女神木場実乃里
背中にナイフが突き立てられる。
バールのようなモノが真上から頭蓋を叩き割る。
あるいは言葉攻めをしながら脇腹を蹴り上げられる。
そんな想像をしていた。
だが、いつまで経っても土下座状態の俺に衝撃は襲って来なかった。
恐る恐る、顔を上げる。
しゃがみ込んだ光葉の顔があった。
正直肝が冷える。
お願いします殺さないで……
「修君……あなたの一番好きな人は?」
「忌引光葉さん、です」
「……ほんとに? 本当、に?」
念を押すように二度聞く。顔を寄せて聞かれると、恐怖感が募る。
「俺は……俺は光葉が好きだ。好きなんだッ!!」
だが、それよりも俺の口は全力で叫んでいた。
恐怖に口ごもることはなく、思いの丈を口にする。
しばし、静寂が流れた。
「じゃあ……信じる」
……え?
呆然とする俺を放置して、光葉は購買へと戻って行く。
「よかったですねぇ沢木さん。木場さんに感謝するといいですよ」
……は?
「あら。私だって可能性を作っておきたいモノ。忌引さんが納得してくれてよかったわ。まさか少し離れた隙に浮気してるとは思わなかったけど」
あれ?
どうなって……
「先程話し合ってですね。この学校で生活している間は治外法権なのでハーレム許容しましょうってことになったんです。忌引さんは納得してないようですけど舌先三寸。木場さんに言いくるめられました」
「寝取られる心配するほどに沢木君を信頼してないの? って告げたのが一番効果があったみたい。まぁその信頼を今裏切ってる男がいる訳だけども……」
「つまり、光葉が他の女性と付き合っても許してくれる思考回路になるよう木場が誘導した?」
「まぁ、ぶっちゃけるとそんな感じね。タイミングが良いと言うか、私が告げてなければ今ここで貴方の人生は終わってたわね。感謝しなさい」
「め、女神木場実乃里様っ」
当然、俺は拝んだ。命の恩人木場に必死に祈りを捧げる。
「ちょ、止めてよ。私は貴方に習って口先だけで丸めこんでみただけよ。その方がチャンスもある訳だし」
木場はもう俺を好きなこと隠す気は無いらしく、光葉から寝取る宣言をしたそうだ。
しかしそうなると光葉が俺を殺しかねないので先手を打ってこの学校に居る間だけは休戦状態を維持するということになったらしい。
まさかの伏兵が出現していたのには予想外だったらしいが。
「そうか、俺は助かったのか」
「そういうことね。でもここからは大変よ。忌引さんは我慢してる状態だからあまり他の女性といちゃつくと殺害に至る可能性は捨てきれないし、私も井筒さんもきっと遠慮はしないわ。貴方自身で自分を律しないと、死ぬわよ」
「ですよねー」
予期せずして訪れたハーレム展開だそうだが、素直には喜べない。
何しろハーレムってのは男性優位で女性たちにとっては自分以外と楽しんでいる自分の好きな人の姿を見せつけられる状況なのだ。
当然ストレスを抱えるだろう。それを抱えきれなくなった時、どこかに破綻が生まれる。
俺がやれるのは、その負担が出ないように皆の心のケアをして行くことらしいのだが、これ、ハーレムではなくて女たちの奴隷にオトされただけなのでは?
ヤバい、本当にいろいろと考えて動かないと徐々に死亡フラグで塗り固められ始めてるぞ。
特にヤバいのは井筒だ。能天気な彼女はおそらく俺と関係を持ったことを皆に話すだろう。
話さずとも行動でバレるはずだ。
「木場えもん。どうしよう?」
「私はいつから木場えもんになったのかしら。でも、井筒さんについては任せなさい。不本意だけど貸しにしてあげるわ」
なんにせよ井筒が意識を取り戻した後になるけど。と彼女はふぅっと息を吐く。
「それで、十勝さんはどうするの?」
「そうですね……一先ずは才人様関連がどうなるかを見てから、ですね」
「成る程、それは確かに。明日結果を聞くことになるのね」
「そういうことです。という訳で、今日は皆さんの邪魔をしないように宿直室で寝ますよ」
「あら、別にそこまで気を使わずともいいのに」
なんだか女性陣がどんどん仲良くなってる気がするなぁ、俺は疎外感しか覚えない。
気のせいだろうか、いつかまた、宿直室のように女性たちに居場所を追われるような気がしてくる。
ハーレムって、こんな状態だっけ? 俺は胃の痛みしか覚えないぞ?
俺たちは後始末を終えて購買へと向かう。
先に来ていた光葉は飴玉を舐めて待っていた。
カラコロと口内で移動音がする飴玉音を聞きながら、俺は分厚い週刊誌を懐に忍ばせる。
「何してるの?」
「一応の用心。腹刺されても問題ないようにってさ」
「ああ、成る程。折角だから懐中時計でもポケットに入れとけば?」
「懐中時計が無いだろ」
こうして俺は木場の御蔭で危機を回避できたらしい。
だが、危機を回避出来ない奴もいたってことに、この時の俺はまだ気付いては居なかった……