暴露2
「う、嘘だろ、なぁ沢木?」
坂東が戦慄の顔で俺を見る。
いや、坂東だけじゃない。他のメンバーも驚きの顔で俺を見ている。
光葉をレイプしたか? そんなもの……したさ。当然、既にやったことを本人の前でやってないなど言えるわけがない。
光葉をレイプしたことを消すことはできない。
問われてしまった以上、俺が告げるべきなのは真実だ。
もし、ここでやってないなどと言えば、今まで築いて来た光葉との関係にひびが入る。
今までは他の女に手を出したらヤンデレ化するんじゃないかと戦々恐々していた俺だが、ここで答え方を誤れば光葉は確実に俺を殺しに来るだろう。
だから、否定は不可能。
つまり、この問答には黙秘、もしくはしっかりと真実を克明にするのが正解。
しかし、言い方を間違えれば周囲で聞いているクラスメイト達が敵に回る。
結果、光葉とは引き離され、俺はどこかに監禁されて出ることが出来なくなるか、監視付きでずっと軟禁状態になるか、どの道、今までの生活すらも危うくなるだろう。
光葉が納得する答えでありながら皆からもそこまで敵意を向けられない受け答えをしなければならない。
間違っても「ああ、そうさ。俺は光葉をレイプした。そして従順にオトしてやったのさ」なんてふてぶてしく言ったりしてはならない。
即死フラグだ。おそらく大門寺に殴り殺される。
「ど、どうなんだよ、何とか言えよっ、沢木っ」
「したよ」
「……へ?」
「み、認めるの!?」
折角俺の秘密を暴いた筈の木場、呆気にとられる皆と同様、俺の言葉に逆に動揺し始める。
「ああ。この箱庭学園になって、最初の日、皆が体育館に行った時だ。そ……」
「お、お前ッなんでっ」
「坂東君黙って。大門寺君もまだ、動かないで」
大声で話を中断する坂東と憤慨した顔で立ち上がろうとした大門寺を制する木場。
十勝が心持ち俺から距離を取り、及川が俺を睨んで来る。
中田、日上、賀田が汚物を見るような眼になり、井筒だけが戸惑いを覚えた顔で俺と光葉を交互に見ていた。
「まさか正直に告げるとは思わなかったわ」
「ま、待ってよ。さ、沢木君が忌引さんをレイプって、で、でも、ほら、忌引さんは普通に沢木君の横にいるじゃない、それは、どう説明するの木場さん!」
「本人が認めているのよ。レイプがあった。それは確定事項として、おそらく、最上さんのようにしたんだと思うわ」
「明奈の、ように、だと?」
「ひぃ!? ちょ、大門寺サン、静まって!?」
「ようするに、最上さんが落ち込んでいた時、彼が口八丁で意識改革したでしょう? 沢木君は口が達者なの。だから忌引さん、よく考えて。沢木君にレイプされた後、何か言われたでしょう?」
「……」
「どう、なの忌引さん?」
「……うん。言われた」
言葉少なに、光葉が告げる。
俺はただ俯いて何も言えない。
言いたいことはあったし、切り抜けるための言い訳は考えていた。
けど、それを告げる前に坂東の大声に潰されたのだ。
ここから何を言おうとも、木場が止めるだろう。
彼女は俺を警戒している。俺、というよりは俺の口から出る言葉を、か。
恨むぞ坂東……
「言われたことを、教えてくれる?」
「いいよ」
一瞬俺を見た光葉。少し、思いだすようにして、告げる。
少し変わったり過剰な装飾があったものの、概ね言った言葉通りだった。
簡単に言えば、誰もいなくなった教室で、好きだった女性が無防備に寝ていた。
ゲームでならデスゲームの開始直前とも言えるこの状況、俺は好きだった女性をつい襲ってしまった。
理性を取り戻した時は既に彼女を襲った後で、後悔をしている。
だからひたすらに謝った。そして、それを聞いた自分は、レイプされたことを許した。
光葉の言葉は、要約すればそういうことだった。
「す、すげぇな……襲った相手を、彼女にオトしたのか」
「沢木君も結局はゲス野郎だったのね」
「で、でもほら清りん、沢木君忌引さんのこと好きだったんでしょ? だったら……」
「あら、沢木君よ。たまたま体育館に皆が行って、教室に二人きりだったのが忌引さんだった。だからレイプして、咄嗟に自分は貴女が好きだったから暴走してしまった。そう告げることくらい訳なかったはずよ」
「そうだな。私もそう思うぞ玲菜」
「天ちゃんまで……」
「既成事実を作ってからの言い訳……か」
「中田さん?」
「いえ、なんでもないわ。それで、ゲス男の言い訳はあるの?」
中田の言葉に全員の視線が俺に向く。
これは何を言っても潰されるらしいな。詰んだ……か?
「言い訳したところで事実は変わらないだろう。俺は光葉を好きだから襲った。事実だからそれを否定は出来ないよ。言い訳したって信じやしないだろう? 詐欺師らしいしな俺は」
木場に告げると、彼女は瞑目して考える。
覚悟を決めないといけないな。
これで日蔭者に逆戻りか。今までは空気のような存在だったけど、今からは蔑まれる側だ。
どうにかしたいが、ここからの回生の一手はない。
不意に、俺の太ももに手が置かれた。
振り向けば、光葉が真っ直ぐに俺を見ていた。
「光葉?」
「私は、信じるよ。私を好きだって言ってくれる、修君を」
あまりにも真っ直ぐな眼で見つめられ、俺は罪悪感が湧き起こる。でも、同時に、光葉への愛しい気持が湧きあがったのも本当だ。
俺は、光葉を……
「監禁しましょ」
「ちょ、清りん!?」
「レイプ犯なんでしょう。だったら他の女性も襲われる可能性があるのだし、こいつは監禁しておくべきよ。誰も襲えないように、徹底的に出られない場所で……」
「流石にそれは酷くないか。襲われた忌引さんが気にしてないようだし、軟禁くらいで……」
「て、天ちゃんまで……」
「そもそもの話、忌引さんはどうなの? 襲われたんでしょ。掛けられた言葉も、嘘かもしれないのよ?」
「そ、そうよ、十勝さんの言う通りですわ。貴女はどうなんですの?」
「私……? 私は信じるよ。修君は私以外襲ったりしないって」
「根拠は、ないでしょ? 他の人襲ったら、どうするつもりよ!」
中田の言葉にこてんっと小首を傾げ、光葉は告げた。
「私が殺すよ、裏切りだもの」
真後ろに死神が鎌をもたげ、俺の首筋に当てる幻覚が見えた気がした。
皆ももはや何も言えなかった。
ただただ呆然と光葉を見る。
そんな彼らに光葉は狂気の宿った瞳で微笑んだ。
「当然でしょ、修君は、私のモノだもん」
ぎゅっと、抱きしめられた腕には、何の感覚も感じられなかった気がした。