それぞれの午後3
少し話がある。そう告げた大門寺だが、ちゃぶ台を中心に座った俺達が押し黙ると、なかなか話しだそうとしなかった。
なので沈黙だけが重くのしかかってくる。
大門寺が喋らなければ誰も話しだそうとする雰囲気じゃ無い。なんとか早めに喋ってほしい。
沈黙が痛いし俺、大門寺の前に陣取らざるをえないから難しい顔した大門寺の顔ずっと見てなきゃならないんだぞ。
しかし、喋らないな。
まさかこっちから聞いて来るのを待っているとかじゃないよな?
それはそれで嫌だぞ。話しかけづらいじゃないか。
ほら、小川ハーレムたちもお暇するタイミングを無くして座ってしまった事を後悔し始めてるぞ。
しばらく誰も話をすること無く待っていると、さすがに痺れを切らしたらしい、木場が口を開く。
「それで、話とは?」
「……ああ。その、なんだ……」
珍しく戸惑った顔になる大門寺。
その横から、意を決したように、最上が口を開いた。
「あのっ、私に、罰をくださいっ」
……ん?
意味がわからず大門寺を見れば、額に手を当てそうじゃないだろ。といった沈痛な顔をしていた。
言葉通りにとってはいけないらしい。
これは下手な事を言うと大門寺に殴られるな。
「あーっと、落ち付け最上。まずなんに対しての罰か明確にしてくれ」
「あ、そ、それはその……香中君を、その、殺しちゃった、罰を……」
大門寺を見ると、真っ直ぐに俺を見つめていた。どうやら自分では最上を救いきれないからなんとかしてくれってことらしい。
田淵の策略とはいえ彼女が香中を刺した事実は消えない。
最上は小心者だ。イジメがあっても誰にも言えない位に引っ込み思案。
そんな彼女が人を刺してしまったのだ。
幾ら他人から仕方無い状況だったと言われても自分が納得できないだろう。
最悪、今日からは死んだ香中に詰め寄られてゾンビみたいに喰われる悪夢とか見てしまいそうだ。
精神的に病んで死んでしまうとなれば、大門寺も気が気じゃ無いだろうし、なんとか救いたいと思うだろう。だが拳で殆どを解決できる大門寺にとって、心のケアは専門外。どうにかしたいがどうにもならない。だから、一応普通に話ができた、というか、田淵の件で最上を危険に晒した咎のある俺に何とかしてくれと頼ってきたようだ。
正直どうしろと?
だが、やらない訳にはいかないだろうな。
気が重い。しかし、最上の心の負担を取らないと大門寺が発狂して田淵を殺しかねない。
「一応言っておくぞ最上。あの時、香中は大量の血を流していた。多分放っといても出血多量で近いうちに死んでただろう。どうせ死んじまう奴だった。お前も田淵に拘束されて身動きが取れなかった。だからお前が殺したんじゃない。手に持っていた包丁がたまたま死にかけの香中に刺さって死んだ。つまりは事故だ。それじゃ、納得できないか?」
「だって、私、殺し……肉に刺さる包丁の感触、取れないの。まだ、手に残ってて、私、どうしたら。私も、死んだ方がいいんじゃ……殺人犯だし、その……」
「明奈、違うっつっただろ! お前は殺人犯じゃねぇッ!!」
うわ。もう大門寺はただでさえ声が威嚇になるんだから急に叫ばないでほしい。
「落ち付け大門寺」
「だが……」
「んー。実際見てないんだけどさ、そもそも田淵さんが最上さん拘束したのが悪いんでしょ」
「確か最上って田淵に怯えてたよね、アレってイジメとか受けてた? だったら逆らえなかったんじゃない?」
「それは……はい」
「じゃあ、悪いのは田淵じゃない」
「そうそう、最上さんが悪い訳じゃないわよ!」
「気に病む必要はありませんわ」
「でも、香中君刺したのは事実よね」
「「「木場さんっ!!」」」
折角小川ハーレムたちが最上のフォローに入っていたのに木場がバッサリ切り捨てた。
大門寺に睨みつけられた木場が自分空気読めてなかった? みたいなバツの悪そうな顔で口を紡ぐ。
しかし、最上の心の傷を削った後だったので遅かったと言える。
「そうだな……じゃあ最上。順序立てて考えて行こう」
「沢木君? 順序?」
見るからに落ち込んでしまった最上に俺は優しく声を掛ける。
「ああ。まずは事実を述べるぞ」
コクリ、頷く最上。大門寺が心配そうに睨んで来る。
これ以上心の傷広げんな殺すぞ。と目が言っていた。
「香中は出血多量状態だった。放っといても死んだだろう。そして最上は田淵により身動きを封じられた。そのまま椅子を押されて最後に香中に包丁が刺さった。そうだな?」
「うん。香中君、凄く目を見開いて、何が起こったのか分かって無いみたいだった」
「だろうな。多分田淵の背後に居たせいで最上の接近に気付けなかったんだろう。気付いた時には避けれる距離じゃ無かった。そして彼は出血多量により意識が朦朧としていたはずだ。血が抜けて行ってるから身体中が寒くなっていた。寒い、苦しい、楽になりたい。そんな時に、前方から最上が包丁持って突っ込んできた」
ごくり、誰かの喉が鳴る。
俺の言葉は殺人の正当化だ。殺してしまった事を後悔している最上にとっては、おそらくこっちの方が気楽になるだろう。
「だから、香中は思ったはずだ。ああ、これでやっと楽になれる。ってな」
「……え?」
「最上、お前は香中を刺し殺したのかもしれない。だが、香中がお前に殺されて許せないと叫んだか?」
「い、いえ、でも……」
「香中はその時、凄く辛かったんだ。立っているのもやっとだっただろう。身体が寒い、意識がぼやける。そんな時に心臓を一突き。逃げられたかもしれないのに、彼は逃げなかったんだ。なぜなら、死んで楽になりたかったから」
「……え? そ、そんなの」
「それはありえな……むぐっ」
木場が何か言いかけたが光葉が口を塞いだ。それを見て小川ハーレムが木場を拘束してしまう。
「香中にとって君は、救いだったんだ」
「救……い……? でも……」
「君は香中を死へと向かうカウントダウンの辛さから救ったんだ。気に病むことは無い。香中も感謝しているさ。辛い思いを最後まですることなく早く楽にしてくれてありがとうってさ」
「そんな、こと……でも……」
「最上が気に病むべきことは刺したことの後悔をすることじゃない。君が楽にしてあげた香中が死後もゆっくりと休めるように祈ってやることだ。違うか?」
「あ……う……」
最上は必死に自分で考えようとする。しかし、自分にとっての免罪符を聞かされてしまった彼女が罪悪感に打ちひしがれるだけを良しとはしなかったようで、自己納得するように両手を見つめる。
「私は……香中君を救った?」
「ああ、死に向かって辛い闘いに根を上げていた彼を、心臓を一突きして救ったんだ。その手に残る感触は彼を救った証だよ最上」
「私……私が、救った?」
自分に言い聞かせるように告げながら、両手を握り込む。
最上の目から涙が溢れる。
訳の分からない感情が爆発した。
嗚咽を漏らし泣きだした最上を隣の大門寺が抱き寄せる。
大門寺の胸に顔を埋めて泣き始めた最上。
彼女自身自分の頭の中がぐちゃぐちゃで混乱してる筈だ。
後は俺の言葉でどれ程落ち付いてくれるか……
「詐欺師だね……」
耳元で光葉の小さな呟きが聞こえた気がした。