憎悪の連鎖
「……ん……?」
ふぅっと俺たちは息を吐く。
ようやく血止めもすみ、おそらく大丈夫だろうと思える状況になった頃、香中が目覚めた。
「ん? 俺……ぐ、ぎぃぃ、痛えぇぇぇぇぇ!?」
「あ、駄目よ、余り動くと傷口が開くわ」
しかも寝起きに見たのはゴリ川の顔であった。
類人猿の女が枕元で座っている。想像するのも嫌な光景である。
光葉、俺が起きた時は君が側に居てくれ。絶対に及川にはその場を譲るな。
「な、なんで、痛い、俺、どうなって……」
「もう、傷は大丈夫なんだろ。俺が事態説明するからよ、お前らは戻ってろ」
足立に言われ、俺たちは保健室の窓から外に出る。
どっからでてんだよ。と足立に呆れられたが、外靴のままなのだ。これで廊下に出る訳にも行かない。
足立は大丈夫だろうか? 香中暴れないと良いんだが。
それに、何処に行ったんだ田淵の奴は?
俺たちは流石にこの状況で農作業の続きなどする気になれず、片づけを行った後は教室に向うことにした。裏庭から下足場へと回り込む。
「時間的にはもう十時かぁ」
「少し早いけど昼食を作ってくるわ」
及川の言葉に賀田と井筒が付いて行く。
木場と光葉も付いて行くそうで、男だけが取り残されてしまった。
ああいや、高坂はいるか。
「賀田さんの元へいって来る」
「行くぜ相棒」
「今行くぜマイエンジェル」
「あ、僕も行きます」
坂東、榊、三綴、所沢が女性陣を追って行く。
小川と川端は香中の治療を終えたら校長室に戻ってしまったし、結局ここに残ったのは俺と高坂だけだった。
「あーっと、お前は行かないのか?」
「ええ。食事とか作れないから」
それなら食器用意とかもできるだろう。と思ったが言わないでおく。要するに俺と同様手伝うのが面倒臭い派なだけらしい。
「あんたはどうするの?」
「とりあえず時間までは宿直室で寛いどくかな」
下足場に戻ってきた俺と高坂は上履きに履き替え廊下に向かう。そこで、田淵と遭遇した。
「美里!」
「……何?」
「なんであんなことをっ」
あ、待て高坂、幾ら信じられないことをしたからってそう問い詰めるのは……
俺が気付いて止めるよりも早く、田淵がイラついた顔になる。
「逃げだしたあんたに言われたくないわね」
「そ、それは……」
「香中だけじゃ無い、足立も、あんたも、私を見捨てたこと後悔させてやるわ」
「ちょ、ちょっと、何で私までっ!?」
「私、まで? 見捨てた癖に自分は関係ないっての!? ふざけんな!! 大門寺も最上も、いいえ、クラスの奴等全員、私を助けなかったこと後悔させてやるわっ!!」
タガが外れている。
反撃を行ってしまった事で彼女にとって相手を傷付けることに良心の呵責が無くなったんだ。
このままじゃ殺人鬼になりかねない。
早急に何とか手を打たないと田淵は後悔させると称して全員を殺害しかねないぞ。
「落ち付け田淵」
「あんたは関係ないでしょ沢木ッ。それとも何、あんた佐代里の彼氏ってわけ?」
「いや、俺の彼女は光葉なんだが」
「だったら関係ないでしょ」
「そうは言うがクラスの奴等全員と言われれば流石に口を挟まない訳にはいかないよ」
「事実でしょ。昨日教室に集まった時、誰かが止めてくれてれば香中なんかに連れていかれることは無かった。保健室で絶望しながら朝を待つことも無かった。あいつを拘束した時、どれ程安堵出来たか、誰か一人で良かったのに、助けてくれる振りでも良かったのに、何もしなかった癖に復讐するなっていうの!?」
流石に逆恨みだ。そこまですると彼女の身が破滅するだけだ。
多くの心中相手を作りながらの自殺に等しい。
その一員になどなりたくもないので、なんとか彼女をなだめる方法を……
「たぁぶぅちぃぃぃぃッ」
びくり。先程まで憎悪の顔だった田淵が青い顔をする。
「な、なんで……」
なんでもなにも、生きていて拘束が無く、傷口はまだ完全に閉じていないモノの、歩くのに支障は無い香中が自身に起こったことを足立から聞けば、激怒してこうなることくらいは分かりそうなことだった。
「やってくれやがったなクソ女!」
「ひぃっ!?」
慌てて逃げ出し階段を駆け上がる田淵。
それをひょこひょこと無様ながら追走する香中。
「おい、待てよ香中! あ、お前らも手伝え。このままじゃ香中が殺人者になっちまう!」
「はぁ!? なんで香中が、ああ、いや、普通に考えればそうか」
互いに既に引くに引けない場所まで近づいている香中と田淵。相手を殺すしかもはや生きる術は無いところまで来ているようで、憤怒の顔で香中が追って行く。
流石に放置するわけにも行かないので足立と高坂とともに俺は二人を追うのだった。
ヤバいぞ、これ、もしかしたら一日と経たずに第二の殺人事件起きかねないぞ!