余り1
沢木修一が図書室で女性陣と一緒に過ごしていた頃、和室では三人の男女が一緒に居た。
言葉は無い。
ただひたすらにゲームを行う三人組である。
その一人、壱岐昴はゲーム画面に視線を落としながらも、居づらい雰囲気を感じていた。
なにしろ、彼以外に部屋に居るのは、身を寄せ合ってゲームをしている。
貝塚烈人と原円香である。
原は友人である篠崎が死んでしまったためか少し沈んでいる。
その為か、貝塚は彼女の隣で、なんとか元気づけようとしているようで、しかしオタクな彼にはこういう時に掛ける言葉がないようだ。
なので寄り添うくらいしかできないようである。
そんな二人のやりとりが、ちらちらと見えるせいでゲームに集中できないのである。
気分はリア充氏ね。である。
少し前までは坂東も居たのだが、この空気に耐えきれず、寝るときだけ来るわ。と壱岐に告げて部屋を出て行った。
そして夕食時まで後四時間程、この空気に耐えきる自信は壱岐にはない。
すっと、音もなく立ち上がる。
「ん、どうした壱岐氏」
「トイレ」
気付いた貝塚が尋ねて来たので適当に答えて部屋を出る。
正直戻ってくるつもりは無い。
一応本当にトイレに入り、小用を行いトイレを出る。
少し考え、やはり誰もいないだろう屋上に向かうことにした。
ゆっくりと階段を上がる。
次第足が震えるのは、恐怖からだ。
屋上で皆が死んでいく恐怖もあるが、大河内らしき存在がまた来るのではないかという恐怖が大多数を占めている。
身体が重くなる。出来れば屋上に行きたくない。
だが、それも屋上に出るまでだった。
屋上へとやってくると、オーロラの空が顔を出し、塞ぎ込みそうな気持を明るく照らす。
壱岐はこの屋上から見える世界が好きだ。
皆はこのオーロラを不気味に思っているようだが、彼にとってみれば、千変万化する空の方が煩わしい。いつも明るく眩く世界を照らすだけの方がいいのだ。
適当な場所に腰を降ろしゲームを再開する。
何度もやったゲームだ。先の展開も普通に読める。
どこでどのイベントが起こるのか、どんな人物が出てくるのか分かってしまう。
でも、これくらいしかやるモノが無いのだ。
流石に、三日間こればかりやるのは飽きてきた。
これから何日もあるのだ、それを思うとこれ以上何もしない時間が欲しい気がしてくる。
「誰にも邪魔されず、人知れず消えれる。ずっと、静かな場所、ないかなぁ……」
いや、むしろ……
「こんな面倒な状況を続ける位なら、いっそ、死んだ方が、いいのかな……」
はーっと空を見上げ、そのまま四肢を投げだし屋上の床に大の字に倒れる。
煌めくオーロラの空は一瞬たりとも同じ姿は無く、しかし彼を優しく照らしているように思えた。
手を伸ばせば届きそうな、不思議な空。
彼は片手を伸ばしたまま、しばしその空を見上げていた。
少年は空を掴むようにして寝そべっている。
そんな彼をじぃっと彼女は見つめていた。
クスリ、目を細めて彼女は微笑む。
彼女の居る場所は丁度屋上入口の真上。
丸い給水塔が存在するその下で、大門寺と共に昼寝をしていた少女であった。
本来であれば、交わる筈の無い存在。
寝息を立てる大門寺の側で、最上明奈は口元に指を当てる。
「そっか、壱岐君……死にたいんだ……」
まるで獲物を見付けたように、少女はにぃっと笑みを浮かべた――
和室に居た貝塚はふと、顔を上げて周囲を見る。
いつの間にか坂東も壱岐も居なくなってしまっていた。
気付いてからしばし待ってみるが、二人とも戻ってくる気配は無い。
そしてさらに気付く。
今、和室には自分と原。
自身が置かれた状況を今更ながら理解する。
個室に男と女が一人づつ。
そう、一人づつ。誰も邪魔者はいない。
きっと泣こうが喚こうがこんな場所に誰かが来ることもないだろう。
壱岐や坂東が戻ってくる?
まず無いだろう。
彼らは二人が隣り合う空気感が嫌で逃げだしたのだ。
ならばここへは夜食後までは寄りつくまい。
それは図らずともこの状況下に置かれて沢木修一が初めて忌引光葉をレイプした時と同じ状況だった。
ドクン。全身が波打つような感覚が貝塚を襲う。
今ならば、今ならば原を相手に童貞を捨て去ることが出来る。
今、ならば――
「ん? どったの烈人」
「あ、ああ、その……」
どくん、どくん、どくん。心臓が高鳴る。
相手に聞こえてしまっているのではないかと思える程に耳に来る鼓動。
「あ、あの二人戻って来ないなーっと、な、ほら……」
「あら、そう言えば。まーいいんじゃね。あいつら居なくてもさ、ほら、私ら二人居れば……」
一瞬見つめ合う。
自分が告げた意味を理解したようで、原の顔が一瞬で真っ赤になる。
「い、いや、その違うわよ。私、そう言うつもりじゃ……」
今時ギャルな姿をした彼女はわたわたと両手を動かし否定して、しかし気まずげにうぅっと唸る。
「れ、烈人はその……したいの? わ、私みたいなのと?」
「……したい」
気付いた時には遅かった。自身の欲望は既に口から出てしまっていた。
「そ、そうよね、オタクがギャル相手にとか嫌が……らないの?」
目を見開き、顔を真っ赤にする彼女は小さく、伏せ目がちに言った。
「じゃ、じゃあ……する?」
そして新たなカップルが誕生した。