死者の呪い
「嘘だ、嘘だ美哉っ、美哉ぁ――――ッ」
山田の叫びが木魂する。
追い付いた皆が呆然としている中、俺と木場は踊り場から四階の廊下を調べる。
残念だが誰も居なかった。
「今の、篠崎さんの声聞こえたよね?」
「ああ……最後の言葉、おおこ……まさか大河内?」
「い、いやいや、あいつは死んだだろ。屋上から落ちるの俺達全員が目撃したんだぞ!?」
「でも、見たわ……私、大河内が和室横の部屋に居るの見たものッ」
「原が? ど、どうせそれも嘘だろ。お前嘘付きだもんよ、はは、大河内が居る訳ねぇって……」
「いるよ」
榊が戦慄した顔で原の言葉を否定した次の瞬間。壱岐が冷めた声で告げる。
「いや、いるって、何でわかんだよ!?」
「僕が、見たんだ。屋上でゲームしてた時。屋上入口からやって来て、屋上の縁から飛び降りたのを見たんだ。幽霊だよ、あれは大河内の幽霊だッ」
「幽霊って……」
「あ、でも大河内らしきものなら私も見たわ」
ふと、思いだしたように及川が告げる。
「はぁ? 何でお前が?」
「さっき天使を探して外に出た時、二階に大河内君っぽい誰かが見えた気がしたの。天使のこと優先だったから無視したけど、あれ、本当に大河内君だったのかも?」
無視するには目撃証言が多過ぎた。
死んだ筈の大河内。彼が校舎内をさまよっているかもしれない。
俺たちの中にえも知れぬ恐怖が湧き上がる。
「呪い……これが、大河内の呪い?」
「榊?」
「俺たちは、大河内の呪いで殺し合って、犯人も自殺して、きっと誰もいなくなるまで殺し合うんだっ」
「ふざけんなっ。そんなことする訳ねーだろ!」
「み、皆そう思ってたさ、でも、まだ三日だぜ足立。三日で四人殺されて、犯人が三人死んだんだよ! 明日もだ。きっと明日も誰かが誰かを殺すんだっ」
「ふざけんなッ、滅多なこと言うんじゃねーよッ!!」
「ああ、待てよ。一日目は一班、二日目は二班、三日目は三班、あ、次、俺ら……四班の番じゃねーの? ひ、嫌だ。俺は嫌だぞ!? こんなところ居られるかッ。俺は籠るぞ! 誰もいない場所で明日をやり過ごす。食事も要らないからなッ!」
「あ、おい榊っ!?」
突然走り出す榊、どこかへと行ってしまった。
って、それは死亡フラグだと思うぞ榊。
「と、とにかく、一度落ち着こう。このままここに居ても気が滅入るだけだろ?」
アニキの言葉に皆が力無く頷く。
「山田、彼女を一先ず下足場まで連れて行こう。他の二人同様埋めに行く」
「触るなッ」
俺の言葉に大門寺が篠崎を抱え上げようとした瞬間だった。
大門寺の手を振り払うようにして、山田は篠崎の遺体を抱えあげる。
御姫様抱っこで足を震わせ、必死に歩きだす。
「み、美哉は拙者の女だ。ほ、他の誰にも触らせない。埋めるのは、拙者だ。チクショウ、チクショウッ、何が呪いだ。必ず拙者が仇を取るぞ美哉。大河内だろうが、三綴だろうが、見付け次第拙者が殺してやるッ」
「お、おいっ」
坂東が思わず声を掛ける。しかし、山田は返事すらせずよろけながら階段を下りていく。
本当に篠崎の埋葬は俺たちに手伝わせないつもりのようだ。
「仕方ねェ、他の二人を埋めに行くぞ。その後食事だ」
「また……死体埋めかぁ」
嫌になるなぁ。そんな井筒の言葉が虚空に溶けて行った。
誰だって嫌だよこんなことは。でも、やらざるをえないのだ。
放置する訳にも行かないのだし。
桜並木の端の端、盛り上がった土のすぐ横に、三つの穴が掘られていた。
適当な大きさになったので俺は穴から脱出する。
「お疲れ」
ふぅっと地面に腰を降ろして休憩していると、光葉が隣に座って来た。
渡されたタオルで汗を拭いてふぅっと息を吐く。
「本当に、疲れた。流石に三つはキツい」
「しかし、一度に二人も殺したのか……」
なぜか隣に大門寺がやって来て座る。
片胡坐で座った彼は、隣にやってきた最上にタオルを貰って汗を拭く。
「まぁ、人ってのはそいつ次第でいろんなことできるからな……」
「つまり、一人残ってれば大量殺人を起こせる存在がありうる訳だ」
誰かが全員を殺そうと思い立ち、行動に移すだけで俺たちの生活は一瞬で崩れ去る。
薄氷の上を皆で渡り歩いているような気分だ。
「そういやよぉ。あいつ居ないよな」
足立アニキが寄って来た。彼も田淵に貰ったタオルを使って汗を拭きながら、俺の逆隣に座ってくる。
あの、俺不良の仲間入りした気は無いんだけど?
「三綴か。そう言えば見掛けなかったな」
「食事が終わったらとりあえず手分けして探すか」
「面倒だがそれが一番だろうな。必ず男性が一人の三人組位で探索していくか」
「三人組で大丈夫かな?」
「その辺りは食後にでも考えればいい。もしかしたら食堂に既に来てるかもだしな」
俺達三人だけで適当に方針を決める。
ふと見れば、山田が篠崎の遺体を穴に入れ、涙を流して別れを告げていた。
たった一度の情事で彼は篠崎に惚れ込んでしまったのだ。本来ならきっとストーカーとして気持ち悪いと言われる部類の愛情だろう。それでも今は、傍から見れば死に別れた純愛にしか見えないから不思議だ。