表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/246

逃走

「なら、わかるよな?」


 三綴の言葉に不安げに震える井筒。

 大きめの胸を両手で隠し震えながら後ろに下がる。

 すぐに壁に当ってびくりと震えた。


「賀田に迷惑掛けたくないんだろ。これからは俺がお前の性欲処理してやるよ。だからさぁ」


「だから、何かしら?」


 ゾクリ。俺まで背筋が凍りそうなほどに冷徹な声が三綴の真上から降り注ぐ。

 一瞬驚いた三綴だが、ゆっくりと真上に視線を向ける。

 仕切りの上から覗いている類人猿を見付け思わず絶叫した。


「ぎゃああああああああああ!?」


「失礼ね」


「な、あ、さ、沢木と及川? なんでっ」


「いや、購買から出たら井筒がこっち来るの見えたから。男子トイレで何してんのかと」


「クソッ」


 慌ててドアのカギを開け勢いよく引き開ける。

 余りに勢いよく開いたので井筒にドアが激突して悲鳴が上がるが、三綴はそんなことなど気にも留めずに走りだし、男子トイレから脱出する。


「み、三綴!? なんでここに」


「うるせぇ!」


 彼を止めようとした坂東を蹴り倒し、彼を踏み越えトイレの外へと逃げ出して行った。

 俺と及川が両隣のトイレから出て来た時には心配そうにしている光葉と床に倒れた坂東、そして個室の壁に背もたれ震え続ける井筒だけが取り残されていた。


「痛ぇ……って、うわっ、トイレの中じゃねぇか汚っ!?」


 トイレの床で転がされた坂東が慌てて立ち上がる。

 しかしその制服には三綴に踏まれたことによる靴痕がくっきりと残っており、背中は完全にトイレの床に接地してしまっていた。

 後頭部やら足やら腕やらついてしまっているので、汚いと思ってしまったのは俺だけではないらしい。光葉が露骨に距離を取っている。


「あー、クソ、三綴の奴何してくれてんだあの野郎。マジ殺すッ」


「とりあえずシャワー浴びて来いよ。服も洗った方がいいな」


「マジかよ……替えの服は……購買にあったっけ、アレ貰っちまおう」


 さっさと走り去って行く坂東。

 怯える井筒を守ることも理由を聞くこともなく自分優先で購買へと向かってしまった。


「玲菜、大丈夫?」


「清り……わた……私……」


「何があったの?」


「それは、その……」


「私にも、言えないの?」


「天ちゃんも関わることだから、その……」


 歯切れの悪い返答に、及川は困った顔でこちらを見る。

 俺を見られても困る。

 ……待てよ。天使ってことは賀田も関わりのあることだよな。

 及川に見つかって、井筒が全てを喋ったと仮定する。

 井筒を脅そうとした三綴だってそう思うだろう。

 なら、あいつが次に行動を起こすとすれば……


「ヤバい、時間が無いかも」


「沢木?」


「沢木君?」


「賀田が危ないかもしれない」


「天ちゃんが!? なんで!?」


「お前を脅しそこねたんだ。そのネタ使える賀田が残ってて俺たちに捕まるのも時間の問題。ならば一か八か、賀田を脅してなんかして、事後承諾を得るかもしれないっ」


 思わず叫んだ俺。光葉がハイライト消えた瞳で見て来た気がするが、俺は気のせいだとトイレから走り出る。


「その可能性は高いわね。私は外を探すわ。もしかしたらまだ剣道場に居るかも。沢木達は食堂をお願い。玲菜はそのまま食事を作って待っていて」


「あ、う、うん」


 狼狽しながらも頷く井筒。それを見て満足げにほほ笑んだ及川は、俺を突き飛ばすような勢いでトイレから出ると、外へと向かって走り出した。


「行こう」


 光葉が井筒を促し、俺たちは井筒を引き連れ食堂へと向かうのだった。

 多分だけど、井筒の安全を守るために俺達と行動を共にさせるようにしたんだろう。

 未だに恐怖で震える井筒に大丈夫だと告げるように頭を撫でておく。

 出来るだけ優しく接しようとしたんだけど、あの、光葉?


「ぎるてぃ?」


「いや、慰めようとしてるだけだから。違うから。あ、愛してるよ光葉」


「ん」


 気のせいだろうか? 光葉の背中にバールのようなモノが一瞬見えたような……いや、幻覚だな。光葉はあそこに近づいても無かったしバールのようなモノを取る時間は無かったはずだ。

 それにしても気になるな井筒と賀田が抱える秘密。そんなに危険なものなのか?


「私が、悪いの……」


「井筒?」


「私がエッチな子で堪え症がないから、天ちゃんが……」


 いきなり泣きだした井筒に俺たちはどうしていいのか分からず慌てふためく。

 どうしたらいいのか分からない。

 誰か何とかしてくれ。そんな思いを抱いたからなのだろうか?


「い、いやあああああああああああああああああああああああああっ!!」


 遥か遠くから、誰かの悲鳴が響き渡った。

 昨日の殺人から時間を置かず、新たな非日常がまた、鎌首をもたげたようだ。

 井筒がびくりと泣きやみ、俺たちは手早く食堂に向かう。賀田が居るかどうかの確認だけをして、即座に悲鳴の元へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ