ヤっちゃった
俺は図書室へと戻ってきた。
幸いと言うべきか、十勝と井筒は見当たらない。
本を読んで時間を潰していた壱岐だけが図書室には残っていた。
「皆は?」
「井筒さんと十勝さんはトイレだって。賀田さんはいつもの瞑想。もう三綴君も居ないから安心して瞑想してるみたい。一人になるのはちょっとまだ怖いけど、僕はここで本読んでた」
「そうか。じゃあ……」
「ふふ。じゃあ始めちゃいましょうか。浮気も既にされてるのだし、一人も二人も一緒でしょう?」
「むぅ、で、でも、一番は私、だから」
なんのこと?
あれ? ちょっと、木場、光葉さん? なぜ俺の両脇を持って入口から見えないカウンター裏の部屋に?
いや、壱岐、なになにどうしたの? じゃなくて、付いてくるだけじゃなくて助け……
そして、狂宴の宴が始まった
あぁ?
思わず飛び退いた足立は、ベッドに腰かけ壊れそうな瞳で告げた小川を思わず見つめ返す。
「と、とりあえず深呼吸して落ち付けっ」
自分にも言い聞かせるように告げて、考える。
今、自分は何を言われた? 小川は今なんていった? 聞き前違えじゃないのか? 違うよな、頼む、違うと言ってくれっ。
「落ち付いてるよアニキ」
ぞわぞわっと嫌な気配が全身を撫でる。
アニキという言葉が別の意味に聞こえて気持ち悪くなった。
自身に言うように落ち付けと告げて。呼吸を整える。
「い、一応聞くが、本気か?」
「もう、女はこりごりなんだ。でも温もりは欲しい。もしも、本当にもしもアニキが良ければでいいんだ。抱いてほしい」
「お、おぅ、えーあー、か、考えさせてくれっ」
慌てて保健室から飛び出す。
もはや自分の許容範囲外の事態に足立は何も考えることすらできず逃げるように外へと飛び出した。
行く当ても無くひたすら走り、体育館近くまでやってくる。
丁度体育館に、井筒が入って行くのが見えた。
「あん? なんであいつが?」
今しばらくは保健室に戻りたくない理由もあったし、少し気になったので後を付ける。
何しろ井筒玲菜はこの空間に自分たちを引きこんだかもしれない犯人、その最有力候補者なのだ。
図書室以外で一人きりになっているのなら何かしらの行動を起こしている可能性もある。
あー、暇だな。
坂東と榊は体育館の壁にもたれて座り、何をするでもなくぼぉっとしていた。
そんな二人の元に、入口からひょこっと井筒玲菜が顔を出す。
重力で後髪が垂直に垂れるほどに上半身だけを覗かせ、「あ、居た居た。探したよ」と嬉しそうに微笑む。
「あれ? 井筒さん?」
「どったんすか」
「んふー。ちょーっとねー」
ひょこりと全身を飛びださせ、井筒は両手を後ろで組んでにやにやと笑みを浮かべる。
何かいい事でも起こったのだろうか?
悪戯をするような顔で近づいて来た。
可愛らしかったので警戒よりも先に坂東も榊も鼻の下が伸びる。
「実はねー、今天ちゃんがね道場に一人きりなんだよねー」
「え? マジっすか」
「うひょー、こりゃ覗かなきゃ」
「あはは。エッチだねー榊君」
「あ、はは。つかエッチなのは井筒さんっしょ」
「んふふ。私は最近充実しとります」
「がはっ」
「ぐふっ」
自分たちでセクハラ発言をしようとして反撃を受けた二人が胸を収めて大きく仰け反る。
「でもねー、天ちゃんは欲求不満みたいなんだよね」
「え? そうなんすか?」
「うん。天ちゃん私の相手してくれてるけどやっぱり男の子としたいみたいで。でも修一君は嫌みたいなんだよね。かといって現状だと欲求ばっかり溜まっちゃうだろうし、誰か無理矢理にでも天ちゃん満足させてあげられないかなーって。ねぇ、坂東君、榊君」
「……ゴクリ」
「そ、それって井筒さん、俺らに賀田さん襲えってこと……っすか?」
「襲うんじゃないよ。欲求不満を解消してあげるんだよ。はい、これ、天ちゃんが暴れないようにちゃぁんとこれで脅してね。理由を与えてあげないと天ちゃん自分からしようとしないから」
クスリ、悪意ある笑みを浮かべた井筒は二人に近づくと、膝を折って座り、持って来た二つの包丁を二人に握らせる。そして両手で二人を包み込むように抱きしめ耳元に口を寄せる。
「ねぇ、二人の逞しい身体で、天ちゃんを満足させてあげて?」
悪魔の囁きに、二人は夢現のまま頷くしか出来なかった。
青い顔で、足立は保健室に戻ってきた。
入り口で聞き耳を立てていた筈の中田は見当たらない。
部屋に入ると小川が一人俯いていた。
「ああ、アニキ……」
「中田は?」
「私を抱けって縋りついて来たから手酷く振った。泣きながらどこか行っちまった……」
「……そうか」
思いが報われない女だな。中田に同情しながら足立は保健室に入り、ドアを閉め、鍵を掛ける。
カーテンを全て閉めて外から見えないようにして、ベッドのカーテンも閉める。
「アニキ?」
「後悔するぞ? それでもいいのか?」
「あ。ああ。もう、いっそ壊してくれ、アニキッ」
小川の決意は固いらしい。
足立は一度大きく息を吐き、そして覚悟を決めた。