認識の違いによる悲劇
俺達が階段を上がると、丁度上から大門寺が駆け降りて来た。
泡食ったその表情には既視感を覚える。
「大門寺?」
「おお、沢木か! お前ら明奈を知らないか!」
「明奈……って、最上さん? 見てないよ?」
「どうしたんだ?」
「目を離した隙に居なくなった。やっぱまだ思いつめてやがったみたいだ」
「じゃあ、さっきの悲鳴って……」
「ふざけんなッ! 自殺なんざ明奈がする訳ねェだろっ!!」
「ご、ごめんなさいっ?」
思わず謝る井筒。そこで大門寺ははっと気付いた。
「井筒? なんだお前も一緒だったのか」
どうやら俺と光葉しか見えてなかったようだ。
「い、居たよ!? 気付いてなかったの!?」
「チッ。ンなこたぁどうでもいい。さっきの悲鳴はなんだ!」
「俺らもこれから確認に行くところだ」
「チッ、さっさと行くぞ! 明奈、無事でいろよ……」
三階に集合した俺たちは、悲鳴の聞こえた家庭科室へと向かう。
家庭科室の入り口からよろめきながら後退して尻から倒れている原円香の姿。
どうやらさっきの悲鳴は原の悲鳴だったようだ。
驚愕に歪んだ顔は家庭科室に視線を向けている。
そこで何かしらの事件が起こったのは確実だった。
三綴と賀田の件もあるし、最上が消えたのも気になる。
一体誰が何をして、どうなったのか、家庭科室で起こった出来事は……
「あ、弘君」
俺たちは家庭科室に到着し、原の背後から教室を覗く。
家庭科室内に立っていた最上明奈が背後に気配を感じて振り返る。大門寺を見付けてあはっと笑みを零した。
彼女の右手には、血のついたバールのような棒状の物が握られていた……
「明……奈?」
「あ、うん。死んだよ? 楽に、なれたのかなぁ?」
困ったように告げる最上。その背後に、一人の男が横たわっていた。
後頭部から血を流し床に倒れ伏した一人の男。
デスゾ、こと足立飽戸が倒れ、その目の前には血のついた鈍器を持った最上明奈。犯行は明白にしか見えなかった。
「明奈……何か、したのか?」
「ううん。残念だけど、私は彼を救えなかった。早く楽にしてあげようと思ったんだけど……その前に死んじゃった。苦しまずに、死ねたのかなぁ」
少し狂気を孕んだ瞳を困ったように細める最上。
俺が吐いた言葉を彼女なりに納得した結果、死に瀕した誰かを見付けたら、トドメを差してあげるのが救いだと、変な勘違いをしてしまっているようだ。
これは俺が悪いのか? 俺が彼女を追い詰め狂わせてしまったのか?
幸いにも、彼女の言葉を信じるのなら、彼女がトドメを差す前に足立が力尽きたようだが……
「本当に、何もしてないんだな?」
「うん。私が来た時には、もう死に掛けだったよ」
残念そうに告げる最上に、よろめくように近づいた大門寺は、彼女の手から鈍器を奪い投げ捨てると、優しく彼女を抱きしめた。
ただ、言葉は無く、声を押し殺した嗚咽と、安堵の涙が頬を伝った。
それは、最上が言うには少し前のことだった。
最上明奈はふと、呼ばれた気がして教室を出た。
大門寺はうたたねしていたようで彼女が出ていったことには気付かなかったようだ。
「大河内……君?」
そんなバカな? そう思いながらも彼女は歩き出す。
誘導されている? そんな事を思いながらも三階へと降りる。
彼の後姿を追うように、誰もいない廊下を歩く。
すると、うめき声のようなモノが聞こえた。
家庭科室からだ。
不安げに家庭科室を覗く。
そこには一人の男が倒れていた。
後頭部を鈍器で殴られたのだろう、陥没していて血だまりが出来ている。
だが、まだ彼は生きていた。うぅっと呻きをあげている。
だから、彼女は迷わなかった。
見るからに致命傷で、既に死ぬしかない運命に居る彼は、楽にしてやったほうがいい。
購買からハブラシを持って来たのはついでだった。
死に掛けている誰かをまた救うために、命を奪うための道具を探しに行っていたのだ。
だから、この真っ直ぐに伸びたバールのような棒状のモノが彼女の眼に止まった。
背中に隠せて持ち運びも簡単。手軽にトドメをさせる鈍器。手に取ったのは必然だった。
当然、彼女は使用すること前提ではなかった。ただ、香中のように死に掛けていた誰かを見付けた時、トドメを差して救えるように、備えておくだけのつもりだったのだ。
「痛いよね? 今。楽に……」
鈍器を振り上げる。
冷徹に、冷酷に、慈愛を持って――
思い切り振り下ろす、その瞬間……
「……だ」
「……え?」
振り下ろす腕がピタリと止まる。
「嫌、だ。死にたく……ない……」
まさかの死を拒絶する言葉に、彼女は振り下ろす事が出来なかった。
振り上げた鈍器をゆっくりと下げ、地面に下ろす。
ビチャリ、この時、血だまりに鈍器を付けたようで、鈍器に血が付着してしまったようだ。
「ねぇ、最上さん、ここに何か用でも……ひぃっ!?」
そこへ、タイミング悪く原が現れ、最上と倒れた足立飽戸を見付けて悲鳴を上げた。
原から見れば足立を撲殺した犯人はどう見ても最上だろう。
今の言葉の応酬、彼女は聞いているのだろうか? 俺の後ろで光葉と井筒に介抱されているところを見ると、多分聞いてないんだろうな。