これからのこと1
教室に戻った俺たちはしばし椅子に座って呆然としていた。
この異常事態になって一日目。まだ一日すら経っていないのだ。
二人も死人が出てしまった。
探索開始から三時間と経っていない状況で、だ。
意味が分からない。理解が追い付かない。
まだ、この状況自体受け入れすら出来ていないのに、どうしたら……
ふにょり。不意に腕に柔らかな感触があった。
なんだ? と思えば隣に居た光葉が俺の腕に胸を押しつけるようにして寄り添っている。
意識すると顔が赤くなるのが自分でもわかった。
人が死んだというのに不謹慎この上ない。
光葉もクラスメイトが殺人を犯していたことが恐ろしくて震えて……ないな。
顔を赤くしてこの人は自分のモノだとでも自己主張するように抱きついているだけで震えては無かった。
「はぁ、つかどーすんだよ。あいつ勝手に殺して勝手に死にやがってるしよぉ」
溜息と共に香中が吐き捨てる。
別に悪口を言うつもりはないんだろう。ただの苦言だ。
でも、それに小川が過剰反応する。
「マジ勘弁つー……」
ズダンッ
机を思い切り叩き立ち上がる。
無言のまま一人立ち去る小川に、誰もがただただ見守るしか出来なかった。
押し黙った香中に一瞥すらせず小川は教室から出ていった。
「あ、ちょ、待って才人様っ」
一人が立てば他のメンバーも我こそはと立ち上がり小川の後を追って行く。
十勝、川端、中田、日上までが小川の後を追って行く。
彼女の枠が空いたのであわよくば自分が。と言うつもりだろうけど、今の小川には逆効果だと思われる。
小川はこの日、短時間で幼馴染二人を失い、彼女を失い、親友に裏切られ、さらに取り巻きに一人になりたい時間を邪魔されるのだ。ご愁傷様としか言えない。
一歩間違えれば俺だってレイプ犯として弾劾され、光葉自身か、あるいは所沢辺りに刺殺されててもおかしくないのだ。
身近に迫った死と誰でも殺人者になりうる状況に冷や汗が背中を伝う。
「チッ、メンド臭ェ……」
バツの悪そうに告げた香中に代わり、他のクラスメイトたちが細々と話し始める。
小川が居なくなったので遅まきながらも今起こったことのすり合わせなどをしているらしい。
落ち付くためにも必要な話ではあるが、誰かを悪く言う姿は見ていて気持ちのいいモノではない。
「あの……」
「ん、どうした光葉?」
「うん。その……呪い、あるのかな?」
小さく呟く彼女の言葉で、大河内が最後に告げた言葉を思い出す。
まだ、殺人事件は終わらない。
そんな言葉まやかしだ。などとは決して言えない。
彼の言う呪いは多分、皆の抑圧を解いたことだろう。
日常であれば悪い事をすれば警察に捕まる、学校を退学させられる。
そういう理由から無意識で抑圧されていた欲望のリミッターが、あの一言で外れている可能性はある。
俺がそうだったように、誰かがまた殺人を起こした時、その時が大河内の呪いの発動する時だろう。
呪いなどなくても、やる時、人はやってしまう。
俺が光葉をレイプしたように、大河内が幼馴染を殺したように。
だから。呪いという名の免罪符を与えられてしまった俺たちはすでに、互いに互いを信頼できなくなりつつあるのだ。
些細なことが切っ掛けに次の殺人が起こりうる可能性は、決して低いとはいえなくなってしまった。
今はまだ、皆が困惑している。でも明日になれば? 落ち付いた者の中から殺人者が出てくる可能性は否定できない。
そして次の殺人が起これば、別の皆はこう思うだろう。大河内の呪いだ。と。
自分たちは呪われているから殺人を起こしても大丈夫。これは仕方無いことだ。そう思う奴が一人でも居れば、次の殺人が連鎖的に起こりだす。
そもそもがあんな言葉なくたって殺人が起きたのが現状なのだ。放置しておけば食糧難から暴動も起こるだろうし、略奪、レイプ、上下関係。さまざまな危機が訪れかねない。
今のうちに安全地帯を確保しておくべきだろう。
俺は隣の少女を見る。椅子を俺の横にくっつけ、抱きついている華奢な少女。
俺は彼女を襲ってしまった。その負い目からも、彼女を守る責任がある。
最悪、そう、最悪誰かを殺したとしても……だ。
「とりあえずさぁ、これからどーすんの?」
「やることはないんだろ坂東?」
「だと思うけど、ねーよな皆さん?」
坂東の言葉に誰も反応しない。
つまりこのままだと教室でずっとこのままと言うことになる。
そう言う訳にも行かないだろう。
なので率先して意見を告げる。
「あー、とりあえずさ、今日寝るところくらいは確保しとくべきじゃないか。いろいろ思うところはあるだろうけど日々の生活は外せない訳だし、今のうちに食事の時間とか、部屋割り決めないか?」
「沢木、それは流石に……」
「いいじゃねーかゴリ川。確かに寝場所はほらよ、男女別にした方がいいだろ。彼氏彼女が居るとこは別にした方がいいかもだし、なんなら班ごとでもいいけどよ」
不謹慎だと及川が口を開くが、ずっとここにいることに嫌気を覚えていたクラスメイト達はむしろ丁度良いと乗っかる。その第一人者が足立次郎だったことに因縁めいた何かを感じなくはない。
「そうね。今のうちに決められることは決めておきましょう。いつまでコレが続くか分からないし、後でモメるよりはマシでしょう」
木場が立ち上がり教壇に昇る。
いつの間にか司会者的立ち位置になってるなぁ。