それぞれの午後6
「何してる、玲菜ッ」
食器を洗い終えた賀田天使と及川清音は、いつの間にか井筒玲菜が居ないことに気付いた。
そこで天使と清音は別々に別れて玲菜を探していたのだが、ようやく見付けた彼女は、寝所として使っていた道場のロッカールームに半裸で座っていた。
天使が見付けた時には、何故か竹刀の先端部を握って自分の股間に向けていたところだった。
「わひゃ!? あ、あわわ、天ちゃん? あ、えっと、その、これは……」
慌てて手に持った物を投げ捨て、打ち捨てられたスカートを引っ掴み自分を隠す。
「まさかと思うが、それを……?」
「な、なんのことでしょう? いやー、そのー、あはは……」
天使は溜息を吐いて玲菜に近寄る。
顔を突き合わせ、ジト目で告げた。
「で、何をしていた?」
「うぅ」
剣術小町な美人に見つめられ玲菜はあーっと気まずそうに眼を逸らす。しかし、すぐに観念したように溜息を吐いた。
「じ、実はですな天ちゃん……」
「うん」
「わ、私はエッチな子なのです」
「……はぁ?」
「だ、だから、その、普段は家で一人で致すのですが、ここだと集団行動でしょ、昨日はいろいろあったからなんとか我慢したけど毎日の日課だし、一日一回は、その……」
「だからってアレは……」
「や、やっぱりそうだよね。でも、我慢したせいか手だけじゃ満足できなくてぇ、どうしよう!?」
「わ、私に聞くのかそれを!?」
予想外の告白に動揺する天使、縋りついて来た玲菜に対してどうすればいいか分からず戸惑う。
「だってだってぇ、流石に私も躊躇だよ、初めてって痛いって聞くし、アレはやっぱり無理だよね」
「だったら使うな」
「そうだけど、このままじゃ私適当な男の子誘っちゃう痴女になっちゃうよぉ」
「そ、そんなにマズいのか」
「マズいです、マジで……」
「……はぁ、わ、分かった。じゃあ私が、処理してやる」
「へぅ?」
「友人が変な男に掴まってもアレだからな、た、ただし、この学校から脱出するまでだぞ?」
「あ、あうぅ、じゃ、じゃあお願いします……」
玲菜をゆっくりと押し倒す。天使は覚悟を決めた。
そんな二人を、外から見つめる視線があったことを、二人は知る由も無かった。
壱岐昴は不意に顔を上げた。
屋上に座り込みゲームをしていた彼は、縁に向かうと、顔をせり出し、校庭を見る。
二人のクラスメイトが飛び降りた場所には、まだ赤い花が咲き乱れていた。
ただし、これは高坂のモノだ。もう一人の人物は、なぜか消えてしまっていた。
なんとなく、興味を覚えたのだ。
もしかしたら、もしかするのかもしれない。そんな思いでゲームもせずに屋上から下を観察していた。
逆の縁に向かい下を覗く。丁度剣道場が見える位置に来た時だった。
そこに居た人物が視線を感じたのか振り返る。
壱岐とそいつの目が、あった。
慌てて縁の内側に身を隠す。
心臓がバクバクと言っていた。
見つかった。何故かはわからないが、見つかってはいけない人物に見つかってしまった。
どうしよう? 不安で不安で仕方無くなる。
だが、誰に言ったところで意味は無いし、自分がこの証言をする必要こそ無いものだ。
相手もただそこに居ただけなので見つかったところでどうということも無い。
だが……ガチャリ。
タイミングよく扉が開く。
思わずびくりと身体が硬直した。
よくよく考えれば大門寺と最上が来ただけかもしれない。
ゲームでもしていよう。
ゲームを取り出し電源を入れようとして、手から零れ落ちた。
「う、嘘だ……」
屋上に、そいつがやってくる。
震える壱岐に軽く挨拶をして、ゆっくりと近づいてくる。
逃げ場などなかった。抵抗など出来なかった、ただ、彼に出来たのは……
「う、うわあああああああああああああああああああああ」
普段出すことの無い悲鳴を上げることだけだった。
悲鳴?
最上が自殺しないようにと説得していた俺達は、突然聞こえた悲鳴に気付いて宿直室を出る。
「多分だが、この階じゃないな」
「上から聞こえた気がしましたわ」
「じゃあ屋上かしら」
「午前中に殺人が起こったばかりよ、まさかまた?」
俺たちは屋上へと急ぐ。
どうも他のメンバーは声が聞こえる範囲にいなかったようで、誰も合流してこなかった。
大門寺を先頭に屋上へと辿り着く。
そこには……荒い息を吐きながらへたり込んだ壱岐だけが居た。
「壱岐? 何かあったのか?」
「な。ない。何も無い。何も無いよ!? あ、そ、そうだ。寝てたんだ。変な夢見て、思わず叫んだんだよ」
「何ソレ。もー、焦らせないでよね」
「マジ焦ったし。はぁ、まぁなんにも無くて良かったかな」
「迷惑掛けないでほしいですわね」
慌てて何も無かったと告げる壱岐。
十勝、中田、日上が迷惑だと告げると、素直に謝る。
随分と慌ててるけど、そんなにひどい夢だったのだろうか?