そして、新たな犠牲者が……
チュンチュンと、どこかで鳥が鳴いている幻聴が聞こえる。
かちゃかちゃとベルトを締めてズボンを穿き直す。
ゆっくりと無表情にカウンター奥から出て来た沢木は、図書室の窓辺に向かい、オーロラ煌めく大空が見える位置に来ると、桟に両手を置いて空を見上げる。
爽快な笑みを浮かべ、しばし空を見る。そして、盛大な溜息……
同時刻。保健室ではベッドから上半身を起こした足立が全裸姿で額に手を当てていた。
横目に見れば、すぐ隣には小川くんが幸せそうな顔で眠っている。
沢木、足立、双方の思いは同じ、覚悟は決めたがいろいろな事象に流された感は否めない。だから、同時に告げる。
「「ヤッちまった」」
自己嫌悪に陥る二人は、互いに何が起こったかは知る由もない。
しかし、二人は共に同じ状況に陥っていた。
もはや何故そんな事をしてしまったのか、今から考えても答えすら出て来ない。
ただ、もはや扉は開かれた。
二度と正常に戻ることは不可能なのだと確信するしかなかった。
図書室で呆然としていた俺、沢木修一が窓辺に寄りかかり空を見ていると、入り口のドアが開かれる。
誰だ? と焦って振り向けば、井筒が戻ってきた所だった。
トイレだったら十勝も一緒だと思うんだけど、何故一人だけ? しかも何で今頃、結構時間経ってるよな?
「ありょ? 修一君だけ?」
「ん? いや、俺だけじゃないけど、どうした?」
「天ちゃん居ない?」
「ああ、賀田か、賀田ならまだ道場だろ」
えー? と首を傾げながら井筒が図書室へとやってくる。
「ねぇ修一君、気付いてるんでしょ?」
「あ?」
井筒が俺に近づき、抱きついて来る。
背伸びした彼女は一瞬身を硬くした俺の耳元に口を寄せ、楽しげに呟く。
「いいのかな、私が言ってるんだよ? 天ちゃん、居ないねぇって……」
クスリ、小悪魔のような笑みを残して井筒が踵を返す。
入口向けて走り出す井筒を、俺は思わず追っていた。
嫌な予感しかしない。マズい、このままだと何かしらの罠にかかる気がする。
でも、でも追わなければならない気もする。
「修?」
「スマン実乃里、井筒を追って道場に行くッ」
顔だけ出した木場に荒げた声だけを残し、俺は井筒を追って走る。
クソ、何であんなに速いんだアイツ。
全力で走っても全く追い付かない。
あんな華奢な身体の筈なのにっ。
階段を駆け降り、踊り場をクイックターン。
揚げ句には手すりに尻を付けて滑り下りる。
笑いながら逃げる井筒。必死に追いかけるが全く追い付ける気がしない。
むしろ距離が開いて行く。
いや、場所は分かってるんだ。焦るな。
下足場で焦りながら靴を履き替える。
既に井筒の姿は見えない。
クソ、履き替える時間も惜しいし後に回ってる時間も惜しい……そうか。
上靴と下足を持ったまま下足場を後にして保健室へと向かう。
ガラリ、開こうとすると鍵が掛かっていた。
「あれ?」
「うおっ!? 誰だ!?」
「足立、緊急事態だ。開けてくれ!」
「え? あ、いや、今は……」
「早くッ」
「お。おぅ」
慌てた様子で足立が鍵を開ける。
ドアを開けば全裸のアニキ。
なんでだよっ!?
いや、そっちに気を向けてる暇はない。って、ベッドに寝てるのって、え? アニキ?
「そ、そんな顔で見んなっ。仕方なかったんだっ」
「アニキ……俺、軽蔑は出来ないっす」
「仕方なか……軽蔑出来ない? おいおいまさかお前も……」
「やっぱりアニキも……」
互いにヤッちまった事を悟る。妙な仲間意識が生まれた瞬間だった。
「ま、まぁ、お互い苦労するな」
「ああ。……って。そんな場合じゃなかった。井筒の奴が暴走したかもしれないんだっ」
「井筒が暴走?」
「賀田さんの確認にいかねェと。通り道にさせてくれっ」
「え? あ、あー。そういうことか。分かった俺らも靴変えて向うぜ」
保健室の窓を開いて下足を穿いて窓から飛び出す。
上履きはとりあえず保健室の中に置いておけばここから出入り出来る筈だ。
保健室からでて一直線に道場に向かう。
丁度食堂側の道から井筒がやってきた所だった。
「うっそ、どうやって私より先に」
「何をするつもりか知らんが先回りさせて貰うぞ井筒」
「あ、ちょっと、先行しないでよっ、いろいろと用意が……」
そんなもの待ってられるか。
井筒を無視して土足で道場に乗り込む。
居ない?
道場内に賀田が居ない。
ロッカールームか?
井筒が追い付いて来た時には、俺が既にロッカールームの扉を開いた時だった。
そこには……
尻持ちを付いて呆然と見上げている賀田天使。
そして……互いに揉み合う形で胸に包丁を突き刺し息絶える二人の男が彼女の前に佇んでいた。
坂東、そして榊が互いの胸を刺し合い、死んでいる姿があった。
何が起こったらこうなるんだよ?