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それぞれの夜2

「ねぇ、才人君。元気出して?」


「そうだよ。わざわざ校長室貰ったんだからさ、皆で一緒に寝て、寂しいこと忘れよ?」


「あ、それなら私が添い寝したげるね?」


「ちょっと。中田さん抜けがけ禁止ですわよ!?」


 校長室で寝ることになった才人は、十勝、川端、中田、日上の女性陣に言い寄られていた。

 本来ならば一人牧場と大河内のことを考えていたかったし、あるいは何も考えず一人眠りたかったのだが、足立が頭掻きながらやって来て、お前らはここで寝てくれと言われた以上このメンバーで眠るのが一番なのだろう。


 もともとここに来てしまったのは偶然で、一人きりで過ごすつもりだったのだが、賑やかなことこの上なくなってしまった。

 校長室はシンと静まり返った厳かな雰囲気があった筈なのだ、その部屋ですさんだ心をなんとか落ち付けようとしていたのだが……

 しかし、落ち付けない。

 姦しい女性陣の声に本来なら窘める程度のはずが、イライラしか募って来ない。


 煩い、もう一人にしてくれ。

 何も考えたくない。

 おかしくなりそうだ。

 誰にも言えない心の声が叫びをあげる。

 彼女に裏切られ、友に裏切られ、それを罵声にしようにも相手は既に故人となってしまっている。


 放っておいてほしいのに、今は何も考えず眠りたいのに、この女共が放っておいてくれやしない。

 いい加減にしてくれ。

 お前らに割く余裕は無いんだっ。

 校長椅子に座り机に突っ伏す彼の肩が小刻みに揺れる。それは爆発しようとする怒りが彼の中に渦巻いている予兆であった。

 しかし女性たちはそれに気付くはずもなく自分が慰めるんだと側で言い争いを始めている。


 辛い。何が辛いのかすら分からないくらいに、辛い。

 自分も後を追ってしまおうか? こんな思いをするのなら、真相など知らなければ良かった。

 塞ぎ込む彼の側では、女生徒たちの争う醜い声が何度も響く。


「……しろ」


「「「「え?」」」」


「いい加減にしろっつってんだよッ! 頼むからッ! 一人にさせてくれッ!!」


 爆発した。

 彼女達が心配して一緒に居てくれるんだってことくらいは分かっていた。でも、我慢ならなかった。

 自分のことを思うなら、今は争う声など聞きたくない。そっとしておいてくれっ。

 そんな思いが積もり積もって爆発した。


「ご、ごめんなさい」


 十勝が謝って来るが止まれない。

 恫喝にも似た声で叫び、怒りの形相で


「出てけ! 出てけよッ!」


 醜い心をさらけ出すように叫ぶ。

 すぐ側にあったライトスタンドを投げつける。コンセントに繋がったコードが引っ掛かりガスっとデスクの側面に激突した。実質的な被害は無かったし間抜けな状況だったが、女性陣が怯えるのには充分過ぎた。

 怯えた女性陣が逃げるように部屋から出て行った。

 誰もいなくなると途端に静寂が襲って来る。


 清々した? そんな訳がない。

 シンと静まりかえった校長室に虚無感が広がる。

 空虚な空間に一人きり。気のせいか耳鳴りまでし始めた気がする。

 力無く背もたれに背中を預け、天井を見上げる。


 なんだこの寂寥感は? 嫌だ、やっぱり一人は嫌だ。

 助けてくれ。誰でもいい。

 俺を……救ってくれ! 


 自ら救い手を振り払いながらも、助けてくれと心が叫ぶ。

 張り裂けそうな思いを伝えるべき相手が居ない。

 皆、腫れものを触るように優しくしてくれるが、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 俺が、俺は……ああ、俺は、誰かに……


「才人君」


 不意に、背中から包まれる感覚。

 驚く才人が首を後ろに回すと、川端美海がそこに居た。


「でていけって……言っただろ」


 かすれた声が、自分から漏れた。

 疲れた声音に、自分は余程衰弱しているのだと知り、しかし抱き付かれた身体が安堵を覚えていることに気付く。

 人に密着される温度は、暖かい……


「皆は出て行ったわ。これ以上才人君の迷惑にはなれないって。茶道部部室に行くんだって」


「だったら、お前も……」


「うぅん。私は違うと思ったから。どんなに辛くても人のぬくもりは必要よ。才人君。私が救ってあげる」


「やめろ、俺は……」


 言葉は小さく消えて行った。全身が震える。

 涙が溢れそうになる。

 そっと、川端が離れる。途端襲いかかる寂寥感。

 川端は椅子を回して才人を自分の前に向けると、両手を開く。


「おいで才人君。私の胸でよかったら、貸したげる」


「あ、う……」


 にこり、微笑む川端に、才人は何かを思うより先に抱き付いていた。

 涙が溢れ止まらなくなる。

 大声あげて泣いていた。

 そんな大きな子供の頭を撫で慰めながら、川端美海は一人、黒い笑みを浮かべるのだった。


「才人君には、私がいるよ。だから、一生、一緒に居ようね?」


「美海……ああ、美海っ」


 新たな恋の嵐が、吹き荒れようとしていた。

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