残されたモノ、消えたモノ
「はい、到着」
保健室に辿り着き、ベッドに足立を座らせた原は、焦燥で浮き出た足立の汗をタオルで拭き取って行く。
タオル自体は保健室にあったので洗面台で一度洗って良く絞ってから使っていた。
献身的な原の行動で、多少我を取り戻した足立は息を吐く。
「大丈夫か、足立?」
「……ああ。大丈夫じゃねぇがなんとか」
そう告げて、手にしていた物を見る。
田淵から渡された形見となってしまったくしゃくしゃの紙。
「沢木、多分お探しのモノだ。見とけ」
「お、おう」
それは左右に名前が書かれた集合写真だった。
白黒ながら映っている人たちの顔がしっかりと取られた写真。
そこに光葉の姿は無い。でも……忌引光葉の名はそこにあった。
人と名前はリンクしてるのか。右側から名前も人物も一致しているのなら、忌引光葉の場所にいるのは……
ひらり、震える手元から卒業アルバムの一ページが落下する。
驚く原が戸惑いながらページの切れ端を手に取り見てしまう。
「集合写真? 大分昔のだけど何が……え? これって……」
なんだ? 今、俺は何を見た? なぜ彼女がここに映っている?
忌引光葉じゃない。こいつの名前は違う筈だ。なのになぜ、彼女は忌引光葉としてココに居る?
この写真はおかしい。いや、俺たちの側に居るあいつがおかしいのか?
ずきりと頭が痛む。
後頭部の痛みなのか、混乱したことによる痛みなのか。
「こ、これ、どういうこと? なんで……なんで井筒さんが写ってるの!?」
そう、井筒だ。ここに映っているのは井筒玲菜。
なぜ彼女が昭和の集合写真に忌引光葉として写ってる?
「何言ってんだ? 井筒って……」
「ほら、これ」
意味が分からず小首を傾げる足立に、隣に座り込みページを見せる原。
指差された場所には確かに、井筒玲菜にしか見えない女生徒が写り込んでいた。
どうなってるんだ? これは一体。光葉……そうだ、光葉に真相を聞かないと。
はっと顔を上げた瞬間だった。
保健室のドアから睨むようにこちらを見る貝塚と眼が合った。
驚く俺が声を上げるより早く、気付いた貝塚が逃げるように立ち去る。
なんであいつはあんな……ふと気付けば、ベッドに腰掛ける足立と寄り添うように隣に座り、親しげにしている原の姿。
これ、貝塚からすれば突然寝取られたような感情を覚える光景のような?
「原、今直ぐ貝塚追ってくれ」
「へ?」
「あいつお前が足立に惚れ始めてるんじゃないかと誤解し始めてるぞ」
「何ソレ? って、うわ近っ!?」
今更ながら自分の状況に気付いた原。慌てて立ち上がる。
「烈人どこ行った?」
「分からん、階段側に向かったくらいしか……」
「了解、行って来る」
原が慌てて部屋を出て行く。
「なぁ、どうなってんだ?」
「俺にもわからん。でも、田淵は何かに気付いたんだ。だから光葉と話をしたんだと思う。光葉と話をしないと。足立、辛いのは分かるけど……」
「ああ。分かってる。美里に託されたんだもんな。……沢木、必ず生還するぞ」
「ああ。そのために、力を貸してくれ」
立ち上がった足立と握手を交わす。
決意に満ちた彼の眼に焦燥感は既にない。
覚悟は決まった。
愛する女性が求めた物を、自分が叶えるために、そして、もうこれ以上の犠牲者を出さないために。この空間の謎を解く。
「まずは忌引と話をする、だな」
「ああ。とりあえず他のメンバーは外そう。信頼できるのが誰なのかがまだ分からないしな」
「ああ。忌引は?」
「たぶん遺体の埋葬に参加してる」
「……そうか。ちぃと辛いが、見送ってやんなきゃな」
「そう言えば、田淵とは何を話したんだ?」
「ああ、なんか飛び降りるなら……」
足立が何かを言いかけた瞬間だった。
バンッと開きかけだった扉を勢いよく開け放ち、大門寺が駆け込んでくる。
「うわっ!? 大門寺?」
「大門寺サン? どうしたんっすか」
しかし、大門寺からは言葉が出ない。
余程焦っているのか口がぱくぱくと開くモノの、声が出て来ないようだ。
仕方なく大きく息を吸って吐くを何度か繰り返す。
ようやく落ち着いたのか、大きく息を吐き、俺たちに叫ぶ。
「田淵のッ、田淵の死体がないっ」
「「は?」」
意味がわからん。一体何が起きたのか。
「大門寺、どういうことだそれ?」
「俺達も分からん。山田の遺体を回収して外に出た後田淵の遺体があるはずの落下地点に向かったんだが、死体がなかった」
それって……
俺たちは思わず顔を見合わせる。
「飛び降りるなら……いや、そんな、まさか?」
「足立?」
「いや、まだ確証は無い。けど、俺は、期待してもいいのだろうか?」
霧の中、手探り状態の俺たちは、何かを探り当てた気がした。
それがいったい何なのか、まだ俺たちに確認する術は無かった。