何処に行くんですか?もしかして最近できたカレー屋さんとか?」
本屋の町として知られている神田神保町だが、実はカレーの激戦地区としても有名なのをご存知だろうか?
神保町・御茶ノ水駅周辺には多くの大学・資格スクール・オフィス街があるため味良し・量良し・値段良しと三拍子揃った飲食店が犇めき合っているのだ。
それに反しムーディーな音楽流れるバーや昔ながらの純喫茶なども点在するため老若男女関係なく多くの人を魅了している。
「椿井の店だ。火急の用だとかで呼び出されたんだよ」
『椿井』とは先生の大学時代からの友人で、白山通りの路地裏に喫茶店を構えている男性だ。
料理は全て学生にも優しい値段ばかりで味も文句なしなので私もよく利用させてもらっている。それにしても。
「いくら友人の頼み事でも先生が自発的に外へ出るなんて珍しいですね。こりゃ天変地異の前触れですな」
「うっせぇな不可抗力だ。今回は、のっぴきならねぇ事情があるんだよ」
真剣な口調にびくりとする。彼が自ら外に出なければならない程の理由、それはいったい何なのか。
固唾を飲む私の傍らで先生がぐっと力強く拳を上げ、高らかに叫んだ。
「新メニュー!期間限定・渋皮栗のモンブランパフェ人質事件だ!」
何を言っているんだこの人は。
2
15分ほど歩いただろうか。
大きな銀行を曲がった先の路地に『茨屋珈琲店』と書かれた看板が目に入った。ここが目的地だ。
古びた赤茶のレンガには無数の蔦が絡まり、まるでそこだけ時が止まったよう。
店内もアンティーク調の家具で統一され、落ち着いたジャズの音楽に乗せてふんわりと香るコンソメスープに胃袋が更に刺激された。
あちこちの壁に飾られた松ぼっくりのリースは季節感を感じられてとても可愛らしい。
「いらっしゃい2人とも。どうぞこちらへおかけ下さい」
カウンター席の向こう側からお店の雰囲気とかけ離れた格好をした男性が声をかけてきた。
片目が隠れたハーフアップの黒髪に所々染められた赤色のメッシュ、耳にはいくつもピアスがあいており、指には骸骨があしらわれたごつい指輪が光っていた。
はっきり言って近寄りがたい人種である。
しかしこの人こそ、この喫茶店のマスターであり先生の友人でもある椿井孝宏さん本人だ。
「わざわざ呼び出しやがって。ありがたく思えよ椿井」
先生は文句を言いながら一番端のカウンター席に座った。メニュー表を勢いよく広げ「とりあえず水」と居酒屋にいるサラリーマンのように注文した。
「んもぅ、あんたこそ相変わらずね。そんな冷たいこと言―わーなーいーの。たまには椿さんの顔を見に来たってバチは当たんないんだぞ宗一郎」
うふっ、とウインクをする彼にあなたも相変わらずのオネエ口調ですね、と思った。
初対面の時は彼の独特な雰囲気にとても動揺したが、天真爛漫な性格と私と同じで料理好きということもあり今ではすっかり意気投合。
たまに珍しい食材を求めて一緒に出かけるほどの仲となった。
「お久しぶりです椿井さん。お店の装飾、秋っぽくて素敵ですね」
「ありがとうちーちゃん!馴染みのお花屋さんに仕入れてもらってね、今週はそれをリースにして飾ってみたの。お客さんには舌と目で季節感を味わってほしいからね」
この喫茶店はマスターの趣味により週替わりで様々な草花が飾られている。
理由を聞いたら「苗字に花の名前が入っているし、なにより女性うけすればSNSで話題になって客が増えるから」と欲にまみれたものだった。
「店のことなんか話したって腹は膨れねえぞ。おい椿井、俺はミートソーススパゲッティと秋野菜のリゾットときのこの和風ピザだ。あ、スパゲッティは大盛りにしろよ」
確かに彼の言うとおりだ。空腹を訴えるお腹を宥めつつ、私は秋茄子のミートドリアときのこ入りビーフシチュー、海藻サラダを頼んだ。
「さて、お前が言っていた用っつーのをそろそろ話したらどうだ?」
一息ついた頃、先生が本題に入る。
「そうね。ちょっと待ってちょうだいな」
店の奥へと消えた椿井さんがもこもことした茶色い毛玉を抱きかかえて戻ってきた。テディベア?
大きさは約30㎝ぐらい。くりくりとしたつぶらな緑色の瞳に愛嬌がある顔立ちで左耳にはアクセントらしき古びたボタンがついていた。
特に店のランプに照らされて光る瞳はとても美しく惹かれるものがあった。
「この前すごい台風だったでしょう?店先にも色んなものが飛んできてね。そうしたらこの子が転がっていたのよ。何処から来たのか分からないけど、汚れて可哀想だったからきちんとキレイにしてあげたのよ」
そういえば先生と私の自宅前にも枯れ木や壊れた傘が散乱していて掃除が大変だったなぁと思い返す。
「明らかに誰かの私物でしょう。だからお店のHPにこの子の写真を載せて持ち主に呼びかけたわけ。でも予想外のことが起きてね。「我こそがテディベアの持ち主だ!」って人が3人も現れちゃったのよ」
「え、3人?」
それはなんともおかしな話だ。金銀財宝じゃないんだからただのぬいぐるを欲しがるわけがない。
もしかして自分のものだと勘違いしているのか?
「定休日の水曜にお店に来てもらって全員から話を聞いたんだけど、結局誰が本当の持ち主なのかあたしには分からなかったのよ」
はっはーん。だから友人で推理作家である先生に意見を仰ごうと声をかけたって訳か。
事情は飲み込めた。
「チッ、仕方ねぇ。とりあえず話した内容を全部教えろ。一語一句ミスんじゃねえぞ」
「プレッシャーかけないでよ。意地悪ねぇ」
ぷくっと膨れた椿井さんの後ろから「お待たせしました」女性店員が料理を運んでくれた。
2
《湯島紀美子の意見》
えぇ、あのテディベアは私のものですよ。
これでも私、テディベアのコレクターでしてね。
あの台風で窓ガラスが割れてしまった弾みに窓際の棚に置いてあったあの子が落っこちてしまったの。
必死に探したんですけどまさか近くの喫茶店のマスターが拾ってくれていたなんて、感謝以外の言葉が見つかりませんわ。
何故か2人も自分のものだと主張していますが騙されてはいけませんわよマスター。私こそがあのテディベアの持ち主なんですからね。
え、このお店?それはそれは素敵なお店ですわ。
おすすめ料理の南瓜のグラタンなんてとても食欲がそそるもの。
《明石真司の意見》
あれは私の娘のものです。
10歳の誕生日に私と妻で買ってあげたもので、あの台風の日に車で帰宅していた最中に誤って娘が窓を開けてしまったんですよ。
そこから落ちてしまったみたいで、すぐに気がついたんですが後の祭りでした。娘はわんわん泣くし探しても見つからないしでてんてこまいでしたよ。
娘のお気に入りですから早く返してあげたいんです。お願いします。
私の他にも持ち主は自分だと言い張っている人がいますが馬鹿馬鹿しいです。
そんなわけないじゃないですか。あれは正真正銘、私の娘のものだ。
え、この店のこと…ですか?
そうですねとても居心地のいい店だと思いますよ。
特に流れるジャズが最高にイカしていますね。もしおすすめのナンバーがあったら教えてくださいよ。
《佐々本祥子の意見》
あれは私が預かったものに間違いありません。
私、おもちゃ医療クリニックというところでおもちゃの医者をやっているんですけど、マスターは知っていますか?
そうですそうです、壊れてしまったおもちゃを修理するあれです。
あのテディベアは小学生の女の子から預かったもので、治療が済んだので引き取りに来るまでダンボールに入れていたんですが他のスタッフがゴミと勘違いして外に出してしまったんですよ。
気づいたときにはテディベアは強風で飛んでいってしまっていたしどうしようか困っていたんです。本当に助かりました。
他の2人は何の意図があって嘘をつくのか知りませんがやめてもらいたいですよ。
店ですか?
良い趣味してると思いますよ。家具も私好みのアンティークのものばっかりですし、こういった店が出せたら幸せだなぁ。
ねえマスター、もし店員募集しているなら雇ってくれませんか?いや、ちょっと今月きつくて…。
*
「─────と、言う感じだったわ」
「「と、言う感じだったわ」じゃねえよ。どさくさに紛れて店の評価を聞き込むんじゃねえ」
「えー別にいいじゃない。3人ともあたしの店に来るの初めてだって言うし、経営者として第一印象を聞いておきたかったのよ」
仕事熱心なマスターに先生がミートボールが刺さったままのフォークで椿井さんをびしっとさした。あまりの行儀の悪さにやめてくださいとしっかり諌める。
「うふふ頑張ってちょうだいね宗一郎。見事あんたが持ち主を探し当ててくれたら約束通りパフェをご馳走するわ」
パフェ?聞き覚えのある単語に私は急いで茄子を飲み込んだ。
「それって先生が通りで大声上げていたモンブランパフェのことですか?」
「やだ、ちょっとあんた何やってんのよ。叫ぶときはお店の名前も一緒に叫びなさいよね。宣伝にならないじゃない」
いや違う、そこじゃない。
「うっせぇ俺からスイーツを奪った犯罪者が。さっさと前払いでパフェと、ついでにレシピも出しやがれ。九重に覚えさせて自宅で食うから」
いや違う、そこでもない。
というかそんな下らないことを企てていたのかこの人は。
じとり目で先生を見ると口笛を吹きながら紙ナプキンで眼鏡を拭き始めた。おのれ。
「勝手にごめんねちーちゃん。でもほら、こいつ引きこもりでしょう?ちょっとやそっとの煽り文句じゃ出てこないと思って来週から期間限定で店頭に並べる予定の新メニューを餌に釣ってみたのよ。そうしたら思った以上にあっさり釣れちゃって、嬉しいんだけどどっちかというと複雑な気持ちの方が大きいわ」
はい。私も全く同じ気持ちです椿井さん。
あぁ、それで『人質事件』と言っていたんだな。異常なほど甘党である先生らしいネーミングセンスだ。
しかし35歳の立派な成人男性がパフェ1つに振り回されるなんて…。
ファンとして助手として悲しくなってきた。
「さぁ、無駄話しはここまでよ。宗一郎、探偵らしく名推理よろしくね」
答えを促すように椿井さんがパンっと手を叩く。いや、さすがにたったそれだけの情報量でこんな短時間に分かったら苦労はしませんよ。
「さすがに無茶がありますよね先生」
いつの間にか食べ終わっていた先生がポケットから棒つきの飴を取り出す。
彼は何か考え事をする際に飴を舐める癖があるのだ。本人は糖分補給作業と言っているが私にしたら飴を舐めていることに変わりないので聞き流している。
暫しの沈黙のあと「推理もなにも、もう分かったぞ」とんでもないことを言い出した。
「え、どういうこと?」
「本当ですか?先生、いったい誰が持ち主なんですか?」
慌てた私と椿井さんが先生に勢いよく詰め寄る。
しかし逆に、信じられないという顔で彼は私たちを交互に見やった。
「お前ら、マジで言ってんのか?」
3
「まず、湯島からいくぞ」
食後のホットミルクに飴を突っ込みぐるぐるかき回す先生に椿井さんが冷ややかな目で見る。
だが神経が図太い先生はそれに臆せず話を続けた。
「湯島はテディベアのコレクターだと言っていた。しかし本当のコレクターならば絶対にやるはずがないことを奴はやっていたんだ」
絶対にやるはずがないこと、とは何だろう?雑学に乏しい私には全く分からなかった。
「テディベアの大敵は直射日光、ほこり、ダニ、湿気、etc。つまり窓際に置いておくと直射日光で毛並みが変色して大変なことになるんだ。よって『窓際に置いていたテディベアが窓ガラスが割れた時に落ちてしまった』というのは湯島がついた真っ赤な嘘ということになる。信頼するに値しないな」
残りは明石さんと佐々木さんの2人だ。どちらが嘘をついているのか…。しかし先生は既に見抜いていた。
「佐々本も嘘をついている。九重、テディベアの大敵はなんだったか覚えているか?」
「えっと直射日光とほこりとダニと…」
「そうか、湿気ね」
椿井さんが納得した声で言った。
「佐々本は預かったテディベアを引き取りに来るまでダンボールに入れていたと言っていた。そりゃおかしい。ダンボールは湿気とダニの宝庫だ。せっかく直したテディベアをおもちゃの医者である佐々本が入れるのは不自然だ。よって佐々本も信用に値しない」
先生によって2人がついた嘘が露呈された。
それに伴い私にはどうしても気にかかることがあった。
「何で2人ともそんな嘘をついてまでこのテディベアを手に入れようとしたんですかね?ただのくまのぬいぐるみじゃないですか」
「ただのぬいぐるみじゃなかったんだよ、それが。奴らにはこのテディベアがとても高価なものだと知っていたんだ」
「え?」
この、テディベアが?鑑識眼を持ち合わせていない私にとってはただの可愛らしいぬいぐるみにしか見えなかった。
「その左耳についたボタン、ただの飾りじゃなくドイツの高級ぬいぐるみブランド会社のオリジナルだ。ボタンの種類、ベアの毛色の種類、製作時期にもよるが古ければそれだけ貴重価値、希少価値が上がり数十万から数百万の値段がつけられるそうだ」
それを聞いた椿井さんが一瞬にして青褪め、壊れたブリキ人形のようにぎこちなくゆっくりとテディベアをカウンター席に置いた。
軽い気持ちで抱いていたぬいぐるみがもしかしたら数百万かもしれないと分かったらそりゃそうなる。なんだか私まで緊張してきた。でも、これで。
「残った明石さんがテディベアの本当の持ち主ってことですよね」
「そうね、じゃあ早速明石さんにこの朗報をお届けしようかしら。あ、宗一郎。電話したらすぐにパフェを解放してあげるからもう少し我慢なさいな」
テディベアが返されたことで泣いていた娘さんにも笑顔が戻るだろう。良かった、一件落着だ。
それにしてもいくら可愛い娘の誕生日とはいえ、少々、いやかなり高価なバースデープレゼントを購入したものだ。
お金持ちはやっぱりスケールが違うんだなぁと感心する。
あとはお目当てであるパフェが来るのを待つばかりだ。
しかし何故か先生は真剣な顔でテーブルに置かれたテディベアを一心に見つめていた。
「先生?」
どうしたんですかと言葉を続ける前に彼はポケットから携帯を取り出し何処かにかけ始めた。どこに?
「もしもし、神田警察署か?」
4
数時間後、警察の連絡で分かったことだが明石真司―――――本名、赤羽鉄二とその仲間数人が宝石強盗の実行犯として緊急逮捕された。
赤羽鉄二の供述によると、宝石商に仲間と盗みを働いたあと車で逃走している最中に取り分でちょっとしたいざこざが起こり誤って瞳がサファイア製のテディベアを落っことしてしまったんだそうだ。
そしてたまたま椿井さんが見つけ、店へと持ち帰った。
盗みに入るため店の下見をしていた赤羽は椿井さんがHPに持ち主を呼びかけているのを知りそれっぽく理由をつければ簡単にテディベアを取り返せるのではと考え、偽名を使い近づいたのだ。
誤算だったのはサファイアだけでなくテディベア自体も高価なものだったため欲に目が眩んだ人間が2人も名乗りを上げたこと。
そして椿井さんが店の印象を尋ねてきたことだ。
おざなりに答えても良かったがマスターのご機嫌を損ねるとまずいと思い、焦った赤羽は咄嗟に下見で得ていたジャズの話で切り抜けようとしたのだ。
まぁ結局は先生に見破られ警察に逮捕された。まさに身から出た錆である。
テディベアも無事に宝石商のもとへと返され宝石強盗とテディベア持ち主探し、両事件は無事に解決の一途を辿った。
電話の内容を報告すると先生は「そうか」だけ言い、渋皮栗のモンブランパフェにかぶりついた。
しかし彼はどうやって赤羽がテディベアの持ち主ではないと見抜いたうえ、宝石強盗の犯人だと分かったのか。理由が知りたかった。
「別に俺だって赤羽が宝石強盗犯だと最初から知っていたわけじゃない。結果的にそうなっただけで、俺はただ赤羽が『水曜日に初めて店に来た』という言葉が嘘だと分かっただけだ」
「嘘?」
彼の話からは特におかしな点はなかったように思えたが…。いまだうんうん頭を捻る私と椿井さんに探偵がわざとらしく溜め息を吐いた。
「思い出してみろ。赤羽は店に流れるジャズをいたく気に入っていただろう。だが水曜日に初めてこの店に来たという赤羽には絶対にジャズを聞くことができないはずだ。だってそうだろう、水曜日は定休日なんだ。営業しているわけじゃねぇんだし店内にジャズが流れるわけねえだろう」
「「あ!」」
漸く理解した私と椿井さんは揃って大声を上げた。
「赤羽は何故この店ではジャズが流れると知っていたのか。もしかして予め下見でもなんかして情報を得ていたのか。もしこの仮定が正しいなら『明石真司』という人間は怪しい奴かもしれない。だから警察に連絡して調べてもらうよう頼んだんだよ」
それがまさか宝石強盗だとはなぁ、と呑気に先生は言った。
テディベアの持ち主探しからこんな大事件に繋がるとは…世の中なにがどう結びついているのか分からないな。
さて私もパフェにありつこうかとスプーンを差し込んだ瞬間、待ってましたと言わんばかりに真横の男が勢いよく強奪していった。
「あ、なにするんですか先生!これは僕のパフェですよ」
素知らぬ顔で私のパフェを両手で持ったスプーンでぱくつき始める先生に異を唱える。
「うるせぇ。ただで教えてもらえると思うなよ。これは今の情報料だ。金を取られないだけありがたいと思え」
一仕事を終えた推理作家は下手くそな笑顔を浮かべながら2個目のモンブランパフェに舌鼓を打った。
《新メニュー期間限定・渋皮栗のモンブランパフェ人質事件 完》
今後も椿井は登場させていきたいです^^