第二の殺人2
「弘くん、わ、わた、わたし……」
「何も言うな。考えるなっ」
動揺する最上と彼女を強く抱きしめ落ち付けと叫ぶ大門寺。
突然のことにその場の誰もが動けない。
はっと我に返ったのは俺が多分一番だった。
慌てて香中に駆け寄り様子を見る。
びくりびくりと痙攣しているが、既に致命傷なのは見た目で分かってしまう。
刃物が抜けたせいでそこから血が一気に流れ出てしまっている。
これでは例え生存していたとしても出血多量で死んでしまう。
そもそもが心臓を一突きだ。即死だっただろう。
犯人は最上明奈。もはや言い逃れなど出来ない。皆が目撃してしまったのだから。
だけど……
俺はその場をしっかと視界に収め記録する。
まずは入口から校長のデスクの位置。
俺達が入る直前、彼らの立ち位置は入口側から大門寺、香中、最上、尻持ち付いて倒れている田淵、高坂、高坂から少し斜めにずれた場所に足立が立っていた。
足立の斜め横にデスクが来る配置だ。
「弘くん、どうしよっ、わ、私香中く……刺し……」
「違う、お前のせいじゃない。お前は殺すつもりなどなかった筈だっ! 沢木ィッ、明奈の無実を証明しろォッ!!」
えええっ!? 無茶振り!?
切羽詰まった顔で叫ぶ大門寺。
これ、最上が犯人のままだと大門寺が大暴れしかねないんじゃないか?
「と、とにかく落ち付け大門寺」
「そ、そうだよ、とにかく食事に」
「馬鹿言わないで井筒さん、こんな状況で食事なんかできる訳ないでしょっ」
「美海、放送頼む。屋上で学級裁判だ」
「才人……わ、分かったわ」
しかし、どうする? 小川が咄嗟に裁判とか言ってるけど、このままじゃ最上が犯人になって……自殺?
思わず被りを振る。
いやいやいや、最上が自殺なんてしてみろ、今度は大門寺による大虐殺の開幕だ。
だが、最上が香中を刺したのは事実だし、これを覆す術は……
いや、待てよ。
最上のさっきの状態を思い出せ。
校長椅子は背もたれのあるキャスター付きの椅子だ。
これに座った最上は全身をガムテープでがんじがらめにされていた。
多分両手を伸ばして拘束されていたのは彼女を押し出すことで勝手に椅子が直進して相手を突き刺す事が出来るようにするため、それはつまり最上の自由意思で相手を殺すのではなく、第三者が彼女の座った椅子を押し出すことで……
つまり、最上が刺したではなく、最上が香中を刺さざるを得ない状態にして、いうなれば最上という殺人道具を使って香中を殺害した真犯人が居る?
そうだ。自由に動くことのできない最上が香中を刺すにはあの状況、他の誰かに椅子を動かされないと出来ない筈だ。
いけるか? いや、行くしかない。この線で行くしか俺たちの生き残る術は無い。
上手くいけば大門寺の暴走を真犯人になすりつけられるし、最上も生き残る。
今回のことで大門寺と最上は完全に恋人同士と認識されるだろうから二人には手を出そうとする奴も居なくなるだろうし、最上の背中を押し出し香中を刺し殺した犯人に全ての責任をひっかぶって貰おう。
「大門寺……」
「無実を証明しろッ、明奈は殺してなんかねぇっ」
「無理だよぉ……両手に、刺した感触あるのぉっ」
大門寺に縋りつき、涙に鼻水と垂れ流す最上。自分が犯した罪を既に告白してしまっている。
「大門寺、聞いてくれ」
「何をだっ。俺は納得しねぇ! 明奈は殺してなんかねぇ! そうだろ沢木っ。そうだと言えッ」
「ああ。犯人は最上じゃ無い」
「違うっ、明奈じゃな……い?」
冷静に告げたのが良かったのだろうか、俺の襟を掴んで引き寄せようとした大門寺の腕が緩む。
「沢木、今、なんて言った?」
「さっきの状態を見た感じ、多分犯人は別だ。そのことも交えて皆に説明する。だから、落ち付け大門寺。今回、確かに刺したのは最上だ。でも香中を殺した犯人は別にいる」
「……は? あ? え?」
さすがの大門寺も面食らったようで、困惑した顔をする。
大門寺が狼狽している姿とか珍し過ぎるだろ。写メ撮っちゃダメかな?
「とにかく全員落ち付け。小川の告げた通り、これからの学級裁判で話し合おう」
多分、犯人はあいつだ。言い逃れしようにもガムテープも包丁も、調達したのは彼女なのだから言い逃れなどさせやしない。
なぁ、田淵。他人に香中殺させて満足か?
泣きじゃくる最上をあやしながら、大門寺が立ち上がる。
最上の頭を撫でて落ち付かせ、俺を見て困惑したように告げる。
「明奈が犯人じゃ無い。信じて……いいんだな?」
「ああ、そこだけは、確信して言える。後は香中を刺しちまった最上の心のケアだ。それは大門寺に任せる」
俺の言葉に大門寺はコクリと頷く。
その辺は任せろってことらしい。
俺は横眼で田淵を見る。
醒めた瞳で倒れたままの香中を見下ろす彼女は、殺害を起こしたにしては妙に憎悪が消えていないように見えた。