そして、何かが起こる・後編
「死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか……」
壊れたように男は呟く。
頭に鍋、服にはまな板、片手に包丁、もう一つにはここで見つけた硫酸入りの瓶。
襲ってきたら迎撃してやる。
そんな思いで彼は理科準備室に立てこもっていた。
周囲にはホルマリン漬けにされた蛙や蛇、目玉のような怪しいものなど、部屋に居続けるだけで気が滅入るような物体がそこいら中に転がっている。
「チクショウ、何で俺ばっかりこんな目に。死にたくねぇ、死にたくねぇよ……」
男、榊充留は震えながら一日が過ぎるのを待つ。
あと一日。明日を無事に乗り切れば自分の勝ちだ。
生き残れるのだ。
ぐるるるると腹が唸りを上げる。
キツい。でも明日までの辛抱だ。
たった二日、食事を抜くだけだ。
たった二日寝ずの番をするだけだ。
鍵は掛けたし入口に適当な物品を置いて入れないようにしておいた。
それでも襲われたら硫酸の出番だ。相手が悶えている隙に包丁でトドメを……
ダメだ、殺してしまったら自分は槍玉に挙げられて自殺させられる。
来るな、来るんじゃないぞ、俺をターゲットに選ばないでくれ。俺はまだ、死にたくないっ。
榊はただただひたすらに、小さくなって時が過ぎるのを待つのだった。
宿直室には及川、賀田、井筒の三人が居た。
本来宿直室には女性陣が集まる予定だったのだが、中田と日上は帰って来ず、十勝は図書室に居る様子。
原は行方不明であるため、結局ここに寝るのはこの三人だけになっていたのであった。
場所が変わっただけで三人だけということもあり、賀田は井筒の相手をすることにした。
といっても井筒は既に賢者モードに入っていたため隣り合って抱き合いながら眠るだけになっていた。
及川は早々にもう一つの布団で眠り、二人に背を向けている。
二人が何してようと私は寝てますよアピールをしてくれているのだが、井筒は気付いてすらいなかった。
満面の笑みで賀田に抱きつき、そのまま可愛らしい寝息を立てる。
「寝た?」
「玲菜だけだがな。どうした?」
「玲菜の様子なのだけど、どうも女性同士で処理した様子じゃないわね」
「どういうことだ?」
「天使と行った昨日はまだ欲求不満そうだったでしょう。今日は満足してるみたいだったし……」
「それは、木場が私より上手く玲菜の欲望を処理したと、いいたいのか?」
ギロリ、賀田は及川の背中を睨みつける。
「違うの。そういうことじゃなくてね……玲菜と寝たのは……本当に木場さんだったのか。と言いたいの」
「どういうことだ?」
「玲菜の相手をしたのは……男だったんじゃないかしら」
「まさか……だが、それならば相手は……」
「どちらが誘ったかはわからない、でも。もしかしたら。犯人は沢木修一、かもしれない」
「だ、だが、それならばなぜ木場が?」
「沢木はレイプ犯よ。それを庇おうとしてるのよ。レイプしたと分かれば、私か貴女に殺されると思ったのかもしれない」
「あの男ッ」
「ダメよ。問い詰めたところでシラを切られたら意味は無いわ」
「だが……」
「明日、調べてみる。もしも本当にあの男だったら……」
「その時は、私も手伝おう」
身じろぎした井筒に賀田は優しく頭を撫で、そして虚空を睨みつける。
もしも本当にあの男が玲菜に手をだしたのならば……
「「その時は、私が殺す……」」
そして、時は深夜過ぎ。
草木も眠る丑三つ時に、その暗い世界でソレは起こった。
マットの上に裸の男女があおむけになって寝転がっていた。
二人とも激しい運動を終えたためかさわやかな顔で寝息を立てている。
だからこそ、その二人は動き出す。
無言で暗闇を歩き、周囲に当らないよう慎重に進み、
寝転がる二人の元へ。
日上は川端の意識が眠っているのを確認し、もう一人の女に合図を送る。
初めは私よ。と中田は服を脱ぎ去り、眠っている小川才人に馬乗りになる。
さぁ、夜這い開始だ。
「……ん? 美海……っ!? 中田さん!? 何故ここに!」
「あら、起きちゃいました才人君。夜這いに来ちゃった」
「よ、夜這い、待て、やめろッ!」
「残念、もう既に逃げ場はないですよー。ふふ、さぁ、私の処女を貰ってくだ……」
もう後少しで小川の女になれる。
勝利目前にほくそ笑んだ中田は、見た。
体育倉庫の跳び箱。十数段連なったその箱の中から、自分を見つめる二つの瞳。
光を失った相貌に見つめられ、中田は……
「い、いやあああああああああああああああああああああああああ――――っ!!?」
あり得ない五人目の存在に、悲鳴をあげて後ずさっていた。
当然、身体が動くようになった小川は中田を突き飛ばし、川端を拘束していた日上を蹴り飛ばす。
「なんてことをしてくれるんだ二人とも、こんなことして良いと思ってるのか! 犯罪だぞ!!」
叫ぶ小川。しかし、彼を見ることなく跳び箱を指差し恐怖する中田に、小川は小首を傾げる。
そこに何かあるのか? 警戒しながら跳び箱を蹴り飛ばす。
隠れていたそいつは逃げることなく姿を現す。
跳び箱の中に三角座りで虚空を見つめ、首が折られ命を失った三綴作馬がそこに居た。